第五章・第四話 覚醒
俺の心の闇に飲み込まれていた。まるで自分の体が自分のものではないような感覚。
自分の意志では動かすことができない。そもそも体を心が分離されている。
幽体離脱なんて言葉があるが、まさにそんな感じだ。俺の魂は空中に浮いていた。
魂の方の体は半透明だ。これが霊体と言うヤツだろう。
浮いた状態から見下ろすと、地上には俺の本体があった。
全身が禍々しい魔力に覆われている。赤く光る眼。ヤマアラシのような髪の毛。
その姿はまさに悪魔だ。小此木の件の時にも見たが、暴走した俺を見る度に毎回思う。
やっぱり俺の中には〖神殺しの一族〗の血が流れてんだなって。
どんなに両親が善人でも、どんなに良い子に育てようとしても、血筋は変えられない。
俺は危険な存在なんだ。今まで目をそらしてきたことだが、もうそらせない。
きっと俺はそらしてはいけないんだ。
家族の仇を討つためにイザベラが現れた。これも運命だ。俺が過去と向き合うとき。
だからこそ俺はイザベラの魔女狩りが行われようとしている校庭に来た。
計算では、傷つくイザベラを見て、俺が暴走して、彼女と戦うはずだった。
全力の意志と意志のぶつかり合い。イザベラが俺に勝って復讐を果たす。
なのに、燃え盛る炎に焼かれる彼女は動いてはいなかった。
生きているのか死んでいるのかすわ分からない状態だ。
こんなはずではなかった。これじゃ罪の償いができないではないか……。
生徒が邪魔だと思った。俺とイザベラの問題に首を突っ込む全生徒が邪魔だと。
だから壊すことを決意する。そう思った瞬間、俺は今の姿になった。
”壊す”という意志や概念だけで動く怪物に。怪物は叫んだ。
「グワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!」
擦れた声。ドラゴンのような叫びだ。こんな声が出るのかと自分でも驚いてしまう。
その咆哮に、イザベラの魔女狩りを行おうとしていた生徒たちが気づく。
彼らはイザベラへの攻撃をいったん中断し、こちらへと視線を向ける。
全員が俺の方を見て絶望的な表情を浮かべていた。次第に場が混乱に包まれる。
「やべぇーよ、やべーよ……あれ、神殺しの一族じゃね?」「う、嘘だろ……マジかよ……」「お前が神殺しの一族を殺そうとするから」「お前もだろ!」「クソガ!!」「だから嫌だったんだよ。神殺しの一族を殺そうなんて考えるの……」「うわぁあああ俺はただのパーリーピーポーなんだよぉおお!」
まるで大混乱だ。恐怖が生徒を支配する。彼らは訳も分からず互いのことを貶しあう。
人は危機的状況に陥ったとき、それを他人のせいにする傾向がある。
自分は悪くない。自分のせいではない。そんな言葉で自分を安心させるんだ。
他人のせいにしておけば簡単に逃げることができる。だがな。残念ながら、お前らは同罪だ。
覚醒した俺らの体は誰を先に壊すか狙いを定めている。アイツか、それともアイツか。
「誰か……助けて! 神様!」「神! そうだ! 俺らには郷間様がいる!」「神よ!」
弱い人間が最終的に頼るのは神だ。藁にも縋る思いではなく、神にも縋る思いになる。
郷間ウェイはあわわーと焦っていたが、周りの生徒から向けられる思いで我を取り戻す。
「ひ、ひるむな! 我こそが神! そして神は偉大だ!! お前らに加護を授ける」
「おぉ、神よ! なんとありがたい!」「さすがは郷間ウェイ様。ありがたやぁ」
「相手はしょせん一人だ。俺らは勝てる! 神殺しは殺せ! 殺して殺して殺しまくれ! 神殺しの一人を殺した後は――」
彼の声が小さくなり、目をそらした。
「神殺しの一人を殺した後は、多分学校が俺らを守ってくれる……と思う……」
大事なところは他人任せかよ。本当にお前は救えない奴だな。
推定100人の現代魔闘士が俺の方へと魔装雅楽を向ける。数秒後にはここも戦場だ。
俺の体は前かがみになり、左の手で右腕を抑える。魔力が――右手に集まっていく。
魔力の渦は、現代魔闘士が魔装雅楽を召喚するときに現れる心の光に似ていた。
通常の時と色は違うが、これは間違いなく武器を召喚するときの動きだ。
「ウワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
魔力が全方向へと弾け飛ぶ。渦を巻いていた魔力から現れたのは銃剣だった。
これこそが俺の封印された力・亜斬武銃万の完全形態である。
二メートルを超える銃剣の横には、例の『☆4=』のデザインが施されていた。
殺傷能力の高そうな魔装雅楽を目の当たりにして震えだす生徒が続出する。
中には武器を落とし、腰を抜かす生徒もいた。戦う前から勝負はついている。
心の中で神殺しの一族を殺したいと思い生徒が居る一方で、神殺しの一族と関わりたくないと思う生徒もいる。だからこそ世間では、神殺しの一族の話をする人間は少ない。
誰も奴等に狙われて、意味もなく殺されるのは嫌だからな。
校長代理がイザベラにその話をしなかったのもそれが理由なんだと思う。
祭囃子になることの本当の意味は、神殺しの一族に対抗できる人間を見つけるため。
しかし、もしイザベラがそれを知れば、再び戦うだけの兵器となってしまう。
校長代理は、義務教育を受けずに闘技場で生きるために戦っていたイザベラに楽しい人生を教えてあげたかったのだろう。そして今日、きっと校長代理の願いが叶う。
俺が殺されれば、すべてが終わるんだ。……もう……後戻りはできない。
ただ、心残りはある。殺されるのであれば、イザベラに殺してほしかったな。
今更言っても遅い。
何もかもうまくいかない。人生って言うのは、計画通りにはいかないものなんだよな。
その後も俺の本体は暴れ続けた。一人、二人と破壊していく。
聞こえてくるのは生徒の泣き叫ぶ声、断末魔、武器が壊れる音、そして銃声。
ここにいる全員、現代魔闘士なのに……なんでこんなに弱いのだろうか。
誰か一人くらいは強い意志を持っている生徒がいてもいいのになー……。
◆ ◆ ◆
三分後。ほとんどの生徒が地面に倒れていた。目に見える生徒は誰も立ってはいない。
残すところあと一人。信者たちだけを働かせて、自分だけは隠れている人物。
ザッ、ザッと足を引きずり、覚醒した状態の俺は十字架のそばへと歩んだ。
裏側へと回り込むと、そこにはうずくまり、頭を押さえた郷間の姿が見える。
「うぅう、どうしてこんなことに。なんでヤツが来るんだよ。アイツはショックで一日中部屋にこもっていたはず。つーか、教師はどこなんだよ。どうして僕を助けに来ない!!」
理由は簡単だ。講師陣は全員、お前を信じているからだ。だから炎の外で待っている。
郷間、信仰心が裏目に出たな。郷間ウェイ教は今日をもって滅びるそうだ。
俺じゃ銃剣を彼の方へと向ける。ようやく気配に気づいた彼は顔をあげた。
「し、ししし、志樹君!? 違うんだ! これは違うんだ!」
どう違うのか説明してくれ。説明したところで聞く耳は持たないがな。
恐怖の表情を浮かべていた郷間だったが、すぐに平常心を装う。
彼は引きつった顔を浮かべながら立ちあがる。堂々と胸を張った。
「お……おい。僕だぞ! 分かっているのか? 僕を傷つけたら写真をバラまくぞ!」
「シャァアアアアアア」
「……君、本当に志樹君なのか? ゴクリッ……話は通じているのか?」
大丈夫だ。通じている。霊体である俺にはしっかりとお前の言葉が届いているぞ。
だが残念ながら暴走した俺の本体には届いていないようだ。そろそろ終わりだ。
「ぼ、僕を殺しても無駄だぞ! 僕が死ねばPCに保存された画像が自動的にネットにアップロードされる設定にしてあるんだ! 君は僕を殺せない! 殺せば君はこの学園にはいられない!」
ハッタリにしてはよくできている。本当なのかもしれないと思ってしまう。
「この学園どころか! 君はこの世界にいられなくなる! 神殺しの一族は全世界の敵だからな! アァアアハッハハハハ! 僕の勝ちだ! 志樹君、君は僕には逆らえないんだよ」
作り話かと思ったが、郷間ウェイならやりかねない。金と時間だけは持て余しているので、郷間が死ねば自動的に画像がアップロードされる装置を作っているのかもしれない……。
でもちょっと待てよ。俺はここまで来てしまったんだ。帰り道なんでない。
画像が出回ろうが、全世界が敵に回ろうが、俺は今日、ここで死ぬことを覚悟した。
つまり郷間の言葉に意味はない。俺は銃剣を郷間ウェイの頭へと近づける。
「なっ!? 君は僕の話を聞いていないのかい!? なんてバカ野郎なんだ!」
勝てないと分かっていたから彼は最後の最後まで俺を攻撃しようとはしなかった。
俺は神だの、俺はすごいだの言っていたくせに、コイツは口だけの男なんだ。
持っているものと言えば財力と権力。それもほとんど父親のモノらしい。
お前が男だと言うのであれば、最後くらい死ぬ気で俺に挑んできやがれ。
暴走した俺が引き金を引こうとしたとき――彼女の声が耳に届く。
「し……き……?」
イザベラの声だ。その声は、十字架に縛り付けられた彼女の方から聞こえた。
顔をあげて見る。彼女は脱力した様子だったが、確実にこちらを見ている。
彼女は生きていた。意識があり、呼吸をして、動くことができていた。
安堵。喜び。それらと同時に言葉にできない不安が俺の心を締め付けていく。
俺の秘密が彼女に知られてしまった。時間が来てしまった。
「その銃剣……魔力をまとった姿……。あの日と同じだ……」
「……」
「神楽坂財閥を崩壊させた張本人……アナタ、本当にシキなの?」
「……」
否定することはできない。今の俺は間違いなく君の父や部下たちを殺した俺だ。
いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。
後悔はない。
神楽坂イザベラに殺されるなら本望だ。これで彼女の復讐劇が終わりを告げる。
短い間だったけど、君と過ごせた時間は楽しかった。今となってはいい思い出だ。
死後の世界なんてどうなっているか分からないけど、たぶん両親には会える。
だがなぁ、まず会ったらなんていうか。とりあえず謝罪はしておこう。
こんなときだからこそくだらないことを考えてしまう。なんでだろうな。
「私のパパや……弟妹……財閥の皆や……町の人を殺した男……」
イザベラの体から炎が燃え上がる。彼女の火が、周辺を燃やしていたオレンジ色の郷間の炎を紅色に変えてしまう。力の上書きだ。今のイザベラは信仰心を蓄えた郷間よりもはるかに強い。
家族の仇が目に前にいるんだ。彼女の俺を殺したいという意志は尋常ではない。
何年間も探し続けた男がここにいる。安心してくれ、俺は逃げも隠れもしない。
炎により、彼女を十字架に縛り付けていた切れた。着地した彼女は胸に手をあてる。
「【我の意志に名を示せ・魂に刻まれし魔装雅楽】 全てを砕け――多照魅火槌」
紅色の強大なハンマーが現れた。いつ見ても綺麗な色をしている。闇を照らす赤い光。
しかし、彼女の呪文はこれで終わりではない。これは命を懸けた戦いだ。
「上級魔法発動 【我の意志に答えよ・魔装雅楽に魔力を纏え】 地を燃やす金槌――素戔嗚」
ノーガードだ。全身の魔力が、殺意と復讐心で増幅された魔装雅楽にまとわれる。
ハンマーは大きく、大きく、大きくなっていく。その大きさは――絶望的だ。
彼女は、七階のビルの高さに匹敵するほどの大きさのハンマーを握っていた。
その武器には、彼女が今まで彼女がためてきた悲しみや辛さが込められている。
ありえない。この大きさは常軌を逸している。常識では考えられない。
俺はイザベラのことを知っている。彼女ではこんな力を操れる訳がない。
なぜなら彼女は2メートルを超える武器ですら扱えない。振り回されていた。
殺意を向けられるのは構わないが、それでは俺を殺せないだろ……。
なのになぜか彼女の瞳には「できる」という強い意志が込められていた。
なぜだ。理解ができない。そんな武器、どうやっても扱える訳がない。
「禁呪」
え? 今。彼女はなんて言った? 聞き間違いでなければ、禁呪と言ったような。
「【対価を支払い身に纏え、我の血肉を神に捧げる。力を宿せ ――強制」
なん……だと。その呪文に言葉を失った。それは学校では教えてくれない禁断の呪文だ。
俺も以前、都市伝説掲示板か何かで似たような呪文を一度だけ見たことがある。
しかし、その掲示板の文章も全てが書かれていた訳ではない。呪文が途中で途切れていたのだ。
だからこそ俺はすべてを知っている訳ではない。
しかし、イザベラの発言を聞いて思い出す。確かにそんな呪文だった気がする。
そもそも、どうしてこの呪文が世間に出回らないのか?
理由は簡単だ。
禁呪:強制の呪文を口外することは、れっきとした犯罪だからだ。法律的で禁止されている。
インターネットに書き込むことは罪。誰かに教えることも罪。本に書き残すことも罪。
どうして罪に問われれうのか、それは……この魔法が死の魔法と言われているからだ。
呪文に出てくる対価とは寿命のこと。血肉とは体にことだ。対価として神の力が手に入る。
この呪文を唱えた時点で、彼女は体の一部を奪われる。イザベラを死を覚悟しているからこそ、そんな禁呪を使ったのか。なんで彼女がその呪文を知っているかは分からないが、今はそんなことどうでもいいのか。
一時的に神の力を手に入れた彼女は山の如き大きさのハンマーを片手で構えて見せた。
「殺す」
そう呟いた瞬間。イザベラの体を赤い魔力が包み込んだ。まるで鬼のような姿だ。
なんだこれ? 今の彼女の姿に既視感を覚えた。これって……俺と同じだ。
神殺しの一族とか神楽坂財閥とか関係ない。怒りに包み込まれた人間の行きつく姿がこれなのか。
知らなかった。復讐に燃える人間が、こんな姿になれるなんて知らなかった。
だが、そうか。彼女は全力で俺を殺そうとしてる。なら、意志に答えないとな。
「シャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
俺の叫びと共に勝負が始まった。彼女が大きくハンマーを握り、地面へと振りおろす。
校舎外壁が豆腐のようにえぐれていく。物凄い音が周囲に鳴り響いた。
気絶や恐怖していた生徒たちが立ち上がり、校庭から走り去ろうとする。
正しい選択だ。ここにいればお前らも俺らの戦闘に書き込まれる。
「よそ見なんてしてる暇はないから」
二度目の攻撃が来る。あの日戦った時とはまるで別人のようだ。これが禁呪の力か。
自分の何百倍の重さもあるハンマーを彼女は巧みに操っていた。
攻撃が迫りくる度に感じる殺意。暴走した俺の体はそれらを吸収していく。
× × ×
意志と意志のぶつかり合い。
激しい戦闘が続いた。
そして終わりを告げる。
俺は、イザベラを撃ってしまった。
力をなくした彼女の手から……ハンマーがゆっくりと落ちていく。
こんなはずではなかった。
なんで彼女が死んで、俺が生き残るんだよ……。




