依頼書No.12 ビアンカちゃんorコレー?
組みついてでも聞きだしたいだろう焦燥とした表情のイオを宥める俺。
なんとかボールちゃんが少しずつ説明を始め、何が起こったのか把握できるようになってきたんだ。が、これはいささか緊急の案件みたいだ。
簡単に説明するなら、メジャー級ミュータントの討伐に向かったビアンカちゃんとボールちゃんだが、そこで出会ったのは一体のメイジャー級ミュータントとカーネル級、3体ばかしのメジャー級ミュータントだったわけだ。
数えてブリガディア級のミュータントどもがバシュキルシェの側にいるとか、ゾッとしねぇな。しかもそれが、ビアンカちゃんが時間稼ぎしてボールちゃんが全力で転がってこないといけないぐらいに機動力のある鳥型ミュータントともなれば、緊急依頼の発令もあり得るだろうよ。
「……」
イオも、そこまで聞いたんじゃ大急ぎでビアンカちゃんを助けに行きたくなるだろうな。現に、門番にボールちゃんを任せて道具の確認をしてるんだもん。まぁ、俺が手伝ってやりゃなんとかならんこともない相手だしな。付き合ってやるよ。
――あんまり焦るなよ。ビアンカちゃんなら、救援がくるまで持ちこたえられることを予想してボールちゃんを逃がしたんだろうしな――
「いや……それは、ダメだよ……! ゆっくりなんてしていられないッ」
イオの奴、今回ばかりは妙にビアンカちゃんを信用してないじゃないか。パーティー解体で不安になってるのはわかるけどよ、ビアンカちゃんの成長は目覚ましいぜ。この間のメイジャー級ミュータント相手にだって、ほとんどビアンカちゃんとアーティだけで押してたじゃないか。
――近くに森があるってことだから、ビアンカちゃんの機動力があればしばらくは時間稼ぎできるぜ? せめて、もう数人は人手が集まるのを待つべきじゃねぇか?――
そう提案してみる俺だが、どうやらそれも叶わない様子だ。
最初に気づいたのはイオだ。
「あの煙は……ビアンカさ、いや、違うッ。僕らが向かって戻ってきたルートだッ!」
俺達がつい三半刻ぐらい前まで歩いていた街道の通りに、狼煙が上がっているのが見えたわけだ。そして、それが危険を知らせるための狼煙だということはイオにも俺にも分かる。そしてそして、今の状況がどういう状況なのかも次第に飲み込めてきちまうんだよな。
――あんまり考えてる時間はないぞ?――
「そ、それは……」
悩むのも無理はないさ。イオに突き付けられた選択って奴だな。
ビアンカちゃんか、それともコレーを含む元パーティーメンバー達か。
助けに行けるのは、どちらか片方だけだぞ。
言っておくが、俺は何にも助言はしねぇぞ。俺が何を言ったとしても、イオが納得して選べなけりゃ後悔を残すだけだからな。
――自分で選べ。これから先、こんな選択はいくらでもあるんだからよ――
まだイオには酷かもしれねぇけどよ。
「ビアンカさんッ。いや、でも、コレリーウスさんも……。やぱりビアンカさんを助けたいけど、他の皆も捨てておけないしッ……」
いつまで悩むつもりだろうね。そりゃ、直ぐに決断出来ても冷血な感じはするけどさ。
こういうとき、あいつがいたらきっと言うに決まってんだけどな。
「何を迷っている! いかなる時も己の信じた道を進むのが冒険者だと、教えただろうがッ」
そうそう、こんな感じで冒険者の心得を投げつけてくるんだよ。
「えッ……?」
――えッ……?――
驚いたよ本気で。だって、本当にコロナ=プロミネンスの声が聞こえてくるんだもんよ。
俺もイオも、コロナの激励が飛んできたことに唖然としちまったよ。
振り向けば、そこにはカロン支部長がいらっしゃったぜ。それと、影を人型にしたような何かも、だ。
「驚かせて悪いね。でも、これぐらいでなきゃ、若人は決断できないでしょ?」
「え、えぇ、まぁ、なんとか決断出来ましたけど……。そ、そちらのプロミネンス最高指揮者は……?」
「あぁ、これは俺の個人技“影武者”だよ。自分の影を、こうして他人の身代わりとして生み出せる力かな。今はコロナ最高指揮者を指定してるけど、他にも選べる優れ者だね」
たぶん、影で作られた身代わりは、コロナの声や思考をそのまま真似することができるんだろうな。さっきの声音や口調は、どれをとっても俺が知るコロナのものだったぜ。
「それなら良かった。若者は、やっぱりこうでなくちゃね」
――イオ、決まったなら進め。グダグダしてると、どちらにも間に合わなくなるぜ――
「はい……。そうだねッ」
漸くイオが立ち上がり、意を決した顔で走り始めた。
行く先は決まっている。
「ビアンカさん……待っててください! ニクス、ハリメデさん、コレリーウスさん、ご……」
――謝るな。コレーだってこうなることは覚悟の上で冒険者をやってんだ。立ち止まるなら前を向いて立ち止まれ、うつむくなら進みながらうつむいていろ。それが冒険者の生き様だ――
「……そうだね」
イオが小さくうなずいて見せてくれたんで、俺も安心して見送れるってもんだ。けど、イオのことだしどうせ心の中で謝罪してるに決まってる。
博士やハリベーについてはイオの自由にしても良いだろうよ。その謝罪は、そう言うことにしておけ。
――それじゃ、行くぜッ! “狂える王”で十数回も飛ばせば間に合うだろうよッ――
誰も見えだろうってところまで走ってから、俺はイオに憑依して個人技を発動させた。身体能力を大きく向上させた全力疾走なら、一日ぐらいの距離を、インターバル込みでも数時間で走りぬけられんだ。が、それでもビアンカちゃんを助けてコレーの元に駆けつけるってぇのは難しいのが、な。
ボールちゃんから聞いた話からすれば、ビアンカちゃんの位置からコレーが狼煙を上げたところまでさらに一日ぐらいの距離にある。コレーがメイジャー級ミュータント相手に数時間も持ちこたえられるとは思えないから、望薄だ。その逆、コレーを助けてからビアンカちゃんの救援に向かう方法も、イオの様子を見る限りでは無理な案みたいだ。
どうして今回に限ってはそこまで信用がないのかと思ったが、たどり着いてみれば簡単なことだった。
「……さすがはビアンカさんだね。一体は、なんとか倒したみたい」
――おう、だろ? ビアンカちゃんならやると思ってたよ、って言いたいところだけどよ。そのビアンカちゃんは、あの様かぁ――
一体分の白濁ジェルが地面に転がっているのを見て安堵したのもつかの間、鷲かアホウドリかツルか、鳥の区別なんてほとんどつかない見た目のミュータントが、ビアンカちゃんを咥えているのが見えるんだよ。
「は、早く助けないとッ。ビアンカさんは、鳥が大の苦手なんだよ!」
――鳥が、苦手……? トラウマじゃなくてトリウマなの?――
「うん……。昔、バシュキルシェに来る前の街で、鳥の鳴き声の所為で教師になる試験を落ちたことがあるんだって。それ以来、鳥を見ると大きさ次第だけど身がすくみ上がることもあるって……」
――だから、『小鳥なんか』ね。意外な弱点があったんだな……って、感心してる場合じゃねぇや、丸飲みにされちまったよ――
話してる間に、ビアンカちゃんがトリミュータントの口腔へと潜り、喉の洞窟を通って行くのがよく分かるね。たぶん、あれがメイジャー級の方だろうよ。あっちの鎖の首輪や腕輪、というか羽輪をしているのが取り巻きのカーネル級か。
うーん。おや、イオの様子が。嫌な予感がプンプンするぜ。
「び、び、ビアンカさァァァァァァッ! クソォォォォォォオォォォォッ――!」
――ば、馬鹿、イオ! そのまま突っ込んでもお前じゃ同じ轍を踏むだけだろうが!――
予想通り、ブチ切れてトリミュータントに突っ込んでいっちまった。慌てて追いかけて、何とかイオに憑依できたけどさ。
これ、我を忘れて憑依に同意できなかったら本気でヤバかったよ、イオ君。
「さて、久しぶりにいっちょやりますかッ」
ここは気を取り直して、トンファーを抜き放てば準備完了だ。ここ数日、暴れられてないんで鈍ってたんだよな。
直ぐに大きな動きをすると体を壊しちまうから、まずそちらのカーネル級から参りましょうか。準備運動には丁度良いぜ。
俺に気づいたトリミュータントも、遊んで、遊んでと戯れにくるじゃないか。可愛くない奴め。
「ガァッ! ガァッ!」
「悪いが、お前らみたいな不細工なのは遠慮願うぜッ! “武を司る者”!」
啄み攻撃を仕掛けてきたカーネル級の頭を、回転力の蓄積されたトンファーで殴り飛ばしてやったぜ。次は、その翼に並んでるんだろうコアを順番に叩き割って行くぜ。
「覚悟しやがれ! どうせ、羽毛の下にゃたっぷりとコアが隠れてるんだろ?」
駆け出し、飛びあがろうとしたカーネル級トリミュータントの鎖の首輪を引っ掴む。
「クワッ!」
つくづく、驚いてるのか威嚇してるのかわからん奴らだな。
「“狂える王”!」
けど、遠慮なくグルリ、グルリとブン回してポーイッだ。皆は森にミュータントのポイ捨てなんてしちゃいかんぞ。自然は大切にしなけりゃな。
【ズギャギャドドドッ】て木々を薙ぎ払って森に道を作って行くカーネル級トリミュータント。土煙りの中を一気に駆け抜けて、ノビてやがるところを連打、連打、連打だ。
「これはビアンカちゃんの分! これは木一号君の分! これは木二号さんの分! これは木三号様の分! これは……木何号か忘れた奴の分だぁ!」
自然を破壊しながら巨体が滑って行く爽快感がたまらず、“狂える王”の時間一杯までコアを砕きながら殴り続けちまった。悲しいな。木の仇を討つ度に、また犠牲がでるんだからよ。
そして、ビアンカちゃんの残してくれた鎖が消える。
「確かに受け取ったぜ、頼みの綱って奴を、よ。というか、鎖か」
ビアンカちゃんの個人技“飛鎧”が鎖を残してくれなけりゃ、カーネル級トリミュータントをこんなに早く倒せなかったぜ。それが消えた今、完全に意識が途切れたと見て良いだろうよ。
死んでいないとは思うけどよ、さすがに急がないとヤバいかな。
「さすが猛禽ッ! やっぱりそう言う強襲が得意なんだな!」
頭に過ったメイジャー級トリミュータントの攻撃を、俺は森の中へと駆けこんで回避しようとしたんだ。が、そう上手くはいかないんだよな、これが。
「チクショォォォォォォォォォォォッ! 全然動きが止まらねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
巨体が森を薙ぎ払って低空飛行してくるから、さらに木達が犠牲になっちまう。俺だって、さすがに飛び続けるミュータントを軽々と武器で捉えるようなことができんぞ。何とか動きを鈍らせないといけないんだが、こりゃ難しいね。
せめて“狂える王”の休憩時間が過ぎるまではどうしようもない。
「ギャァッ! ギャァッ!」
「どうした、ものか……。普通に、この手のミュータントは、厄介で……ッ」
地面スレスレを飛びながら森を草刈の如く容易く削る怪鳥が、俺も食おうとケツを啄んでくるんだ。
イオの体を食っても美味しくないって、何度言えば分ってくれるんだろうね。ビアンカちゃんならカリッカリッのプリップリッで美味しいかもしれないけどさ。このいやしんぼめ。
「うぎゃッ!」
「お前らはどんだけ食べれば気が済むんだよ!? 人間三人くらい欲しいのか!? そんなに食べてどうするつもりなんだよッ」
これ以上、どんなに人間を食べたところで姿を変えられるとは思えないんだ。それなのにミュータントどもは食べ続ける。単なる生きるための栄養か、それとも習性とかそれだけなのか、どうしてそこまで獲物を喰らおうとするのかはわからないね。
ただ、言えることは、こんなところでこの「クワクワッ!」とうるさい鳥頭どもから逃げていても埒が明かないってことだな。
俺は、森を抜けたところで踵を返すわけだ。さっきまで追いかけてきていたメイジャー級トリミュータントが、いつの間にかどこかへ消えてやがる。鳥だし、どうせやってくるなら上だろ。
と、見せかけて。
「キュォォォォォォォォォォ――!」
「そんなのありかよッ!」
“釣り合わぬ天秤”が答えを見せくれたおかげで、存分に驚くことができたぜ。なんせ、羽毛の一本一本が鋭い刃となって森の中から放たれるんだからよ。
俺じゃなかったら、トンファーで全弾を撃ち落とすなんてできなかったね。