第二章・第一話 メイドになりなさい!
俺はいろんな偶然が重なり、不注意で転入生・神楽坂イザベラの全裸を見てしまう。
そのことに怒りを覚えた彼女は、全身全霊をかけて俺と決闘することを提案する。
戦う理由などなかったが、相手の押しに負かされて仕方なく戦うことになった。
こうして彼らはピリピリとした空気の中、勝負が行われるステージへと赴く。
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神社をモチーフにした学園、それが祭祀学園だ。辺りを見渡せば、和風の飾りが目に入る。
今現在、前日祭と呼ばれるお祭りがおこなわれており、裏庭も正門前も生徒で溢れかえっている。
校長代理の情報によれば高一と高二の生徒を合わせて、だいたい120人くらいだろうか。
こんなさびれた高校にいるの人間は主に四種類いる。一つはお祭り大好きパーリーピーポー。
二つめは進路を考えていないYOLOな生徒。三つめは雑魚の上に立ち優越感を味わいたい生徒。そして四つめは本気で全国目指して努力をし続けている生徒だ。そんな生徒も今日だけは羽目を外してお祭りを楽しんでいる。
この学園では一年の何回か祭が行われる。そのたびにこの光景を見ていた。
基本的にやることは毎回同じだ。出店で金を稼ぐ生徒と、それを買う生徒が居る。
『たこ焼き』『焼きそば』『チョコバナナ』『リンゴ飴』などなど。
数多くの飲食系の店が並ぶなか『射的』や『似顔絵』などの出し物もある。
まぁ、全員がお祭りを楽しんでいる訳ではない。何より俺は楽しんではいない。
それにしても周りの連中の楽しそうな声を聞いていると気持ちが落ち込んでいく。
完全に文化祭の雰囲気だよな。友達のいない俺には関係のない話だけど……。
それに、問題は今日よりも明日だ。明日、新入生が入学すれば、盛り上がりは今日を超えるだろうな。
今年の入学希望者が何人いるのか知らないが、60人くらいだと想定しよう。
出店を出す生徒が30人。楽器を演奏して祭りを盛り上げる生徒が20人。
新入生はたぶん静かなので、騒音パーリー在校生ピーポー50人くらいか。
早朝から花火も上がるだろうし、音もそうだが、立ち入り禁止区域が設けられる。
これではいつもの朝のランニングルートが使えない。ルーティンが崩れてしまう。
そんなことを考え、俺は校庭のど真ん中に存在する正方形のステージの下の方に立っていた。
ステージの上では生徒の催し物が行われ、囲んでいた沢山の生徒がそれを見ていた。
俺は周囲の笑顔に包まれ、彼らと同じように違和感なく紛れ込んでいた。
ステージの上で舞う生徒もそれを見る人も皆が楽しそうな声を出している。
ステージの最前列には、左右に激しく腕を振る五人の生徒の姿があった。
「巫女もえぇええええ!」「ハイハイハイ! ハハハイ!」「ウォオオオオ!」
なんでこんな周りの目も気にせず、羽目を外すことができるのだろうか。
分からない。どうして彼らはこんなに恥ずかしげもなく踊れる?
やはり楽しいのだろうか。それとも新手の健康法か? んー……。
理解できないからこそ、いろんなことを考察する。だが結局、分からない。
呆然と立ち尽くし、生徒たちの群れにかくて、ステージを見上げる。
今、巫女部に在籍する五人の踊り子たちがダンスを披露しているところだ。
本来であれば巫女の舞は祭祀を司る、祈祷や奉納の舞だ。回り、回り返す。
ただ、これは正式な舞ではなく、あくまでも巫女部の創作ダンスである。
舞台の奥で奏らえる神楽歌にあわせた舞を行う。神楽鈴の音が心地よい。
演奏者たちを見ていると、自然と反対側で待機している神楽座さんと目が合う。
彼女は巫女の舞など一切見ず、こちらの方を一心に怪訝な眼差しで見ていた。
目をそらした。なんで神楽坂さんはそんな目で俺を見てくるんだよ。
すると、俺の隣にいる幼女校長が元気よくステージを指さす。
「なぁ挙玖。巫女の舞の次はなんだ? 何が行われるんだ?」
「ちっと待ってくださいね~」
いつの間に俺の背後にいたのか、校長代理が気配を感じさせることなく後ろに立っていた。
彼はポケットからパンフレットを取り時だし、出し物のスケジュールを確認する。
「次はそうですねぇ~。巫女の舞の次は、ドジョウ掬い部の盆踊りです」
「うーん。盆踊りはつまらない。中止だ! その時間にイザベラとの試合をやろう!」
さりげなく幼女校長がひどいことを言っていやがる。
彼女の自由な発言に校長代理の顔も少しだけ引きつった。
「美琴様、ドジョウ掬い部の皆も頑張ってダンスを練習したんですよ。中止ではなく、スケジュールを少しだけずらすってことにしましょう」
「うーん……そうだな! そうしよう!」
「じゃあ、私はちょっとステージに行ってくるわ~」
彼が人込みの中から出て、ステージの方へと向かった。
× × ×
やがて巫女の舞が終わる。入れ替わるようにして彼がステージに上がった
笑顔でマイクを握る。
彼の突然の登場に困惑していた生徒も居たが「祭り、楽しんでるかぁ~い?」と言う質問に対しては最高の喝采で答えた。この学校の生徒は祭りが大好きだからな。彼らの声援がこの空間に鳴り響く。
「この後のスケジュールを少し変更するわぁ。ドジョウ掬い部を楽しみにしていた人はゴメンネ。急遽決まったイベントの後、必ずやるから安心してね♪」
「急きょ決まったイベント?」「なんだそれ?」「水着美女の尻相撲か?」
何が行われるのか今か今かとワクワクし始める生徒たち。
「みんなは試合って好き? 私は好きよぉ~。で、実は今日、珍しい試合が見られると思うわよ。ななななんと、対戦相手の一人は、学園の能力テストを最高ランクで突破し、才色兼備、そこそこ抜群のスタイルを持つ、神楽坂財閥奇跡の生き残り【強撃乙女】神楽坂イザベラよ!」
紹介され、待機していた神楽坂さんがステージの階段を上がる。
相変わらず綺麗なポニテだな。シャンプーとかするのが大変そうだ。
彼女の姿を見るなり男女問わず全員が「うぉおおおおおおおお!」と叫んだ。
皆、可愛い女の子には優しいしな。悲しいことにこれが現実だ。
「そしてお次は、能力値【零】の【最下位闘士】御影志樹よ」
あぁ、このつらい。この後の生徒の反応が手に取るように分かる。
「え、男?」「ふーん」「へー」「え、誰?」「知らん」「俺のチョコバナナ食うか?」「うん」
ですよねー。男ってだけで俺はかなり損している。生徒らの反応も予想通りだ
予定ではこの後、超絶格好よく飛び上がり、ヒーローのように登場しようと思ったが、この反応じゃーなー。もうこの時点で心が折れてんだが……。何も言わずに、帰ろうかな。
一人で落胆していると、誰かが俺の制服の袖をツンツンと引っ張った。
「志樹、大丈夫か? なんだか元気ないぞ。顔色も悪いようだ」
隣にいた幼女が、心配そうな表情を浮かべて俺を見上げる。
年齢はともかく、見た目が幼女な女の子に心配される高校生ってどうなんだよ。
ダメだ。こんなところで落ち込んでいる訳にはいかない。
幼女校長を楽しませることが、俺の役目だ。信仰心とプライドを胸に戦おう。
「幼女校長、俺は大丈夫ですよ。こんなことは日常茶飯事です。この学園における俺のポジションが、再確認できて安心しました。では、本気で行ってきます」
「うん。でも、無理はするな……。志樹、ワタチはどんなことがあっても志樹の味方だからな」
「ありがとう。校長先生」
幼女校長に背を向け、普通に三段の階段を上ってステージへと上がって行った。
俺がステージに上がり、姿を現しても叫びをあげる人間はいない。
逆に場が静寂に包まれ、耳に届く音は焼き鳥を焼く火の音くらいだった。
そんな中、生徒の一人が「誰だあれ?」と声を漏らす。誰も答えない。
無理もない。俺はこう見えても目立たない生徒だ。特徴も特にない。
学力も平均、体育は適当に流している、魔力なんてゼロだ。
俺を知っている生徒がいたら、それはもうストーカーと言わざるを得ない。
神楽坂さんと向き合う。俺は戦闘前から戦意喪失していた。
ステージの上は障害物がないから、周囲の声がよく耳に届く。
「強撃乙女・神楽坂イザベラの名は知っている。だが、対戦相手の男は誰だ?」
「御影志樹とか言ったか? 聞いたことがない名前だな。そんなヤツ学校に居たっけ?」
「あ、分かった! あの男も転入生じゃね? 絶対そうだよ!」
「なるほど! 転入生同士の試合ってことか! それは確かに面白いな!」
「そうだな! アハハハッハハ! まぁ、勝つのは女の子の方だがな!!」
残念だったなお前ら。俺は中学も祭祀中学だ。ずっとこの地区にいたよ。たぶん。
俺は東京生まれの東京育ち。だと思う。できるだけ悪そうな奴らには近寄らない。
「で、能力値【零】だって? クソじゃね。学園のゴミじゃん。人間以下じゃん」
「マジクソだな。現代魔闘士の恥だ。早く負けて病院のぶち込まれればいいのに」
「じゃあ、型抜きを賭けようぜ。俺は神楽坂に一票なぁ~」
「ずるっ、俺も神楽坂に一票。って、二人とも同じじゃ賭けにならねーよ」
「だな。ハハッハハハハハハ。どちらにしろ、男が負けて故郷へ帰るシーンが見える」
どいつもこいつも適当なことぬかしやがって……。
本当のことを言うと、俺は自分の故郷がどこなのかは知らない。
物心ついた頃には東京にいて、養親である校長代理に育てられた。
だから俺が帰るここなんだ。故郷なんてものは存在しない。
怒りとセンチメンタルを足して二で割ったような気分になる。
そんな俺の姿を見て、神楽坂さんから俺に対する殺意がなくなる。
「ねぇアナタ、ひどい言われようだけど、本当にニューフェイスではないのよね?」
「そんな訳ないだろ。言っておくが、俺はずっとこの学校にいた生徒だ」
「ふーん。学校で魔闘士学を学んでいるくせに、能力値はいまだに零ってことね。消し炭じゃん」
「いや、まぁ。うん。そうだけどさー……」
励まされるのかと思ったら貶されるだけだった。
「私は強いわ。だから降参するなら今がチャンスよ。素直に謝れば許してあげる」
「そこまで言うなら降参していいかなー。正直できれば戦いたくない。俺は目立ちたくないんだよ。多くの生徒はきっとドジョウ掬いを楽しみに待ってるから」
「ダメ。アナタに拒否権はないわ」
「じゃあ聞くなよ!?」
俺の言葉が完全に無視された。
どうあがいてもタイマンするという流れは変えられないようだ……。
男なら覚悟を決めて戦うしかないのかな。ここまで来ちゃった訳だし。
よくわからない空気の中、校長代理が手をあげる。
「選手が揃ったところで、試合を始めようと思うわぁ~」
神楽坂さんが拳法のような構えを取った。
「行くわよ。私にとって戦いがどんな意味を持つか、アナタに見せてあげる」
「できれば誰も傷つかずに和解したいんだがなぁ。平和に……ってーのは無理なのか」
彼女の紅色の瞳が真っ直ぐと俺を見つめる。
その意志により周囲の生徒の空気までもが変わった。
彼女の存在が発する熱が、生徒の興奮を高めていく。
静まり返っていた生徒が「うぉおおおおおおおおお!」と騒ぎ出す。
神楽坂さんはまだ何もしていない。なのに、彼女の存在自体が人の心を動かすのか。
これが最高SSランクの生徒。力だけじゃない、生命の力があふれている。
「なるほど」
認めなければいけない。彼女と自分とでは明らかに違う部分が一つある。
それが、戦う覚悟だ。
この試合、適当に流そうと思ったが、そんな甘い考えだった自分が恥ずかしい。
俺も彼女の思いに答えよう。この試合、本気で行く。手を抜いたら申し訳ない。
戦闘態勢に入った。我流の構えだ。防御を捨て、攻撃に特化したスタイル。
「神楽坂さん。俺、戦うよ。体術では、誰にも負ける気がしないから」
「顔つきが変わったわね。それでこそ勝負ってものよ」
「君は誰よりも強い。力だけではなく心も。その心は尊敬に値する」
「今更褒めても許さないわよ。私の裸はプライスレスなんだから」
「それでいい。中途半端な容赦なんていらない。本気で戦おう」
拳を交えたその先に、彼女のことが少し理解できるかもしれない。
準備は整った。両者のやる気は最高潮。後は校長代理の言葉で――
「それでは試合開始しちゃうわよ~ん! 神楽坂イザベラ 対 御影志樹の試合、始め!」
言葉を合図に試合の幕が上がる。攻撃特化から腕を上げ、防御形態へと変わる。
まずは様子見だ。相手の力は未知数。どんな攻撃をするのか見なくては。
「「……」」
神楽坂さんも俺と同じように防御の構えを取る。考えることは同じなのか。
睨み合う。拳を交えなくても分かる。この人、相当強い……。
先に手の内を明かした方が負ける。動かないのではなく、動けない。
……。………。…………。……………。………………。
五秒程度の時間が流れる。まるで永遠に感じる時間だ。
俺はともかく、なんで彼女は《魔装雅楽》すら召還してないんだ?
武器を所有している人間なら、武器を持った方が絶対に強いと言うのに。
それに彼女は一度校長室で俺に武器を見せている。今更出し惜しみか?
手の内を隠してなんの得があると言うのだ? 理解できない。
試合をしよう、と言い出したのは彼女だ。何が目的なんだ?
警戒しながら考え込んでいると、彼女が「ねぇ」と声を発する。
「な、なんだ?」
「私が勝ったら、アナタはあの部屋から出ていくのよね?」
まるで初耳なのだが、負ける訳がないので、いいとしよう。
「もともと俺の部屋だが、裸を見たのは完全の俺の責任だ。それでいい」
「でも、ダメだと思うのよね」
「何が?」
「私、勝負は公平が好きなのよね。だから、アナタも何か条件を出しなさいよ」
そんないきなり言われてもない。こんな状況で出せと言われても……。
「お金以外ならなんでもいいわ」
「なんでも?」
その台詞に卑猥な想像しかできないのは男の性だろう。
ここで『勝ったら××でお前と◯◯◯しながら▽▽▽を楽しむ』なんて放送禁止用語は言えない。
ソフトにコスチーム系もいいな。スク水とかブルマとか……いや、あれだ!!
「メイド……」
「メイド? メイドって何、メイド・イン・ジャパンのメイド?」
「違う。ひらひらなフリル付きの服を着る可愛らしいメイドだ。ほら『お帰りなさいませご主人様』と言う日本メイドだ。俺が勝ったら、神楽坂さんは俺のメイドになってくれ!!」
「ドン引きだわー」
結局ドン引かれた。しかも観客の生徒も若干引いている。さすがに今のはまずいな。
人間としての尊厳を守るためにも、ここは『冗談でしたー』って言って笑いを取ろう。
「アハハ、神楽坂さん、実は今のは冗談で――」
「いいわよ」
「……え?」
「どうせ私の圧勝だろうしね。メイドでもジャパンでも何にでもなるわ」
「嘘、だよね?」
「本当よ。私は嘘が嫌いなの」
交渉が成立してしまった。神楽坂さんのメイドか。可愛いとは思う。
「あ、それと。勿論アナタが負けたら、アナタが私のメイドになりなさいよね」
「それ誰得だよ!?」
しかも微妙に条件が増えてる。もう公平ではないだろ。いや、むしろ最初から公平ではなかった気がする。まぁ、いいか。どちらにしろ戦うんだしな。メインディッシュはタイマンの方だ。
そんな中、今度こそ本当の試合が始まってしまった。手加減はなしだからな。