第四章・第一話 祭囃子について
日和と比奈乃は登場そうそう、俺のルームメイトであるイザベラと犬猿の仲になった。
二人は「シキをかけて勝負をしましょう」と、いきなり喧嘩腰に互いを挑発する。
本来であれば校内での戦闘は校則違反だ。最悪の場合停学処分にされてしまう。
しかし、その場には運悪く学園の校長である幼女、祭囃美琴がいたのだ。
彼女の言う事は絶対である。幼女校長は、二対一の喧嘩を許可してしてしまった。
三人は早速廊下で出て魔装雅楽を召喚し、周りの生徒のことを気にすることなく暴れ出す。
結果的に廊下の天井は壊れ、窓は割れ、沢山の生徒が軽傷を負ってしまった。
こうして俺らは校長室へと呼び出され、校長代理にこっぴどく叱られてしまう。
その後、三人は反省した。許しを得た日和と比奈乃は笑顔で校長室を飛び出て行く。
俺とイザベラも妹たちと共に祭りを回ろうとしたのだが……二人はすでにいない。
突然消えた妹たちに俺は不安を覚える。まさか拉致されてしまったのではないかと思う。
そんな俺の不安をイザベラが取り除こうとしてくれた。二人を信じて待とうよ。
二人は自由人だ。きっとお祭りへと行っただろうと思われる。飽きれば戻ってくるはず。
彼女の言葉を信じて、俺は校長室で待つことにした。今できることは信じることだけだ。
× × ×
俺とイザベラは隣同士ソファーに座っている。彼女は興味深そうに部屋を見回していた。
提灯を見て驚き、鳥居を見て驚く。この部屋をじっくり見るのは今が初めてなのだろう。
彼女は部屋を見ていたが、俺は校長代理を見ていた。彼はコンピューターを前に校長席に座り、忙しそにデスクワークをしていた。書類を見ながらキーボードを一切見ずに文字を打ち込んでいる。
働く彼を見る機会はあまりなく、こんな校長代理は久しぶりに見た。なんだか大変そうだな。
祭囃子の仕事は数々あるが、俺は校長先生にはなりたくないなぁー……。
学園の教師や生徒がお祭りを楽しんでいるのに校長代理だけは働いるのだ。
「っあ」
彼が机の端にあるペンを取ろうとしたとき、上に置いてあって紙がデスクから落ちる。
「いいですよ。私が取るんで」
イザベラが立ち上がり、プリントを拾った。返す前に彼女はジーッと紙を見ている。
「プロフィール? 履歴書? 校長代理、これはなんですか?」
「あ、それ? それはね、生徒の基本的な情報やデータをまとめたものなのよ」
「へぇー。私のもあるの?」
「あるわよ。全校生徒があるの」
「このデータで何しているんですか?」
「気になる? 実は今はね、コンピューターに打ち込んで対戦表を作ってんのよ。もうすぐ祭祀学園魔装雅楽闘技祭だからね。全校生徒が盛り上がる大イベントなの!」
「魔装、雅楽、とうぎさい?」
彼女は首を傾げた。イザベラは二年生からこの高校に来た人間だから知らなくて当然だ。
新入生歓迎祭が終われば、実は数日後にまた新たなる祭りがあるのだ。
また祭りかよ! と思うかもしれないが、今度の祭りは神や巫女を祀るモノではない。
今度の祭りは魔装雅楽闘技祭だ。闘技祭。そう、つまり戦う祭りのことである。
新学期が始まり、それぞれの生徒の順位を付けるためのやつ。試験やテストと同じだな。
俺もあまり詳しくは知らないが、毎年春と秋、年に2回開催されていることは知っている。
イザベラが校長代理に紙を返す。彼はそれを受け取って紙の山の上に置いた。
「それで祭祀学園魔装雅楽闘技祭ってなんですか?」
「この学校にはね生徒の順位を決めるためのトーナメント試合があるのよ。身体測定と同じ風に考えてもらえればいいわ。ランキングの結果は表にされて職員室前に貼りだされるわよ」
「つまり生徒の能力値や魔力ではなく、戦闘や身体的能力で順位をつけると言うものですね」
「そのとおりよー。学力や魔力だけじゃ祭囃子にはなれないからね」
「……まつりばやし?」
「そう。闘技祭で日本一になった生徒はなななんと誰もが認める祭囃子になれるのよ!!」
要約すると、かなりすごい生徒になれるのだ。無名から一気に有名人になれる。
日本一になれば、その生徒は世界からも注目され、素晴らしい人生を約束される。
「どういうこと???」
この話は俺が一年生の時に聞いたことがある。たぶん始業式で先生から伝えられる。
記憶が正しければ、全国の大会で優勝すると祭囃の子供として認められるとかなんとか。
ここで俺が適当なことを言うより、校長代理の正確な話を聞いた方が無難かもしれない。
俺もそれに関しての知識は曖昧なので、ここはおとなしくイザベラと彼の話を聞こう。
何も知らないことがバレれば「え、生徒なのに知らないの?」とバカにされそうなだ。
「祭囃子ってなんですか?」
「すごい称号のことよ」
校長代理の説明も、俺の適当な説明とたいして変わらないレベルのものであった。
「因みに、学内の大会で優勝したら祭囃子(仮)、日本一になって初めて(仮)が取れるのよ」
「カッコ仮? さらに意味が分かりません。私にも分かるようにご説明をお願いします」
「いいわよ。まず、祭祀学園の試合で優勝するとその人物は祭囃美琴の子、通称祭囃子(仮)として認められるの。同時に都大会に出るチャンスを得る。因みに一つの高校からは上位五人が都大会に出られるわ。で、都大会で優勝した一校が全国へ。全国で優勝できれば、勝ち上がった一校の一人が一人前の祭囃の子として認められ、正真正銘の祭囃子になることができるのよ」
「全国。日本一」
現代魔闘士を育成する高校はそもそも少なく、ここ東京にも二校しかないと聞いたことがある。
祭祀学園と、ここから電車で二時間程度で行ける場所にある祭礼学園だ。
記憶が正しければ、祭礼学園の校長が、美琴校長のライバルである祭囃美筝だったと思う。
俺は自分が在籍するこの高校以外には興味がないので、他校の話は聞いてもすぐに忘れる。
で、一つの都道府県にそれぞれ二つの高校がある。つまり全国には単純計算で数字を割り出すと、84の現代魔闘士を育成する高校あるということになる。神に見捨てられて潰れた高校もある。
年に二回行われる大会。そのどちらかで優勝できれば、生徒は晴れて祭囃子になれる。
実力のある高校なら、年に二人の祭囃子が誕生するということになるのだ。
大会に興味がないとは言え、思い出そうとしてみると意外と記憶の隅にあるもんだな。
うんうんとうなづいていると、イザベラが眉間に皺を寄せていた。
「祭囃子とやらになるためにはそんな大変な道のりを通らなければいけないの……?」
「そうよー、簡単じゃないのよ」
「そもそも祭囃子って何? 職業なんですか? 称号なんですか?」
「称号かな~。祭囃子が多い高校は、町や村に豊かさをもたらすと言われているし。町の人たちからは優遇されるわ。晩ご飯の材料を買いに商店街に行けば、魚や肉を安く売ってくれるわよ」
「それ、祭囃子関係あるんですか? 校長代理だからこそって気がします」
「そうかしら~? まぁ、とにかく祭囃子は最高の称号的なアレなのよー。だって全国で一番ってことよ? 最強じゃな~~~~い」
「大会って、優勝賞金とかあるんですか?」
「あるわよー。まぁ、賞金っていうか、一生遊んで暮らせるレベルの御金かしらね」
「ガタッ。一生遊んで暮らせるっ!?」
イザベラの目が変わった。彼女は驚きの眼差しを彼の方へと向ける。
「それって具体的にどういう意味なんですか!? 詳しく教えてください!!」
「神楽坂ちゃん、眼が怖いわね」
イザベラの顔にゆるみ次第にニヤケ顔へと変貌していく。甘い言葉で頬がゆるむ。
ここまで聞けば最高の仕事だが、人生はそんなに甘くはない。物事には裏と表がある。
「でもね。祭囃の子って時点でだいたい予想はできているとは思うけど、祭囃美琴の子供になることなのよ。言い方を変えれば弟子になるみたいな感じかしらね」
要するに祭祀学園の生徒が祭囃子になった暁にはロリの御守役の一人になれるということだ。
ただ、単純計算して84校の頂点だぞ。競争率は尋常ではない。
何十年も祭囃子が誕生しない高校が大半だ。弱者は永遠に強者には勝てない。
「その物言いだと……もしかして校長代理って?」
ようやく気づいたのか、イザベラが『まさか』というような視線を彼に送る。
「ふふっ、分かる? そうなのよ~何を隠そう。私は祭囃子の一人なので~す♪」
校長代理の姿を見ながらイザベラは考え込む。この人って意外とすごい人なんだよな。
彼が何十年前に祭囃子になったかは知らないが、まだ二人目の祭囃子は誕生していない。
要するにウチの高校は何十年前も全国には行けてはいないのだ。
一つの高校での祭囃子は、何十人もなれることができる。信仰心=祭囃子の数だから。
なのだが、ウチの高校は彼一人だけだ。そう……信仰心が非常に低いのである。
このまま祭囃子が現れずに校長代理が死んだ場合、この高校は神に見捨てられて潰れる。
それはとてつもなく大変なことなのだ。このままこの高校が消えたら俺も困る。
なのに、強者たちは他の高校に転校してしまった。なのでこの高校に残ったのは雑魚だけだ。
あの幼女校長に対する尊敬と信仰心が年々減少している証拠だ。
まるで負の連鎖である。弱い高校は一生弱い。これがことの重大さである。
だからこそ俺は当初、イザベラと俺のルームシェアの同棲を全力で拒絶したんだ。
彼女がさらに高みへ行けるチャンスがあるなら、俺はその選択を取りたかった。
「つまり、祭囃子って称号であり、職業ってことなの?」
「ん~これ以上は本当は言えないんだけどー、そんなところかしらね」
「祭囃子の仕事って校長先生になることだけなんですか?」
「まぁ、神楽坂ちゃんになら言ってもいいかな。祭囃子はね、どの祀られの巫女の子にいるかで決まるわ。まぁ、だいたいが学校関係者なんだけど、ウチの高校の校長が美琴様だから、私が渋々校長を……」
なるほどな。今の言葉で他の祀られの巫女がどんな感じの人間なのか分かった。
たぶんウチの幼女は特殊なのだろう。他の高校の校長はまともな大人なんだな。
「美琴様がもっとちゃんとした人だったら私は校長の代理人なんてやっていないのに……」
生徒は入学した時点で祀られの巫女に対する尊敬の意志がある。お言葉をもらい信仰する。
だからこそ生徒は彼女らに身を捧げるために祭囃の子供を目指すのだ。
祭囃子は生徒の得になり、その高校で祀られた巫女の得にもなる。
だからこそ巫女のために戦う生徒もいれば、自分の欲望のためだけに戦う生徒もいる。
祭囃子とは皆の理想。なのだが、この高校の祀られの巫女はあの自由奔放な幼女だ。
信仰心がなくて当然。あのロリババアがダメだからこの高校は衰退していくんだよ。
祭祀学園に入学している人間の多くは、ここに入ることが何を意味していることか理解していない。
ただ祭りをして楽しむ高校じゃないんだぞ。なんのための祭りだと思ってんだ。
かくゆう俺も学園には貢献できていないので強くは言えない。誠に申し訳ないと心から思う。
「祭囃子って祀られの巫女の面倒を見るだけなの? 意外といい仕事ね」
「……んー……それはどうかしらね~」
イザベラは笑み、校長は暗い顔をする。何か言えないことでもあるのだろうか。
たぶん俺はその理由を知っている。知ったうえで言えないんだ。
「神楽坂財閥の人間になら言ってもいいわよね……」
「なんで財閥の話がここでてくるのよ?」
彼女の顔が不安の物へ変わる。やはり、もう一つの仕事はあのことなんだ。
その理由は、俺がこの高校を卒業して一人前になりたいことと関係している。
ここから先は禁則事項のはずだが、イザベラになら言ってもいいのかもしれない。
「祭囃子の仕事は主に二つよ。一つは美琴様を命に代えてもお守すること。そしてもう一つは神ご――」
「それ以上言うでないバカ者!」
子供のロリ声が校長代理の言葉を妨げる。同時に禍々しいオーラが場を包む。
その異常な空気と殺意に誰一人として動きことはできず、喋ることもできない。
「挙玖、一般生徒にそれ以上言ってはいけない。その発言が生徒の命を危険にさらすことを自覚しろ。それを知っていいのは祭囃子に選ばれら人間だけだ」
ゆっくり校長室へ入ってきたのは幼女校長だった。幼女なのだがいつもとは違う。
口調といい、立ち振る舞いといい、妙に堂々としており大人びて見えた。
もしかしてこれがもう一つの祀られの巫女としての一面なのだろうか……。
彼女は俺らの前を横切り、校長代理が座るデスクの元まで三輪車で近づく。
「祭囃子のその話は禁足事項。その名前は知っているだけで危険なんだ」
「ですが、神楽坂ちゃんは知るべきです」
「そうかもしれない。しかし、生徒のことを大事に思うなら言うでない。神楽坂と関係している話ではある。だけど、今の彼女ではまだダメだ」
イザベラは何かを言おうとしたが、この重苦しい空気の中では声が喉を通らない。
校長代理は幼女の強い口調に落ち込み、ゆっくりと頭を下げて謝罪した。
「申しわけございません美琴様。神楽坂ちゃんと志樹君になら伝えてもいいと思ってしまいました……」
「二人を信頼しているのは分かるが、だが今の発言は二人の命を危険にさらした。それは罪だ」
俺らの前にいるこの幼女は本当にあの祭囃美琴なのだろうか? まるで別人に見える。
「はい……。申し訳ございません」
「分かればよろしい。罰として、夜はワタチの大好きなパフェを買ってこい」
「え? あれって北海道ってのヤツですよね!? お取り寄せですよね?」
「いいや、罰として今夜買ってこい。走って行け! これば罰だ」
「ここは東京ですよ。ちょっと無茶過ぎません? 着く頃には店も閉まってますよ」
「じゃあ、隣町のプリンでいい」
「はい。それなら買えますね」
一気にグレードダウンしたな。まぁ、幼女校長がいいならいいけど。
校長代理が反省の色を見せると、殺気立っていた幼女校長の雰囲気がいつもの状態に戻る。
俺も息苦しかったが、ようやく息ができるようになった。空気が美味しく感じる。
「美琴様、それはなんですか?」
自然と先ほどの会話が流されていた。イザベラも渋々詮索をやめたようだ。
さすがにあんな禍々しいオーラを肌で感じたら誰だって委縮してしまう。
硬直する俺らとは裏腹に、幼女校長は無邪気な笑みを浮かべる。
「祭りの景品だ! いろんな出店で取ってきた! クマにウサギにパンダかわいいだろ!」
それを見たイザベラが「かわいい」と甘えたような声をもらした。
コイツって意外とぬいぐるみが好きなんだよな。
俺はソファーの横に置かれたウミウシクマ君のぬいぐるみへと視線を向ける。
んー。そう言われてみれば確かに可愛いのかもしれないよな。柔らかそうだし。
幼女校長がぬいぐるみを掴んで楽しそうに校長代理の顔に押し付けている。
「挙玖かわいいだろ! ほれっ、このモフモフが猛烈に可愛いだろ!」
「やめてくださいー、今は仕事中なんです。あぁー、テーブルの上に乗らないでプリントがごちゃごちゃになってしまいます!」
「これも罰だ! 生徒の身を危険にさらした罰だ! くらえ、モフモフの刑!!」
校長代理と幼女校長の戯れを見ていた。俺はそれを見ながらほっこるしていた。
しかし、隣にいるイザベラを見て首をかしげる。彼女は黙り込んでいた。
顎に手をあて、ぶつぶつと何かを呟き始める。
「安定した収入……。お金があれば、校長代理に金が返せる。そうなれば母さんも安心して……安定した収入。安定した仕事。お金が手に入る……。優勝すれば。全国へ行ければ……」
前々から思っていたが、イザベラってお金に困っているのだろうか。
以前、俺の妹たちが手術費を肩代わりしたみたいなことを言っていたしな。
あとで聞こうとして、結局聞き忘れていたんだっけか。
「校長代理。質問いいですか?」
「にゃ、にゃにかしら?」
ぬいぐるみに押しつぶされながら、彼はどうにか返事をした。
「トーナメントってことは、私がシキと当たることもあるのよね?」
「そうね。同じ二年生だからその可能性はゼロとは言い切れないわ」
彼の言葉にイザベラは鋭い視線を俺の方へと向けた。なんだその怖い眼は。
「シキ、試合であたっても私は手を抜かないからね。全力でぶっ潰す」
「……」
お金の話が彼女に火をつけたようだ。イザベラは祭囃子を目指す気でいる。
だが、なんというか、俺はそれに対して返事をすることはできない。
「何か言いなさいよ」
なぜ返事ができないか。理由は簡単だ。闘技祭なんて俺には関係ないからだ。
「残念だが、イザベラが俺とあたることはない」
「ハァ? 私がシキと当たる前に負けるとでも言いたいの? さすがにキレるわよ」
「いいや、違う。そもそも俺は試合には出ないんだよ。去年も出ていない」
郷間ウェイがこの学園にいる限り、俺が自分の意思で試合に出ることはできない。
「なんでよ?」
「俺の目的は、あくまでも無事に卒業することだからな」
「え、じゃあ。祭祀学園魔装雅楽闘技祭には出ないって言うの?」
「そうなるな。正直、俺にとって順位なんてどうでもいいんだよ。最下位がちょうどいい」
「ありえない!」
「何がだよ?」
「アナタの力なら優勝だって目じゃない。大会に出れば余裕で決勝まで行ける。なのに、試合に出ないってどういう意味? ちょっと理解できないんだけど」
「べつに理解されたいとは思っていない」
「理解できるように説明をしてちょうだい」
「いや、だから、俺の目的はあくまでも卒業することであってだな……」
郷間のせいだ。なんて口が裂けても言えない。アイツには逆らえない。
彼の癪に障る行動を取れば、俺は間違いなく卒業できなくなる。
そこにはルームメイトであるイザベラにすら言えない秘密があるのだ。
「逆に訊くが、なんでイザベラはそこまで戦いにこだわる?」
「こだわっている訳じゃない。ただ、戦いがお金を稼ぐ手段だったから」
「お金って、やっぱり母親の?」
「どうしてそれを?」
イザベラは驚いだ。さすがにこれくらいはそばにいれば自然を耳に入ってくる。
人にはそれぞれ秘密があり、誰かに言えない事情がある。
彼女にも言いたくないことがあるように、俺にも言えない事情があるんだよ。
互いに向かい合って黙り込んでいると、幼女校長が「あっ」と言い出す。
「思い出した! ワタチの鼻はいい。ついでに姉妹も見つけてきたぞ。入ってこい!」
校長室のドアが勢いよく開けられ、妹たちが飛び込んできた。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃ~~~ん!!」
「美琴校長……。さすがに廊下で待たされて足が疲れた……」
「何にも言わずに失踪した罰だ!」
二人は入ってきたと思ったら俺の方へと走り、突然腕を力強く掴んできた。
「なぁなぁ兄ちゃん! 先輩方のメイド喫茶で恋人特別メニューがあるんだって!」
「お兄ちゃんとなら比奈乃は……。比奈乃の全てを捧げる。だから一緒にいこ」
二人のいう先輩のメイド喫茶ってまさか、三階にあるあそこか?
あのメイド喫茶、嫌な思い出しかないんだよな……。手伝わされるし。
「できれば近づきたくないんだが」
「兄ちゃん行くぞ!」
「お兄ちゃん、早く」
俺に拒否権はないのか。比奈乃が俺をロープで縛り、身動きの取れない俺が拉致される。
「シキ、待ちなさいよ!」
妹たちは自由人だ。一度決めたら目的を果たすまで満足しない。
もうなるようになれだ。ゴリラ先輩や沙代先輩がいたら嫌だなー。
今は午後かだから、午前のシフトと違うことを願おう。
廊下を引きずられているのだが、摩擦で尻が熱い。せめて自分に足で走らせてくれよ。
後ろを見ると、イザベラが全力で俺のことを追いかけてくれていた。
「シキを返しなさぁあああい!!」
イザベラの声が廊下に響いたが、妹二人がその足を止めることはなかった。