第四章・第二話 恋人特別メニュー
校長室でリラックスしていると、突然現れた妹たちに腕を掴まれて拉致をされてしまう。
二人に連れてこられたのは、三年生がやってる見覚えのあるメイドカフェだった。
俺、日和、比奈乃、イザベラの四人が入ると、メイドが俺らをテーブルへと誘導する。
いきなり消えて、いきなり現れたと思ったらこれか。実に騒がしい妹たちだ……。
午後のこの時間。体の大きなゴリラ先輩の姿が見えないので午後はシフトではないようだ。
いないくて安心した。あの人声が大きいし、暑苦しいし、いい人なんだけど苦手なんだよな。
「兄ちゃん。あぁ~ん!」
「比奈乃のも食べて。できれば比奈乃自身も食べて」
席に座る。俺の左右は妹たちに囲まれていた。目の前にあるのは恋人時別メニューの特大イチゴパフェ。二人はそれをスプーンですくい、俺の口にぶち込みまくる。どんどんどん入れてくる。
明らかに妹たちは恋人ではない。そもそも俺を『兄ちゃん』と言っている時点で兄妹であることは明白だ。それなのに俺のことを知る先輩方が特別にサービスしてくれた。ありがたいのか、ありがたくないのか俺には分からない。ただ一つ分かることは、妹たちの俺に食べさせる手は止まらない。
「兄ちゃん! 感謝の気持ちだ! 食べろ食べろ!!」
「待て! 苦しい! まだ食べてんだよ!」
「お兄ちゃんおいしい?」
「ああ、おいしいから少し休ませろ! 俺にパフェを味わう時間をくれ――」
左右て腕を伸ばして二人を止めた。このままじゃ窒息死してしまう。
なのだが、妹たちは満面の笑みで俺の腕を振り下してその隙にスプーンを突っ込む。
「遠慮するな兄ちゃん!! 恋人特別メニューは美味しいだろ!」
「日和お姉ちゃんのばかりズルい。比奈乃の方も食べて。はい。あーーーーーん」
「ぐがががわがっ、がっ!」
俺に早食いスキルはない。体は鍛えているが胃袋と飲み込む力はそこまで鍛えてないんだよ。
苦しい。涙が出てくる。誰か助けて。イザベラ、二人を止めてくれー。
テーブルの向かいには一人で平然とメロンソーダをストローですするイザベラの姿がある。
「だずげで! イザベラ!」
「妹たちと仲が良くて微笑ましいわね。嫉妬しちゃう。正直ズルいと思う」
嫉妬するな。助けろ。さっきみたいに『シキから離れなさい!』と言って二人を止めてくれ。
あ、ダメだ。そうなったら間違いなく廊下で戦闘が繰り広げられて沢山の人に迷惑がかかる。
彼女は自分が飲んでいたメロンソーダのストローに空気を送りブクブクとしていた。
やがて立ち上がる。もしかして助けてくれる気になったのだろうか? と期待する。
イザベラはキレイなスプーンを手に取り、特別メニューであるパフェへと手を伸ばす。
もしかして食べる俺を見ていたら自分も食べたくなってしまったのか。味見的な?
助けてくれる気がないのは分かった。期待したが、期待外れだった……。
俺を救うより、パフェの味見の方が大事なのか。花より団子とはよく言ったものだ。
「あぁ! メイドは下がってろ! これは私らのパフェだぞ!!」
「べつに一口くらいいいじゃない。どケチ」
「ど……どケチ!?」
「だってそうじゃない、もともとシキと恋人でもないくせに恋人特別メニューとか頼んじゃって。特別扱いされてんのが分からないの? 校長代理の娘なら、少しくらい皆に分け与えなさいよ」
「しょ、しょうがないな。この心の広い私が一口だけお前に特別メニューであるパフェを与えてやろう」
「なんで上から目線なのよ……まぁ、いいけど。じゃあ喜んで一口もらうわ」
彼女はスプーンでパフェのアイスの部分をすくい――
俺に口にぶち込んできた。
「ウムッ!?」
お前もかよ!! 一口もらうって発言、俺に食わせるための一口かよ!?
「あぁああこの並み乳女!? 卑怯だぞ! 私らを騙したな!!」
「騙してないわよ。誰も自分が食べるための一口とは言っていない。それに、シキは私のご主人様なんだから、メイドが食べさせるのは当然でのことしょ」
「ぐぐぐ、なんだこのそこそこデカ乳女! 今までファッションメイドだったくせに、都合のいい時だけガチのメイドぶりやがって……」
「そういうの比奈乃も嫌い。お兄ちゃんは渡さないから。二度は言わない。お兄ちゃんは比奈乃のものだから」
「ん?」」
彼女の発言に、日和が眉間に皺を寄せて笑みを浮かべる。
「なに言ってんだ比奈乃。兄ちゃんは私たちのモノだろ?」
妹である比奈乃が俺の腕をギュッと抱きしめ「違うよお姉ちゃん」と反論した。
その発言に日和がさすがにカチンッときたのか、殺意にまみれた笑みを浮かべる。
本当に血の気が多い妹たちで困る。なんでいつも喧嘩しか脳がないのか。
「面白くない冗談だね。妹であろうと兄ちゃんの独り占めは許さないよ」
「比奈乃だって許さない。日和お姉ちゃんだからって容赦しない。今日こそ、決着をつける」
「お、喧嘩か? いいじゃん、妹だからって手加減はしないからね」
「望むところ」
小さい方の妹が俺の腕から手を離す。その後、二人は同時に立ち上がった。
久しぶりに会った影響か、比奈乃の俺に対する独占力が強くなっている気がした。
本来であれば止めなければいけないのだが、今回の場合は姉妹喧嘩だ。
あの自由人二人を止めることはできないし、もうどうでもいいかなぁー。
「あの二人、恐ろしい顔のまま教室を出ていったわ。シキ、止めに行かなくていいの!?」
「好きにさせておけ。校内で戦って、校則をやぶって、校長代理に怒られればいいんだよ。失敗することによって人は成長していく」
「なんだか深い言葉だわ」
「まぁ、本当は止めることに疲れただけなんだけどね」
「意外と深くなかったわね……」
「だってあの二人、人の話を話を聞かないんだもん。それに、折角の恋人特別メニューであるイチゴパフェだ。もう少し自分のペースでゆっくり味わいながら食べたい」
「でもあの二人の目はガチよ。このままではどちらかが本当に傷つくかも」
「大丈夫だよ。喧嘩するのが姉妹なんだから。殴りことにより互いの痛みを知る」
「し……まい……」
「――?」
彼女は顔を俯かせ、ハッピーな雰囲気だったはずなのに落ち込んでしまった。
そういえば、彼女は以前、家族の死を乗り越えられないと言っていたな。
詳しい話は知らないが、今後、兄妹の話題はできるだけしないようにしよう。
俺も顔を俯かせ、二人とも黙り込んでしまった。なんだか気まずい。
イザベラになんといえば元気になってくれるだろうか……。考えたが分からない。
元気出せよ、と言っても無責任。楽しもうぜ、と言っても自分勝手に思われる。
どんな言葉をかけるべきか考えていると、一人の見知らぬメイドが近づいてきた。
「お客様」
「な、なんでしょうか?」
「こちら、恋人特別メニューのブルーハワイ風ツインテールでございます」
テーブルに置かれたのはハート形の恋人で飲む用のストローがささったジュースだ。
ブルーハワイ風と言っていたので、たぶん味はかき氷のあれと同じだろう。
なかなかおいしそうではあるが……。これはたぶん何かのミスだ。
「いや、すいません。俺らはこんなメニュー頼んでませんけど」
「いいえ、頼んだわよ。あちらのお客様がお二人に」
「ん?」
メイド店員が指さす方向を見ると、出入り口付近のテーブルには見覚えのある先輩がいた。
彼女の名前は沙代先輩だ。午前中、イザベラと俺を半強制的に働かせた張本人だ。
先輩は罪の意識など感じていないのか、満面の笑みでウインクをしている。
そしてその後ろからゴリラ先輩も現れ、彼は眩しい笑顔で親指を立てている。
「頑張れイザベラちゃん!」「志樹、男を見せろ!」
なんだあの先輩。大きなお世話にもほどがあるだろ。もう放っておいてくれ。
それに俺とイザベラは本当にそんな関係ではない。ただのルームメイトだ。
だからこそこの恋人特別メニューのジュースを飲むわけにはいかない。
「ここここここ恋人です! ……私とシキはご主人とメイドで……恋人でしゅ」
「えー……」
なんでイザベラは否定しないんだよ。しかも最後だけ噛んでる。可愛いけどさー。
恋人じゃないことがバレたら先輩方に怒らるかもしれないんだぞ……。
「じゃあ、お二人さん。ごゆっくり~♪」
「ふぁい!!」
「どんだけ噛むんだよ」
まずは落ち着け。だいたい、これを運んだ先輩はなんなんだよ。なんで疑わないんだ?
疑問を浮かべながら彼女のことを見ている。先輩が俺らに背中を向けたときに理由が分かった。
彼女のメイド服のポケットには、浦和先輩が書いた嘘の新聞がささっていたのだ。
なるほど。
多くの生徒があの新聞を読んだからこそ、誰も俺らのことを疑わないのか……。
あれは誤解なんだがな。どうすれば誤解が解けるだろうか。
「シ、シキ。い、一緒に飲むわよ」
「ハァ?」
テーブルに置かれていたのは透き通る青い色のジュースが入ったガラスの容器だ。
ささっていたストローは、恋人が同時に飲むため用なのか左右に分かれている。
これは確か、二人が同じ力で吸わなきゃ飲めないという伝説の恋人ジュースだ。
ジュースの分析はできたが、これを共に飲めというのか? マジかよ。
「ご主人様……このダメメイドと一緒に気持ちよくなりましょう……」
彼女がストローに唇をつけた。俺がストローに口を付けるのを待っている。
周りの生徒の視線がなぜか俺らの方へと集まってくるのを感じた。
どうしよう。
ここで『彼女とは恋人ではありません』と言ったら『ひどーい』『さいてー』とか言われて周りの雰囲気が悪くなる。『一人で飲めば』と言ったらイザベラがショックを受けてしまう。
この状況。ゴリラ先輩も沙代先輩も俺に期待してこちらを見ている。
俺に逃げ場はない。ここは覚悟を決めていくしかないのか……。よしっ。
覚悟を決めた俺は、反対側のストローに口をつけて――吸った。
「スー」
「ンッっ、んんーーーっ、そんなにに強く吸われたら……ンゥッ!」
イザベラが突然変な声をもらす。彼女の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
なんでこいつこんなに赤いんだ。なんでこいつこんなに恥ずかしがってんだ。
ドキドキドキ……。
いや、彼女だけではない、俺の鼓動も速い。もしかして俺、緊張してんのか?
こんな経験は初めてだった。確かに鼓此木》も女子だった。だが、あいつはなんていうか男友達みたいなものだったんだ。気軽に遊んで話せる親友的なヤツだった。
それに比べてイザベラはよく言えば魅力的な女性だ。悪く言えばいやらしい・エロい。
彼女と同時に吸っていると、やがてブルーの飲料が俺の口の中へ流れ込んで来る。
「はうっ!?」
口の中へ流れ込んできたのは予想鳥ブルーハワイの味だ。イザベラと共に過ごす南国。
このジュースこんなに幸せで満ちている。興奮+美味。なんという――未知なる体験。
この恋人特別メニュー、想像以上に恥ずかしくてドキドキしてしまう。
「シキ……私もう……はふぅうっ! イ、イクゥウウウウウウ!」
イザベラが後方によろめき、口の中に含まれていたジュースが噴き出た。
ハァハァと脱力した様子。口からはジュースが垂れ、唇をつたい落ちる。
もう少しで俺も一緒にイクところだった。いろんな意味で。前かがみです。
「緊張しすぎて飲み込むのを忘れていたわ。こんなにドキドキしたのは久しぶりだ」
俺は自分のことをあまり取り乱さない人間だと思っている。だが、今日は違う。
この快感が癖になっていた。イザベラとの共同作業には可能性がある。
こうなったら、グラスの中をにも干すまでやる。さぁ、二回戦と行こうか。
ストローに口をつける。イザベラもまた、ストローへと口を近づけた。
「シキ……優しくしてね……」
またあの興奮を味わうんだ。きっとこれは今しか味わえない特別なものだから。
「あ、兄ちゃん。なっ!? ななな何してんだ!」
「え……比奈乃が頑張っていたのに泥棒猫といちゃラブなんて……」
後ろの出入り口には制服がボロボロになった妹たちの姿が見えた。
日和は指をポキッポキッと鳴らし、比奈乃は有刺鉄線を取り出した。
これはデジャヴュと言うヤツだな。このあと俺はボコられます。確定です
◆ ◆ ◆
時刻は午後の五時だ。三階の教室に設けられたメイド喫茶の窓から見える空は、オレンジ色に染まっていた。太陽が沈み、もう時期夜が訪れる。そろそろ校内の出し物が終わる時間だな。
俺は先ほど妹たちのボコボコにされたので、力なく椅子にもたれかかっていた。
溶けたパフェは日和が食べ、ブルーハワイジュースは比奈乃が責任をもって飲んだ。
イザベラはマイペースにコーヒーを飲みながら黄昏ている。
妹たちは失踪したときにお祭りでGETしたのだと思われる独楽で遊んでいた。
恋人特別メニューを頼んだときの一件から一時間くらいが経っていた。
平和だ。平和そのものだ。トラブルも喧嘩もない。なんて平和な時間なんだ。
こんな時間が永遠に続けばいいのに――と思った矢先、日和が叫びをあげた。
「くそおおお比奈乃に負けたぁあああああ!」
「日和お姉ちゃんは力任せに回しすぎ。独楽はテクニックとタイミング」
文句を言うつもりはないが、頼むから恥ずかしいマネはしないでくれよ……。
メイド喫茶のテーブルの上で独楽を回す迷惑な客がどこにいるんだ。
この二人が自由人なのは分かるが、もう少し周りの人のことを考えてほしい。
俺はそばに立っていたメイド服の先輩に「すいません。ウチの妹が」と謝罪した。
彼女は「いえいえ、ピークは過ぎてお客も減ったのでご自由に」と返事をする。
なんて女神なんだ。だが、この二人を自由にしてしまったらとんでもない。
ここは俺がお兄ちゃんとして一般常識を言ってあげなければいけない。
「日和、比奈乃、外では静かにしなさい!」
「お、兄ちゃん起きたか!! んじゃ、タコ焼き食べに行こうぜ!!」
「た、タコ焼き!?」
「比奈乃も食べたい」
妹たちは独楽を袋の中にぶち込み、いきなり俺の腕を強く掴んだ。これってまさか。
「いざ、ゴォオオオオ!」
彼女らに捕まれ、俺は強制的にメイド喫茶から連れ出された。それを見ていたイザベラが勢いよく驚き、コーヒーを一気に飲み干して追いかけてきた。お金は先に払ってあるので問題な。
デジャブだ。ここに連れてこられた時もこんな感じだったと思うんだが……。
自由人である妹たちには逆らえない。説教はまたあとで改めてすることにしよう。
とりあえずなんだっけ。たこ焼きが食べたいとか言っていたような気がする。
お祭りと言えばたこ焼きか。そう考えたらなんだか俺も食べたい気分になってきた。
「ちょっと待ちなさいよぉおおおお!」
妹たちが満面の笑みで俺を腕を引きながら廊下を熱く。それを全速力で追うイザベラ。
三人とも忘れているようだから言うけど、まず廊下は――走ってはいけません!!