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第五章・第一話 明かされる秘密

 昨日は本当に楽しかった。イザベラや妹たちとお祭りを楽しむことができたから……。

 でも、その夜。俺は知らないほうが幸せだった真実を知ってしまう。

 歓喜していた楽し気な気持ちが一瞬にして消し飛び、残ったのは絶望だけだった。

 神楽坂イザベラという女子生徒は、神殺しの一族に母親以外の家族を殺された。

 そして彼女が財閥の仇として探している人物は……暴走したときの俺なんだ。


 あの事件の記憶。暴走した俺が次々と人を撃つ。周囲からは断末魔が聞こえる。

 小学生の頃の記憶なので鮮明に覚えてはいないが、彼女が言葉で確信へと変わる。

『闇をまとった姿』『黒い銃剣』『☆4=のデザインに既視感を覚える』

 それはまさに俺のことだった。小此木の事件で見せた俺の姿と全てが一致していた。

 イザベラと初めて会った時、初対面な気がしなかった理由がこれだ。

 俺らは以前に、あの事件で対面していた。

 ただ、暴走状態の俺は、全身が闇に包まれているので、相手に顔を知られることはない。

 暴走した状態の俺は文字通り暴走だ。自分ではコントロールすることができない。


 なんてことをしてしまったのか。後悔なんて言葉では片付けられない。

 取り返しのつかないことをしてしまった……。

 だから俺は、イザベラに真実を知られないためにも、彼女を拒絶した。

『メイドに命令する。部屋から出ていけ』と強い口調で彼女に伝える。

 しかし、突然そんなことを言われた彼女は、訳も分からず首をかしげる。

 冷静に考えてみれば「出ていけ」と言われて「はい」という人間なんていない。

 本当にどうすればいいのか俺にはもう分からない。

 俺は現実や過去から逃げるように、自室にある布団の中へと入り込んだ。

 イザベラは「どういうこと?」と尋ねるが、俺が答えることはなかった。

 どうすればいいんだ。このまま一緒に居れば、いずれは過去がバレる。

 沢山考えたが、答えが出ることはなかった。頭の中が真っ白なんだよ。


 ◆   ◆   ◆


 翌日の朝。今日は入学式兼始業式だ。本当は式が始まるまで寝ていたかった。

 何もしたくない。脱力感。部屋から出たくない。虚無感。もう心はボロボロだ。

 なのにイザベラが「ご主人さま、朝練のお時間です!」と言って俺を叩き起こす。

 強引に腕を引かれ、パジャマのまま学生寮の裏へと連れていかれる。

 メイド服を着た彼女は「今日こそ勝つわ!」と意気揚々と拳を構えていた。

 俺は戦いたくない。暗い表情で気力なく拳を構える。早く終わらせて帰ろう。

 もう勝ちとか負けとかどうでもいい。秒殺で俺を倒してくれよ。

 彼女の「はじめ!」という合図で勝負が始まった。彼女の拳が迫りくる。

 このままでは俺の顔面に当たってしまう。避けたくないけど、痛いのは嫌だなぁ。

 イザベラの拳が俺の頬に当たる直前で、俺の体が勝手に動き攻撃を避ける。

 反射神経ってやつか。まぁ、いいか。面倒だから避けるのは身体に任せよう。

 今まで鍛え上げてきた体と磨いてきた動体視力が俺の動きをサポートする。

 そのやる気のない動きはまるで酔拳。彼女の攻撃を次々と避けていく。


「なんで当たらないのよ! 私はSSランカーなのよ!! 超絶強いはずなのよ!」


「……」


「最下位闘士とか絶対嘘でしょ。私より強いんだから、大会に出れば上位目指せるわ」


「大会には出ない」


「なんでよ! 意味が分からない! 私、意味分からないことは嫌いなの!!」


「……」


「なんで黙るのよ! クッ、なんで攻撃が、あたら、ないのよ!!」


 文句を言いながらも猛攻は続く。

 彼女が決して弱い訳ではない。肉弾戦において、俺の身体的能力の方が上ってだけだ。これが魔装雅楽を用いた試合ならば、きっと結果は変わっている。彼女の方が圧倒的に強い。

 なぜなら俺は能力値も魔力もない最下位闘士、対して彼女は女子生徒最強のSSランカー。

 やがてイザベラの表情に疲労が見える。激しく動いているのだから当たり前だ。

 彼女は拳をおろし、戦闘中にも関わらず隙を見せて休憩し始める。


「シキってやっぱり強いわね。さすがは私のルームメイト」


「ゴメン」


「だからなんで謝るのよ?」


「ゴメン……」


「っはぁー。シキ、アナタやっぱり昨晩から変よ。なんなの?」


「ゴメン」


「……」


 謝罪の気持ちでいっぱいになる。それ以外の言葉が俺には見つからない。

 イザベラが無言になった。これ以外の選択が俺には分からない。


「朝練にも身が入っていないし、本当に何があったの?」


「……」


「私を信じて話してみなさいよ。どんな真実でも私はアナタを裏切らないから」


 違う。


 違うんだよ。


 イザベラにだけは口が裂けても言えない秘密なんだよ

 もちろん彼女のことは信じている。でもこれは別問題だ。

 財閥の仇が俺だと知ったとき、俺たちは今の関係には戻れない。

 俺の目的は祭祀学園を卒業することだ。殺されるのは嫌だ。

 イザベラへの罪滅ぼしと両親の願いが天秤にかけられる。

 何が正解なんだ。神は俺にどうしてほしいんだよ……。


「シキ、ねぇ、シキ?」


「え?」


「なんなのボーっとして。そろそろ始業式が始まる時間だから、着替えて、朝ご飯たべて、学校にいかないと」


「学校には……行きたくない」


「そんなニートみたいなことを言わないで。ほーらっ、行きますよご主人様」


 彼女は俺の後方へと回り込み、背中を押そうとする。だが俺は踏ん張った。

 イザベラはそれでも俺を押そうとする。意志と意地のぶつかり合いだ。

 俺が動くことはなかった。しっかりと足を地面につけ、上体を後ろの方へ。 

 

「動きさないよ。バカシキ。なんで今日はぐぬぬぬぬぅうう! 元気ないのよ!」


「眠いからかもしれない。今日は体調不良で休む」


「昨日まであんなに元気だったじゃない」


「昨日か……。なぁ、イザベラ」


「何よ?」


「……俺らは出会うべきではなかっ――」


「言わないで」


「え?」


「その話は聞き飽きた。アナタに何があったか知らないけど、もっと元気出しなさいよ。過去は変えられないんだから。シキは私と試合をした。そして勝った。私はファッションメイドになった。そしてルームメイトになった。今更取り消しなんて言われても、私は一切聞き入れないから」


 過去は変えられない、という発言にドキッとした。一瞬俺の秘密のことかと思ったからだ。

 

「言ったでしょ。私はアナタの強さの秘密を知るまで帰らない」


 秘密……。秘密という単語に反応してしまう。不安が心を満たしていく。

 彼女が俺から聞き出したい秘密ってなんだっけか? 能力? 筋力?

 イザベラが最初の段階で知りたかった秘密は俺の筋力だったはず。

 だが、それも全部嘘だったら? 彼女が本当に知りたい秘密は俺の過去?

 疑心暗鬼になっていく。考えれば考えるほど深い沼に沈んでいく。

 彼女は俺の秘密を知ってんのか? 知った上で接触してきたのか?

 分からない。イザベラが俺みたいな人間と友達な意味が分からない。

 やっぱり俺には一人がお似合いなんだよ。出会うべきではなかった。

 苦しんでいると、イザベラが俺を押すのを諦める。


「もういいわよ。ここにいたければいいじゃない」


「……」


「あ、そういえば、祭祀学園魔装雅楽闘技祭のトーナメント表が発表されたのよね」


 彼女はスマホを取り出し、メールに添付さ入れた画像を表示して俺に見せてきた。

 正直、興味はなかった。俺の目的は卒業なので、祭囃子になることではない。

 スマホの画面から目をそらして、学生寮の裏に生えていた草を眺める。


「何よその反応。言っておくけど、シキの名前もあるんだからね」


「知ってる。だから毎回、俺は不戦敗で、俺の対戦相手は不戦勝なんだよ」


「今年も出ない気? 祭囃子になれば安定した生活と沢山のお金が稼げるのよ」


「……」


「しかも町の人から英雄として称えられるんでしょ?」


「……」


「なんで出ないのよ。シキならいいところまで行けると思うのに」


「……」


 無言のまま、一切答えない俺に対してイザベラが核心に迫った発言をした。


「もしかして、誰かに止められているの?」


「――!?」


 さすがはイザベラだ。そろそろ俺じゃ誤魔化せないレベルまで来ている。

 郷間ウェイのことが知られるのも時間の問題だ。もう終わりだ……。

 俺は言い訳をすることをやめた。その代わり口を開かないことを誓う。

 イザベラが俺のことを見ている。


 数秒が流れた。


 彼女はまだ俺を見続ける。


 さらに数秒。


「っはぁー。別にいいわよ言わなくて。私は一人で戻ってるから」


「……」


 彼女は俺を置いて学生寮の方へと向かう。何度もこちらを見て、そして進む。

 イザベラが建物の角を曲がり、見えなくなる。俺はその場に立ち尽くした。

 無気力な状態で、一心に建物の角を見つめている。別に深い意味はない。

 今日はここで一日立ってよう。木のように太陽の光を浴びて過ごそう。

 すると、イザベラが戻ってきて何も言わずに俺の体に腕を回す。

 持ち前の力を活かして俺を米俵持ちする。抗う気力は俺にはもうない。


「何をしている。俺を置いていくんじゃなかったのか?」


「見て見ぬふりができなのよ! もぉ、なんなのよ今日のシキは」


 このままでいいのか? 俺と彼女は触れ合っていて本当にいいのか?

 言い訳がない。こんな仲良くしていて良い訳がないんだ。

 そう思った瞬間、俺の体に力が戻っていた。俺の抗う力を貸してくれ。

 俺はイザベラの肩と腕を掴み、体術を活かした動きで束縛から逃げ出す。

 彼女は「シキ!?」と驚き、俺は地面に着地した。


「イザベラ。ハッキリ言うけど、正直迷惑なんだよ」


「え?」


「俺は去年、小此木四音という大切なルームメイトを失った。その後、もう悲しみたくないと思った俺は一人でいることを誓ったんだ。それから数カ月、一人でも十分うまくいっていた。なのにある日、神楽坂イザベラと言う女子生徒がいきなり部屋に来た。まるで心に土足で入り込まれた気分だった」


「何を……言っているの?」


 君が俺を一緒にいてもいことはない。誰かが傷つく前に、俺は彼女を拒絶する。


「一人で楽しんでいたボッチライフが、君のせいで壊された。俺の自由は奪われたんだ……」


 きついことは言っているのは分かっている。だが、俺はそんなに頭がいい方ではない。

 彼女を俺から話すにはこれしか方法が思いつかないんだよ。だから……本当にごめん。

 イザベラは何も言い返さない。俺は顔をあげて確認する。彼女は――泣いていた。


「ひどい……シキがそんな人だとは思わなかった」


「君は……本当の俺を知らない……」


 彼女は俺を殴る訳でもなく、叩くわけでもなく、ただただ涙を流していた。

 どうして彼女が泣いているかは分かる。全部、俺のせいだ。俺が悪いんだよ。

 すべての始まり俺にある。イザベラがこんな人生を歩んだ切っ掛けも俺だ。

 俺にはイザベラの心を癒すことはできない。なぜなら壊したのが俺だから。

 だからお願いだ。今あすぐ俺から離れてくれ。このままでは俺が壊れる。

 結局俺は自分が可愛いんだ。誰だって傷つきたい人間なんていない……。


「シキ、私はアナタを信じてるから……お願い、話して」


 俺は俯く。そんなとき、そばから俺でもイザベラでもない人物の気配を感じる。


「ウェエエエエイ↑↑ 諦めろよクソメイド。そいつはな、人間の屑なんだよ」


 イザベラと俺は声のした方向へと視線を向ける。視線の先は塀の上だ。

 塀の上には、奇妙なポーズでこちらを見下ろす郷間ウェイの姿があった。

 できるだけ遭遇を避けていた人物。まさか彼の方から来るとは思わなかった。

 何が目的かは分からない。一つ言えることは、ろくなことにはならない。

 郷間の姿を見て、イザベラが「たしかアナタは」と彼のことを思い出す。


「普段から取り巻きの女を連れている郷間ウェイ。一人で居るなんて珍しいわね」


「お~~~! 僕の名前を覚えてくれているとは、ふふ~実に嬉しいじゃないか。で、君は誰だね?」


「神楽坂イザベラよ」


「あぁ~思い出したよ。確か異名は【クソゴミ尻軽メイドさん】だっけか?」


「強撃乙女よ」


「ぷっぷぅ~自分で乙女とかいうなんて、恥ずかしいぃいいヤツ~~~」

 

 彼が何をしに来たのかは分からないが、高い位置からイザベラをおちょくっている。

 キレるかと思われたが、さすがはイザベラだ。彼の茶番に本気になることはない。

 彼女は郷間を睨みつける。彼の顔からも笑みが消え、真剣な物へと変貌する。


「ねぇ、クソメイド。僕がここに来た理由ってなんんだと思う?」


「知らないわよ」


「ふ~ん。知らないんだ。そうだな~。言っておくけど、そいつから離れた方がいいよ」


「ハァ? 何それ? 意味が分からない」


「さすがは中学に行っていないバカだね。理解力が欠けているのかな?」


「ムカッ」


「まぁまぁ、キレるな。僕が親切丁寧に言ってあげるよ。おい、クソメイド、俺の女になれ。お前を特別に11人目の女にしてやるよ。最強燃王アルデフォース強撃乙女リアモーレ。僕たちは最高のペアになれると思うんだよね。言っておくけど、そこの最下位ゴミよりかは君を気持ちよくさせることができる自信はある」


「誰があんたみたいな人間の底辺なんかと!! こちらからお断り。生理的に無理!」


「へぇ~僕が人間の底辺? 君はどこを見ているんだ? 僕は料理が上手で、優しくて、大人なんだけどちょっと子供っぽい一面もあって、スタイルが良くて、細いんだけど力持ちで、顔も格好良くて、モテモテで、ある程度の収入があるよ。まぁ、全部パパのお金なんだけどね」


 彼の発言に俺は驚いた。それはまさにイザベラが言っていた理想の男性像そのものだった。

 校長室で神楽坂イザベラはそのまんまのことを校長代理に伝えていた。

 やはり、この二人はお似合いだ。俺なんかよりも何十倍もルームメイトにふさわしい。

 強者と強者が一緒に居れば、互いを高め合い、成長することができる。

 そうなればこの高校からも強者が生まれ、数年十年ぶりに祭囃子が生まれるかもしれない。

 終わりゆく高校であるここを立て直すことができるのは郷間とイザベラのペアなんだ。


「で、どうなんだい? 僕の11人目の女になるかい?」


「無理!」


「お金をあげるよ。何十万でも何百万でも」


「……お、お金……い、いや、やっぱり無理!」


「なかなか頑固だね。でも、そういう反抗的な態度、嫌いじゃないよ。君にいいことを教えてあげる。僕はね、今まで女にすると決めた女は必ず女にしてきた。だから君に俺の女にする」


「無理だって言っているでしょ」


「さて、それはどうかな?」


 郷間は不敵な笑みを浮かべ、制服の胸元のポケットに指を突っ込んんだ。

 何かを取り出す動作だ。

 途端、なんだか嫌な予感がした。俺は「やめろっ!」と叫んだがもう遅い。

 彼がポケットの中から出したものは、もっと残酷で残忍で酷悪な写真だ。


「シキ君、動くことは厳禁だよ。この写真を僕から奪っても意味はない。僕の部屋には写真のデータが入ったUSBがあるんだ。これを破いても何百前出も印刷することができる」


 俺にはそれがなんの写真だか分かる。今すぐに奪いたい。でも、動くことはできない。

 歯を噛み締める。いずれ来るとは思っていた。一生隠し通せる秘密なんてない。

 郷間は塀から飛び降り、イザベラまで歩む。そして写真を彼女に渡した。


「何よこれ? 写真?」


 その写真に写っている人物は、暴走したときの禍々しい黒いオーラをまとう俺だった。

 黒い魔力をまとう怪物は、イザベラが追い求めている財閥の仇なんだ。

 彼女の手が小刻みに震える。きっとあの事件の時の恐怖を思い出しているのだろ。


「こ、この写真はなんなの? まさか、アナタはこれが誰なのか知っているの!!」


「もちろんさ。僕はこの怪物の魔力が尽きて、正体を現した光景を目の当たりにしている」


「誰なのよ! 答えなさいよ! これは私の仇なの! 私はこの人物を殺さなきゃいけないの!!」


 彼女は郷間の襟首を掴んで、怪訝な眼差しでそう叫んだ。彼の顔が引きつっている。


「本当に気性が荒い女だ。まずはその汚らわしい手を離せ。そしたら教える。


 彼の言葉に従い、イザベラがおろす。郷間は握られた部分を手ではらった。


「さて、教えるよ。その写真に写る悪魔の正体は――」


 その時が来てしまった。俺は……何もすることができない。ここで強引に郷間を止めても、俺が疑われる。俺が何かを知っているのだと、イザベラに伝えているようなものだ。

 そうなれば、彼女は意地でもこの写真の人物が誰なのか問いただしてくる。

 だから俺は何もできない。郷間がその名前を口にする瞬間を待つことしかできない。


「――最下位闘士である御影志樹君だよ。彼の正体は神殺しの一族。しかも、神楽坂財閥を崩壊させた張本人。」


 世界が凍り付いた。もう終わりだ。俺の学園生活が音を立てて崩れていく。

 また孤独になる。いや、孤独ならまだかわいい方か。

 きっとこの瞬間から俺は命を狙われる。殺意を向けられる毎日が始まるんだ。

 殺されない自信はある。すべての攻撃を避けられる自信がある。

 でも、本当にそれでいいのか? 神楽坂財閥の人間は沢山死んでんだぞ?

 俺だけがのうのうと生きていていのか? 今の俺にはやっぱり何も分からない。

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