依頼書No.0 秘密の依頼という名のタダ働き
漸く投稿できました、新作です!
サクッと軽い読み口を意識してみましたが、どうでしょう?
誰かが月と名付けた天体の明かりも覗かない暗闇に、俺は一人でそいつと向かい合っていた。人間の限界を突き詰めても、どう足掻こうが見上げるしかないような巨体を前に、俺は悠然とした態度を保ち続けてやる。
というよりも、対峙しているというのが正しいか。
8メートルくらいあるそいつは、影絵のようなシルエットの向こうに光沢のある無機質な乳白色を隠していても、石膏像などではなく明らかに生きている。
「お前らの神様に祈りは済んだか? 悪いが、俺は無神論者だから祈る神様がいないんだ。お前らはどうなんだ?」
「グルゥゥゥ」
世間話でもするみたいな俺のセリフに答えたのか、後足で立ち上がって前傾姿勢になったトカゲっぽくもあるそいつは、低く唸り返してきやがった。
返事じゃなくて威嚇だな、これは。言葉を交わせる相手ではないとわかっていたが、一人と一頭しかいない街道外れの草原なんで寂しくなったのかもしれないな。
一昔前なら、馬鹿話をしつつ戦える仲間たちがいたんだけどな。今はそれも叶わず一人寂しく戦わなくちゃならない。もし神様って奴が本当にいるなら、目の前のトカゲモドキとでも呼ぶ怪物をこの世界に作り出したことや、俺を一人残して仲間達を天に攫っていった身勝手さから考えて、酷い仕打ちをする鬼畜生だと思うぞ。
「そうだよな。試練とか言って人間とお前らを殺し合わせるような快楽主義者どもに、祈ってやる言葉なんてねぇもんな。なーにが戦の神だ。なーにが守護神だ。ふざけてんのかよ」
国教に指定されているジュピテル神とやらに悪態を吐く。
ここに一人と一匹だけで良かったぜ。こんなセリフを信徒にでも聞かれたら、石打の刑にされちまうところだったな。
「グルゥゥゥゥゥッ」
慰めにもならないトカゲモドキの唸り声に、俺は肩を竦めて見せる。
自分を見てビビらないこいつはなんだ、とでも言いたげなトカゲモドキとの楽しい会話もそろそろ終わりが近づいてくる。トカゲモドキが、飢えに痺れを切らせて襲いかかってきたからだよ。
鋭く突き出た犬歯と、鋭角を持つ大臼歯と小臼歯を携えた、上下の顎を大きく開いて真上からかぶりついてきた。地面ごと【グワシャッ】って感じかね。
その口が閉じられるころには、俺は既に数歩ほど横に避けてしまってるんだな、これが。いや、俺が避けたんじゃでなくて怪物の方が横にずれたんだ。
一拍遅れて、怪物の下顎と上顎が互い違いになる。
俺が手にしている「ト」の字をした金属製の棍で、下顎を目にも止まらぬ早業で強打したというのが真相。
「がッ……。ガァァァァァッ!」
苦悶か唸り声か、判別のつかない音を喉から漏らして怪物が再び俺に視線を向ける。
普通なら確実に下顎が脱臼しているような一撃を受けてもなお、そいつは戦意を衰えさせることなく襲いかかってきやがる。後足よりも短くなった前足で、俺に爪を突き立てながら握り潰すつもりらしい。そしてもう一方の前足で、さらに俺を引きちぎって食べやすくしてしまうわけだ。
そういった器用さはもはや足ではなく手と呼ぶべきかもしれないな。
けど、俺だって容易く無残に食われてやるつもりなんてない。
「悪いけど、俺を食っても腹ぁ下すだけだぜ!」
初撃が見舞われると同時に、腰に下げたお手製感丸出しの木製ホルスターから、同型の棍をもう一本引き抜いていたのにお気づきだっただろうか。取っ手にグリップを利かせると棒の先端に仕込んだ錘が遠心力を生みだして、高速で回転することにより五本の鉤爪を弾いてくれている。
【キッキッギギギッ】と火花を散らすほど激しくぶつかり合っていながらも、棍は僅かに輪郭を目視できるようになるだけなんだから、どれほどの速度で回転させているか予想に難くないだろう。
速度に乗れば一枚の円盤に見え、その回転力を打撃へと転じれる優れた攻防一体の武器――トンファーって名前らしい。
どこかの国からか伝わってきた聞きかじりの形状と、知り合いの戦いから発想を得た見様見真似の武器らしいが、なかなか完成度は高いと思うぞ。まぁ、俺の実力あっての完成度には違いないはずだが。
「ガガッ。グァァァァァァッ!」
下顎と指数本をへし折ってやったというのに、トカゲモドキは怒りこそすれ平然と俺にもう片手の鉤爪を繰り出してくる。気付けば、既に下顎の方は自然と元通りになり始めてやがる。
「お前らみてぇな便利な再生力はねぇんだ! こいつの可愛い顔に傷をつけると、誤魔化すのに苦労するって文句を言われちまうんでね!」
この童顔少年は逐一うるさいため、完全無血の勝利を宣言してやる。
下手な部位を破壊したところで怪物どもはすぐさま自然治癒してしまうため、理屈を知っている俺達は弱点を探す。真上からの攻撃をかましてくれたおかげで、俺はその弱点のいくつかを見つけることが出来ていたんだな、これが。
口の中の喉付近に一つ、外殻の胸部から腹部にかけて五つ、拳大の赤い結晶体がある。それがトカゲモドキを含む怪物どもの弱点だ。この怪物どもは体の内外に散らばるこの赤い結晶体を全て破壊しない限り生き続ける。
俺達、怪物どもを狩ることを主な生業とする冒険者は、その結晶体を『コア』と呼んでいる。
襲い来る鉤爪をトンファーで受け流しながら、ガラ空きになった胸部の下へと体を滑り込ませる。その間もトンファーに回転力を貯め続けることを忘れない。飛び上がり、攻撃により下がってきた胸部に並ぶ二つの『コア』を片方ずつのトンファーで叩き割る。
「ガァ――ッ!」
トカゲモドキの絶叫が煩い。
「もういっちょう!」
気合いをこめ直して、もう一度宙へ舞う。
外殻よりも柔らかい『コア』だが、それでもトンファーの動きは鈍くなっている。再び回転数を上げる時間はないと察していた俺は、己の体を横向きにスピンしながら腹部の二つへ体当たりをかました。
「――ッ! ――ッ!」
連続して四つの『コア』を破壊されたのでは、流石に怪物も堪えるらしく、声にならない悲鳴が真上から俺に降りかかる。
「どうよ! 武器が回せないなら自分を回せばいいじゃない、ってな!」
誰に言うでもなく、地面を転がりながらも自慢げに表情を作ってみた。言っておくが、別に着地に失敗して地面を転がったわけじゃない。
蜂を叩き落とすみたいに、トカゲモドキが尻尾を股下から俺へ向けてきたのが見えたからだ。
もし当たっていたら、ソフトレザーの鎧程度では心もとない一撃だった。
俺は転がりながら距離を可能な限り空けて、立ちあがると同時にまたトンファーにグリップを利かせながらトカゲモドキへ肉薄する。
鉤爪での攻撃に加え、もがき苦しんでいる状態で尻尾を腹の下へ持って行ったから、巨体は大きく頭部側へと傾いてるわけだ。そんなチャンスを見逃す俺ではない。喉の奥への攻撃は保留にして、トカゲモドキの頭部を踏み台に大きく跳躍する。
「ッ?」
流石の怪物も不意を突かれたといった様子で、背部へと着地した俺に反撃することができないみたいだな。
「ビンゴ!」
見た目は巨大な爬虫類の癖に、背中から脇腹周辺、尻尾に向けて獣のような体毛がある。その体毛に隠れるようにして、六つも『コア』が並列されていたのは嬉しい誤算だ。
「ちょいと一発、ぶちかますぜ! “狂える王”!」
六つの『コア』を一つずつ叩き割っていたのでは反撃を食らうし、もう一度背中に飛び乗るチャンスは与えてくれないだろうと踏んだ。だから俺は、力の一端を解放し一瞬でケリをつけに行く。
全身に力が漲るのがわかる。振り回していたトンファーの速度がさらに上がり、円盤状にすら見えなくなるほどの遠心力で腕が浮き上がりそうだ。
そんなエネルギーを、トカゲモドキの背中一面へと叩きこんでやる。
トカゲモドキの体が地面へ沈み、急に足場を失ってしまった。いや、俺の体が衝撃で浮き上がったのか。
後から【ボゴゴゴウッ】みたいな音とともに、突風を足元から受けるような感触を味わいながら夜空に投げ出される。そんな状態で、体毛に隠れていた『コア』が全て破壊されたことを確認する。『コア』だけの破壊にとどまらず、鉄鋼など目ではない外殻と同質の体毛が逆立って、背中が谷折りになってしまっているではないか。
そいつはもう反撃する気力も尽きかけてきたらしく、空中を泳ぐ俺に視線を向けてはいなかった。
着地を決めても俺は慌てずに、赤色混じりの黒い無造作ヘアーを直っているのかどうかもわからない程度に整え、トカゲモドキへ悠然と歩み寄っていく。
「グル、ルルゥゥ……」
ただ息絶え絶えに唸っているだけなのかもしれないが、その力無い声が悔しい、悔しいと言っているように聞こえたよ。まさか、目の前の化け物、人間にとっての不倶戴天の敵である『ミュータント』にそんなものがあるはずはないのに、だぜ。
やっぱり、俺の仲間への恋しさがそう思わせているだけなんだろうな。
「悪いな。これも自然の理って奴だ」
賢いフリをするつもりはないが、それがこの世界――アーカンハイス、強いては冒険者と『ミュータント』の間に交わされた不文律なんだよ。
腹部と胸部は『コア』を失って外殻を保てなくなり、液体とも呼べないジェル状になって溶け始めている。次第に背中も同じようになるだろう。そして、そこから体内に散らばっていた『コア』も幾つか見えた。
まだ続いている“狂える王”の力で、ジェル状の肉体と一緒に『コア』を打ち砕く。
【ベグシャッ】って音と一緒に乳白色が弾けた。しばらく苦痛にのたうち回っていたが、と言うよりも転げて行っただけか。
もはやトカゲ型の巨大『ミュータント』は身じろぎさえしなくなる。しかし、それで死んだわけじゃないことはわかっていた。
それでも俺は、あえてこの『ミュータント』の罠に乗ってやることにする。
ホルスターにトンファーを納めると『ミュータント』に背を向けて、大きく伸びをする。その間にきっと、『ミュータント』は最後の力を振り絞って飛びかかりながら、大口を開けて俺に食らいつこうとしているはずだ。
ほんの一瞬、『ミュータント』の吐息が髪の毛を撫でた。
口が閉じられ、俺は闇の中に飲み込まれる。
口腔が俺を味わうように波打つ。
十秒、二十秒とそうしているうちに、【デロベチョ】なんて音を立てながら『ミュータント』の頭部が崩れ落ちた。溶けた外殻のジェルを浴びながら、俺はホルスターにトンファーをしまいながら歩き出す。
決闘は、俺の勝ちだな。
馬鹿馬鹿しいことを、と思われそうだが、互いに命を賭けて戦うからこそ求めるものがあると思う。たとえこれが一文の得にもならない、内緒で受けた討伐依頼だとしても。自己満足(男のロマン)ってヤツだ。
これは、俺達冒険者と『ミュータント』の命を賭けた戦いの物語だ。なんて格好をつけたところで、俺は無味無臭デロデロ白濁液を浴びたみっともない格好なんだよな。
だから、俺はこの童顔の少年へ即座に体を明け渡してやる。
俺の燃え上がるような赤髪とか、ニヒルに笑う眉目秀麗なハンサム顔が汚れないのは助かるぜ。
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まぁ、まだプロローグですがね。