依頼書No16 お見舞い、そこから賞金稼ぎ!?
小奇麗にされた屋内を、イオが少し緊張した面持ちで歩く様子も普通に思えるようになっちまった。
玄関からダイニングを通り抜けるまでに顔が引きつり、キッチンに差し掛かるころには笑顔が震えていたか。手にした薄い包みの甘味を、握りつぶさないか心配だぞ。
普通に歩きゃ二十秒かからん。緩慢に歩いた所為で、所要時間は十倍の三分もかかってんじゃん。
二階へ向かう階段廊下を挟んだ斜向かいが目的地。
さっぱりと片付いた部屋はライトグリーンの優しい色に包まれていて、女々しさを感じさせないな。かと言って、男臭さもない中性的な内装だ。
本棚には学者様達の小難しい書籍が並んでいらっしゃる。
今日は、【ギャワギャワギャー】くらいの表現はしても良い喧しさが聞こえてくんの。ちょっとタイミングが悪かったかもな。
「ふぅ……」
――深呼吸するほどのことかよ……――
「だ、だって……」
ホント、もう少しシャキッとしろよ。俺が代わりに会いに行くぞ。
単なるお見舞い程度に、何を緊張しているのかと呆れちゃうね。
そう、俺達は今、ビアンカちゃんのお見舞いにきてんだよ。表彰式の翌日だから、まだ腕とかに巻かれた包帯が痛々しい。
――しんみりとした空気でやる必要はなさそうだし、さっさとその代わり映えしない顔を見せてやんな――
二階級昇格したところで、何にも成長していないんだよな。
室内でお勉強会をしているガキどもの方が、まだ見込みがあるってぇもんだ。
「……こうして、メルティノ王家は解体され、二頭制国家へと移り変わりました」
ベッドの上で、近所のガキどもに纏わり付かれながら国の歴史を教えるビアンカちゃん。
「メルティノ元王家は立法と行政を。プロミネンス家は軍事と司法を。分担して国家を維持する取り決めを交わします」
お勉強って奴は嫌いなんだけど、邪魔するにはちょいと半端なところだな。
国の成り立ちについてはあらかた終わってるんだが、プロミネンス家に関してだけはこれで終わらないんだよな。
「プロミネンス家は元からメルティノ王国のギルドをまとめる立場でした。王家の解体と同時に国の兵隊さんはギルドに吸収されます。この国のギルドだけ、階級が兵隊さんに一部準じているのはその所為です」
「えーッ、先生。どうして二つに分けちゃったんですかー?」
プロミネンス家が新たに国を統治することだってできたはずだ。現に、冒険者ギルドが国を治めるところだってあるぐらいだぜ。
コロナがそんなギルド最高指揮者達との会合を、第一主都メルトでやってるところじゃないかね。
「完全に吸収することは容易だったかもしれません。けれど、メルティノ王家を支持する人達も多く残っていたんです」
「そっかー。元貴族様達だね!」
「その通りです。貴族を含む一部の反感を買わないために――言ってはなんですけど、メルティノ王家を形だけの政府として扱い――貴族制を廃止しました」
どうしてそんなまどろっこしいことをしたんだか。コロナの手腕を持ってすれば、貴族どもと合わせて、土地や金銭を接収できただろうに。
答えは単純。
「同じ過ちを犯さないため……。この国が、少しでも存続できるよう、苦肉の策を講じなければいけなかったんです……」
『ビアンカ先生……?』
「うぅん、なんでもないんですよ」
生徒達に心配をかけさせちまったのに気づき、ビアンカちゃんは直ぐに笑顔を浮かべて見せる。
生徒のガキどもも、頭を撫でられてくすぐったそうにして、不安をどこかへやってしまった。
イオは、そんな話を盗み聞きした気分になってるんだろうな。さらに出て行きづらくなってやがんの。
――ビアンカちゃんが勉強を頑張ったり、ガキどもに教えてるのはそういうことか――
「うん。この国を引っ張って行くのが、彼らだから」
――コレーやコロナじゃなく。お前やビアンカちゃんでもなく……か――
「国民一人ひとりが、国のことを考えて動けるようになるのが一番の手だって。ビアンカさんは頑張っているんだよ」
しかし、こんなところで会話もとい周囲から見れば独り言を呟いているのだから、当然子供達に見つかるわな。
「お客さん!」
「イオお兄さんだ!」
近所の子供達はイオのことを知っているが、先の表彰式でさらに名前が売れてしまったみてぇだ。
「先生のお見舞いだねッ?」
いずれにしても好都合なタイミングか。
子供に引っ張りだされるようにして、イオが間抜け面を浮かべて部屋へと入る。
だがしかし、ここでガキの一匹が大変な質問を投下しやがった。
「先生とイオお兄ちゃんって付き合ってるのー?」
『ッ……!?』
空気が凍りつくって、こういうことなんだろうなぁ。ナイスだ、小娘。
イオとビアンカちゃんは、笑顔とも呼べぬ笑顔で視線を交わし合う。
下手な否定の仕方をしようものなら相手を傷つける。されど、互いに肯定できるほど熟練していない。
「ビアンカさんとはまだ仕事上の仲間で……!」
「も、もう、先生をからかわないのッ」
両者、共に何とか凌ぎ切ったな。
まだ、とすることでその予定はあるのだと暗に伝えているのがグッドだ。
ビアンカちゃんも、直接的な否定はせずにガキどもの質問を受け流す手腕は脱帽である。
「今日のお勉強会は終わりですッ。みんな、気をつけて帰るように!」
ビアンカちゃんがガキどもを帰したので、そろそろ本題に入るか。
――しっかりやれよ!――
イオの背中を、気持ちだけは押してやる。
「う、うん……。えっと、これお見舞いのビスケットです」
「ありがとうございます」
母親が焼いてくれちゃったお菓子をイオが手渡し、ビアンカちゃんが受け取る。
『……』
そして沈黙だとさ。
もう一つ、渡すもんがあんだろぉがイオくぅん。
俺がベッドの上で訴えるものだから、イオも勇気を振り絞ってそれを手渡す。
「こっちは、お守り、かな。自然信仰派の僕らは特定の偶像を持たないから、身につける形のものにしてみたんですが」
取り出したのは木彫りの腕輪だな。木と蜂蜜をまぜこぜにしたように見えるのは、イオの母親が持つ個人技のおかげだ。
指輪にしなかったのは少し減点だが、手造りなので少し加点してやろう。
「これは……?」
「腕を出してもらえます?」
ビアンカちゃんが差し出した腕にリングがつけられる。
“蜜の樹”の個人技で作られた腕輪は、熱した飴を伸ばすみたいに広がってあっさりと白い肌に巻きついてしまう。
「ありがとうございます」
未だに状況を理解していないって感じの顔で、ビアンカちゃんが平坦なお礼を口にした。
「ぼ、ぼぼ、僕は、これで失礼しますね!」
イオの奴、恥ずかしさのあまりその場から逃げるようにしてお暇しちまう。
ただの同僚から一歩進んだ今が攻め時だと思うんだがな。まだイオには早いってぇのかね。
見ろよ、ビアンカちゃんのこの嬉しそうな顔を。
手作りの腕輪は、個人技で生み出された琥珀と混じり合って煌いてるだろ。これは。
――イオと君の未来を照らす光さ――
気障ったらしいことを言ってみて、イオを追おうとしたんだ。しかし、このタイミングでこっそり戻ってきてるのはやめようぜ。
「……」
――こういうとき、どんな顔をして良いのかわからないって顔をするなよ……――
笑えよ。笑えば良いだろ。この野郎。
そんなこんなで俺とイオはビアンカちゃんの家を後にする。
とりあえず、イオが顔を真っ赤にして街を練り歩くということがなくて良かったよ。
住宅地を抜けて大通りへと入ったところで、イオを呼ぶ声がする。
「イオさん、ちょうど良かったですわ!」
コレーである。
「コレリーウスさん? どうかしましたか?」
このバシュキルシェは人口7000人くらいの街だ。誰かが誰かを探したなら、それほどかからずに発見できる。
時間も、大半の家庭で朝食を終える月の始刻。大体、どこに人がいるかなど推測が立つはずだ。
「イザベラさんに服を返すついでにイオさんの居場所を聞いたところ、お店の部屋にはいませんでしたわ。ならば、ご実家に泊られていると推測しましたのよ」
「ハハ……。両親が昇格を祝ってくださったので」
独立したとは言え、こういう時ぐらい甘えれば良いんだよ。
「おかげで街を走り回らずに済みましたわ。それはそうと、本題に移らせてもらっても構わないかしら?」
コレーが真顔で話を切り出してきやがる。
――なんか、良い予感はしないな――
「えッ、あ……うん?」
何が来るのかと身構える俺達。
コレーが焦らすように胸元を強調しつつ、ねっとりと甘えるような上目遣いで腰を落とした。いつの間にか、手にしていたのは一枚の依頼書だ。
依頼書だな。
「本日はこれなどいかがでしょう?」
「この依頼を受けたいんですか? どれどれ……」
イオが依頼書を受け取って内容を見る。
どうやら普通の、賞金首を捕獲する依頼ってところか。
――何々、殺人鬼『アポロ兄弟』?――
「裏路地なんかで冒険者を殺して回る殺人鬼だね。隣のエンデバーで事件があったって話は聞いてましたけど……」
冒険者はミュータントと戦ったり逃げたりするのが仕事なんじゃないかって。それは一面だけだ。
国の軍人が冒険者へと転向したって話はビアンカちゃんがしていただろ。それを機に、国防や治安維持なんかも冒険者が引き受けることになったわけよ。
「王妃としての治安維持活動でしょうか? モウポリエさんさえ良ければ、僕は別に構いませんけど」
イオのことだ。深く考えずに賛成するだろうと思ってたよ。
連続してミュータントと戦った後だし、たまにはこういう仕事も悪くはないか。
「義務感というのはあまりありませんわ。ただ、ランクにあった良さそうな依頼がこれぐらいだったんですのよ。後、モウポリエさんの賛成もいただいていますわ」
博愛を謳うほどコレーはお姫様じゃないが、それでも連続殺人鬼を放っておくことはできないんだろうな。
――けど、人間ってぇのは下手すりゃミュータントなんぞより狡猾だぜ。俺が手伝えるとも限らんのだから、気は抜くんじゃねぇぞ――
「わかった。それでは、早速『イザベリア』に向かいましょうか」
そう言ってイオもコレーを伴って歩き出す。
当然、道行くマダム達に愛想を振り撒いて。窓から手を振ってくる方もいらっしゃるぐらいに、イオも有名になったんだな。
――感慨深いねぇ――
感心してる間に俺達は『冒険の家:イザベリア』へと到着した。
一匹オオカミさんとご老公がこんな時間から祝杯をあげていらっしゃる。
「おはようございます」
「おはようございますわ」
「おう、おはようさん。コレリーウスも麗しく」
「おはよう、ガニメル坊、お嬢さん」
軽く挨拶を交わして、二枚扉を潜る。
「あんらぁ~! 今日はギルドの方は休みなの? 一日くらいしか休んでないけど大丈夫ッ?」
扉を通り過ぎるなり、ピンクの悪魔が躍り出てくる。イザベラだ。
――ふぅ……心臓が止まるかと思ったぜ――
そろそろ慣れないと、二度目の死を迎えることになりそうだぞ。
「慣れないもんだね。イザベラさん、いきなりのアップは驚いちゃうので止めてください」
「あらあら、ごめんなさい。イオ君が来てくれて嬉しくってつい。依頼書の方は、他に受ける子もいなかったから受理しておいたわよ」
仕事が早くて助かるな。
「ありがとうですわッ」
コレーも喜びに小躍りしながらモォちゃんの待つテーブルへと向かう。対照的にモォちゃんは落ち付いた様子だな。
他に人の気配はなく、ここも大してかわりゃしませんね。
正しくは、あったものが欠けちまった。
「……」
――仕方ねぇさ。来るもの拒まず、去る者追わず。が基本だからな――
元居た二人がいなくなって、新しくモォちゃんとコレーになっただけのこと。元からあまり良い関係とは言えなかったじゃんかよ。
冒険者なんて総じて自由人だ。しかし、礼節を失って良いというわけじゃない。それを誰が言い出したんだったか。
「……冒険者は『慇懃なる旅人たれ』でしたっけ?」
「いきなりどうしたんですの?」
コレーが露骨に嫌そうな顔をする。
その表情で、誰の言葉だったか思い出した。
ちょっと続く対人戦のお話。
予定より文章量が少なかったです……。