依頼書No.13 トリミュータント墜ちる。
羽根の刃を受け流した俺は、一呼吸を置いて“狂える王”を発動させる。逆立った髪が躍り、逆巻く風が足を留め、突き抜ける咆哮が肌を震えさせやがる。
「―――ッ!」
トリミュータントの鳴き声が通りすぎたんで、森の中へと駆けこんでいく。
羽根を投げナイフみたいに使ってくるのは予想外だったが、受け切れない攻撃じゃない。しかし、どれぐらい投げられるのかわからないんで、下手にあれで牽制されたらいつまで経っても攻撃できないと考えるわけ。
カーネル級のトリミュータントと同じように素早く処理しなけりゃいけない。
「さっさとヤキトリにしてやるから大人しく待ってな! って……」
メイジャー級トリミュータントへと肉薄しようとしてたのに、またどこかへ消えちまってる。だが、こいつもこいつで、学ばないな。
今度は上空からの強襲を仕掛けて、俺をパックリ食べようってつもりなんだろうな。だけどイオは『ミューノイー』だぜ、何度も言うけど。お前らもイオの本質を知ったら食いたくなくなるぜ。
「――ッ!」
「ったく、さっさと殺してやるから大人しくしてろ! そんな馬鹿をやってると、ビアンカちゃんに『人間を容易く食えないということぐらい学べ!』って怒られるぜッ!」
急降下してくるトリミュータントの顔面を殴り飛ばして、体勢が崩れたところで足の付け根、というかモモ肉にかち上げの一発を叩きこんでやった。そこにコアがあるのは、カーネル級の方をやったときに見てたからな。全く同じ場所にコアがあるとは限らないが、昨日のクマミュータントを見る限り、似た形状に成長したミュータントは大体同じ位置にコアがあると見て間違いないぜ。
だから、これでトリミュータントは翼だけで飛び上がらないといけなくなったんで、瞬間的な機動ができなくなった。
「――ッ! ――ッ!」
制御を狂わされたトリミュータントが盛大に森へと突っ込んでいく。次に飛び上がられる前に、“狂える王”の時間が切れるより早く、俺はその背中に飛び乗って最大の遠心力をくれてやる。
【ズドコグォッ】てな具合の衝撃が足元から襲いかかって、いつぞやみたいにまた宙へと投げ出される俺。というかイオの体は軽すぎる。
しかし、背中のコアをほとんど潰したから、もうトリミュータントはロクに飛びまわれないはずだ。翼を振りまわすのがやっとってところだろうよ。
「って、やっぱりまだ使えますよねー・・・」
そう、翼が動かせるってことは、羽根投げナイフが俺に向かって飛んでくるってことさ。
思うんだが、このトリミュータントは攻撃への先読み“釣り合わぬ天秤”のことを本能的に察知したんじゃないだろうか。そうでなけりゃ、俺が宙に投げ出されて反撃に備えられないタイミングを見計らって、面での制圧を仕掛けてくるとは考えにくいんだよ。
ちゃんと学習して偉い子だ。
だが、一つだけ忘れてることがあるぜ。
“狂える王”で身体能力が上昇するってことは、柔軟性も良くなるってことなんだ。
「――ッ?」
「ブン殴るだけが脳じゃねぇんだぜ!」
空中で途中からブリッジ状態になれる奴って早々いないだろ。さすがにトリミュータントの奴も気持ち悪そうにしてやがる。その状態でトンファー振り回しながら羽ナイフを叩き落としてくんだから、なおさら気持ち悪いだろうな。
でも、カッコイイって言って欲しいぞ。
こう見えて、俺は傷つきやすいんだ。
「この数だと、やっぱりダメージなしってわけにはいかないねぇ……」
着地したころには、俺の体には無数の切り傷、刺し傷ができちまってる。全部打ち落とすにはちっとばかり体勢が悪かったな。
だが、良い度胸だ。空に逃げず、正面から俺とやり合おうって気概があるのは、よ。
「ギャァッ! グアァァッ!」
「良いぜ、こいつが俺とお前の最後の討ち合いだ!」
地べたを這いずる憐れな鳥野郎を前に、俺は最後の一騎討ちに出ることにした。どちらかと言うと、すでにトカゲみたいだけどよ。
だが、翼を失っても“狂える王”を発動している俺から一歩も退かねぇこいつを、俺は意外と好敵手だって認め始めているんだ。あ、ごめん、モモ肉をぶっ叩いて柔らかくしちまったから歩けないんだね。飛べないのも、今の羽根飛ばしで羽毛になる部分が無くなったから風に乗れなくなったのか。
こうなると、馬鹿だよな。
「……よし、覚悟しとけ、このトリ頭ミュータント!」
心の好敵手は死んだ。
「グギャァァァァッ――!」
カーネル級トリミュータントと同じ運命をたどってしまったメイジャー級でしたとさ。さっきの面制圧で俺を仕留める予定だったんだろうが、それが叶わずに反撃を食らったわけ。
「ご利用は計画的に、だ。さて、そろそろ……」
トリミュータントが全て沈黙したことを確認して、俺はイオとの憑依を解く。
お姫様を助けだすのは王子様の役目だからな。
トリミュータントの体がジェル化してイオを包みこんでいった後、そこに残ったのはビアンカちゃんを抱きとめた姿だ。
「プハァッ。ビ、ビアンカ、さん……? ビアンカさん!」
「ゴホッ! ハァ……ハァ……。だ、れ……? 貴方は……イオ、さん?」
「良かった……。無事で、本当に、良かった……ヒグッ。ウゥゥ……」
鳥ってよっぽど大きくなけりゃ餌を丸飲みにするから、ビアンカちゃんは五体満足で救出されたよ。結構暴れさせたから、胃の中でだいぶダメージは受けちまったみたいだけど。
まったく、イオの奴はだらしなく大粒の涙なんか流しやがって。もっとシャンッとしろってぇんだ王子様。けど、今回ばかりは野暮なことも言いっこなしにしといてやるよ。
ビアンカちゃんがイオを認識して、これにて大団円となったら良いんだけどな。
「イオ、さん……。あり、が……」
「ビ、ビアンカさん! ビアンカさん!」
安心しろ、体力が尽きて気絶しちまっただけみたいだ。
「気絶しただけ、か……。ごめんなさい、ビアンカさん……ゆっくり休ませてあげられなくて。カリストッ」
――へいへい、ここにいますよ。って、まさかお前、今からコレーを助けに行くつもりかッ!?――
いやいや、確かに“狂える王”で急げばもしかしたらなんとかなるかもしれないけど、これは単なる希望的観測であって、もしかしたらイオの思う結果にならないかもしれないんだぞ。
まぁ、諦めてしまうか、当たって砕けるか、後悔先に立たずとでも言うのかね。
「間に合うなら、助けたい……! カリスト、ダメかなッ?」
――はぁ……。良し、まぁ、向かうだけ向かってみるかね。ただ、どうなっても自分を責めるのはやめろよ?――
「ありがとう、カリスト。やっぱり……」
――おぉっと、別にコレーのことをどうこう思ってるからじゃないぜ。放っておくのは、それはそれで目覚めが悪いだけだ――
これは紛うことなく本心だ。
第一、俺はイオが想定しているような状態で終わらないと推測している。というか、もはや確信にすら近いんだよ。
以前の“フィクスバルム”の一件から一週間近くが経ちそうな現在、さすがに動かないとは思えないからな。ちょいと、イオには酷だが話しておくとしようか。
「カリスト……? ねぇ、早くしないと本当に間に合わなくって、なんで一人だけで行こうとするのさ!?」
――まぁ、歩きながらでも俺の話を聞きな。焦る気持ちは分かるけどよ、ビアンカちゃんだって背負っていくとかなりの負担になるだろが。それに、向かってる間に目が覚めないとも限らないし、かと言ってこんなところに置いといても別のミュータントに襲われる可能性もある――
さすがにイオも、俺の正論に口を閉じなきゃいけなくなったな。本当に高望みも良いところだぜ、イオよ。
「ぐ……。カリストが珍しく……正論を」
――おいっ! 俺がいつも間違ったことばっか言ってるようなことを申し上げるな! お前絶対に、そういうところをちゃんと考えてなかったところ誤魔化そうとしてただろ!――
さて、イオのこの空気感ずらしちゃうところどうしようかね。せっかく良い感じなのをぶっ壊すのやめなさいって言ってるでしょ。
それは置いといて、これから話すことは俺の確信とも言える推測だ。コレー達のことを良く知っている俺だから、この推定の話がかなり高い確率で当たっているという自信がある。
「わ、分かったよ……。でもあまり長くならないようにね」
――信じてねぇな。そんなに俺のことが信用できないなら、俺と賭けをしようぜ――
「賭けるって、何をさ? カリストが僕に渡せるものなんてないでしょ?」
――じゃあ、イオが心配する通りのことになってたら、これから二度と『ワールド・レディー』を買わなくて良いぜ。でも、俺の予想通りだったらこれ以後も新作が出る度に絶対に買え――
「え、えっと……わ、わかったよ。第一、あれの新作が出るのって数年に一回だからね、あんまり損な賭けじゃないし」
まぁ、そうなんだけどね。でも、俺には目の前にある『ワールド・レディ』だ。
おっと、イオと話してると脱線しちまうな。ビアンカちゃん絡みだとさらに顕著だぜ。
――それでは、どうぞカリスト劇場へ――