転生先が音ゲーじゃなかったので家出します
昔々、どれだけ昔なのかはわからないけれど、私にとっては大体十五年は前のこと。
私がアリア・レナータとして生まれ変わる前の話だ。
そのときの【私】は日本という国で生まれ、健やかに生きる女性だった。
音楽がとても好きで、楽器を弾く才能はまあまあで、しかし歌は人並み以上だと自負していた。
歌手になりたい夢もあった。
そんな【私】はある時、なんだかよく分からないモノに出会った。
いつも通りの、何の変哲も無い仕事終わりの帰り道だった。
突然、私の目の前に現れたモノは世界の創造主だと言う。
それは【私】のではなく、私が生まれた世界の、と付くけれど。
創造主は【私】を、色々な音が溢れるゲームのような世界に招待したいと言ってきた。
音楽を愛しているからには話に乗る選択肢しかなかった。
きっと、イヤフォンから流れていた曲の元……音楽ゲームのような世界なのだと信じていた。
そこで歌手になろうと決めた。
そしてあっさりと異世界行きを承諾した私は光に包まれ、次に目を覚ますと今の私、アリア・レナータに、何故か伯爵令嬢になっていた。
***
さて、何故そのような過去の話を振り返ったかというと、ついに私は旅立つからだ。
この!忌まわしき実家から!
勘違いされたくないのは家族、使用人の皆さんを嫌ってはいない所。
私にとっての大問題は音楽の道へ進めない所だ。
なので家出によるレナータ家へのダメージは見て見ぬ振りをする。
薄情な娘でごめんなさい。
でも旅立ちます。
私の生まれたこの国は、創造主の誘い文句が詐欺だといえるまでの音楽嫌いな国だった。
場所を問わず、歌を歌うと騎士に捕まる。
楽器の売買も同じく。
何が色々な音が溢れる世界だ!
この国はファンタジー系な世界であるから(モンスターとかいた)ゲーム的な感じはするけれど音ゲー国ではないのは確実だ。
騙された!!
「音楽のない国では生きていけません。家出します。探さないでください……金目の物を少し持っていきます生活費にしたいのでごめんなさい……」
よし、と羽根ペンを紙から離す。
荷物よし、生活費よし、意気揚々と私は家出した。
***
家出をした私は、とりあえず隣国を目指すことにした。
たしか音楽は禁じられていない国のはず。
早一ヶ月経ち、 明るい森の中、私は湧き出るモンスターを魔法で一掃しながら旅を続けている。
使っている魔法は私がこの世界で歌手になりたいという夢のため、演出用にと練習した派手な魔法だ。
派手なので結構な上級魔法だったりする。
努力の結果は中々に強く、大体一撃で相手を屠る。
「やっと見つけたぞ、アリア!家出って何なんだよ、ちゃんと説明してくれ」
背後からの気配に振り向くと、そこには太陽の光に照らされて輝く金髪、怒りの感情が満ちて赤くなったような朱の瞳を持つ美少年が目を釣り上げて立っていた。
婚約者のエテルナ・スオーノが現れた……。
「おい、なんだその顔。お前を探すために一ヶ月の間仕事放り投げてるんだからな!」
彼は我らが音楽禁止国の王子だ。
何がどうなって婚約するに至ったのか不明だ。
因みに音楽禁止国の王子だから私とは合わないためコミュニケーションは碌にしていない。
「わざわざありがとう。置き手紙通りのことだから、どうぞおかえりください」
「あんな理由で納得するか!そんなに音楽が大事なのか!?」
大事だ。
音楽は私の生命だ。あんな理由、といわれ私は物凄く久しぶりにエテルナをまともに見た。というか睨み付けた。
私と視線が繋がったエテルナは目を見開いて、怒りからだろうか、震えながら口を開いた。
「だったらここで歌えばいい!」
歌えたら家出はしないよ。
自国で禁止されているものを王子は知らないのか。
そうか。
しかし王子が良いといったのだ。
騎士が来たら庇って貰おう。駄目なら逃げよう。
立派な家出理由だと納得されればいいのだ。
私は息を吸い込み、高らかに、森の中に声を響かせる。
光を浴びる緑、風が吹き踊る花、上を向けば広がる青に、流れていく白い雲。
感じたものを音にすれば、それは直ぐに繋がっていく。
「…………!!」
どうだ、とエテルナを見れば、声を詰まらせて泣いていた。
薄情者と自負する私も婚約者の謎の状態に流石に動揺する。
「喜びが、溢れんばかりに伝わってきた……音楽を聴いて気絶しないのは生まれて初めてだ!感動した……帰ろう、アリア。この感動を、音楽を再び国に蘇らせよう」
エテルナの言葉に喜んだ私は彼の手を取り家出を終了させた。
中々に帰るのは気まずかったのに、家族も使用人の皆さんも私の帰りを温かく迎えてくれた。
もう裏切らないと誓った。
そして帰って直ぐに音楽が禁止されたのはエテルナには音楽を拒絶する呪いなるものがかけられていたからとか、私との婚約が幼少期に私が隠れて歌っていたのがエテルナに微かに届いていたのに呪いが発動しなかったから、とかなんてことが判明した。
私の首はギリギリ繋がっていたんだ……!
呪いと分かったからには原因の魔術師を捕まえ解除させ、禁止されたものという認識を払拭すべく速やかに音楽がいかに素晴らしいものかを広げることに専念した。
そうして私は国だけでなく、世界に音を溢れさせた歌姫として知れ渡ることになる。
そして歌姫とセットのように、歌姫を探す苦労性の美形王子のことも広まっていった。