最終章・第一話 天国……なのか?
…………。
………。
……。
…。
どれほどの時間が経ったのだろうか。終わりなき闇が永遠に続く。
ここは地獄か? それとも天国なのだろうか? 俺は前者だと思う。
闇の中にいる俺は、時間のことなど気にせずに考え込んだ。
脳内で何度も再生されるのは、イザベラと俺の最終決戦の映像。
燃え盛る炎や生徒たちの応援や歓声。正直すごかったなー。
本気で俺を殺しに来ていた彼女の姿は今も忘れられない。
多くを照らす魅力的な火の金槌。俺の銃剣を越えた武器。
今まで見てきた戦いの中で一番迫力があった試合だったと思う。
意志と意志のぶつかり、正真正銘命を懸けた戦いだ。
「……」
そして――戦いの果てにあったのはイザベラが待ち望んでいた復讐だ。
何年も探し続けていた家族の仇を彼女はようやく殺すことができた。
その人物こそが俺だったんだ。俺は過去にも二度ほど暴走をしている。
暴走した俺はそのたびに暴れ……多くの人を傷つけてしまった。
俺が神楽坂財閥崩壊事件に関与していたのを知ったのは最近のことだ。
イザベラと出会い、彼女の目的を知り、同じ時間を過ごして気づいた。
幼き頃の記憶と、イザベラが語る復讐の話が一致したのだ。
彼女から話を聞いた瞬間から、俺は罪悪感と後悔の念に駆られる。
イザベラは母親以外の家族を全て失った。その母親も病気で倒れた。
それ以来、彼女は手術費と生活費を稼ぐために裏闘技場で戦っていた。
来る日も来る日も殺される恐怖に抗い、命懸けの死闘を繰り広げた。
彼女はこんなにも苦しんできたのに、俺は生きていいのだろうか?
良い訳がない。罪人は罪を償わなければいけない。だから俺は償う。
イザベラの復讐劇にピリオドを打たせるために俺は命を捧げた。
これで良かったんだ。これでようやく彼女は復讐から解放される。
俺には暗い未来。そして彼女には明るい未来が待っている……。
なのだが、ここはどこなのだろうか? 本当に地獄なのか??
地獄にしては暗いな。イメージ的にはもっと赤いイメージだ。
痛みもない。針の山や地獄風呂もないんだよなぁ。んーーー。
死んだはずなのに死んだ感じがしない。なぜか実感がわかない。
「……兄ちゃんむにゃむにゃ~リンゴ飴はお一人さま一つだよ~~~」
「……お兄ちゃん枕の寝心地は最高……比奈乃の特等席……」
死後のはずなのに、なぜか妹である日和と比奈乃の声が聞こえる。
まさか!? イザベラの攻撃に巻き込まれて二人も死んだのか!?
な、なんてことだ……。
だが、なぜ? いつ?
あ、あの時かも……。
頭をよぎった可能性と、脳裏に写し出される映像を全力で否定する。
いいや、二人が死ぬなんてありえない。認める訳にはいかない。
戦闘に乱入しようとした妹たちのことを校長代理が止めていた。
つまりイザベラの最後の攻撃に巻き込まれたとは考えにくい……。
まさか。……いや、まさかな。再び俺の脳裏をとある可能性がよぎった。
イザベラに俺が殺されて、妹たちは兄の仇を討つために彼女と戦った。
その後、イザベラに殺されたのかもしれない。あくまでも”かも”だ。
それが本当か堂かを調べるすべはない。なぜなら俺は死んでいるから。
そもそも妹たちのこの声は本物なのか? そこをまず考えよう。
もしかしたら俺の記憶の中で再生されている思い出の声かもしれない。
ここは死後の世界な訳だから、俺の記憶はただの概念だ。
永遠に繰り返される記憶の中で俺は過ごしてい運命なのかもしれない。
んー……。しかしだ。なんともよく暗くて分からない世界だな。
暗すぎて何も見えない。俺の両親の姿がどこにも見えない。
どうすれば世界が見えるだろうか? 確かめる方法はないだろうか?
目を開ければいいのではないか? ……それだ。早速、試してみよう。
きっと目を開けたとき、俺の目の前には光景が広がっている。
そこが燃え盛る地獄なのか、明るい天国なのかは、まだ分からない。
だがしかし、このまま闇の中にいても何も始まらない訳だしな。
目を開けることを決意した俺は、両目に力を入れて――開ける。
「……」
ん? んん? 感覚的には開けたはずなのに視界は依然として暗いままだ。
それにどことなく呼吸もしづらいように感じる。何か乗っかってんのか?
顔に乗っかっていると思われる何かへと手を伸ばす。触ってみた。
「あぁんッ! お兄ちゃん……ダメだよ……そんなことしちゃ……」
再び日奈乃の声が聞こえた。顔に覆いかぶさる何かを揉むたびに妹の声がする。
この柔らかい物はなんだろうか。ゼリーのような、マショマロのような。
「お兄ちゃん……そんなことされたら比奈乃は……日奈乃は……!!」
瞳を閉じたまま、覆いかぶさる何かを自分の体から離してみる。
「え、もうやめちゃうの……日奈乃はまだ満足できていないのに……」
スーッと不思議と呼吸が楽になった。まるで生きているような感覚がする。
今度こそ、今度こそ目を開けたら何かしらの光景が見えるような気がした。
二度目の決意をした俺は、両目に力を入れ、意識的に開いてみる。
開眼――
「うわっ眩シッ!?」
視界に広がる一面の白。眩い光が俺の目を照らす。瞳を刺すような明るさ。
あまりの明るさで目を閉じた。
再び訪れる暗黒。一瞬だけ天国のような白い世界が見えたような気がする。
おかしいな。俺は過去に沢山の人を殺めている。
行きつく先は地獄かと思われるのだが……。霊界の手違いだろうか?
もう一度目を開けて確かめてみよう。
今度は眩しさで目が痛まないように細めながらゆっくりと開けていく。
「そーっと……そーっと……って、あれ? ここは」
白い光景。細い伝統が二本ほど見える。病室の天井のような光景だ。
ようなと言うか、まんま病室だ。リアルに正真正銘の病室なんだよ。
天国に病室があるなんて話は聞いたことがないのだが……あるのか?
仮にここが天国だとして考えてみよう。
ここは天国の病室だ。そして俺はその天国の病室で横になっている。
そうだな、名付けるなら天国病棟だ。
「なのだが……息ができる」
不思議なのだ。俺は呼吸ができている。しかも心臓が動いている。
腕や足、鼻の穴まで生きていた頃と同じように動かすことができる。
ぶっちゃけ人が死んだらどうなるか真相を知る人間はいない。
つまり、死んだ後も生きていた時と同じようになっても変ではない。
幽霊が二酸化炭素を出すことはないが、呼吸の動きはしているのかも。
死んでも嗅覚。視覚。聴覚。触覚がある。味覚はまだ分からない。
感触と言えば、股の部分に何か重い物が乗っかっているような気がする。
なんだろうか? 湯たんぽ? ……いや、これは……人間の頭部だ!?
誰かが俺の股間を枕代わりにして寝ていやがる。だ、誰なんだいったい!
俺は勢いよく上体を起こした。現状を確認する。全身がシーツで覆われていた。
そして隣には日奈乃がいた。
しかも全裸である!?
いや、正確には全裸ではないな。
裸体をシーツで隠し、まるで風呂に入る前の古代ローマ人のような恰好をしていた。
天使なのか? この子は天使なのだろうか? やはりここは天国なのか。
天国と言えば、さっき俺の顔を覆っていたのって……この大きなおっぱい!?
ここは天国だ。間違いない。この子は日奈乃にそっくりな顔をした天使なんだ。
日奈乃にそっくりな天使がいると言うことは……まさか日和も?
「兄ちゃん……むにゃむにゃ~。焼きそばはおかずだよ~……」
声はシーツの中から聞こえてくる。確信した。二人目の天使はそこだ!
思いっきりシーツをはがすと、そこには俺の股間の上に頭を置く妹の姿。
彼女の服装も日奈乃と同じようにシーツで体を隠しているだけだった。
半裸な二人の天使が天国病院で俺を看病してくれていたのか。
「しかし、なぜ天使たちが妹たちにそっくりなのだろうか。偶然か?」
考え込んでいると、日和が目を覚まし、眼をこすりながら上体をあげた。
「んにゃ? 兄ちゃんの声が……兄ちゃん。ん? 兄ちゃん!? 兄ちゃん、起きたのか!! 日奈乃、兄ちゃんが目覚めた! 寝てないで起きろ!!」
「起きてるよ。激しいことをされたから目覚めた。日奈乃、体が熱いの……」
喜びに満ち溢れたような顔をする二人。彼女らは全裸のまま俺に抱き着いてくる。
なんで見ず知らずの俺に抱き着いてくんだよ。まるでお前ら妹のようじゃないか。
「は、離せ! 二人は天使なんだろ! なんで俺の妹みたいになってんだよ!!」
「バカか兄ちゃん。日和たちは兄ちゃんの妹だろ! バッカだなー!!」
「そうだよお兄ちゃん。日奈乃とお兄ちゃんは掛け替えのない兄妹」
「待て。待て待て、それは俺が生きていた時の話だろ?」
「うん。だって兄ちゃんは今も生きてるぞ」
「……え?」
俺が……生きてる? 俺は自分が勝手に死んだのだと思い込んでいたのか?
すぐに自分が生きている説を受け入れる。
なんとなくそうなのではないかと思っていたから。
じゃあ、え、どういうことだ?
イザベラの復讐は失敗に終わったのか?
罪を償わなければいけない人間が、今もこうして生きているのか。
「嘘だろ……」
正直ショックだった。生きていることがこんなにも申し訳ないなんて。
あの時、殺されていれば、今、こんな思いをすることはなかった。
絶望だ。絶望しか残らない。イザベラの復讐劇はまだ終わらないのか。
「だったら、殺されに行かなきゃ……」
二人を自分の体から離そうと試みた。だが、簡単にはいかない。
「な、何を言ってんだ兄ちゃん!? 日奈乃、兄ちゃんを止めるぞ!」
「うん。比奈乃のお兄ちゃんはどこにも行かせない。死んでも離さない!」
俺は今すぐイザベラに会いに行って殺されに行くんだよ。
自分の体から二人を離そうとしたが、想像以上に強く抱き着かれている。
妹たちの離したくないという意志が伝わってくる。意志が固いな。
病室のベッドで死闘を繰り広げていると、リンッと自転車のベルが鳴る。
いったん抗うことをやめ、音の出た方へと視線を向けた。
「諦めろ志樹。お主らの妹たちの意志はお主よりも固い」
「幼女校長。確かにそうですね……って、幼女校長!?」
良いことを言っているので、流しそうになったが俺はすかさず驚いた。
病室の出入り口には三輪車に乗った幼女校長の姿があった。
祀られの巫女・名を祭囃美琴という。だが、問題はそこではない。
問題は彼女の服装だ。彼女も妹たち同様に……半裸だ。
妹たちは年相応の体をしているので合法なのだが幼女はアカンだろ。
凹凸のない体。低い身長。つるぺたでなめらかな平たいお胸。
「なんで全員半裸なんだよ……」
「理由は簡単だ! ワタチが二人に『志樹は嘗てイザベラの風呂を覗き込んで裸を見たことがある』と言ったらライバル心を燃やした二人が負けないぞーーー! ってなってこうなった」
「へー……って、違うだろ! あれは事故なんだって何度言えば分かる!! たまたま朝練から帰ってきたら、イザベラが風呂場にいたんだよ」
比奈乃が俺の腕を掴み、日和が空いた方の腕を掴んできた。
「どんな理由であれ、見たことに変わりはない! だから私らのもみろ!!」
「日奈乃は、神楽坂イザベラには負けたくない。お兄ちゃんの視線は譲れない」
クソッ。誤解なのに誤解が解けない。そもそもんなんで俺はこんなことを――
「そうだ」
なんで俺はこんなことをしてんだよ。俺の目的はまだ達成できていない。
イザベラに殺されに行かなければいけないんだ。
俺は逃げようとする。だが、再び妹たちに腕を強く掴まれてしまう。
力ではダメだ。強引に逃げることも叶わない。真剣に伝えるんだ。
「日和、比奈乃。お願いだからお兄ちゃんを離してくれ」
「でも……」
「お願いだ」
「……」
「分かってくれ」
「嫌だよ……せっかく兄ちゃんが助かったのに……」
「お兄ちゃん、お願いだからもう比奈乃を一人にしないで……」
二人の気持ちは痛いほど分かる。だが、これは俺の罪の償いなんだ。
死にたくないという理由で、逃げ続けることはできない事情なんだよ。
俺が幸せな暮らしを歩めば、その一方で誰かが不幸な暮らしを歩む。
イザベラの復讐が終わらない限り、彼女は永遠に苦しみ続ける。
泣き出しそうな妹たちの表情。残念ながら俺では拭いてあげれない。
「やれやれ、これも校長の務めかな」
幼女校長がベッドの家に上がってきた。彼女は優しく妹たちの頭を撫でる。
見た目はただの幼女なのに、その時だけは母親のように見えた。
やがて妹たちの瞳から涙がこぼれる。二人は校長に抱き着いた。
「いやだぁああああああああ嫌だよこんなの!!」
「せっかく、殺されずに済んだのに……一度は救われた命なのに」
「日和、比奈乃。志樹を最終的にどうするか決めるのは神楽坂イザベラだ」
「だからイヤなんだよ。気が変わったらどうと考えると……」
「ヤツを信じろ。神楽坂はもう主らにとって他人ではないだろ」
「そうだけど……そうだけど。うわぁあああああああん!」
幼女の外見に騙されてはいけない。彼女はれっきとした大人なのだ。
だから俺も安心して妹たちのことをこの人に任せることができる。
「美琴校長、イザベラはどこに居るのですか?」
「ここと同じ病院にいるぞ。号室は201だ」
「ありがとうございます」
「そこで真実を知るがよう」
「……真実?」
「やよいけっ」
「あ、はい。では美琴校長、妹達をよろしくお願いします」
意味深な発言の答えが分からないまま俺は勢いよく病室を出てから廊下を走す。
真実ってなんなんだ? イザベラに殺される前に彼女は教えてくれるのだろうか。
未来のことなんて分からない。それでも俺は過去を終わらせるために前へ進み続けた。




