依頼書No.10 森の三連星を倒せ!
『コレリーウスさん!?』
そりゃ、誰もが声を上げてコレーの安否を気遣ったさ。だが、俺は確信していたね。
――大丈夫だ。咄嗟に跳んで、背中の包丁の腹を盾にしやがった。お前らは急いで囲いを突破しなッ――
クマミュータント中に殴り飛ばされたコレーへ視線が集中したのを見逃さず、イオがいつもの伊達メガネをかけてた。
「そう……。みんな、コレリーウスさんなら大丈夫ッ。今のうちに行くよ!」
イオが俺の指示に従って二人を指揮する。ハリベーは残念ながら腰を抜かせて逃げ惑っているだけだ。
イオと博士、モォちゃんはクマミュータント小に向かって散開し、振り抜かれる熊の手を回避して囲いを突破した。熊の手がイオの腕ぐらいの木を軽々と二つにしちまう光景は、俺でもヒヤヒヤしてくるぜ。
コレーがなんとか動き出したのを見て、思わず息が漏れるぐらいにな。
――手はあるのか? 無理そうなら俺が……――
「なんとかやってみるよ……」
イオはそう言ってるが、三人とは言えウォーラント級の相手は不安だぞ。四体目がいないとも限らないし、他にも集まってくる可能性だってあるんだ。
「さっきからブツブツ何を言ってる、イオ?」
「ごめん、ニクス。足止めにかかるから作っておいて! モウポリエさん、右からお願いします!」
博士の訝しげな言葉に応えて、イオがクマミュータント小に向かって駆けてった。腰の手作りホルスターから武器を引き抜いて、回転力を溜めながら懐に飛び込もうと頑張るんだ。が、振り下ろされる丸太の如き腕に阻まれちまう。
なんとか横っ飛びに避けて、小さく息を漏らす。抉れた地面に冷や汗が流れてるらしい。
回避と同時に攻撃を仕掛けに行くってぇのは、存外難しいものでな。隙とかタイミングって問題だけじゃなくて、呼吸だな。イオに才能がないと思うのは、その呼吸が今でもまだ会得できてないからなんだよ。
「任せてッ!」
イオと入れ替わりで、クマミュータント小の死角からモォちゃんが飛び込んで行っちゃったよ。そして両の拳で一発ずつのジャブ。拳は触れてないのに白い体がたわんだぞ。
すかさずクマミュータント小の反撃が二振りくるけど、それを軽いフットワークで回避。からの、生まれた隙に真下から突き上げる一撃だ。やっぱり触れてねぇな。
小さきクマミュータント選手、たまらずダウンだぁ。一体どんな個人技を使ったんだぁ。
しかし、スリーカウント待たずして立ち上がってくる。タフだぞ。こいつはタフだ。
コアを砕かない限りはいくらでも再生してくるぜ。
――首より上のコアは首の裏にあるみたいだ。モォちゃんにはこのまま腹と胸のを狙わせろ。それと、イオには見えたか、モォちゃんの個人技が?――
「ハッキリとはわからないけど、拳とミュータントの間に塊みたいなのが生まれて殴ったよ……」
個人技によって作られる空気の塊か何かなのかもしれねぇな。
まぁ、見ての通りだが、イオに比べれば雲泥の差だな。わざと攻撃を誘って、大振りの後に間髪入れずカウンターだ。
「こいつでどうだ! “想造”!」
立ち上がり切る前に、今度は博士が個人技を発動してくれたぜ。
地面に片膝と手を付いたら、土塊が蠢き始めて形を作っていくんだ。それは次第に形がハッキリしていって、一本のロープに長い竿が付いた代物が出来上がったな。ロープの先端が輪っかになっているところを見ると、動物なんかを捕まえるための跳ね上げ式足括りトラップだな、これ。
多分、誰かが足止めを強く意識しちまった所為だ。
「えっと……もう少し掛かりそう?」
「あぁ、今度はそいつをぶっ飛ばせそうなのを頼むぜ……」
モォちゃんがひたすらにクマミュータント小を惹きつけてくれている間、男どもと言ったら呆けてやがる。
簡単に説明すると、誰かが強く想像したものを、土を変質させて作り出せるというのが博士の個人技だ。自分の想像じゃなくて、他人の想像した物というのが使い勝手の悪さを象徴しているな。普段は言葉巧みに欲しいものの形を想像させるんだが、闘いの際は上手くいかないこともあるから要注意だ。
想像力の賜物なんで完璧な代物は無理だし、元は土だから食べ物を作ることもできない。当然、十分くらいで元の土塊に戻っちまう。同時にいくつも作れるから、一回くらいの失敗はなんとかなるけどよ。
個人技の中では汎用性はあるが、戦闘に関しては不便な個人技だな。
戦いに集中しながら逆転可能な代物を考えろ、などというのはなかなか簡単なもんじゃない。
――難しく考えるな。何があればこの状況を打開できるか、だ――
「そんなこと言っても……。モウポリエさん、どうか何か、良い案出してくださいよッ」
「え、えーと……爆弾、とか?」
イオも焦って頭が真っ白になってるみたいだな。モォちゃんに割り振ってみるけど、やっぱり彼女の方が余裕を持ってるぜ。けど、もう少しちゃんと個人技について説明しておくべきだったぞ。
「悪いけど、爆弾は難しい……。モウポリエさんが専門家だって言うなら別だけど」
そう、複雑な構造をした代物の場合だと、想像している奴が細部まで理解していないと形だけしかでき上がらない。爆弾のように、ガワと火薬と導火線で構築されているという構造はわかっても、理論のわからない道具はガワに砂を詰めただけの団子が出来上がるのがやっとなんだ。
大きな武器とか、単純で威力のあるものを考えないとダメなんだよな。ミスリル鋼ぐらい堅い何かだ。
と、そんなことを考えてる間にクマミュータント小が動いたぞ。
「えっと……じゃあ、はッ!?」
――イオ、モォちゃんは攻撃に個人技を割り振ってる分、防御は薄いぞ!――
「クッ! なんとかぁ……!」
「ッ!?」
モォちゃんの反応は完全に遅れちまってた。間合を詰めてきたクマミュータント小は、迎撃するのも避けるのも困難なくらいの体躯をしてやがる。
そこへ、イオが横合いからぶつかることで少しだけ怯ませるものの、勢いはあまり落ちてないみたいだ。逆に腕の一振りで吹き飛ばされて無様に転がってやがる。
――おい、大丈夫かイオッ?――
あ、クソ、ダメだ。今ので眼鏡も外れちまった。何とか息はしてるみたいだが、イオは防具がないから相当のダメージになっただろうな。
「俺がッ!」
ここで飛び出したのは博士だ。大盾を構えて、モォちゃんとクマミュータント小の間に躍り出る。当然、クマミュータント小は博士を吹き飛ばそうと腕を横に薙ぎ払ったさ。それを正面から、まともに受け止めたらどうなるかぐらい、大盾の使い手を見てきた俺がわからなわけじゃない。
そう、襲ってくる衝撃と盾の重量に振り回されて、腕に酷いダメージを受けるんだ。
「……」
「あ、あ……う、うわぁぁぁぁぁッ――!」
案の定、博士の腕はおかしな方向へ折れ曲がっちまった。モォちゃんは、あまりの出来事に謝罪の言葉も出てこないくらいに顔をしかめている。
当然だ。サージェント級までは体長3mくらいが限界だから、今まで骨が覗くような酷い怪我をする奴なんてそうそうは見てこなかっただろうよ。
博士はしばらく復帰できそうにねぇな。
ここで、漸くイオが意識を取り戻したみたいだ。
「いてぇッ! いてぇよッ! イオ! 腕が、いてぇッ!」
「ッ……。ご、ごめんなさい……。後はこちらでなんとかしますよ。カバンの中に治癒薬が入ってますから、飲んでください」
博士が縋りついてくるのを宥めようと頑張っちゃうイオ。治癒薬一つの損なら依頼料でペイできちまうが、わざわざイオが分けてやる必要はないだろ。
博士がヨタヨタとおぼつかない足取りで荷物を放り投げた方へと歩いて行く。
しばらくはイオとモォちゃんが木々を盾に一進一退の攻防を続け、クマミュータント小の腹と胸のコアを壊すのに成功する。俺は手伝う必要なさそうなんで、ちょいとコレーの様子を見ておいてやるか。
イオ達とは少し離れたところで、コレーもクマミュータントの大と中の二体を相手に奮戦してやがる。まぁ、そうそう簡単にやられてもらっても困るけどよ。
大振りの武器を使う所為で、コレーが選んだ位置はクマミュータント大と中も戦いやすい位置になってるな。
「ツゥッ……!」
クマミュータント大の攻撃をドデカイ包丁でギリギリいなして、隙を突いて小振りの包丁で毛にあたる外殻を切り落として行く。刃物でどうして外殻が削れるのかと言われると、俺も詳しくはしらないんだが。確か、魚の骨なんかを断ち切るための包丁があるらしいな。
だから、細い外殻なら何とか切り落とせないことはないわけ。
だが、ミュータントの再生力がすさまじいことは覚えておいでのはずだ。個体差にも寄るものの、多少のダメージなら数秒もあれば元通りになる。コアから完全に離れちまっても、殺し切らない限りは外れた外殻が自動的に戻るんだよ。
あの外殻の一部一部が生きていて、コアを中心に集合して変形を繰り返すってぇ説があるぐらいだ。コアが破壊されても死なない限りは、またコアが分化して外殻を維持するわけ。
「ハァッ!」
少し話は戻して、コレーはドデカイ包丁と骨断ち包丁でなんとか外殻を削り、露出したコアを叩っ切るという所業を見せつけてくれている。
ミュータントの再生に対してその行動がどうして間に合うのか、と尋ねられれば、当然ながらコレーの個人技と言わざるを得ない。
コレーの個人技“刃の前に臥せ”は、刃物で切った生物の再生力を遅くすることができるんだ。
「これで、一分くらいは元通りにはなりませんわ……。もう少しコンディションが良ければ、三十秒ほど伸ばせるのでしょうけれど」
コレーの言う通り、コンディションによって影響時間が三倍くらい開いちまうみたいだ。こいつを食らうと、人間でも治癒薬を飲んだところで傷が治らないから厄介でな。俺も昔には、何度か血を流し過ぎてヤバいことがあった。
だから、クマミュータント中は徐々に外殻を失って、再生力が戻る前に丸裸のコアを叩かれるって寸法よ。残るコアはたぶん、一つくらいだな。胸、腹、背中、の三か所まではわかったんだが。
「あと一つは……」
流石のコレーじゃ思いつかないかね。
いや、生物としてここがないと、って場所ぐらいはわかるか。手足はなくても生命活動はできるんだしよ。
「そこ、ですのね……」
コレーも気付いたみたいだな。
さて、どうやって3mを超えたクマミュータント中の首筋に、攻撃を叩きこめるかだ。
時間をかければコアを失った下半身と前身がジェル化して倒れてくれるかもしれないが、手負いの獣を舐めて持久戦に持ち込むもうとするのは危険だぜ。速攻を決めに行くというのも問題だけどな。
「クッ!」
ほら、一匹に集中してると後からクマミュータント大が攻撃をしかけてくる。何とか受け流せたみたいだけど、今度はクマミュータント中が殴りかかってくる。上手い具合にコレーをボールに見立ててリレーを始めやがる。
それを受け流して致命傷を避けるコレーもコレーだが。
「トトトッ……。ちょっと、しつこい……ですわよ!」
流石は何度となく俺の攻撃に耐えてきた経験を持つコレーだ。数度目のショットに何とか踏みとどまって、【ブウォォンッ】ってドデカイ包丁を上段から叩きこむ。クマミュータント中の溶けかけたけた腕が弾け飛び、パックリとヒラキになっちまいやがった。
けど、クマミュータント中もまだ倒れず、片腕だけでコレーへハグをしかけに行ったぞ。これは、コレーの動きを止めてクマミュータント大に任せる作戦だな。私に構わず一緒に攻撃して、って言う健気な捨て身攻撃だよ。
「その献身、気に入りましたわ……。強い者も大好きですのよ……」
見事に片腕のクマミュータント中に捕まって、強がりを言っちゃうコレー。ドデカイ包丁を持った側の手はハグされたままで、体を押し倒すようにコレーの動きは止められているわけだ。そこへ近づいてきたクマミュータント大が、コレーへダブルスレッジハンマーを炸裂させる。
【ドゴメシャァッ】などと言うおぞましい音を立てながら、血飛沫が舞った。というか、舞ったのは白いジェルだった。
「残念でしたわね」
扉ぐらいなら片手でぶっ壊す怪力馬鹿のコレーだ。クマミュータント中の体を持ち上げるとはいかないまでも、盾として傾かせるぐらいのことはできる。傾いた巨体の先には首筋があり、見事にダブルスレッジハンマーをそこへ命中させたわけだ。
正直、あの巨体を身体能力だけで傾かせるということがデタラメなんですけどね。
コアが破壊されるだけにとどまらず、クマミュータント中の頭が外れかけてプラプラしちゃってるじゃないの。なんて恐ろしい子。
「ふぅ」
動かなくなったクマミュータント中を横に投げ捨て、軽く呼吸を整えただけでクマミュータント大に向き直れちゃうコレー。怪力なだけじゃなくて、体力も人並み外れてるみたいだな。
さて、これはもしかしたら、イオ達が終わらせるより先にこっちが片付いちまうかもしれねぇな。