最終章・第二話 あの日
あの夜、俺はイザベラに殺されたかと思っていた。なのに俺は生きていたんだ。
何があったのか分からない。もしかしたら誰かが妨害したのかもしれない。
殺人はいけないよ! などと言う正論を掲げてイザベラの復讐を邪魔したのかも。
その真相を知ることはないだろうが、正直どうでもいい話ではある。
本当に大事なのは、俺みたいな死ぬべき人間が今も生きていると言うことだ。
嘗て俺は暴走してしまい、イザベラの大切な者の命を沢山奪ってしまった。
なのに俺だけは生きている。こんな理不尽な話がまかり通る世の中ではない。
罪人は罪を償う。これが自然の摂理だ。だから俺はこの身を捧げる。
彼女が親の仇の命を奪えば、長かった複数劇にも幕を下ろさあれる。
そうなれば、彼女は明日から普通の女の子として普通の人生が歩めるはずだ。
一人の女の子を過去の悲しみから解放するために俺は走り続けた。
幼女校長からイザベラは201号室にいるという情報を手に入れたのでそこへと向かう。
階段を駆け下り、病院の廊下を歩く人を横切り、ようやく着いたのだが――
「ハァ?」
「うわっ!?」
誰かが突然202号室から現れる。俺はその人物と正面衝突してしまった。
互いに後方へと倒れ、廊下にしりもちをついた。
今のは完全に俺が悪いな。前方不注意というか、そもそも廊下は走るなって話だ。
まずは謝罪をしなければいけない。
「あの、すいません。今、ちょっと急いでいたもので」
「いぞぐ?」
「……ん?」
顔をあげると、目の前でしりもちをついていた人物は病衣姿のイザベラだった。
特徴的な長いポニーテールをほどき、ありのままのストレートな状態だ。
倒れた衝撃により、生脚があらわになっていた。すごく綺麗な脚だ。
顔や腕、脚の火傷は消えている。火属性なので火傷の直りが速いのだろうか。
久しぶりにイザベラを見るような気分だ。白い肌が美しい。実に尊いな。
その魅力的な姿についつい見惚れてしまう。……って、そんな場合ではない。
彼女に伝えなければいけないことがあるんだった。一番大事なことだ。
「イザベラ、ゴメン!」
俺はその場で正座をし、勢いよく額を床につけた。俺は――ご下座をした。
「生きていてゴメン。理由は分からなえいけど、君は俺を殺せなかった」
「そうね」
「だからここで俺を殺してくれ」
「いやよ」
「なんでだよ。俺はこの身を君に捧げることを覚悟した」
分かったぞ。俺がこの姿だからなのか。ここで俺を殺せば、それはただの殺人。
殺人鬼になってしまえば、警察に捕まり、学園にいられなくなる。
暴走した姿になれればいいのだが、残念ながら意識的には不可能だ。
クソッ。なんでそんな簡単なことに気がつかなかったんだよ……。
これじゃ、イザベラの復讐劇は終わらない。
彼女はこれから俺が次に暴走するまで家族の仇に手を出せない毎日を歩むのか。
生かすも地獄、殺すも地獄。俺はなんて酷い存在なんだ。
自分の過去の過ちが憎い。なんでこんなことになるんだよ。
後悔していると、イザベラが大きなため息をついた。
俺は少しだけ顔をあげて彼女の姿を見る。
イザベラは目を外の方へと向け、頬を掻いていた。
「ご主人様がメイドに命を捧げるってなんだか変な話よね」
「こんな時になんでそんなどうでもいい話をしてんだよ」
「まぁ、こんなときだからこそ?」
家族の仇を前にしているのに、イザベラの口調は妙に軽い。
殺意や憎悪と言ったマイナスな感情は一切感じられない。
校庭で見たときの彼女とはまるで別人だ。
その目はまるで、真実を知るよりも以前の彼女と同じだった。
家族の仇ではなく、普通にルームメイトを見る目だ。
「とにかく顔をあげなさいよ」
「分かった……」
彼女の言葉に従う。俺は廊下で正座をし、彼女も廊下で正座をした。
二人とも体が互いの方へと向け、見合っていた。両者とも無言だ。
なんだこれ。この時間は果たしてなんなのだろうか。
訳の分からない無言の時間だけが過ぎていく。周りの患者も通り過ぎていく。
全員がこちらを変な目で見ている。痛い子を見る目のようだ。
「イザベラ、なんで黙ってんだよ……」
「んー……。ん~っとね。その、あれなのよ」
「あれ?」
「実は、シキに話さなければいけないことがあるの」
「そう、なのか?」
「そう。だからその、飲み物でも飲みながら話しましょ」
「毒殺?」
「何も入れないわよ」
俺を油断させる気かもしれない。まぁ、元より殺されることは覚悟の上なのだがな。
殺したければ正直に『殺すから』と言えばいいのに、俺は逃げたりはしない。
イザベラはまだ俺が逃げるかもしれないと疑っているのだろうか。無駄な心配だ。
俺らは立ち上がった。その後、大事な話をするために近くの自動販売機へと向う。
大事な話とはなんだろうか。俺が生きている理由についてだろうか。
その真相は数分後には明らかになっている。だから今は何も訊かずについていく。
◆ ◆ ◆
病院の階段付近に置かれたベンチで俺とイザベラは隣同士座っていた。
彼女も俺も、先ほど買った缶ジュースを開けずに持っているだけだの状態だ。
気づかれないように横目で彼女の方へと視線を送る。なんだか困った様子だ。
イザベラは首を傾げて考え込む。何をそんなに考えているのだろうか。
やはり俺をどう殺すかについて考えているのだろうか? ……気になる。
「ねぇ」とついに彼女が口を開いた。時が来てしまったのか。
「な、なにかな?」
「さっきから不愉快なんだけど、なんでおどおどしてんのよ?」
「おどおどはしてない。俺は覚悟はできてんだ」
「っはぁー。殺さないから安心してよ」
「嘘だな。俺を油断させる気だろ? 今も言ったが、俺は死ぬ覚悟はできてんだ。そんな回りくどい言い方は不要だ。一思いに俺を殺せ」
「いやよ」
「なんで!? 俺は神楽坂財閥の仇なんだろ?」
「んー……。実はそのことで話があるのよ」
彼女は持っていた缶ジュースのふたを開け、中の飲料水を飲み始めた。
一息つくと、廊下の窓から見える空を見つめた。
どこか儚げな表情を浮かべ、彼女は俺をここに連れてきた理由について話す。
「実はね。長い間植物状態だった母が今朝、目を覚ましたのよ」
「ほ、ほんとか! それは嬉しいことじゃないか! あ、もしかして202号室に?」
「そう。母の病室から出てきた時、ちょうどシキとぶつかったのよ」
「そっかー。それは本当によかった。これでイザベラは一人じゃなんだな」
「……」
心から喜んでいると、イザベラはジトーとした目で俺のことを見ていた。
「な、なんだよ?」
「別に。ただ、シキっていい人よね」
「何を言ってんだ?」
「人を殺せるような人間ではないってこと」
「……」
それは皮肉で言っているのだろうか。今の俺はそうだが、暴走した俺は……。
「責めている訳じゃないの。ただ思ったことを素直に伝えただけ」
からかわれているのだろうか。なんだかイザベラの様子がおかしい。
妙に静かで、冷静で、元気がないように見える。
母親が目覚めたんだぞ。もっと嬉しそうにしても罰は当たらない。
「母が目覚めて、嬉しくないのかよ?
「嬉しいけど……それと同時に混乱もしている」
「混乱?」
彼女は再び缶ジュースの飲料水を少しだけ飲んだ。しばしの沈黙のあと、話し始めた。
「母がね。私に教えてくれたの。神楽座財閥が崩壊した日、何があったのか」
「……」
その話か。犯人は俺なんだよな……。だからこそ真剣に聞かなければいけない。
「あの日、町で行われていた神楽坂祭りに突然神殺しの一族が攻めてきたのよね。彼らは無差別に人を殺し、私からほぼすべての者を奪った。もちろん私や母さんの命も狙われていたわ。でも――」
「でも?」
「ずっと疑問に思っていたのよね。どうして猛者と言われていた父が殺され、弱い母と幼い私だけが生き残ったのか。普通に考えておかしな話なのよ。あの場から逃げられるわけがない」
「たしかに……神殺しの一族は人殺しを生業とする奴等だからな……」
「当時の私はね、運が良かっただけなんだと思っていた」
「そうじゃなかったのか?」
「全然違った。私は、目覚めた母から全てを教えてもらったの。実はあの日、神殺しの一族は確かに私たちを殺そうとした。死を覚悟したとき、一人の男が現れて私らを守ったのよ」
「その男って? 神楽座財閥の人間?」
「ううん。神楽座財閥の人間でも町の人でもない。その男の人は黒い魔力をまとい、腕には大きな銃剣が握られていた。彼は持っていた銃剣で次々と神殺しの一族が所有する魔装雅楽を壊していく。その男はたった一人で敵を無力化したのよ。結果、私たちは逃げることができた」
「すごいなその男。まさか俺と同じ銃剣使いだなんて」
「幼い頃の私は、その黒い姿に恐怖を覚えた。怖くて、黒くて、禍々しい。まるで魔力の塊。だからこそ、その男が財閥を殺したんだと錯覚していた。でも本当は違った。その人物がいたから、私と母は逃げて生き延びることができたのよ」
「すげーな。一人で神殺しの一族を相手にしちゃうなんて。その男って誰なんだよ?」
「……」
「もし出会うことが出来たら、礼を言わないとな」
「……」
数秒前まで話していたイザベラがなんの前触れもなく黙り込んでしまった。
「イザベラ?」
「……シキ」
「なんだよ?」
「ありがとう」
「ハァ? なんで俺に礼を言うんだよ。俺はお前の家族の仇なんだろ?」
「そもそもそれが私の勘違いだったのよ……」
「ちょっと待て。えっと……今の流れから言うと……その男の銃剣のデザインって?」
「そう、『☆4=』だったわ。緑色の二重線が特徴的なね」
「……」
魔装雅楽とは人間の指紋のようなものだ。二つとして同じものは存在しない。
似たようなタイプの武器が存在してもデザインや形状は異なるのだ。
特に記号が書かれた魔装雅楽のデザインが被ることはめったにない。
ならば、彼女が子供に頃に見た銃剣は間違いなく俺の物なのか。
俺や両親が神殺しの一族にいたときと時期が重なるのだ。
つまり彼女が言っていることは……本当なのか。
イザベラが俺の魔装雅楽に既視感を覚えた理由も、俺が彼女と初対面な気がしなかった理由も全部――
「本当の出会っていたんだ」
俺は考え込んだ。幼き頃の記憶を必死に思い出してみる。できるだけ鮮明に。
暴走した俺は銃剣を片手に次々と人を撃っていった。……誰を撃った?
「俺が撃っていったのは神楽座財閥の人間ではなく、神殺しの一族の方だったのか……?」
周囲に飛び散っていた血は、俺がやったものではなく既にそこにあったもの。
木霊していた断末魔も、俺が原因ではなく神殺しの一族の犯行……。
俺が暴走する条件は、大切な存在が傷つく光景、又は傷ついた姿を見たとき。
神殺しの一族により殺されていく神楽座財閥を目の当たりした俺は――
「暴走したのか」
次第に記憶と出来事が繋がっていく。だが、暴走したことに変わりはない。
俺が多くの人を傷つけたことは紛れもない事実。
「シキは確かに暴走した。でも、誰も殺してないのよ」
「ハァ? それは嘘だ。俺は過去に沢山の人を――」
「殺してない」
「なんで言い切れるんだよ?」
「30人自主退学事件の話を聞いてから、私は疑問の思っていた。どうして生徒たちは”自主退学”なのかと」
「まさか?」
「そう。シキは神楽座財閥崩壊事件と同じように暴走したのに誰も殺していないのよ」
「暴走状態は自分ではコントロールできない。なのに暴走したアナタは誰も殺してはいない。シキもその理由にうすうす気づいているんでしょ?」
「……」
俺の暴走は『壊したい』と言う意志が自分の気持ちを包み、魔力にのまれた姿だ。
確かにその感情は殺したいではなく、壊したいなのだ。
魔装雅楽があるから争うが生まれる。魔装雅楽があるから人は傷つく。
だから壊す。
言われてみれば、俺は30人自主退学事件で誰も殺してはいない……。
「知ってる? 昨晩の件でも怪我人は出たけど死人はゼロだったのよ」
「嘘……だろ? ソースは?」
「浦和先輩」
「あの先輩か……」
報道部の先輩の発言を信用していいのか分からず、俺は眉間に皺を寄せた。
すると、自動販売機の方から缶ジュースがドサッと落ちる音が聞こえる。
視線を送ると、そこにいたのは首からカメラをかけた眼鏡の女子生徒だった。
「志樹後輩、私の情報を疑うなんて後輩のくせに生意気ですよ」
「なんで先輩がいるんだよ」
「お見舞いとでも言っておきましょう」
なんだその言い方。素直にお見舞いですって言えばいいのに。
「それより先輩、昨晩の話って」
「本当ですよ。因みに退学希望者はゼロです」
「ハァ? いやいや、でも俺の姿を見たら全員、絶望するんだろ?」
「たしかに絶望しますが、それ以上に神楽坂後輩には希望があった」
「希望が絶望に勝ったのか……って、俺はなんでこんな話を!?」
ヤバいじゃねーか。つい流れで俺の秘密を一番言ってはいけない先輩に聞かれた。
俺は咄嗟に口を押え、何もしゃべらないことを体で表現した。はい、黙ります。
「もう遅いですよ。報道部をなめないでください。あなたのことはすべて知っています」
「……」
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。べつにあなたの秘密を学園中にバラまく気はありません。あなたの事情を全てを知ると言うことは、あなたが亡くなった両親の意志でこの学園にいる理由も理解しています。私は鬼ではないので、言っていいことと悪いことの判断くらいはできます」
「そうか。だが、30人自主退学事件が俺のせいじゃないなら、なんであいつらは退学したんだよ?」
「もともと意志が弱かったらしいですよ。校長代理から情報を得ましたが、どうやら『学校を辞めたいです』と何度も彼に相談していたらしいです。そのたびに校長代理は『頑張ろう!』とか『大丈夫だよ』となんの根拠もないことを言っていた」
なんとなく分かる。彼は一人でも多くの生徒をこの学園に残しておきたい派の人間だからな。
「そんな弱った生徒の前に郷間ウェイが現れた。彼は自分を崇拝すれば救われると唱えた。弱い人間は誰かに頼らなければ生きていけない。あの男は自分のために弱った生徒を利用したんですよ」
「……」
「なので遅かれ早かれ、彼らはおそらく退学していました。志樹後輩のせいではありません」
「……」
そんなことをいきなり言われても困る。なら、俺は何に罪を感じて生きてきたんだ。
神楽坂財閥崩壊事件や30人自主退学事件の犯人が俺じゃないなんて今更言われても。
「でもよ……なら、なんで小此木は退学したんだ?」
未だに解決できてはいない。俺の姿に絶望した訳でも、魔装雅楽を壊された訳でもない。
彼女には一緒に学園生活を歩もうという意志があった。なのになんで突然……?
学園生活や俺との暮らしに不満があったようには思えなかった。理由が分からない。
「なんとなく彼女の気持ちが分かる気がする。たぶん彼女は絶望したんだよ」
イザベラが切なそうにそう呟いた。
「やっぱり俺の暴走が原因なのか……」
「そうだけど、そうじゃない。たぶん親友だと信じていたシキが本当のことを言ってくれなかったことに絶望したんだと思う」
「??」
「だってアナタたちは学園からは”最下位コンビ”って言われていたんでしょ。なのにアナタには隠された力があった。暴走した状態は最下位どころか、むしろ上位の方。今まで信じていたモノが崩れて瞬間。本当の最下位は自分一人だった。孤独。彼女はきっと裏切られたと思ったんじゃない?」
「裏切り……?」
「本当はすべてを話してほしかったんだと思う。弱い部分も強い部分も過去のことも。確かにシキの出生地は誰にも言えないモノだけど、親友である彼女は言ってほしかったんだと思う。言わないってことは、裏を返せば信用していないことと同じだから」
「……」
俺にそんな気がなくても、相手にはそんな風に受け取られていたのかもしれない。
秘密を話さないことの裏返しは、信用していないことなのか……。
小此木を退学に追い込んだのは郷間ウェイの暴力ではなく、俺だったのかよ。
「小此木四音は退学したんじゃないと私は思う」
「どういうことだよ?」
「修行だと思うわ。彼女はアナタにつり合う女のなるために一時的にこの学校を去った」
「言い切れるのか?」
「言い切れる。だった私ならそうするから。再会したときは、以前よりも強くなっているわ」
「……」
イザベラの言葉を信じるのであれば、小此木は今も元気よくどこかで生きているのか。
それが本当か嘘かは分からないが、俺はやはり希望の方を信じたい。
小此木が再び俺の前に現れたとき、俺は最大限の笑顔で彼女を迎えたいと思う。
「じゃあよイザベラ、お前は俺を殺さないのか?」
「当たり前でしょ。恩人を殺すバカがどこにいるのよ」
「……俺が親の仇だとしたら?」
「それでも殺さない」
「なんで?」
「なんでってそりゃぁ……その、ス、ス……スキだからよ」
「え?」
「炭酸飲料が好きなのよ!! 炭酸飲料!!」
彼女は持っていた缶ジュースを生き飲みする。
「ゴクゴクッ――カハッ……ゲホゲホッ」
そしてむせた。勢いよく飲むからだろ。
「なぁ、イザベラ」
「な、なによ!!」
「俺がまた暴走したら、昨晩の時みたいに俺を止めてくれないか?」
その発言に彼女は真剣な表情を浮かべる。やがて顔が赤くなっていく。
イザベラの頭から湯気が出て、髪が炎のように波をうつ。
「それって……ずっと一緒に居たいってこと……?」
「そうだな――」
「わわわわぁあああお!? まさか両想いなの!?」
「――掛け替えのないルームメイトとして」
「……え? え……ええ? 今のって昨晩の返事じゃないの?」
「昨晩? 昨晩、何か言ったのか?」
うなだれるイザベラ。それを見ていた浦和先輩がニッシシッと笑い出す。
「鈍感な男は時として罪ですね。神楽坂後輩も報われませんね~~~」
なんて言うのは嘘だ。実はイザベラの告白はしっかりと聞こえていた。
だが、俺はまだ返事をしてはいけない。返事などできないんだ。
彼女はSSランカー、対して俺は最下位闘士。全然、釣り合わない。
俺が彼女の隣にいても恥じない男になれたとき、俺は今の答えを出す。
小此木と同じ立場に置かれて、彼女の思いが初めて分かった気がする。
みんな、友達に置いていかれないように努力して強くなりたいんだ。
いろんなことを言われて少しだけ頭の中が混乱している。
つまりどういうことだ? 俺は何も悪くはないのか?
俯いていると、イザベラが「手を出しないさ」と言ってくる。
彼女の言葉に従い手を出すと、彼女はUSBを俺の手の上に置いた。
「なにこれ?」
「USB」
「いや、それは見れば分かる。何か訊いてんだよ」
「データが入っていた抜け殻よ。郷間に気づかれないように例の写真のデータを全部消しておいたわ。ちなみに実在していた写真も炎で燃やし尽くしたわ」
「いつ?」
「郷間ウェイと共に彼の部屋に行ったとき」
「……あれは、真実を知るためについていったんだろ?」
「それもあったけど、本当の理由は写真を燃やしてアナタを解放するため」
「意味が分からない。あの時点ではまだイザベラは俺の敵だったんだろ?」
「半々かな。シキが財閥の仇だと信じる自分とそれを否定する自分がいた」
「そうだったのか……」
イザベラには感謝してもしきれない。写真がないと言う事は――
ピロンッ。と何かを思った瞬間、スマートフォンが鳴った。
だして確かめてみると、それは郷間ウェイからだったのだ。
「誰から?」
「郷間」
「なんだって?」
「『ウェエエエエイ! 今日の一回戦。特別に試合に出ることを許可するよ。必ず来てね♪」
珍しいこともあるんだな。彼から出場許可が出るなんて初めてのことだ。
何かを企んでいるに決まっている。きっとそれはいいことではない……。
「どうするの?」
どうするか。俺を束縛していた写真はもうこの世界にはない。つまり俺は――
「自由だ」
USBを強く握りしめた。もうこんなモノに踊らされることもない。
なんだこの感覚。嬉しいような怖いような。嬉しすぎて怖いような。
俺は今まで沢山の人に助けられてきた。ならば俺の目的は一つ。
「恩返しだ。イザベラ、俺は試合に出るよ」
「そう。それはよかった」
「君と出会えて、本当に良かったと思っている」
「それは私の台詞よ」
「浦和先輩もいろいろとありがとうございます。今回の件、いろいろと助かりました」
「いえいえ。どんどん借りを作って、志樹後輩を困らせるのが目的なので」
なんだこの人。あとでどんな無理難題を押し付けらるのか怖いな。
まぁ、いい。どんなことを言われようと俺は借りを返してみせる。
この人にも恩がある。俺はこれから恩を返すために生きなければいけない。
「それで、試合はいつからなんだ?」
先日一斉に生徒へと送られてきたトーナメント表のメールを開いた。
そこに書かれていた俺と郷間ウェイの試合日時は――今日だった。
「今から!?」
「シキ、さっさと生きなさい。試合が始まるわよ」
「ああ、行ってくる」
怪我はまだ痛むが、そんなことはどうでもいい。体はまだ全然動くんだ。
俺はイザベラや浦和先輩に頭を下げ、病室の廊下を走り出した。




