第二章・第二話 強撃乙女VS最下位闘士
俺こと御影志樹は、転入生である女子生徒・神楽坂イザベラと一対一の勝負をすることになった。
その後、俺と彼女は早速、校長代理と幼女校長立ち合いの元、バトルステージへと上がる。
そして、ようやく勝負が始まるか――と思われたとき、神楽坂さんが驚きの言葉を口にする。
『勝負事には賭けが必要だわ』
二人で話し合った末、負けた方が勝った方のメイドになると言う話で意見がまとまる。
今度こそ、勝負だ。これでようやく神楽坂さんと本気の試合ができるんだ。
だいたい200人ぐらいの生徒の視線がバトルフィールドにいる俺らに集まる。
神楽坂さんは周りの生徒の目など気にせず、勝負に集中し、俺の方だけを見ている。
俺も見られ慣れている人間ではないが、今回だけは彼女と同じように前だけを見よう。
警戒しあう中、先に動いたのは彼女の方だった。神楽坂さんは手を胸に当てる。
「【我の意志に名を示せ・魂に刻まれし魔装雅楽】全てを砕け、多照魅火槌!」
胸部からまばゆい光が放たれる。彼女はその光を引きずり出し、天高く拳を突き上げた。
やがて全方向に光を放っていた閃光が、一か所にまとまっていく。
徐々に光が武器の形へと変わっていく。彼女の武器は先ほどもみたが、ハンマーだ。
紅色に輝くボディー。大きな金槌の部分。派手で強そうな……。あれ……ん!?
「ちょっと待て……そのハンマーデカくね!?」
彼女の召還した武器は、先ほど校長室で見た時よりもはるかに大きくなっていた。
2メートルどころか、5メートルは優に超えている大きさだ。
あんなもので叩かれたら、俺なんて一瞬で今川焼みたいになってしまう。
だが、どうして突然あんなに大きくなったんだ? 理由は? きっかけは?」
「まさか」
そうか。魔装雅楽の大きさは、召喚者の意志の強さで大きさが変わる。
つまり、彼女の『俺を倒したい』『復讐したい』という気持ちが武器に現れたのか。
会話を通して怒りが和らいだかと思われたが、まだ全裸を見たことやパンツを見てしまったことを怒ってんのか。別にいいだろ裸なんて。……いや、ダメか。ダメだから怒ってんだよな。
「これが私の全力よ! 今度こそ本気でぶっ潰すんだから!!」
彼女が自由自在にハンマーを振りまさす。魔装雅楽は意志を具現化したものだ。いうなれば自分の体の一部である。だからこそ、どんなに形がデカくても、召喚者は軽々しく操ることができるのだ。
神楽坂さんが一振りするたびにズゥウウンッという空間を引き裂く風の音が耳に届く。
この攻撃、当たったら致命傷では済まないな。骨折だけじゃ済まないかもしれない。
俺は無防備な状態で彼女の攻撃を避ける。動きは大きい。けれどスピードは遅い。
「すごい攻撃だ。こんなものが立ったら、さすがの俺もホームランされちゃうよ」
彼女の戦い方はまさにカリスマだ。この時点で魔力も意志も兼ね備えている。
人間が持つ魔力と意志の強さは別物なのだ。例えば、魔力が〖素質〗だとして、意志が〖意気込み〗だとしよう。
野球の素質のない人間が『野球で日本一になるぞ!』と言っても意味がない。
逆に歌の素質がある人間が『歌なんて歌いたくない』と言えば宝の持ち腐れだ。
俺の場合、意志はあっても魔力がないので、魔力による防御が一切できない。
もしも魔装雅楽による攻撃があたれば、爆竹をぶち込まれたゆで卵みたいになってしまう。
一見軽々しく避けているように見えるが、実はこの試合、俺の命がかかってんだよな。
「どうして! どうして私の攻撃が避けられるの!? こんなに頑張っているのに!」
「申し訳ないが、現代魔闘士が多く通う学園で生き抜くためには、素早さが必須なんだよ」
「攻撃が当たらないなおかしい! 先の先の先の動きを読んでいるのに!」
正直に伝えたが、俺の言葉は焦る神楽坂さんの耳には届いていないようだ。
彼女は激しく動き周り、自らの大量がどんどん消耗していく。
神楽坂さんの表情が強張り、大量の汗が流れる。逃げ続ける俺にキレているようだ。
「なんで逃げるの! 正々堂々戦いなさいよ! 本気で戦うって約束したじゃない!!」
「本気で逃げて何が悪いんだよ?」
これが俺の戦い方だ。それに逃げなきゃ死ぬから逃げるんだよ。当たり前のことだ。
それにしても、なんていうか……手応えがないな。あまりにも弱すぎる。
神楽坂さんは魔力もある、意志もある。全てを兼ね備えているはずなのに……。
もしかして真剣勝負とか言っておきながら、彼女は手を抜いているのか?
「神楽坂さん。もしかして、これが君の本気なのか?」
「ハァー……ハァー……そ、そうよ! 何か文句でもあるの!!」
「嘘だろ?」
「言ったでしょ。私は嘘が嫌いなの!」
おかしい。何かがおかしい。彼女の武器は確かに大きい。――というか大きすぎる。
それが故に自身がその重さに振り回されている。彼女が武器に操られている。
一振りすれば想像以上に体力を奪われ、右に振れば体も右に、左なら左に揺れる。
これではどっちが所有者なんだか分からない。
神楽坂さんには魔力はある。闘う意志もある。ただ何かが足りていない。
精神? 基礎体力? 人格? ……すべてだ。基本的なすべてが足りなんだ。
「神楽坂さん。戦って分かったことがある。君のその武器、君はそれを使いこなせてはいない。自分の感情に振り回さているだけだ」
「うるさい! これは間違いなく私の意志。私自身の意志なのよ!! 私はアナタをミンチにする! だから逃げる訳にはいかないの! 誰になんと言われようと、私は戦う」
大きなハンマーを持ち上げ、足や腕が小刻みに震え始める。身体への負担が尋常ではない。
このままでは神楽坂さんの体が、気持ちに押しつぶされて壊れてしまう。
彼女はそれを理解した上で、あの武器を高く掲げている。まるでただの自己犠牲だ。
「どうして君は、そこまでして武器を振る?」
「これが私の魂だから!」
「魂か……」
見ているこっちがつらくなる。彼女の体が、膨大なる力の影響で異変を見せ始める。
肌が切れ、血が流れ出す。密閉したペットボトルにドライアイスを入れたような状態。
俺が想像しているよりも、きっと彼女の痛みを感じている。なのに武器を置かない。
今も高く掲げてる。俺に狙いを定め、隙を見せた瞬間に叩き潰すために。
「どうして君は、自分の命を賭けてまで戦うんだ? しょせん、俺との試合なんてゲームだろ?」
「ゲームなんかじゃない!!」
「え?」
「言ったでしょ。私は兎だろうが蟻だろうが、全力で狩る。私は逃げるわけにはいかないの。どんな勝負だろうと、戦って、戦って、戦って、戦って、そして戦う。だから、アナタを倒す!!」
彼女が全身全霊をかけてハンマーを振りおろす。その攻撃を俺は余裕で避けた。
どうしてそこまでするんだ。何かあるのは分かっているが、そこまでのことなのか。
哀れだ。こんな単語は使いたくないが、彼女の姿からはそんな言葉しか出ない。
神楽坂さんは武器を振り続ける。身体が傷ついても、攻撃が当たらないと分かっていても。
彼女の動きは大げさで、一振りするだけで観客の生徒らが喝采をあげる。
「さいこうぉおおおお!」「神楽坂さんのファンになります!」「さっさと男をモグラ叩き!」
こんな状況で、彼女がこんな状態なのに、何も知らない連中は喜びの声援を送る。
彼女の攻撃力は最高ランクにふさわしい。さすがは強撃乙女と言われる女子生徒だ。
ハンマーがステージに直撃するたびに、コンクリートの足場が砕けていく。
「私は勝つんだ! 負けなんて認めらえない! 生きるために勝つんだ!! ゼッタイ!!」
「……」
ここに居る人間は誰一人として気づいてはいない。そして神楽坂さんも気づいてはいない。
実は、勝負はもうついてんだ。本当のことを言うと、神楽坂さんはすでに負けている。
そもそも、この試合自体、ある意味茶番でしかない。
この試合は御影志樹VS神楽坂イザベラ? いいや、俺は全然そうは思わない。
なぜならこの試合は、神楽坂さんVS神楽坂さんなんだ。彼女は今も、自分の中にある何かと戦っている。
彼女にとって〖戦い〗ってなんなんだ? きっとそこにこの試合の答えがあると思う。
この怒りは、明らかに裸を見られたからではない。勿論それも理由の一つではあるだろうが、もっと違う何かがある。裸を見られたくらいじゃ、魔装雅楽はこんなに大きくはならない。
俺は彼女のことを知らない。だからこそ戦えば何かが分かると思った……。
しかし、拳を交えてもなお、神楽坂さんのことは一切分からなかった。
馬鹿の一つ覚えのように攻撃する神楽坂さん。それを巧みに避けるオレ。
やがて会場にも不穏な空気が漂い始める。生徒の声援が不安へと変わっていく。
「なんだあの男、強くね?」「神楽坂の攻撃を全部交わしているだと?」「でも能力値は零なんだよな」「確かに……魔装雅楽も持ってないし」「何が起きてるんだよ?」「理解不能だ」
俺が逃げ上手なのもあるが、攻撃をかわせるのには理由がもう一つある。
神楽坂さんが――弱いんだ。そしてこの学校の生徒は、弱い人間には厳しい。
「奇跡の生き残り(笑)」「今年も全国へ行けそうにないなー」「郷間ウェイに賭けるか」
会場の観客たちが手のひらを返す。数秒前まで応援していた神楽坂さんを突き放す。
俺が無下に扱われるのは耐えられる。だが、他人がされると無性に腹が立つ。
このままでは神楽坂さんの名前に傷がついてしまう。俺がどうにかしないと。
「神楽坂さん。まずは落ち着いて、無計画に魔装雅楽を振っていても俺には当たらない。勝負に勝つためには、相手の動きを見て分析しないと」
「私は誰の指図も受けない。過去も、今も、これからも!! これで勝ってきたんだ。どんな人間がいても圧倒的な力で叩き潰してきた!」
いったい今までどんな戦い方をしてきたんだよ。学園の外の人ならそのバトルスタイルで通用するだろうが、ここは現代魔闘士育成高校だ。適当に戦って勝てる相手なんていない。
それにまずは相手を見ないといけないのに……やはり、彼女は俺を見ていない。
全てを悟った目をして、俺の後ろ、はるか遠くの方を見つめていた。
「私は負けない……負けたくない……負ける訳にはいかないんだ……」
もしかしたら、彼女は自分の敗北を心のどこかで察していたのかもしれない。
それでもプライドが邪魔して引き返すことができない。彼女のことが少し分かった気がする。
きっと今まで命を賭けた試合をしてきたのだろう。負けられない戦いを。
だから普通の試合を知らない。楽しむためのエンターテイメントを知らない。
神楽坂さん、安心して。これは祭りだ。殺し合いではないだよ。
これ以上、君が俺と戦う理由はない。俺は降参するよ。君の勝ちだ。
負けたくないのであれば、俺が負け、君は勝つ。優しい世界だ。
「神楽坂さん。もうやめにしないか。俺の負けでいい。俺の敗北だ。降参する」
伝えると、彼女は大きなハンマーを地面に置いた。まさか俺の気持ちが伝わったのか?
勝負に執着しすぎて俺の声が届いていないと思ったが、気持ちが届いてくれたのか。
「それでいい。君の未来はこれからだ。残りの時間は、祭りでも回って楽しもう――」
俺も祭りの楽しみ方は知らないが、まぁ、なんとかなるだろ。たぶん。
「絶対にイヤ」
「……」
あれ? 今、何か聞こえたような気がするのだが、気のせいだろうか。
「えっと? 今なんて言った?」
「私にとって勝負は、生きるか死ぬか。勝負に負けた私に価値はない」
「いや、だから、君の勝ちでいいから! 俺の負け。日本語分かる?」
「こんな勝ち方、私は望まない」
「だから、これは殺し合いじゃなんだよ。ここは学校なの?」
「学校だからなに? 手を抜いて試合をしてんの?」
「本気で行くとは言ったが、まぁ、多少は……。ここ学校だし」
神楽坂さんの表情が焦りから怒りに満たされた恐ろしいモノへと変わる。
「戦いなめてんの? ……その言葉、万死に値する。この身が滅びようとも、私は戦う」
狂気的な眼だ。神楽坂さんはいったんはステージに置いたハンマーへと手を伸ばす。
「上級魔法発動」
「上級魔法だと!?」
「【我の意志に答えよ・魔装雅楽に魔力を纏え】――地を燃やせ、素戔嗚」
彼女の体内に流れていた魔力が炎へと変わり、手に持っていた武器に集まっていく。
魔力を一か所に集めるこの魔法は、操作が難しく上級者だけが使える奥義だ。
高校二年生の段階でこんな技法が使えるなんて、やっぱりただ物ではないな。
魔装雅楽は〖破壊〗をするための道具となった。ハンマーの見た目も派手だ。
この魔法は、攻撃力だけは上がるが、その一方で体を守っていた魔力が武器に集中するので、防御力は低下してしまい。いうなれば、これは諸刃の剣だ。
今の彼女は俺と同じ、無防備な姿。身体的能力の差で決着がついてしまう。
「これで終わりだぁああああああああ!」
彼女は素戔嗚へと強化された多照魅火槌を振った。武器が大きくなろうと無意味だ。
動きは単調だ。パターンが決まっている。魂も意志もこもってはいない。
「神楽坂さん、君ではその武器を使いこなすことはできない」
「無理なんかじゃない……私は生きるために全てを可能にしてきた。諦めなければ逆転だってらる」
やっぱりそうなんだ。『逆転』なんて言葉が出て確信した。彼女は敗北を悟っっている。
拳を交え、俺が彼女を少し理解したように、彼女も俺のことを理解していたのか。
神楽坂さんは強い。たぶんこの学校の中でも能力だけで言えばトップクラス。
でも、まだまだ修業が足りない。ここは学校だ。だから安心して強くなればいい。
「神楽坂さんはそのままでいい」
もう後戻りができないというなら、俺が君を助けてやる。この試合の本当の意味が見えた。
校長代理や幼女校長が試合を許可した理由が分かったよ。なら、その思いに答える。
神楽坂さんの体はあと20秒ももたないだろう。なら、今すぐに決着をつける。
「体術奥義三式:瞬足」
「え、消えた!?」
「消えてはいない。早いんだよ。動きがね」
目にもとまらぬ速さで駆け出し、彼女の懐に入り込む。
「体術奥義二式:撃拳 応用編:寸止め」
拳を一度下げ、彼女めがけてあてる思いで放つ。そして当たる直前で止めした。
周囲の空気が拳に纏われ、風だけが神楽坂さんの全身を包み込んだ。
彼女の魔装雅楽に纏われていた炎が風圧で搔き消される。武器も光に変わる。
光となった魔装雅楽は召喚者の心臓部へと戻っていく。
「これで勝負は終わり……だ……。あ」
顔をあげて驚愕する。俺の目の前にはグランドキャニオンが広がっていた。
美しいフリルの付いた可愛らしい真っ赤なたぶん勝負下着だ。
あれぇーおかしいな。手加減の手加減の手加減はしたつもりなのだが……。
もしかして、対人戦が久しぶりすぎて、つい本気を出してしまったのか?
寸止めはしたものの、拳に纏われていた風が彼女の制服を切り刻んだのか。
なるほど。
神楽坂さんはブラジャーとパンティーだけの状態になってしまった。
彼女は多くの生徒に見られながら、呆然とステージに立ち尽くしている。
「神楽坂さん……ごめん。わざとじゃないんだ」
「ありえない。無能力者に私が負けるなんて。本気でありえない……」
下着姿にされたことより、そっちの方に不満を抱えているのか。
ドサッ。
彼女は魔力を使い果たし、ステージに倒れこんだ。意識はかすかに残っている。
「神楽坂!!」
「私は大丈夫だから。それより、こんなに強いのに……どうして祭祀学園の生徒は、誰もアナタを認めないの?」
「まぁ、能力値がニュースゼロだしねー。それに魔力もないから」
「……」
「神楽坂さん?」
質問に答えたのに彼女の意識はすでにそこにはなかった。上級魔法【素戔嗚】を使った副作用で寝ているのだろう。あれは体力を全部使い果たす最終奥義だからな。
こんなどうでもいい試合で、まさかあんな大技を使うとは思わなかった。
神楽坂イザベラ。彼女は普通じゃない。どうして、そこまでして戦うのか。
彼女は強い。かなり強い。だからこそ俺には一つだけ理解できないことがある。
「君ほどの力を持つ人間が、どうして人気のない祭祀学園に来たんだよ?」
君ならもっと良い高校に転入できたはず。なんでこんなさびれたゴミみたいなダメ高校に?
「どちらにしろ。君を止められてよかったよ」
命に別状はなさそうなんで安心した。
試合が終わり、試合終了のコールを行ってもらうために校長代理の方へと視線を向ける。
こうして、最高ランクと最低ランクの試合は閉幕した。