第一章・第一話 紅蓮の乙女
謎の女子生徒に変態呼ばわりされた挙句、学園をパトロールしていた警備の人まで呼ばれた。
俺は抵抗する暇もなく、その二人の警備員に確保されてしまったのだ……。
その後、何も悪いことをしていないはずなのに容疑者扱いされ、校長室に連行された。
それでも俺はやっていません! そんなことを言っても警備員は聞く耳を持たない。
そして現在。俺は裁判中の被告人みたいに、校長室の真ん中に立たされている。
左右にはそれぞれ姿勢のいい警備員。目の前には険しい顔つきの校長代理だ。
ただならぬ気配を醸し出すこの男。彼の名は嘉陽挙玖。俺の養親だ。
四十五歳にも関わらず、体はたくましく、肌はつやつやでピカピカしている。
彼はあくまでも校長の代理人だ。なぜ代理か? それは本当の校長は職務放棄をしているからだ。
俺も本当の校長を知っているし、話したことも何度かある。
確かにアレじゃ堅苦しい職には耐えられないだろう。
本物の校長の話はいいいか。それよりもこの状況をどうにかしないとな。
どうしようか考え込んでいると、校長代理がいかつい顔をあげた。
「それで志樹君。君は優秀な現代魔闘士だ。君たちは呪文を唱え、自らの思いを具現化した武器、通称【魔装雅楽】を召還することができる。生徒手帳にも書いてあるよね」
「はい」
俺たちは、古くから知られる魔法使いのようなものだ。
ただ、昔の魔法使いは呪文を唱えることによって悪魔や自然のエネルギーを借りていたが、俺らは自分たちの生命エネルギーや思いの力を借りて魔法を使う。つまり自らが媒体となるのだ。
簡単に言うと、周囲の魔力を自分の心に集め、自分の意志を武器として具現化する。
古代魔法ではなく現代魔法だ。だからこそ俺らは自分たちのことを現代魔闘士と呼んでいる。
真面目な生徒を装って頷いていると、校長代理が話を再開する。
「ここは東京の中でも優秀な学園だった。しかし、ここ数年実績を残せず、破滅の道を進んでいる。全盛期は全学年が500人いたマンモス高校。なのに今では一学年60人だ。つまり優秀な生徒は減っている。あの優秀な郷間ウェイ君でさえも全国にはまだ行けていない。なぜだと思う?」
郷間ウェイとはクラスは違うが、彼は俺と同じ高校二年生の生徒だ。彼は学園のトップに君臨しており、現段階では最強の男と言われている。その力は高三の先輩からも評価されており、彼はまさに期待の星なのだ。
そんな超絶優秀な男がなぜ全国にいけないのか? 答えはもの凄く簡単な話だ。
「全国には――いいや、東京には、つまり他校には、もっと強いヤツがいるからです」
「その通りだ。東京にはもう一つの高校がある。それが祭礼学園。私たちのライバル高校」
祭礼学園で思い出したが、以前、校長代理からこんな話を聞いたことがある。
この世界に生きる人間は、大きく分けて6タイプに分けられるらしい。
1:神様を信じる人 = 有神論者
2:神を信じない人 = 無神論者
3:どちらでもない人 = 自由人
4:神を信じる人。現代魔闘士育成校に入る人 = 現代魔闘士
5:どちらでもない人。現代魔闘士 = 現代魔闘士
6:神を殺そうと考えている人 = 神殺し
ここ東京には沢山の高校があるが、そのほとんどが1~3のいわゆる一般化の高校である。
そして数多く存在する東京の高校の中に現代魔闘士育成高校は実は二つしか存在しない。
それが俺の通うこの祭祀学園と、先ほど校長代理が言った祭礼学園である。
一応47都道府県全部に現代魔闘士育成高校があるらしいが、俺はよく知らない。
どこの高校も今じゃ経営難なのだろうか。これは全国共通の問題だ。
昔は神を信じる人が多かった。この高校にも600人くらいの生徒がいたらしい。
しかし今じゃその十分の一程度の人数だ。これも時代の流れなのだろうか……。
今の世の中、神を信じていてもわざわざ現代魔闘士になる人なんていない。
因みに俺は神は信じているが、信者って訳ではない。どちらかと言うと自由人だ。
自由人ではあるが、ちゃんとした理由があって現代魔闘士を目指している。
そんなことを考えていると、校長代理が真剣な眼差しを俺に向けてくる。
「志樹君」
「はい?」
「なんでウチの高校には猛者がいないと思う?」
「たしか、強い現代魔闘士は転校してしまうからですよね」
「そう。優秀な生徒はどんどん祭礼学園にとられたり、東京以外の都道府県にあるもっと設備の整った高校へと転校してしまうの……辛いことだが、これが現実なのだ」
この話は校長代理から何千回くらい聞かされているので記憶してしまっている。
生徒が減っていることを俺に言われても、俺じゃどうすることもできない。
そこらへんは教員たちや校長が協力して、何か対策を考えればいいだけの話だ。
「君はこの学園の優秀な生徒の一人だ。ただでさえ危うい状況だと言うのに、学園から逮捕者が出たらどうする? 朝のニュース、パパラッチ、校舎を放火されたり!? ……人気はガタ落ち。入学希望者はゼロ。もうこの学園は本気でお終いだ。優秀な生徒の君ならそれはよくわかっているはずだよね。なぜなら君は優秀な生徒だからだ」
「申し訳ございません……」
校長代理はやたら”優秀”と言う単語を強調して警備員の二人に熱い視線を送っている。
俺が優秀かどうかは知らないが、教室の隅にいる問題を起こさない生徒だとは思う。
まぁ、本当のことを言うと優秀の真逆の位置にいる生徒が俺なんだかが……。
”悪”って意味ではなく、学園の再生に貢献していない的な意味で。
彼の言葉を受け入れず、疑いの眼差しを向けていると、校長代理の顔が強張る。
「なぁ、志樹君。君は優秀で、真面目で、イケメンで、つつましく、強く、たくましく、
成績の良い、皆の模範となる最高の生徒だよね? ねぇ、ねぇ?」
どこの完璧超人だよ。ここまで言われると逆に清々しい。
もう分かったよ。
そんな訳はないのだが、ここは彼の顔に免じて、優等生を演じるとする。
「はい! 俺は正義の名のもとに、彼女を助けようとしたまでです。やましい気持ちは一切ありません!」
「なるほど。つまり君はあくまでも、誰かを助けるために風呂場に入り込んだのか?」
「はい! イエス校長代理! 俺は真面目な生徒です!! アイ・キャン・フライ!」
「うん! 素晴らしい返事だ!! さすがは志樹君!」
校長代理は一度大きく頷き、再び警備員さんたちへと視線を向ける。
「お騒がせしてすいません。この件、誤解だったとご理解いただけたでしょうか?」
「「はい! とんだ早とちりでした。すいません!」」
警備員の二人は息の合った返事をする。そしてまったくの同じ動作で敬礼をする。
「「では、僕たちはこれで失礼します! パトロールが残っているので!」」
彼らはクルッと回転し、校長室から出ていく。廊下へと出ると、ドアを強く閉めた。
残されたのは俺と校長代理。静寂が訪れる。静かに……落ち着いた時間が流れる。
3。
2。
1。
数秒間。校長代理はドアの方へとそーっと視線を向けて呟く。
「志樹くーん……行った?」
「いいえ、まだかすかに足音が聞こえます。もう少しですね」
廊下の方にあるドアへと耳を傾け、警備員の足音がまだ聞こえるか探る。
やがて足音が聞こえなくなる。つまり、演技をやめていいのか?
うん。これでよし。安堵した瞬間、俺は校長室の床に倒れこんだ。
「ぷふぁ~……緊張したぁー……ガチで逮捕されたらどうしようと思っちゃいましたよ」
「そ・れ・は・こっちの台詞よ~、もぉ、ネイルが超ジミーヘンドリックスなんだけどぉ~」
前方の大きな椅子に座っていた校長代理も化けの皮が剥がれ、いつものオネェモードになる。
強張っていた顔を緩め、隠していたロングヘアーのウイッグを被る。
彼は机の下で隠していた自分の爪を見つめ、大きくため息をついていた。
校長代理の爪の色は虹色だ。俺からすればどこも地味ではない……。むしろ派手だと思う。
俺はドアにもたれかかり、校長室を見回した。
ここはまさに祭祀学園の名前にふさわしい部屋だよな。祭りであり祀りである。
ドアのデザインは鳥居をイメージしている。朱色と白のコントラストだ。京都にある伏見稲荷を連想する。
その他にも、壁にはお祭りに使う暖簾がかけられている。部屋の角には小さな櫓が見える。そこから部屋の端までロープがのび、提灯が掛けられている。
この部屋は、本当にいつ来ても夏祭りを思い出させてくれる。
「ねぇ、志樹く~ん」
「なんですか?」
校長代理が頬を膨らませ、口をとがらせていた。何を拗ねているのだろうか。
「いきなり警備ピーポーが来るって言うから、ネイルをメガ盛りにできなかったじゃな~い」
「めが、もり? 今のままじゃダメなんですか?」
「ダメよぉ、デコとかラメしてキラキラにしないと。こんなジミーじゃ笑われちゃう」
メガ盛りの爪を巧みに使っていたら、それこそ見世物屋にでもぶち込まれてネタにされそうだがな。
たまに女子高生がすごいネイルをしているが、私生活に影響が出そうで心配になる。
スマホとか打てないし、鉛筆すらも握れないだろ。あれって何? ファッション??
「今回は手をずっとテーブルの下に隠していたけど、今度警備員に捕まるときは、ちゃーんと五分前か~、十分前に連絡しないさいよね。ネイルの準備をするから☆」
「俺がまた捕まることは前提なんですね。警備員のお世話になるのはもうごめんですよ」
校長代理は一言で言うとオネェだが、恋愛対象は女性だと聞いたことがある。
この男は、生徒の前ではありのままの姿だが、出かける時や誰かお偉いさんが校長室を訪れるときはいつも以上にメイクに時間を費やし、おめかししているのだ。
しかし今日は突然の出来事だったので、爪をメガ盛りにできなくてガッカリしている。
俺的には男性モードもいいと思うんだがな。なんていうか、骨格がたくましいからだと思う。
「それにしても男性モード、格好良かったですね。元がイケメンだからでしょうか?」
「もぉ~やめてよー。怖い顔したら皺が増えちゃうじゃな~い。むむ~肌荒れぇ~」
「あはは、そうですね。すいません」
警備員からすれば校長代理の男モードはなんの変哲もないただの男の性格なのだろう。
だが彼の事をよく知っている俺からすれば、実はかなり笑える話だったりする。
なぜなら校長が男モードとなるときは、たいてい彼が嘘を吐いている時だけだからだ。
つまり、今回の一連の流れはほとんど嘘。俺が優秀な生徒? それは間違いなく嘘。
校長代理は俺の事を救うために嘘を吐き続けていたのだ。ありがとう、校長代理。
ただ、この高校が経営難で、入学希望者が年々低下しているのは悲しいことに事実だ。
「なに熱い眼差しで私を見ているのよ? まさか私を狙ってるの? ダメよ~ダメダメ」
「誰が自分の養親を狙うか! 違いますよ。色々と感傷に浸っていただけです」
「感傷ね~。そう、センチメンタルな時もあるわよねーわかるぅ~」
校長代理は机の中からメイク道具を取り出し、ファンデーションの筆で肌を撫でる。
「ねぇ、あまり私を真顔にさせないでよね。志樹くーんのばかぁ~ん」
なぜ俺が怒られるのか……と思ったが、冷静に考えてみたら申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
結局のところ、俺が悪いんだよな。警備員に捕まってしまったのは俺だし。
すいませんでした。
校長代理はもうこの年だ。肌の白さを保つために健康グッズを買ってんだったな。
大体なんでこんなことになったんだっけ………………あ。そういえば……。
警官に捕まった衝撃により、事件の発端部が頭の中からすっぽり抜けていた。
「そうだ、俺の部屋になぜか女の子が居たんですよ!! 部屋を間違えたんですかね?」
「あぁ、そのこと? 志樹君がランニングへ行っている間に入居手続きを済ませたわよ」
ちょっと待て。『入居』って? 入居とは、同じ部屋に一緒に住むを意味する言葉だろ。
「少々説明を求めてもいいでしょうか。なんだか頭が混乱してます」
「だ・か・ら、喧嘩とかやめてってこと❤」
俺の脳内回路は完全に停止していた。なんで喧嘩をやめるんだよ。誰だよあの女。
校長代理はファンデをケースにしまい、熱い眼差しをこちらへと向ける。
「これから二人には――仲良くしてもらわないとね」
継続的に硬直中。今、なんだって? これから仲良くする。プチパニックだ。
「あのー、校長代理? 理解に苦しみます。誰と誰が仲良くするですって?」
「神楽坂イザベラとアナタがよぉ。他に誰が居るの?」
神楽坂と言う苗字に聞き覚えはあるが……どこで聞いたかは思い出せない。
校長代理は机の中から笏拍子を取り出して鳴らしてみせた。
それを合図に横にある待機室のドアがゆっくりと開く。
開放と同時に水蒸気のような煙が部屋に流れ込んで来た。まるでサウナ室だ。
「何が誰かを助けるために行った行為よ」
「ギ……ギクッ……」
「貴方が皆の模範となる生徒ですって?」
「ギギギギ、ギクッ」
「すべて――大嘘じゃない!!」
聞き覚えのある声が耳に届く。力強い、熱意の籠った声だ。お怒りの様です。
校長室に入ってきたのはついさっきまで俺の部屋に居た人物。
「嘘だろ……この美しい紅の髪、すらっとした美脚……」
「フンッ、あんまり見ないでくれる? 目を焼き尽くすわよ」
床につくほど長い紅のポニテ。そこそこ実った胸。綺麗な白い肌。
招き入れられたのは人物は間違いなく、今朝のラッキーハプニングで出会った彼女だ。
この状況、ちょっと待って。俺……ゲームオーバーじゃん。ど、どうしよう。