依頼書No.9 ミュータントどもが来る!
今年はもう投稿しないと言ったな。
すまん、ありゃ嘘だ。
というわけで済みません。ちょっと文章量が投稿規程に足りなさそうなので今年最後とさせていただきます。
さて、野兎という食糧を手に入れた俺とイオ達は意気揚々と阿呆二人の待つキャンプ地点へと戻った。流石にテントは完成していた。良くできました。
早速コレーが野兎を捌き始める。
残念ながら血抜きをしないと臭くて食べられたものではないため、コレーの料理を品評してやれるのは早くとも明日の夕方だな。驚いたことと言えば、コレーの奴、こんなところにまで調味料とかを持ってきていやがった。
別に駄目とは言わないまでも、香りのきつい物は基本的に冒険者の仕事に持ってこないもんだ。動物的なミュータントなら、それを餌か何かと思って近づいてきちまうからな。
野兎の血抜きも、革袋を使って臭いが外に漏れないよう気を使うんだ。そういや、コレー達はちゃんと出した物の処理はしてきただろうか。
「本当に捌けるんですね。凄い手際です」
イオもコレーの腕前に感心しちまってる。兎の皮があっという間に剥かれたぞ。
「問題はあ……うが」
はて、何か聞こえた気がしますが、イオ君が何かおっしゃいましたか。
「モウポリエさんは、料理とかされるんですか?」
おっと、ここでイオがモォちゃんにアプローチをかける。
「えッ? あ、あぁ……えっと、私はしないかな。不器用で、刃物みたいなのは扱えないから」
「僕は家が大工と木工細工のお店だから、細かい作業は得意なんです。なのに、母みたいに上手く料理はできないですね」
うーん、何度も思っていることだが、イオはもう少し気の利いた会話ができると良いんだけどな。そうしている間に野兎さんは革袋の詰められ、血抜きをするだけになった。
そのころにはイオ達も夕飯に移る。お家で食べる温かい料理ではなく行糧だ。保存食を含む旅のための食いものだな。
「いつも思うけど、保存食ってもっと美味しくなれば良いと思うんですよね」
イオの言う通り、保存食っていうのはまず日持ちすることが重要だから、どうしても味が落ちる。
イオが食べているのはガチガチに堅く焼いたパンと、それに塩漬けの香草である。香草を湯に漬けて塩と香りについてスープを作り、噛み切るのがやっとのパンを浸してから食べるのだ。
「モウポリエさん、コレリーウスさん、俺の乾燥ソーセージなどどうですか? 今回は少し奮発しましてね」
「ニクス、抜け駆けするなと約束したでやんす! お二人とも、僕のチーズはどうでやんすッ?」
おうおう、阿呆二人が求愛行動してやがるぜ。
だがな、そんなにがっついた男どもの皮を被ったチーズ臭ぇソーセージなんざ女は遠慮するもんさ。
イオなんて、我関せずって顔してスープをすすってんじゃねぇか。いや、お前はもっとがっついた方が良いと思うな。イオが奥手を貫き通すってぇなら、俺がそのふざけた幻想をぶっ壊してやっても良いんだぜ。
「気持ちはありがたいですわ。けれど、就寝前にはあまり食べない方が体に良いですわよ」
「私も丁重にお断りしておくね。これ以上は太りたくないから」
二人に断られて、阿呆どもも渋々と自分達の食事に戻る。
「……」
「イオ君はどうかしたのかしら?」
「あ、いえ、ただ……モウポリエさんってそこまで気にするほどの体型ですかね? コレリーウスさんもですが、十分に引きしまった手足をされていると思うんですが」
イオが気にするのも無理はない。
奴とてちゃんと鍛えてはいるものの、どうもがっしりとした肉付にならないんだよな。食べる量の問題なのか、鍛え方が悪いのか。
「確かに、モウポリエさんの筋肉の付き方は理想的ですわ。もしかして、それぐらい気にするほど意中の方がいらっしゃるのかしら?」
「ハハハッ。コレリーウスさんって意外に鋭いですね。えっと、誰かは秘密ですけどいます」
図星を突かれたモォちゃんが、気恥しそうに答える。愛い奴め。
「イオ君はもっと鍛えた方がいいですわ。なんでしたら、私と特訓をしましょう! 特訓を!」
「えッ……えっと、いや、流石に、これ以上は体が持たないので……」
コレーの悪い癖が出た。
俺も、顔を合わせる度にコレーの特訓に付き合わされたっけか。勝てるまで突っかかってくるし、ワザと負けたらそれはそれで怒るし、で大変だったぜ。
「やっぱり、考え違いでしょうか……」
どこか懐かしむような表情をしながら、コレーが小さく呟く。
何のことか、考えるまでもない。イオが『ジュピター』こと、カリスト=リタニアかどうか悩んでいるんだ。イオは俺じゃないし、俺はもはやコレーとの約束に応えてやれる状況じゃない。仮にイオの体を借りたところで、今の俺にはそれができない理由がある。
そう、12年前の真実を暴くまではな。
あぁ、シケちまった。もう、俺は寝るぜ。
英霊の俺は別に食べなくても良いし、寝なくても良いんだけどな。それでも、意識をしばらく途切れさせることはできるんだよな。
ただ、このことで俺は後に後悔するんだが、それはいずれ話すとするぜ。
翌朝からイオ達は薬草採取に取りかかっていた。
俺はというと何もすることがないので、残念ながら見学しているしかないわけだ。
『……』
三人の固唾を飲む音が、薄暗い森の中に響く。僅かな物音に、イオとハリベーと博士は耳をそばだたせて、一歩一歩を慎重に進めてやがんの。
そんなに緊張しなくても良いと思うが、基本的に小心者達だからな。
三人に合わせて、動じていないモォちゃんやコレーはとりあえずと言った様子で音を殺して移動する。モォちゃんなんて、同じサージェント級とは思えないくらい様になってやがるぜ。コレーは残念なことに、武器が大き過ぎて上手く忍び切れてねぇな。
周囲にミュータントの気配がないことを確認しながらの行動だが、お目当ての薬草が一か所に群生してくれてるおかげかね。朝から半刻も経たないうちに目標の量を採取できちまった。
「よーし、敵影なーし」
「なしでやんすー」
「うん、大丈夫そうですね」
「退路も確保してあるから、そんなに気を張り詰めなくても良いと思うよ」
「私みたいにせっかちなのよりかはマシですわ」
こうして今は、追加報酬を求めて次の群生地点を探しているわけだ。
博士、ハリベーが前方を見張り、イオが左右に気を向ける。そしてモォちゃんとコレーが後方を確保するという布陣か。
「それにしても、奮発してくださいましたわね。普通なら五十束でこの依頼料は珍しいですわよ。追加報酬も加えれば、この依頼が残っていたのは幸運ですのよ」
コレーの言う通り、今回の依頼はP.Pだけに限らずかなり報酬が良い。普通なら治癒草一束が1000Yeで、治癒薬にすれば5000Yeに跳ね上がる。
要するに、五十束なら5万Yeの治癒薬25万Yeは固い。当然、素人に治癒薬は作れねぇから治癒草があったからって売りさばけるものじゃねぇが。日持ちもしねぇしな。
だから、薬草採取なんて依頼は依頼人の儲けに対してあまり高い料金にならんのが常だ。ウォーラント級に認定されても五十束1万~1万5千Yeが精々なんだが、今回はそれですら2万Yeだ。さらに、百束で2万5千Yeだぜ。
「そうだね。朝起きは得って言うけど、イザベリアに来てから初めての仕事が皆と一緒で良かったな」
「嬉しいことを言ってくれるでやんす……」
「ほ、褒めても何もでないぜ」
はぁ、これだからこの阿呆どもは。まあ、モォちゃんは元々『冒険の家:ラオメディア』に所属していたみたいだし、ここみたいなのんびりした空気は珍しいんだろうよ。動じないではあるが、牧歌的とでも言うような性格のモォちゃんには合わなかったはずだ。
「ラオメディアは、ギルド職員の僕から見ると、効率良く依頼書を消化してくれてたからよかったんですけどね。所属しようか、ってことになると僕みたいなのはお呼びじゃないって感じでしょうか。
モウポリエさんは、やっぱりそう言うのが嫌でイザベリアに? 少しずつぐらいなら報酬を多い目に都合できますけど?」
イオよ、君もお金は要り用じゃないか。そのお人好しさは、もしかしたら高得点なのかもしれないが、人によっては経済観念がないって思われるかも。
なんて恋愛診断なんてやってるけど、本当に余裕ないんだよ、イオ君。
治癒薬一個で報酬が吹き飛ぶぐらいの実力しかないんだから。お前らの問題は、治癒系の個人技持ちがいないことだろうな。それ自体が珍しいから仕方ねぇんだけど。
「え~と……大丈夫だよ、ありがとうね。ラオメディアでは、こんなに優しくされたことないから戸惑っちゃうなぁ」
モォちゃんも苦労してるかもしれないけど、大丈夫そうなら待っててやってくれ。もっと、イオを稼げる奴に育てて君の元に送り出すぜ。
こうやって苦労してるのも、全部ミュータントって奴らが悪いんだ。
世界的に見て、経済の損失の半分以上はミュータントが流通を阻害してるせいって話らしいな。軽い切り傷を治せる薬草一束が1000Yeってぇのは問題だし、裂傷ぐらいなら痛みを和らげて軽い止血までできる治癒薬が5000Yeなんて、破格ではないにしても冒険者にゃ少しばかりきつい出費だ。
イオなんてそんな苦労を五年間もしてきたんだ。博士やハリベーなんて、まだ三年じゃん。しかも、イオはミュータントに襲われて放置された商隊の残骸を漁って道具を持っていったりしない優しい子だからな。
不器用な生き方しかできないから困りもんだ。
さて、長話もそろそろ切り上げて、さっさと薬草を詰め込んだ袋を村に届けに行こうぜ。って思った矢先だよ。そいつらが現れたのはさ。
俺達の背後で疎らに立ち並んだ木々が【メギギヂヂヂッ】と圧し折れる音が聞こえたのもつかの間、ハリベーの背後に低木を掻き分けて現れた巨体が腕を振り抜かれたんだ。
「ッ!?」
人の頭部ぐらいはあるかどうかってぐらいの手の平が、ハリベーの咄嗟に出した数センチの針に突き刺さりながら寸止めされてホッとしたぜ。
それでも状況は改善されてなくて、ハリベーはそれでほとんど戦意喪失してやがった。
「ハリメデさん!?」
「ダメだ……。ビビってやがるッ」
「こっちからも来たよ!」
「なるほど、似たような見た目では一般人にとってすれば一体に思えるわけですわね」
イオ達が慌てて臨戦態勢に入るも、既に三体のミュータントに囲まれちまっていた。
二メートル前後、見える範囲では腹部と胸部にコアが一個ずつ、ウォーラント《二尉》級と推定して良さそうだぜ。しかも、それが三体だから1ランク上のルーテネント級の難度と来た。二体の時点で1ランク上昇するため、単純なルーテネント級よりかは厳しい。
さて、目の前のミュータントは色々と動植物が混ざっちまってる感じだが、一言で言い表すなら熊だ。猛獣と名高いクマだ。いやぁ、クマった、クマった。って言ってる場合じゃねぇな。
この森にはクマが出没していたのかもしれんけど、それを食って取り込んだのがこのミュータントってわけらしい。しかも、大中小と親子っぽいのがまた泣かせるぜ。
「ウォーラント級三体ですから、数えてルーテネント級……。私が大きいのと中くらいのを引きつけておくので、四人――いえ、三人で片づけた後に手伝ってくださいまし」
『……了解』
メジャー級のコレーならウォーラント級を二体相手にしても持ち堪えるだろうよ。それでも、イオは持ち前の気遣いから、博士とモォちゃんはコレーの実力を知らないから、早急に片をつけるため気を引き締めたな。
三方をミュータントに囲まれたこの状況でどこまでやれるか不安だが、最悪俺がなんとかしますとも。ホント、最悪の場合だけな。ただ、その時になって俺がイオに憑依するだけの余裕があるかはわからん。
イオの武器を見て貰えばわかるが、ミュータントに接近しなけりゃいけない。中~遠距離の個人技でもないのはご存知の通りだ。モォちゃんの個人技の詳細はわからないが、武器は金属板で補強した革のグローブである。どう足掻いても、距離を保って攻撃するタイプじゃないな。
というか、徒手空拳で闘う冒険者とか初めて見たぞ。
「イオとモウポリエさんがカバーしてる間に、俺が必殺の一個を作ってやるぜ!」
頼りにしてるぜ、博士。モォちゃん次第だけど、この前衛には決定打って奴がなさそうだからな。小技で一個ずつくらいは行けるかもしれんけど、ソレ以上は厳しいのよ。ウォーラント級ってコア四個はあるはずだしね。
「ニクス、お願いしますね! モウポリエさんも無理はしないように……!」
「うんッ。でも、どうやってこの囲いを突破する?」
「それは私に任せなさいな!」
モォちゃんの懸念を他所に、コレーの奴がミュータントの間を縫うように走りだしやがった。もちろん、中ミュータントがすかさずコレーを殴りに行く。
コレー、吹っ飛んだぁ。