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第三章・第三話 最強燃王には逆らえない

 イザベラと俺は新入生歓迎祭を満喫していた。だが、こちらに向けられる異様な視線に気づく。

 相手が誰だかは分からない。目的も定かではない。もしかしたら敵かもしれない。

 あらゆるパターンを想像した上で、俺はその人物をおびき出すために突然走り出した。


 やがて人であふれるお祭りエリアではなく、学園の端の方にある神社へとたどり着く。

 ここなら隠れる場所はない。堪忍したのか、鳥居の後ろから人物が姿を現した。

 その人物とは、報道部に在籍する高校三年生の先輩、通称浦和先輩だった。


 彼女は俺らにいくつかの質問をし、俺らは正直に答えた。

 すると、彼女はピケットの中からボイスレコーダーを取り出して不敵な笑みを浮かべる。

 どうやら浦和先輩は、俺らの音声を元に噓のニュースを作り上げるつもりだったのだ。

 咄嗟にレコーダーを奪おうとしたが、目くらましの煙玉を使われて逃げらてしまう。


「クソッ、逃げられたか……早く追いかけないと」


 捕まえなければ、噓の情報が学園中にバラまかれてしまう。そうなっては厄介だ。

 だから俺らは神社を後にして、浦和先輩を確保するために全速力でダッシュする。


 ↓   ↓   ↓


 お祭りの通り。浦和先輩は沢山の生徒がいる中にあえて突っ込んで行った。

 これならどんなに俺の足が速くても、人込みのせいでうまく走れないな。

 彼女はそれを計算したうえで、逃げる場所にここを選んだのだろう……。

 なるほどな、俺の身体的能力も全部分析済みってことかよ。

 こうなると、できることは強引に突破することではなく周りに頼むことだ。

 

「すいません! 道を開けてください! どいてください! 追いかけている人がいるんです!」


 だがしかし、誰一人として俺の言葉に耳を傾けてくれる生徒はいない。

 校庭の方から聞こえてくる音楽に声が掻き消され、楽しむ人の耳に入らない。

 誰か道を開けてくれる人はいないのか。誰か助けてくれる人はいないのか。


「君たち、道を開けたま……へーい!」


「ん?」


 男の声が聞こえた。賑やかだった生徒の声がピタリと止まる。笛の音だけが響く。

 謎の男の声に反応し、ゴチャゴチャしていた生徒が左右にわかれた。

 この光景はまるで、モーセが紅海を二つにわけたときの奇跡の様だ。

 そしてその向こう、二つにわけられた生徒たちの中心にはとある男が立っていた。

 生徒を二つにわけた張本人だ。昨日、キャンプファイヤーで見た男。

 金持ち。能力持ち。イケメン。彼の周りには、十人の女子が戯れている。

 その男はこちらへと視線を向け、ドヤッとした顔を浮かべている。


「うぇ~い。マイフレンド。今日もいい天気だね。ヒャオ!」


 この男は、祭祀学園二年生男子のトップに君臨しているSランカーの生徒だ。

 二つ名は最強燃王アルデフォース。本名は郷間ごうまウェイだ。

 アメリカ人でキリシタンの母と日本人で仏教徒の父との間に生まれたハーフ。

 できれば会いたくはなかった男の一人だ。お祭りを避けていた理由もこれだ。

 ここに来れば、彼を遭遇してしまう確率が上がる。そして俺らは会った。

 彼に挨拶をされたので、とりあえず俺もつつましく挨拶を返すことにした。


「やぁ、郷間君。今日もいい天気だね」


「ハァ? いい天気だと? なに言ってんだテメェ!」


 郷間は取り巻きの女どもを突き放し、一人で勢いよく俺の元まで歩いてきた。

 目の前まで来ると、彼はなんのためらいもなく俺の頭をわし掴みにした。


「いい天気だなーと言っていいのはこの世で僕だけなんだよ。僕だけ! 分かる?」


 彼の態度にはなれていた。俺は受け入れる。しかし、イザベラが戸惑いを見せる。


「ちょっと何よアナタ! いきなり出てきて、シキから手を離しなさいよ!」


「んだとクソメイド? 王である僕の行動に文句をつけるのか?」


 郷間に突き放された10人の女子生徒が、一斉にイザベラを怪訝な眼差しで睨む。


「誰をあの女」「イヤな感じ」「泥棒猫」「綺麗な顔。尻軽に違いないわ」「ウザッ」

「このクソビッチ」「髪長にゴミきそう」「既に屑でしょ」「言えてるー」「キモッ」


 取り巻きの攻撃的な言葉にイザベラは耐え切れずガチで落ち込み始めた。

 相手は数の暴力だ。あんなことを言われたら、俺でも落ち込んでしまう。


「何よ……なんで私が間違っているみたいになってるのよ。シキの髪を掴んでるのはアイツでしょ。こんなの許される訳ないじゃん。髪を引っ張られたら痛そうだもん……」


「いいんだイザベラ。俺は大丈夫だから」


「でも……」


「これは挨拶みたいなものだ」


 俺は苦笑いをした。穏便に済ませたいから、ここはどうにか納得してくれよ。

 

「おうおう。なんだよ、なんだよ。もう転入生さんとお仲間か? キモッ。吐き気がする」


 郷間は俺の頭を地面に叩きつけようと下へと引っ張る。俺も抵抗すること体の力を抜き、彼の思い通り地面に叩きつけられた。郷間は頭を掴んだまま、硬いコンクリートに俺の顔を擦りつける。


「シキ!」


「いいんだよ! 黙ってていてくれ」


 強い口調でイザベラに伝える。今回だけは、余計なことはしないでくれ。


「な~最下位闘士。お前はゴミみたいに犬の小便のかかった雑草でも食ってろ」


 彼はアスファルトから生えていた雑草をつんで、俺の口の中にぶち込む。


「うまいか?」


「最高だな。土の味がアクセントになっている気がする」


「素直で宜しい。それでこそ僕の好きな志樹君だ」


 満足してくれたのか、郷間がようやく俺の頭から手を離した。


「志樹君はいいとして。それよりもだ」


 郷間はイザベラの方へと視線を向け、彼女の全身を舐めまわすように見回す。


「へぇ~そのメイド服、胸を強調しているからかなりエロイね。なるほど、なるほど」


「な、何よアンタ。卑猥な目で私を見ないでくれる。目を燃やすわよ……」


「君は、高貴で気高き神楽坂財閥の生き残りと聞いていたが、生き残るためには体をも売るか? やはり金が必要なのか? この尻軽が。能力値【零】に媚びを売るとか、人間捨てたな。ハッ!」


「人間捨てた? ……体を売る?」


 郷間のふざけた発言にイザベラの怒りが爆発する。紅色の髪が逆立って燃え上がる。


「なんですって。今の発言、どういう意味か説明してくれる?」


「なんだよ。本当のことを言われて怒ったか? 尻軽ビッチは短期だから困る」


「シキに言われて我慢していたけど、さすがに今の発言だけは許せないわ。神楽坂財閥の人間として、貴女を許すわけにはいかない」


「ほ~ならどうする? 僕をフルボッコにするかい?」


「いいわね。謝るなら今がチャンスよ。私を怒らせても良いことはないわ」


「SSランカーだからって調子に乗るなよ。男を舐めたら、怪我するよ」


 郷間もイザベラも戦う気だ。彼女は拳を掲げ、召喚の呪文を唱えようとした。

 魔装雅楽使用の許可が下りていない今、能力を発動すれば停学処分になりかねない。

 せっかく高校に来ることができたのに、いきなり停学なんて悲しすぎる。

 俺は勢いよく立ちあがり、イザベラの腕を掴みんだ。彼女を目が合った。


「イザベラ。ここは俺の顔に免じて郷間を許してくれ」


「断る」


「お願いだ。こんな沢山の生徒が見ている時に武器を召喚してしまったら、隠ぺいすることはできない」


「それでも断る。私には神楽坂の長女としてのプライドがあるのよ」


「お願いだイザベラ。頼むから俺の言うとおりにしてくれよ!!」


「分かった。でもコイツだけは殺す!」


「何も分かってない! イザベラ、ここは学校だ。殺すなんて軽々しく言ってはいけない」


 彼女は俺の腕を振りほどき、再び呪文を唱えようとした。これじゃダメなんだ。

 どうすればこの二人の熱を冷ますことができる。どうすれば……あれだ。あれをやれば。

 俺は郷間の前に立ち、ゆっくりと地面に膝をつける。コンクリートの上で正座をする。

 そして頭を下げた。多くの生徒に見守られる中、俺は――土下座をした。


「シ……キ? アナタは何をやっているの?」


「郷間君。どうか、イザベラにだけは謝ってくれ……俺はどうなってもいいから」


「自己犠牲ってヤツ? 彼女にだけ謝れとか――この偽善者が!! ウッザッ」


 郷間は足を俺の頭に乗せ、ねじ込むようにして動かす。先ほどよりも痛い……。

 だが、きっと神楽坂が受けた心の痛みはこんなレベルではない。

 プライドを傷つけられ、高貴な神楽坂財閥までバカにされた。

 彼女にだけは謝ってほしい。俺の土下座にはそんな意志が込められている。


「どうなんだ郷間君。イザベラにだけは謝ってくれるか」


「ん~どうしようかな~」


「お願いだ」


「うん。君がそこまで言うならしょうがない。クソメイドだったっけ? 尻軽なんて言ってごめんね。どう、これで君は満足かい? 何度でも謝るよ。ご・め・ん・ね。ごめんねごめんね~~~」


 ふざけてはいるが、謝罪の言葉を彼の口から引き出すことはできた。これでいいんだ。


「なんでシキがこんな扱いを受けるのよ……私のために……」


「郷間君、ありがとう。……本当に、ありがとう」


「まっ、君が喜んでくれて嬉しいよ。どういたしまして♪ それじゃバイビ~」


 彼は俺の頭から足を離す。上機嫌なスキップでその場から離れていった。十人の女子も彼にべたべたとくっつき、遠のいく。左右に分かれていた生徒たちの大群がもとに戻る。

 行きかう人たちは地面に座る俺を避けて通り過ぎていく。


「シキ。ふざけない」


 イザベラは俺の襟首を掴み、力強く体を強引に持ち上げた。首が……苦しい。


「なんでシキがあんなゴミに謝るのよ! 土下座までして!」


「……」


「悔しくないの!!」


「……悔しくない……訳がないだろ……」


 憎い。悔しい。目から血が流れているような感覚。最大の屈辱が脳を支配する。

 悔しいに決まってんだろ。本当だったらあんな男、今すぐにぶっ殺したい。

 だが、卒業するためにはあらゆ理不尽に耐えなければいけないんだ。

 俺は両親の思いを無駄にすることはできない。全ては卒業証書のために。


「シキ?」


「……」


「アナタ……口から血が出てるわよ……」


 気付けば俺の顔は強張り、歯を強く食いしばっていた。歯茎から血が出てしまう。

 イザベラは俺のその表情に驚き、襟首を掴んでいた手を離してくれた。


「そんなに悔しい思いをしているのに、どうして反撃しないのよ」


「言っただろ。全ては俺の目的のためだ」


「卒業の話?」


「そうだ。卒業するためにも問題を起こす訳にはいかない」


「でも、喧嘩なんて誰だってするでしょ? 一度くらい誰かをボコボコにしても停学処分になるだけで、退学処分にはならないでしょ」


「そうかもしれないが……アイツだけは、殴ってはいけなんだ」


「ねぇ、シキ。あのクズ男は誰なの?」


 イザベラが問いかけてきたが、俺はその質問に答えることはできなかった。


「彼のせいで君の心は傷ついた。俺からも謝る。ごめん」


「そんな話はどうでもいいのよ。私が知りたいのは彼の正体よ」


 話題をそらそうとしたが失敗だ。そういえばイザベラは頑固だからな。

 ここは変に誤魔化すより、素直に彼のことを教えた方が得策か。


「アイツは二年の郷間ウェイだ」


「私たちと同じ二年生? なら、なんでシキはあんな態度なのよ? タメならボコれば?」


「……」


「もしかして弱みでも握らているとか」


「そ、それは……。言えない」


「なんで言えないのよ」


「とにかく言えない……。お願いだから、この話題はここでやめよう」


「んー? んー。まぁ、いいけど」


 硬く口を閉ざす。イザベラも詮索を諦めたのか、小さくため息をついた。


「今はいいけど、いつか教えなさいよね。私はルームメイトなんだから」


「ああ、分かった。ただ一言言うなら最強燃王アルデフォースには逆らえない」


「それもう答えを言っているようなものよね」


「これ以上は言えない」


「別にいいけど。それより、鼻血が出てるわよ。このテッシュでをふきなさい」


 イザベラらかティッシュを受け取り、口の周りや鼻の血をふき取る。


「ちょうどポケットティッシュを配っていた生徒からもらっておいてよかったわ」


 丸めたティッシュをポケットに突っ込み、周囲を見回した。

 郷間のおかげで一度は開いた道も、彼なき今は元の人込みだ。

 アイツと遭遇してしまったせいで、浦和先輩を見失ってしまった。

 視線も感じない。もうすでに部室に戻ってしまったのだろう。

 どうするか、手当たり次第探して、時間と体力を浪費するか。

 それともいっそのことすべてを諦めて、記事をばらまかれるか。

 正しい選択がどちらか考え込んでいると、イザベラが俺の肩を叩く。


「シキ。あの生徒、私らに手を振ってない?」


「俺らに_?


 言われた方へと顔を向ける。こちらへと走ってくる女子生徒の姿があった。

 俺の妹でもなければ、浦和先輩でもない、全く初見の謎の生徒だ。


「あ、メイドちゃんここにいたのね! なんでこんなんところで油売ってるのよ!」


「ハァ? え!?」


 走ってきたのはメイド服の女子だ。まさかこの高校にはたくさんのメイドさんがいるのか?

 現れた女性はなんの説明もなく、突然イザベラの腕を掴んで走り出そうとする。


「何ですかいきなり!? アナタは誰なんですか!?」


「私は三年の沙代さよ。いま、ウチのクラスメイド喫茶をやってんだ!!」


 なるほど。それでこの先輩とやらはメイド服なのか。


「アナタ三年一組の生徒でしょ」


「いえ、私は二年生です」


「いやぁ、想像以上に生徒が来ちゃってキッチンもフロアも大変なのよ」


「って、人の話を聞いてない!?」


「だから急遽シフトを変更して――」


「だから! 私は二年生です!!」


 イザベラが叫んだ。賢明な判断だ。このまま連れていかれる訳にはいかないからな。


「ほへっ? じゃあメイド喫茶の人じゃないの?」


「違います。私みたいな生徒、貴女のクラスにいますか?」


「いないよ。言われてみれば、貴女、ウチのクラスの人間じゃないわね」


「そういうことです。だから、この手を離してください」


「まぁ、いいわ。どちらにしろ人が足りないわけだし! きてっ!」


「え? ちょっと困ります。私はこれからシキと妹を待つ予定で!」


「お願い、ちょっとでいいから手伝ってちょうだい。すぐに終わるから」


「でも……」

 

 彼女は不安げな視線を俺の方へと向けてきた。別に行けばいいだろ。俺は一人で妹を待つから。

 冷静に考えて見れば、妹たちにルームメイトを紹介する機会なんていくらでもあるから。

 今日でなくても明日でも明後日でも。急いでる訳ではないからな。


「なるほど。メイドちゃんは彼氏が一緒じゃないとヤダなのね!」


「か、かかっか彼氏!? 違いますよ!! まだただの掛け替えのないルームメイトです!!」


「ふふ~ん。可愛いうぶな反応」


 三年生と思われるメイドの先輩が、眩い笑顔をこちらへと向ける。

 まるで獲物を狙うライオンだ。なんでそんな目で俺の方を見るんだよ……。


「そこにいるノーマルタイプの男子、料理の経験はある?」


「あります……あと、ノーマルタイプって呼び方ひどくないですか」


「じゃあ、さえない男子」


 さらに悪化してやがる。冴えない男子の何が悪い。顔は中の上くらいだぞ。たぶん。


「君、ケーキやパンケーキとかオムライスとか作れる?」


 料理のハードル上がりすぎじゃね。んー校長代理が作っているのは見たことはある。


「たぶん作れます」


「じゃあアナタも来てちょうだい!」


「ハァ!? いや、俺は妹をまたなければいけないのですけど!」


「いいのいいの少しだけだから! ふふ~ん、これで午前中はたぶん大丈夫だ!」


 見知らぬメイド服の先輩に腕を引かれ、俺とイザベラがは校舎の方へと連れていかれる。

 こんなはずではなかった。なんで次から次へと不幸なことが起きるんだよ。

 これだから祭りは嫌いなんだ。想定外のことが畳みかけるように発生する。

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