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第二章・第三話 認められない存在

 能力値テスト&魔力トスト共に最高ランクで突破した期待の転入生との試合に勝った。

 彼女は本当に強い。正直言うと、俺が想像していた以上に神楽坂さんの意志は固かった。

 勝利した俺は、ポカーンと彫刻のように驚く校長代理の方を向き、手招きをする。

 試合が終わったんだから、そんな驚いた顔してないで、早く上がってきてくれ。

 俺の視線で我に返った校長代理が慌ててステージに上がってくる。

 彼は自らが着ていた、シャツを脱ぎ捨て、下着姿の神楽坂さんにかぶせた。


「校長代理、たぶん神楽坂さんは上級魔法の副作用で寝ているのかと」


「そうね。まさか突然上級魔法を使うとは思わなかったわ。ただ、あの魔法を発動する前から彼女の体は相当傷ついていた。これじゃ傷口に塩をかけているようなものだわ」


「それは、痛そうですね……」


「そうね。痛みを我慢してまで彼女は勝ちたかった。勝負に対する執着心は尋常じゃないわね」


 確かにそうだ。その意志があったからこそ、彼女の武器はあんなに大きくなった。


「さ~早くしないよ。体の傷は乙女の敵よん。早く治療しないよね☆」


「そうですね」


「んじゃ、志樹くーん。あとは任せたよ。私は彼女を責任をもって部屋まで運ぶから」


「え、誰が勝ったか生徒に報告しないんですか!? 見ていた生徒もポカーンですよ」


「ふふっ、しないわ~。したけてば自分でやればー。志樹君が勝者なんだからっ♪」


「ちょっと待って! 俺がやるのか!?」


「うんっ☆」


 そもそも部屋ってどこの部屋やねん。まずは情報を残してから彼女を運んでくれよ。

 こんなすべてを投げられても、俺のキャパシティーじゃ処理しきれない。


「あ、それと志樹君」


「なんですか?」


「手加減してくれてありがとね」


 マイクを渡される。おい! と言おうとしたが、校長代理の姿はもうなかった。

 俺はマイクを持ち、ステージの上からこちらを見上げる生徒を見回した。

 全員の視線がこちらに集まっている。こんなに目立ったのは初めてだ……。


「その……えっと……」


 何を言えばいいんだ? この試合の説明? ……は別にしなくていいか。

 つーことは、あ、あれだ! この試合で押された行事の報告をすればいいのか。


「お次はスケジュール通り、ドジョウ掬い部の盆踊りをやります。どうぞ」


 これでいいのかな? 頭を掻き、多分頼まれたことを行った。

 何が正しいのか知らないが、俺は逃げるようにステージを駆け下りた。

 マイクはどうしよう。持ち去っていいのだろうか。まぁ、いいか。


 数秒後、ドジョウ掬い部の女子三人がステージに上がり、踊りを披露し始めた。

 黙り込んでいた生徒たちも、軽快な音楽と共に楽しそうに騒ぎ出す。

 終わってしまえば早いものだ。誰一人として、俺の方を向いている人間はいない。

 先ほどまでの激しい神楽坂さんとの戦闘が心に残っている人間はいないだろう。

 所詮、俺は最下位闘士だ。人の記憶にすら残らないゴミ同然のボッチな人間。

 悲しくはない。これが現実だ。もともと俺はこれだ。これでいいんだよ。

 

 生徒の間を通り、校舎の方へと向かっていると、横から現れた三輪車足に直撃する。

 軽く人身事故なんですが……。賠償請求です。金を払ってください。


「志樹、面白い試合だったな!」


 なんだ幼女校長か。なら、賠償請求はなしだ。お金なんていらない。


「攻撃を全て避けてワクワクしたぞ! さすがだな志樹!!」


「さすが……か……」


 皮肉を言っている訳ではない。これは素直な子供の発言だ。幼女校長は昔からこうだ。

 俺と初めて出会った時も、俺を俺として扱ってくれて、俺の心を見てくれた。

 そういう点で言えば、俺はボッチせはないのかもしれないな。

 数少ない理解者がいる、と言うのが正しい。ありがとうな、美琴校長。

 試合後、少しだけセンチメンタルになっていたが、幼女の言葉で元気をもらう。


「なぁ、幼女校長。神楽坂さんってどこに連れていかれたんですか?」


 訊こうとしたが、彼女の姿はすでにそこにはなかった。弟子と同じかよ。

 さすが幼女だな。自由奔放なところは子供そのものだ。ロリババアのくせに……。

 自力で探すか。校長代理は神楽坂さんを部屋に連れていくと言った。

 怪我人を連れていく場所、おそらく祭祀学園の保健室だろうな。お見舞いに行こう。

 俺は歓喜に包まれる生徒の声に背を向け、一人で校舎の方へと歩き出した。


 ◆   ◆   ◆


 うん。いない。結論から言うと、祭祀学園の保健室に二人の姿はなかった。

 廊下を歩き回って探した。体育館、プール、音楽室、美術室、視聴覚室。

 学内はお祭一色で、生徒の笑顔や笑い声が耳障りなほどよく頭に響いてくる。

 早くこの空間から逃げ出したい。神楽坂さんもいないし、帰ろうかな……。

 俺の心ではこの空間に耐えることはできない。心が折れそうだ。

 

「そうだ……寮の部屋に帰ろう」


 廊下から空を見上げる。太陽は沈み、外はすでに朱色に染まっていた。

 いいきっかけだ。探したけど見つかりませんでしたと言えば誰も俺を責めない。

 若干落胆し、逃げではないが、諦めで寮にある部屋へと向かうことにした。


 ↓   ↓   ↓


 寮にどり着いた。校舎から歩いて三分。着いた頃にはお空も真っ暗だ。

 ここは三階建てのアパートのような作りをした建物。俺の部屋は二階にある。

 とりあえず露出した階段を上って二階へと。自分の部屋へ足を進める。

 自分の号室まで来て、ポケットから鍵を出そうとしたとき――


「……ん?」


 鍵をポケットに戻してドアに耳をあてる。中から誰かの会話が聞こえてきたのだ。

 泥棒? ……ではないな。 この声は、校長代理の声だ。なんで彼がここに?


「あ、もしもし美琴様?」


 電話でもしているのか。美琴様ってことは、話し相手は幼女校長か。


「志樹君は見つかったのですか? え、いないですって? どこ探してもいない? 本当に探しましたか? どうせまたリンゴ飴に誘惑されて見失ったんでしょ?」


 突然消えたのはそれが理由だったのか。子供だから欲望には忠実だもんな。

 それより、理由は分からないが、幼女校長も俺を探していたのか。

 俺も校長も歩き回っていたせいで、どこかで入れ違いになっていたのかも。


「はい。はい。あ、分かりました。いえ、もう探さなくて大丈夫だと思います。外も暗いですし。はい、はい。おそらくすぐにここに来るかと思われるので」


 よくわかったな。まさか通路に監視カメラでもついてんじゃないだろうな。


「え? 私はしっかりと言いましたよ、部屋に運ぶって……。あ、本当だ……部屋って言ってもどこの部屋とは言っていませんね……あらぁ~これは申し訳ございません」


 校長代理が言っていた部屋って、俺の部屋のことだったのかよ。最初からそう言えよ。

 おかげで文化祭的な生温い空気の中を一人で歩かなきゃいけない羽目になった。

 だが、まだ神楽坂さんがこの部屋にいるとは限らない。校長代理だけがいるのかも。


「はい。そうですね。神楽坂ちゃんはベッドでゆっくり寝ています。容態は安定です」


 やっぱりいるのかよ。……いる? 待てよ。神楽坂さんが俺の部屋にいるのか。

 俺が負ければ俺は部屋から出て行く。俺が勝ては神楽坂さんがメイドになる。

 そして俺が勝った。つまり神楽坂さんはこの部屋から出て行かなくていいのか。


「……」


 ドアの前で立ち止まり、俺は考えた。この結果に素直に喜ぶことはできなかった。

 本当に同じ部屋で住んでいいのだろうか? 

 底辺である俺が、発展途上である神楽坂さんの成長の妨げになってしまうのではないだろうか。


 校長代理の目的はこの高校の再生。前みたいな名門校にするには、一人でも多くの優秀な生徒が必要だ。ならば、神楽坂さんの隣にはより優秀で、より才能のある人間を置いた方がいいのではないだろうか?

 神楽坂さんも言っていた『アナタの行動は、自分の首を絞めている』と。

 結局、俺が彼女と同居したいのは理由の一つは下心だ。不健全な理由なのは分かる。

 神楽坂さんの裸が見てしまったせいで、今も頭の中は彼女の全裸を想像している。

 こんな不健全アニマルフレンズの隣より、絶対にほかの人の方が彼女のためだ。

 校長代理と幼女校長は、俺がパートナーにふさわしいなんて言うけど、それは間違いだ。

 そうだ。間違いだ。ここはしっかりと自分の言葉と意志で抗議しよう。

 神楽坂さんと戦って分かった。彼女はもっと強くなれる。きっと羽ばたける。

 覚悟を決め、ドアを開けようとしたとき、中から神楽坂さんの声が聞こえた。 


「……校長、代理……?」


 開けようとしたがやめた。神楽坂さんが眠りから目覚めたのだろう。

 もう少しだけ、中の様子を聞いてから入ることにしよう。


「ここは、寮の部屋? ……あ、私はいったい! 校長代理! 校長代理!!」


「起きたわね~神楽坂ちゃん。おはよう? いや、こんばんはかしらぁー?」


「業界ではおはようなんで、そんなことはどうでもいいです! 校長代理! どうしてアイツはあんなに強いのに誰も彼の存在を知らないのですか!! 説明お願いします!!」


「アハハ、まずは落ち着いてぇよ~、声がうるさいわぁー。あまりガツガツしすぎると若死にするわよ」


「す……すいません。少し取り乱しました……」


「いいのよ~。聞きたいことも沢山あると思うだろうし、早まる気持ちはわかるわ」


 冷静さを取り戻した彼女は、一度大きく深呼吸し、再び先ほどの質問をした。


「どうして誰も彼の事を知らないのですか?」


「んー、一言で言うと、能力値が【零】だからよ。この学園のカーストは能力値とか魔力の多さで決まるの。いや、ううん、この学校だけじゃないわね。他の学校でもそうよ。学校を卒業してもそう。就職の面接でも現代魔闘士の卒業生なら能力値や魔力については必ず聞かれるわ。世界は能力が全て。生きるために戦ってきたアナタなら、余計に分かるでしょ? 強いヤツが正義なの」


「はい。存じております。ですが、彼は私の攻撃を全て避けた。武器を召還せずに勝利を収めた。能力値が零でも、魔力がゼロでも、彼には筋力があります。どうして誰も彼の身体的能力を認めないのですか?」


「格闘家だって、ボディビルダーだって、べつに現代魔闘士じゃなくても筋力はあるわ。どんなに身体的能力が高くても、魔闘士の学校にいる限り、誰も彼を評価はしないわ」


「そんなのおかしいですよ……」


「でも、悲しいことに、それが現実だから。私にはどうにもできないの」


 その後、しばしの沈黙が流れる。神楽坂さんはきっと考えているのだろう。

 どうして俺が誰にも評価されないのか。どうして俺が彼女に勝てたのか。

 やがて校長代理が優しい声で神楽坂さんに声をかける。


「確かに志樹君は強いけど、貴女が負けた理由は、彼が強いだけじゃないと思うわ」


「いいえ、彼の身体的能力は私よりも上でした。だから勝ったんです」


「本当にそう思うの?」


「……は、はい……だいたい、他になんの理由があるというのです?」


「本当は分かっているんじゃない?」


「……」


「認めたくはないと思うけど、原因はアナタにあるのよ」


「私に……? 意味が分かりません。説明を要求します」


「求められたのなら言わなきゃいけないわよね。じゃあ言うわ。アナタの力は紛れもなく強い。能力値と魔力だけで言えば確かに最高クラスだわ。でも――」


「でも」


「それがゆえに力に振り回されている。貴女は誰と戦っているの?」


「それは……」


「アナタは最初から志樹と戦ってはいない。常に自分と戦っていたのよ」


「意味がわかり……」


 ませんとは言わなかった。彼女はそれを自覚しているのか、黙り込む。

 

「校長代理。どうすれば私は、もっと強くなれますか?」


「具体性がないわ~、どんな力がほしいかわいなきゃ分からなぁ~い☆」


「自分の力を制御できる強さがほしいです」


「いいわ~それはなかなかいい具体性ね。それなら、まずは心を鍛えることが大事よ♪」


「どうすれば鍛えられますか? ……もしかして、御影志樹がその答えですか?」


「そうよ。彼と一緒に暮らせば、世界が広がると思うわよ」


「校長代理は随分とあの能力値【零】の最下位闘士がお気に入りなんですね」


「あ、分かっちゃう? 一応私も学校の関係者として全生徒を平等に扱うことを心がけているんだけどね~。でーも、やっぱり志樹君は私の子供同然の存在だし、ひいきしちゃうのよねー」


 まぁ養親だしな。ここで彼に嫌われたら、俺はマジで生きる場所を失ってしまう。


「それ、教師として問題あるだと思うのですが」


「なんでー? 職務を終えたら私も一人の人間よ?」


「たしかに……」


 再び沈黙が流れる。どんだけ沈黙が好きなんだよこの二人は……。

 神楽坂さんって突っ走るタイプかと思ったが、意外と悩むタイプなんだな。


「校長代理……」


「なぁに?」


「彼はどうして学校をやめないのですか? あんなに馬鹿にされて、あんなに蔑まれて、あんなに罵詈雑言を浴びせられて……なんで現代魔闘士を辞めないのですか?」


「気になるでしょ。簡単な話よ。彼には強い意志があるから」


「強い意志?」


「今ここで私が『神楽坂ちゃん、学校を辞めて』と言ったらアナタはどうする?」


「断ります。私がこの学校を辞めるなんてありえない話ですから」


「それと同じ。アナタが学校を辞めないように、彼も学校を辞めない。アナタがこの学校へ来たように、彼もまたこの学校へ来た。人って言うのは、それぞれ事情があるものなのよ」


「そうですよね……でも、なんで私と彼がルームメイトなんですか?」


「男の勘かしらね。なんとなくそれがいいと思ったから」


「それだけが理由ですか?」


「いいえ、私と美琴様が話し合い。二人が似た者同士だと思ったから」


「意味が分かりません」


「世の中には分からない事だってあるのよ。だから人は秘密を解くために生きるの。あ、あとやっぱり光熱費が……」


「最後の理由は私たち生徒には関係ないです。それで、彼が学校を辞めない理由って?」


「そ・れ・は」


「なんですか?」


「秘密よ」


「……バカにしてます?」


「どうかしらね~ふふ~」


「っはぁー……くだらない」


 神楽坂さんは腑に落ちてはいない。不満いっぱいのため息をつく。


「ねぇ、神楽坂ちゃん。壊す力と守る力って、何が違うと思う?」


「なんの話ですか?」


「どう思う? 率直な意見を聞かせて」


「違うに決まってますよ。守る力は正義、壊す力は悪です」


「本当にそう思う?」


「はい」


「ふーん。でも私はそう思わないわよ。元をたどれば力は力。『仲間を守るために何かを壊すこと』と『何かを破壊しなきゃ仲間を守れないこと』、どう同じことでしょ?」


「それは屁理屈です。ただの言葉遊びだと思います」


「そうね。で、リンゴ食べる? 可愛い兎ちゃん型に切ったんだけど」


「いりません。無駄に女子力が高いところを披露されても困ります」


「あらやだ~。いいじゃな~い。食べなさいよー神楽坂ちゃん♪」


「いりません」


 陽気な声が聞こえてくる。先ほどまでの不穏な空気が嘘のようだ。

 校長代理は完全に同居させる気でいる。神楽坂さんも受け入れているような。

 これは『部屋を変えてください』と言っても聞き入れてくれない流れだ……。

 どうすれば校長代理を説得できるだろうか。どうすれば未来が開ける?

 考え込んでいると、そばからチャリンチャリンという自転車の鈴の音が聞こえる。


「そこれ何をしている! ドアの前で立っていたらフシンシャだぞ!」


「ん? このロリ声は、美琴校長!? またの名を――幼女!」


「呼び捨て許すまじ! 校長をつけぬな、校長を!」


 右の階段へと視線を向けると、そこには三輪車に乗っている幼女の姿があった。

 ここは二階だ。つまり彼女はわざわざあの小さな体で頑張って三輪車を担いできたのか。

 すさまじい三輪車に対するこだわり。あんな、スゲーよ。さすがはロリババアだ。


「ハァハァ……疲れた……誰か、ワタチにオムライスを……くれ」


「なんでオムライスなんだよ。そこは水だろ水」


 逃げようとしたが、反対側は行き止まりだ。逃げる方法は二つだ。

 一つは幼女校長を交わし、階段から降りて逃げる。

 二つ目はここから飛び降りて一階に着地するだ。どうする俺?

 選択を迫られてる間も、幼女校長がペダルをこいで近づいてくる。

 ハァーハァーと息をきたし、汗だくの状態で迫りくる。このままでは捕まる。

 どうする俺? どうすればこの状況を打破できる? あれか。逃げちゃダメだ。

 そうだ。まずは幼女校長を説得できれば、学園の未来が開ける。

 俺は逃げるという考えを捨て、近づいてくる幼女に立ち向かうことにした。

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