依頼書No18 “見えざる者”の恐怖!!
五人が一斉に、打ち合わせでもしていたのかってくらい同時に動いた。
イオとモォちゃんが、傍の廃屋へと駆けこもうとしたんだ。それを追いかけてきやがるのがアポロ兄弟の弟。
そうはさせまいと、コレーがアポロ弟に向けて細身の包丁を投げつけてくれる。さらにさらに、包丁へと追い縋って手甲鉤で叩き落としたのがアポロ兄って感じ。
「助かったよ、アンちゃん」
「慌てるなぁ、ヤスゥ。一筋縄じゃいかねぇけどぉ、勝てない相手じゃねぇ」
「あの娘、俺すっごく好みでさ。ヤッた後、好きにして良いかい?」
「あぁ、好きにすると良いさぁ」
こいつらの会話を聞いていると、虫唾が走るぜ。
俺を含んで、イオ達三人が一様に似た渋い顔をする程度に気持ち悪い。
とりあえず、コレーが手っ取り早くアポロ兄を倒してくれるのを待つ。モォちゃんをコレー側に向かわせて、イオが一人で凌ぐことができりゃ良いが。
「イオさん、モウポリエさん、しばらくそちらをお願いしますわ!」
コレーも似たような考えのようだ。
――無理な策は首を絞める。モォちゃんと何とかそいつをぶっ飛ばせ――
「わかった。モウポリエさん、いけますか?」
「問題ないよッ。私は……ッ」
作戦が決まった瞬間、背後から黒い塊が迫ってきやがった。
モォちゃんがギリギリで回避して、廃屋へダイナミックにお邪魔する。
「モウポリエさん!? い、今のは……?」
驚くのも無理はねぇさ。
俺だって、十メートルくらいは離れた位置から攻撃が飛んでくるなんてそうそう予測できん。ましてや、アポロ弟が使っているのは細くて少し長い黒色の布だ。
細いと言っても手のひらで握り込めないぐらいの太さはあるが。
――話に聞いたことはある……。袋に砂なんかを詰めて、武器にする方法って奴を――
「ここまで届かせたのは、個人技によるものだね……」
要は、普段は柔らかいが、いざとなれば硬くなる太くて黒々とした棒ってわけだ。
「ご明察。俺の個人技は“見えざる者”って言うんだ。こうして、布なんかで隠された身体の一部を切り離した位置に飛ばしたりできる!」
残念ながら、ちょいと小奇麗な浮浪者だな。奇術師には到底みえねぇぜ。
「気にしてるこの袋は、ブラックジャックって言う隠し武器だな」
ペラペラと喋りやがる。こっちを舐めているのか、それが癖なのやら。
どちらにせよ、タネがわかれば奇術なんざ怖くねぇってもんだ。
「ほれ、もういっちょ!」
ゲッ、いきなり腕が目の前まで移動しやがった。分かっていても、気持ち悪い現象なのは変わりないな。
ただ、モーションや攻撃そのものは単純なんで、不意打ちでもなければイオだって避けられる。
避けられたと思ったら、直ぐに腕が元通りになるんでカウンターを食らわせる隙がないわけだ。
――何か見えるか?――
「うーん、本当に切り離されてるって感じだね……」
イオの“窓見”でさえ奇術として見えちまうんじゃ、相手の個人技そのものに干渉するのは難しいか。
とりあえず、敵の攻撃が好き勝手に飛んでくるなら屋内は拙い。
イオも直ぐにそう考えて、モォちゃんの様子を確認する。
アポロ弟が歩み寄ってくるんで、たぶんだが距離とかの制限がそれなりにあるんだろう。
丁度、安いガラス窓の欠けた枠に、モォちゃんとアポロ弟の姿が重なったところだ。アポロ弟の唇がクソ気味悪い三日月を作った。
「クッ!」
瞬間、アポロ弟の腕が振るわれてブラックジャックがモォちゃんの目の前に現れたんだ。またそれを、寸でのところで叩き落とすモォちゃんもさすがだね。
「危ないなぁ……。目視さえできれば、少しぐらいの障害物は問題ないのね」
距離制限あり、目視範囲、遠近対応。
いろいろとやり辛い相手だね。
「もうちょっとでその奇麗な体を傷つけられると思ったんだけどな」
「……」
アポロ弟のセリフに、またモォちゃんがしかめっ面をしたぞ。結構、頭に来てる感じだ。
それでも冷静にアポロ弟の視界から外れる。イオも同じくだ。
戦い辛いものの、下手に動き回ったところで追いつめられるし、屋内でなんとか隙を突いて戦うしかない。
「逃げて助けを呼ぶ……」
――その判断をするには早すぎると思うぜ。単純な戦闘能力はモォちゃんとどっこいどっこいだろうし――
「大丈夫、イオ君が隙を作ってくれたら私がやる」
モォちゃんもやる気みてぇだし、コレーより先に片付けちまおうか。
まだ向こうは、武器を突き合わせて前戯中みたいだしな。
「わかりました……」
「男の子には興味ないんだけど。まぁ、先に死にたいならどうぞ」
こっちの誘いに乗って、どっちが入口だか分からないようになった扉前までやってきやがる。やっぱり舐めくさってんな、こいつ。
「フッ!」
物陰から飛び出しつつ、イオがトンファーでアタックだ。前以て遠心力を溜められないが、人間相手なら十分だろう。
相手が、ブカブカな衣装の下にどんな防具を身につけているかは知らんが。
「ダメダメ、そんな殺す気のない攻撃じゃ!」
余裕で避けやがった。だが、大した防具じゃない可能性がある。
そこからブラックジャックでの反撃だ。
「グゥッ!」
イオは回避できねぇんでトンファーを使い受け止める。
殴り殺す分には威力を発揮するブラックジャックも、物体とのぶつかり合いにはあまり活躍しないようだな。中身が砂だから仕方ないか。
「あー……レザーアーマーの修理が終わってたら良かったんだけど……」
それでも、あんまり身体を鍛えてないイオには辛い一発だったか。いくら防具があっても、相手の膂力を削げるだけの体幹がないと転ばされたりするだけだぞ。
――まず筋肉つけろ、筋肉! 今度からコレーにトレーニング付き合ってもらえ!――
「……」
あ、眼鏡外すなよ。
まぁ、そりゃさっきから観戦ばっかりで助言とかもそんなに出来てないけどさ。
しかし、それはそれでイオの本気でもあるわけだから、俺は見守るとしますか。
「ほら、どうしたの? まだ僕チン本気じゃなかった?」
「さっきから……。これで、どうですか!」
おっとぉ、ここでイオのラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。
手数で攻める作戦だ。
敵は武器での防御ができないため、トンファー二本の攻撃なら捉えられるかもしれないな。
「足元がお留守だよッ」
そう、攻撃ばっかで隙が出来ていることに気づいてない。というか、深追いは禁物だ。
横にかわしたところで、軽く足払いをしてくるアポロ弟。
イオもあっさりと転ばされてしまう。
「ゲフッ!」
だらしなく身体を床に打ちつけやがる。もはやアチャァとしか言えないね。
しかし、十分にアポロ弟の隙を作ることにも成功していた。
「ここッ!」
上手くアポロ弟の死角から飛び込み、拳の連撃を横っ腹に叩きこむ。が、奴の個人技を見くびっていたんだ。
「ゲフッ……! 体が、千切れちまったじゃないか……」
「なッ……」
殴った部分が、少し離れた位置へと切り取られて現れるという非常に気色悪い光景がある。切り口は黒く塗りつぶされてるからマシだけど。
「それならッ!」
服などに覆われた場所がダメなら、顔などを攻撃すれば良い。と思うだろ。
「だから誘いに乗って、わかりやすいところを攻撃してくる!」
どこを狙われるか分かっていれば、回避など容易いわけだ。
攻撃した側、モォちゃんは無理な体勢になるのでバランスを崩しやすくなる。
そこをブラックジャックで追撃されることにより、大抵の相手が仕留められちまう。
「チッ!」
ここで攻撃を無理やり避けるモォちゃん。体を横に逸らしながら捻って背面跳びって感じだ。
「エッ!?」
できる限りの衝撃を殺しこそしたものの、ここで異常が発生したようだな。
不時着した床が【ギギミヂッ】とでも言うような音を響かせたぞ。別にモォちゃんが重いとかいうことじゃないから安心してくれ。
床が雨漏りとかで腐っていたんだろうな。
しかも、その下に地下室があったんだから、落下を続けることになる。
「モウポリエさん!?」
イオが血相変えて駆け寄るが、さすがに地下へ飛び下りるわけにもいかないんで覗きこむだけにとどまる。
見たところ、ダメージで意識を失ってはいるだけか。
「おや、お嬢ちゃんの方はリタイアか。イオ君はどうする?」
期待外れとでも言わんばかりのアポロ弟。
イオの反応はシンプルだな。
眼鏡を取り出して、静かに装着するだけだ。
「続けるよ。良いよね?」
――合点だ。コレーの方も、もう少しで決着が付きそうだけどな――
視線を横に向ければ、アポロ兄の手甲鉤がコレーの大包丁で弾き飛ばされたのが見えた。待っていれば良いだけだが、やられっぱなしてぇのも性に合わん。
イオの体に俺が重なり、毎度のように憑依が完了した。
「二階級昇進のルーキーだから楽しめると思ったんだけど、正直期待はず、うん? 雰囲気が、変わったね……」
さすがは連続殺人鬼。人間観察はお得意ってわけだ。
「わかってたなら、舐めて掛かるべきじゃなかった。今更泣きを入れても遅いぜ?」
「なるほど、そっちが本領発揮なわけか!」
忠告してやったのに、アポロ弟はまだ俺を舐めてやがる。
先手必勝とばかりに腕を飛ばしてきたのは良いが、自分のガードを疎かにし過ぎだな。
「“狂える王”!」
ある程度まで観察した相手に、俺は手加減してかかるほど気長じゃないんだ。
最初から全速全開でいく。
「ッ!?」
ほぼ一足飛びに俺が移動したのを感じたんだろう。アポロ弟は目を白黒させているはずだ。
飛ばした手は置き去りのまま。あの程度の攻撃に“釣り合わぬ天秤”は発動しなくて良いんだが、仕方ないな。
そして完全にアポロ弟の背後を取った。
後は“武器を司る者”と“狂える王”でブン殴るだけ。
「ブベラッ!」
通用しないと思って油断してただろうよ。
「あてが外れたな。お前の個人技に限界距離がある以上、それよりも吹っ飛ばされる状況なら発動しねぇわ」
弓なりに飛ばされて、入口の柱にぶつかり、壁に反射して床に転がる。
終わりだ。
「さて、コレーの方は終わったかね」
モォちゃんはそれほど問題なさそうなので寝かせておいて、コレーの方を見てみる。
そして、そこにあった不可解な光景に俺は驚くことになった。