第四章・第三話 お祭り三本勝負 後編
俺のルームメイトである神楽坂イザベラと、妹である嘉陽日和はかなり中が悪い。
お祭りエリアに来たと言うのに、二人は喧嘩ばかりしている。これはよくはない。
どうすれば、もっとお祭りを楽しみ仲良くしてくれるだろうか……。
そんなことを考えていると、俺をかけて勝負をしたいと言い出す。
日和は魔装雅楽を用いた勝負を提案し、イザベラは生身の殴り合いを提案する。
妹は忘れているようだが、学生証明書がなければ魔装雅楽の召喚は校則違反だ。
あと、イザベラが提案した殴り合いは。どちらに傷つくのでなしだ。
ここは祭りなんだよ。もっとハッピーに楽しく行こうよ。
平和的な方法を考えていた俺は、自分がどこにいるのかを思い出す。
冷静に考えて見ればここはお祭りだ。すなわち、勝負方法はお祭りに関係したモノにしよう。
二人に告げた勝負方法は〖お祭り三本勝負〗だ。型抜き、金魚すくい、輪投げ。
この三つなら、どちらかが傷つくこともなく、互いに対する恨みが残らない。
俺の提案に賛成した二人は早速、息の合った動きで型抜き屋さんの方へと走り去る。
あの二人はなんなのだろうか。仲がいいのか悪いのか。ときどき分からなくなる。
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二人は店の前で互いに暴言を浴びせている。言っていて飽きないのだろうか。
周りの生徒が注目し始める。店の生徒も苦笑いを浮かべつつ二人を見ていた。
「言っておくけど、私は繊細よ。あなたみたいなガサツで勢い任せな人間とは違うの」
「なにを!? 私だってガサツだけど……ガサツだぞ!! ガサツは個性だと思っている!」
型抜き勝負はどうだろうな。俺の予想では引き分けになるのではないかと思う。
日和は見て分かると勢いまかせだ。簡単な型でもすぐに壊してしまう。
イザベラは圧倒的な差で勝とうとして高難度の型を抜こうとする。しかし失敗する。
勝負は泣いても笑っても一本勝負だ。それ以上の金額は出せないからな。
俺は型抜き屋の生徒にお金を渡し、彼が「どれいくかい?」と尋ねる。
「ボール!」と日和が叫んだ。ボールってただの丸じゃねーか。
「ドラゴン」とイザベラが叫んだ。あぁ、もうこれは失敗するパターンだ。
型抜きにおけるドラゴンは最高難易度と言われている。
理由としては羽や牙と言った細かい部分が多く存在するからだ。
学生は二人に型を渡し、二人の負けられない戦いが始まった。
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二人は金魚すくいで盛り上がっている。因みにさっきの勝負は引き分け。
俺が予想した通りの展開となった。つまり今は両者はゼロポイントだ。
日和とイザベラが何やら言い合っている。そんな二人の姿を俺と比奈乃は温かい目で見ていた。
この二人って意外と似た者同士なのではないだろうか。仲良くなれそうな気がする。
もしかしてあれだろうか。同族嫌悪というやつだろうか? たぶんそれかも。
日和が金魚へと視線を向ける。この表情は、勝負にだけ集中しているモードだ。
金魚すくいの攻略法はいくつかあるが、その一つが忍耐力だと思われる。
さて、妹はどうする?
ちまちまとオレンジ色をすくってポイントを稼ぐか。
それとも黒いデメキンをすくってポイントを稼ぐか。
体格差のある二種類だが、実はポイントは同じ1ポイントである。
それなら明らかにオレンジ色を狙ったほうがいいのだが、日和はどうでるか?
「見えた!!」
先に動いたのは日和の方だ。彼女は叫びをあげ、勢いよく金魚すくいポイを水にぶち込む。
お前はバカなのか。そんな方法で入れたら、金魚たち逃げていくだろ……。
「高ポイント狙うには出目金を狙うしかない!!」
いや、だから、出目金も金魚も同じ1ポイントなんだよ。これは大きさの勝負ではない。
最終的に多くとった方が勝者となる。一番最初に言ったはずなんだがな。
「うおぉおおおおおお! ――あっ」
日和が体の大きな出目金を取ろうとしたが――そのあまりの重さで紙が破けてしまった。
それを隣で見ていたイザベラが、勢い任せな日和のことをあざ笑っていた。
「ふふっ~ん。金魚すくいは勢いだけじゃダメなのよ。水に入れる角度が大事なの。まぁ、黙って見てなさい。この勝負、余裕で私の勝ちね」
そういうことはまず一匹目を取ってから言え。金魚0匹じゃなんの説得力もないぞ。
イザベラがしずかーに金魚すくいポイを水に入れ、金魚の真下へと移動させる。
上にいる金魚はこれから自分が捕まることなど知らず、ふらふらと泳いでいる。
彼女は片手に持った容器を徐々に水面に近づけた。
なんて慎重な動きなんだ。確かにこんな計画的な動きは妹にはできないな。
もしかしてこの勝負、イザベラが勝って一歩リードするのだろうか?
「こうやって――」
「出目金! 神楽坂イザベラのポイをポイポイしてくれ!!」
妹が叫ぶと、先ほど取り損ねたデカい出目金が全速力で及び、イザベラのポイを貫通した。
「なっ!? ちょっと何を今の! 卑怯でしょ!! シキ、どうなの今の!!」
俺が見たところ、日和が魚を投げた訳ではない。日和が勝手に叫び、魚が勝手に突っ込んだのだ。
妹に魚と話す能力はないので、いうなればただの偶然だ。なので卑怯ではないと思う。
「不正はなかったから、引き分けだな」
「ぐぬっううう!」
イザベラが金魚すくいポイを強く握って悔しがっていた。今回は仕方がない。
あの出目金の身動きは普通ではないからな。もしかしたら金魚すくいの出店の生徒が、誰にも金魚をとられて欲しくないのでここに入れている猛者なのかもしれない。『俺の目が黒い限り、金魚は一匹たりとも奪われるわけにはいかねー』って感じのスタンスなのかもしれない。
「日和ちゃん、今度は輪投げよ。これが最終バトルよ!」
「一回戦、二回戦と引き分け。三回戦で勝った人間が勝者だ!」
二人は金魚すくいポイをポイ回収ボックスに入れて走り出してしまった。
騒がしい奴等だな……。なんでそんな無駄に急いでんだよ。もっとゆっくり行こうぜ。
そう思いつつ、俺は気持ち早めに比奈乃と共に二人を追って歩き出した。
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次なる舞台は輪投げだ。どうして俺が最後の勝負にここを選んだのか? 理由は簡単だ。
射的は普通の人じゃ景品が取れない設定になっている。ヨーヨー釣り、またの名を水風船釣りは獲得してもゴミになるだけだ。その点、輪投げなら欲しい景品を狙うことができる。
しかも確率とテクニックが試されるモノなので、イザベラと日和にピッタリだ。
どうせこの勝負は全部俺が金を出しているので、できるだけゴミは増やしたくはない。
真剣な表情。最後の決戦だからか、二人とも無言で輪投げに集中していた。
ゴクリッと生唾を飲む。周りの野次馬も真剣な表情で二人のことを見ている。
周りの目やプレッシャーの戦い。この空気に潰された方が敗北する。
「行くぜっ!」
思うとがまたもや力任せに輪を投げた。前回の勝負から何も学んでないのかよ。
それはキレイな放物線を描き――とある景品の棒に入り込んだ。その棒は――
「ぐぁああああナマコワニとかいらねぇえええよ!」
ウミウシクマ君の友達なのだろうか? 緑色のナマコで顔がワニのぬいぐるみだ。
あれがキャラクターとして存在するということは、やはり需要があるのだろうか。
残念ながら、今回ばかりは妹の発言に同意せざるを得ない。確かにいらない。
キモイの極である。と妹の方だけを見ていると、イザベラも輪を投げた。
見事に棒に輪が入ったのだけれど、彼女は全然嬉しそうにはしていない。
「オカリナトロンボーン? 何それいらないんですけど……」
イザベラも狙っていたものとは違う景品を取ってしまい、見るからに落胆していた。
勝負の勝利条件は質ではなく量なので、嫌いな物だろうが獲得した時点でポイントは1だ。
もしかして勝負とかどうでもよくなってんじゃないかなー。などと考えていると、隣に立っている比奈乃が俺の肩の方へと倒れてきた。視線を向けると、彼女は「眠い」と呟いた。
無理もない。彼女にとってここは新たなる地。初日にも関わらずあっち行ったりこっち行ったり。
眠くて当然だ。この勝負が終わったら、帰って寝ることにしようかな。
「そういえば、今更だが比奈乃は勝負に参戦しなくていいのか?」
「面倒くさい。それにこうしてお兄ちゃんの隣にいられるから勝負をする必要がない」
「なかなかの策士だな」
「あの二人が頭を使っていないだけ。ただ、なんだか日和お姉ちゃんも楽しそう」
あまり笑わない比奈乃が、その時は少しだけ微笑んだように見えた。
妹がいて、俺がいて、ルームメイトがいる。俺は今、すっごく幸せなんだと思う。
俺は小此木の事件以来、人と関わることを避けていた。でも今は少しだけ違う。
イザベラや妹の存在が『こんな俺でもいいのかな』と思させてくれるようになった。
妹たちが入学してくれて俺は嬉しい。果たして二人はどんな気持ちなのだろうか?
「なぁ、比奈乃」
「なにお兄ちゃん?」
「お兄ちゃんと同じ高校に入れて嬉しいか?」
「うん。すっごく」
「でも、大変だったんじゃないか? 嘉陽家の一族は祭祀学園の入学を反対していたんだろ?」
もちろん理由は俺がこの高校にいるからである。同じ学校にいかせたくはなかったらしい。
「うん。ババ様は猛反対したけど、パパが頑張って説得してくれたから入学できることになった。比奈乃にとってこの時間は奇跡なような瞬間。お兄ちゃんとお祭りに来ることが夢だったから」
「そうか。じゃあ、今日は比奈乃の夢が一つ叶った記念日だな」
「うん」
互いに顔を見合わせて微笑んだ。妹たちと同じ高校でいられる時間は俺にとっての宝物だ。
温かい気持ちに包まれていると、カシャッと微かにカメラのシャッター音が聞こえた。
俺は音のした方向へと視線を向けた。出店の裏には薄っすらとカメラを持つ生徒が見える。
デジタルカメラの液晶画面がその人物の顔を照らしているのでいることは確定だ。
「まさか……」
次に考えなければいけないことが、俺の写真が撮った生徒が誰なのか? と言う事だ。
そうだな。考える必要もない。こんな盗撮する人物は一人しかいない。
浦和先輩だ。
彼女は俯き、自分が撮った写真を確かめている。俺の視線には気づいていないようだ。
妹と見つめ合っている写真を撮られたということは……。まぁ、そういうことだ。
どうせまた嘘の記事を書いて学園中にバラまくのだろう。おそらくこんなの。
『御影志樹、イザベラがいると言うのにゲス不倫。激写、新しい相手は謎の美少女!?』
1000%こんな記事だ。出る前から想像できてしまう……。
だがしかし、そうはいかないぞ。俺もさすがに愚かではない。今度は食い止める。
俺が殺気を向けると、それが浦和先輩にバレてしまい、彼女と目が合う。
追いかけようとした瞬間――彼女も全速力で逃げ出した。見失い訳にはいかない。
「比奈乃! 俺が指さした方向の10メートル先に銅鑼を出現させろ!!」
「え、でも魔装雅楽の召喚は禁止のはずだよ」
「構わない! 責任は俺が取るから!」
「う、うん。【意志の元に名を、雷鳴と轟かせ――銅鑼俱狸】」
妹が呪文を唱えた瞬間、遠くの方からゴォオオオンっという鈍い音が聞こえた。
おそらく、というか確実に何も知らずに走り出した浦和先輩が直撃したのだろう。
俺は比奈乃に「ありがとうな」と言って音がした方向へと走り出した。
↓ ↓ ↓
出店の裏側。ライトが当たらない暗いところ。一人の生徒が目を回して倒れている。
間違いなく報道部に所属する浦和先輩だった。この顔は一度見たら忘れない。
彼女はやがて目を覚まして周囲を見回した。逃げ出そうとするが、俺が暗闇の中から「ここだ」と威圧的な口調で言うと、彼女は堪忍したのか、逃げようとすることをやめた。
「ふふっ、やりますね。この私がここまで追い詰められるなんて」
「浦和先輩さぁ、報道部からマスコミ部に変えた方がいいんじゃないか? 盗撮までしてさ……。だいたいなんで二度も俺の記事を書こうとするの? 俺なんて最弱で最低な最下位闘士なんだぜ」
「最下位の人間ならネタにしても誰も文句は言わないからです」
「そんな理由かよ……」
「それに、私はあなたに期待しています」
彼女が真剣な表情をして立ち上がる。そんなこと言われたことがなかったので、俺も反応に困った。
そういえばそうだったな。先輩が俺に注目し始めたのも、あの試合依以来の話だ。
「私は、みんなにアナタのことを知ってもらいたいのです。アナタと言う優秀な生徒のことを」
「先輩……」
なんだか感動してしまう。まさか俺のことをここまで思ってくれる先輩がいるなんて。
だが、なんだか様子がおかしい。先輩はスマホ片手に何かをしている。
俺は体術奥義・俊足を使い、音もなく彼女に近づき、勢いよくスマホを取り上げた。
彼女が「返してください!」と叫んだが、先輩を無視して画面を見ている。
それは人気SNSで、誰でも自由に呟きを投稿できる青い鳥というサイトだった。
スクロールして上のツイートから読んでいく。
『後輩ちょろすぎ』『後輩のネタおもしろワロス』『嘘をリアルっぽく書くのがこの腕よ』
後輩とは俺のことだろうな。ちょろすぎってなんだよ。俺のことを言ってんのか。
感動的なことを言われたので感動していたが、同時にこんなことを呟いていたとは。
俺は不敵な見えを浮かべ、笑顔に隠された恐ろしい表情を彼女に向けた。
先輩は「アハハー」と乾いた笑みを浮かべ、全力で頭を下げて謝罪してきた。
この人の謝罪は信用してはいけない。その場しのぎで俺を騙しているからだ。
だが、だからと言って俺に何かできる訳ではない。彼女はこちないタイプだからだ。
「とにかくスマホは返します。今度俺やイザベラ、妹たちに関する嘘の記事を書いたらマジでしばきますからね。俺は能力値も魔力もゼロですけど、体術なら負ける気がしないんで」
「物理=最強というわ訳ですか。これは恐ろしい後輩を敵に回してしまいました……」
「俺に関する嘘の記事を書かなければ何もしないので安心してください」
「約束します! もう書きません!!」
「嘘くせ―……」
もし書いたときは書いた時だ。その時は約束通り、先輩であろうと容赦はしない。
とりあえず彼女を許す。浦和先輩は「失礼します」と言って立ち去ろうとする。
だが、俺はあることに気が付いた。そういえば、盗撮された写真はまだ健在だ。
「ちょっとまって浦和先輩」
「まだ何か?」」
「写真は消してくださいね」
「ギクッ……え、それはちょっとー……せっかく盗撮したのに……」
「もう盗撮って言っている時点で犯罪だからな。校長に言いつけたら一発退学だぞ」
校長の名前を出したことにより、先輩も少しだけ追い詰められた表情を浮かべた。
彼女は腕を組み、夜空を見上げ、カメラを見て、夜空を見る。一人で葛藤していた。
どれが正しい選択なのか。高校三年生の現代魔闘士である彼女なら分かるはずだ。
「……はぁー。退学はしたくありません。分かりましたよ。消せばいいんでしょ」
先輩は拗ねていた。口をとがらせ、首からかけていたデジタルカメラへと手を伸ばす。
これでいい。俺と比奈乃が見つめあっている写真が出回ったらまた誤解が生まれる。
浦和先輩が写真を消せばこの件は解決。これで終わり――かと思われたとき。
「消さないで」
「「ん??」」
どこからかそんな声が聞こえた。聞き覚えのある声だったのですぐに誰だか理解する。
視線のする方へと顔を向けると、そこにはやはり妹である比奈乃が立っていた。
彼女は浦和先輩の元へと近づき、写真を消そうとする先輩の手を抑えた。
「アナタは確か、私が御影志樹の不倫相手にしようとした女子生徒」
やはりか。予想通り過ぎて逆に驚きだよ。もっとひねりのあるネタを作れ。
「さっきの写真、比奈乃に一枚ください」
「比奈乃!? ダメだぞこんな奴に借りを作っちゃ!」
「いいの。比奈乃はお兄ちゃんとの写真がほしい。だからお兄ちゃんは黙ってて」
「えぇ……」
なんで俺が怒られるんだよ。正しいことを言っているはずなのに……。
んー。でも、まぁ、冷静に考えてみれば、俺と妹が写っている写真ってほとんどない。
だからこそ、彼女が俺とのツーショットをお欲しがるのも分かる気がする。
浦和先輩は不敵な笑みを浮かべている。この人、ろくでもないことを考えてんな。
「では、50円になります」
「え、50円!? 安くないですか?」
俺の想像を超える安さに驚いた。この人ならもっと数十万円とかいうのかと思った。
「比奈乃ちゃんと言いましたっけ? あなた、お金はありますか?」
「ううん。ない。全部日和お姉ちゃんに使われたから。でも、大丈夫、お兄ちゃんが払うから」
俺が払うのかよ。まぁ、50円くらいなら余裕だけどさ。
財布を取り出して中身を確認する。
そして目を見開いた。
入ってきた金額は……ゼロ。
最初の段階では1500円持っていた。
300円のたこ焼き×3=900円。残り600円。
型抜き50円×2=100円。残り500円。
金魚すくい100円×2=200円。残り300円。
輪投げ150円×2=300円。残りゼロ円。なるほど。
「どうしました御影志樹後輩? まさか50円すらも払えないんですか?」
まさかこの先輩。俺の残高がゼロだと知っていてわざと価格設定を低くしたのか。
この先輩はまさかすると、一日中俺らのことを尾行していたのか。
たかが50円。されど50円。届きそうなのに届かない値段……。
俺は自分のポケットに手を突っ込んだりして50円を探した。
だが、どこにもあるはずがない。都合よくお金が落ちている訳もない。
「たぶん、部屋に戻ればあります」
「え~? そんなに待てませんよー。私は別にいいんですよ、ここでこの写真を消しても。それともどうします? 借りなら作れますよ?」
この人に借りは作りたくない。たぶん後でろくなことにならないからな。
「先輩、忘れてませんか? 俺は一応、アナタを恨んでいるのですよ。イザベラと俺の嘘の記事まで書いて、しかも盗撮までして。これって犯罪ですよね?」
「……」
「どうしたんですか先輩?」
「卑怯ですね。そんなこと言われたら立場が逆転じゃないですか……」
「それで写真をくれるのですか? くれないのですか?」
「仕方ありませんね。今回は無料で写真を提供します。ですが、今度からは有料ですよ」
浦和先輩は「明日の早朝くらいには現像しておきますね」と言い出した。
そんな彼女の方へと比奈乃が近づき、そっと先輩の肩に手を置いた。
「どうしました比奈乃後輩?」
「話は全部聞こえていたけど、今度お兄ちゃんを困らせる記事を書いたら潰すから」
「潰す? またまた~可愛い顔してそんなご冗談を」
「嘉陽家を甘く見ないで」
「……」
家の名前を聞いた瞬間、浦和先輩の動きが固まった。
「え? ……今、なんと?」
「比奈乃の名前は嘉陽比奈乃。嘉陽家の次女」
浦和先輩の笑みが凍り付いた。まるで彫刻だ。額から汗が吹き出し始める。
「御影志樹の妹は聞いていましたが……嘉陽って、まさか校長代理の娘ですか?」
「うん」
「由緒正しき家元の……。前々から校長代理と志樹後輩の仲がいいと思っていましたら……つまり」
彼女が俺の方へと視線を向けて答えを求めたので、隠すことでもないので素直に答えた。
「校長代理は俺の養親だ。そして比奈乃と日和は血のつながっていない妹たち」
「なるほど。どうやら私は一日に二人の敵に回してはいけない相手を敵に回してしまったようですね」
その後、浦和先輩の顔が終始強張り、調子に乗った笑みを浮かべることはなかった。
写真については後日現像して無料で妹にプレゼントするという。ありがたい話だ。
妹の言葉のおかげで今度こそ、あの先輩が俺についての嘘の記事を書くことはないだろう。
浦和先輩と別れた後、俺らは二人仲良くイザベラと日和の元まで向かった。
↓ ↓ ↓
輪投げの出店の前までたどり着くことができたのだが……え、ここはもしかして異世界?
なんとイザベラと日和が仲良さげにしながら、俺のことを待っていたのだ。
「あ、シキ、どこ行っていたのよ!」
「まぁ、ちょっとな。それより何かあった?」
「そうなの! 見てこれ! 日和ちゃんが私の好きなナマコワニのぬいぐるみをくれたのよ!」
「日和も同じ理由か?」
「そうだぞ! 神楽坂イザベラがオカリナトロンボーンをくれたんだ!」
二人は見つめ合い、温かい笑みを浮かべる。もう勝負とかはどうでもいいんだよな。
犬猿の仲だった二人が、戦いの中で友情的な何かを感じたのなら俺は嬉しい。
どんなに仲が悪くても、楽しい思い出をくれる場所。それがお祭りなんだ。
温かい雰囲気の中、夜空には大きな花火が上がり、大きな音が響いた。
俺らは自然と足を進め、校庭へと向かう。そこでは祭祀学園音頭が行われている。
「兄ちゃん! 盆踊りだ! 私らも踊ろうぜ!!」
「いや、盆踊りではないぞ。今は盆ではないからな」
妹に腕をつられて行こうとしたが――俺はすぐに足を踏ん張った。
視線の先。数十メートル離れたところに郷間ウェイがいたからだ。
彼は取り巻きの女子生徒と仲良さそうに話している。この位置からではバレないが、中心に設けられた櫓の方へと近づけば、確実に彼に俺の姿が見つかってしまう。
できるだけ彼との遭遇を避けている俺は、うまい言い訳を考え始める。
郷間ウェイに見つかれば、今朝みたいな屈辱を味わう羽目になる。
「ごめん日和。ちょっと具合が悪くて踊れる状態ではないんだ」
「大丈夫か兄ちゃん!?」「お兄ちゃん?」「シキ。もしかして頑張りすぎ?」
三人が心配そうな顔でこちらを見つめる。なんだか申し訳ない気持ちになってきた
「少し休めば回復すると思うから。踊るなら三人で踊ってきて。俺はここで待ってるから」
「兄ちゃんが踊らないなら。私も踊らない。まぁ、十分お祭りを楽しんだしいっか」
俺らは満場一致で帰ることにした。確かに今日は沢山遊んだからな。休むことも大切だ。
こうして俺らは四人で仲良く歩き、生徒の帰るべき場所である学生寮へと向かった。