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第三章・第二話 新入生歓迎祭

 今年から祭祀学園に入学する妹たちの電車が、どうやら一時間ほど遅刻しているらしい。

 そこでただ待っているのも暇なので俺はイザベラと共に新入生歓迎祭に行くことにした。

 新入生歓迎祭と言ってもやっていることは昨日行われていた在校生祭と同じだ。

 祭りを訪れた俺はチョコバナナとリンゴ飴が食べたいというイザベラの要望に応えて買ってあげた。

 なのだが、これがそもそもの間違いだったのかもしれない。

 その二つを食べるイザベラの姿と声が物凄くエロい、俺はつい前かがみになる。

 このままではテントがバレてしまう。どう誤魔化すか考えていた矢先、目の前には射的屋が。

 俺は尽かさず、店の学生に金を渡し、射的の銃を受け取る。そして前かがみになる。

 ここならどんなにテントになっていても、誰かに知られることはない。

 あとはイザベラが食べ終わるのを待ち、適当な商品を取ってまた歩き出すのみ。

 などと考えていると、彼女がスイーツを食べ終え、景品の一つがほしいと言い出す。

 仕方がないのでそれをお取り、イザベラにプレゼントすることになったのだが……。

 なぜか彼女は突然機嫌が悪くなり、俺に背を向けている。実にナゾだ。意味が分からない。


「どうしたんだよイザベラ、何が不満なんだよ? 俺、何か悪いことしたか?」


 彼女はこちらを横目でチラッと見て、再び顔を背けてしまった。


「ねぇ、シキ」


「何?」


「アナタにとって私って何?」


「ルームメイト」


「それだけ……?」

 

 それだけだが、他に何があるのだろうか。それ以上の存在?

 友達以上、恋人未満? ……なんて言語化すればいいのだろうか。

 とりあえず思いつく限り一番いい言葉を伝えることにした。


「俺にとってイザベラは――」


「私は?」


「かけがえのない存在だ」


 たぶんこれで合っていると思う。


「かけがえのない存在? じゃあ、私がいないとシキはダメってこと?」


「そういうことになるな。俺にはイザベラが必要なんだ」


「どれくらい?」


「かなり、かな」


「ふーん。シキは私がいないとダメなんだ。それなら許してあげる」


 彼女は満面の笑みを浮かべて体をこちらへと向ける。俺がぬいぐるみを渡そうとすると、彼女は両手を伸ばしてシッカリと受け取った。それを抱きしめ、顔をうずめていた。


「ウミウチクマ君のぬいぐるみ、ようやくハグすることができた……。私の夢だったんだ」


 彼女はムギュゥウウっとぬいぐるみを抱きしめる。若干ぬいぐるみが苦しそうに見える。

 しかし、なんだこれ、可愛いな。ぬいぐるみを抱く女の子って温かさを感じる。

 微笑み、意外な一面を見せる彼女に見ていた。なのに、イザベラがすぐに我に返る。


「ちがっ! これは違うの! なんていうか嬉しすぎて!!」


「別に隠すことじゃないだろ。誰だってぬいぐるみは好きだと思うぞ」


「なによ。強撃乙女リアモーレが可愛いぬいぐるみ好きじゃ悪いって言うの?」


「いやだから、そんなことは言っていないだろ。むしろ可愛いって思っただけだ」


「かっかかか、可愛いだなんて……かけがえのない存在で可愛いとか……両想いじゃん」


 顔が真っ赤になる。イザベラの感情がすぐに顔に出る性格、嫌いじゃない。

 全然違うようで、なんとなく小此木四音に少しだけ似てるかもしれない。

 これくらい分かりやすくしてくれると、俺もどう対処していいか分かる。

 行きかう人のことなど気にせず、俺はイザベラを見ながら笑んでいた。

 そんな俺に視線に気づいたのか、彼女も笑みを浮かべ、こちらを見る。


「で、次はどこ回る? 食べた後は運動したいんだけど」


「運動か。輪投げなんてどうか?」


「いいわね」


「だろ……――ん?」


 その瞬間、俺は異様な気配を感じた。警戒態勢だ。誰かに見られている気がする。


「なに? どうしたの?」


 周囲を見回したが、行きかう生徒の中に怪しい人物は一人もいない。

 イザベラは制服ではなくメイド服姿だ。見られてもおかしくはない。

 だが、この視線はイザベラではなく――俺を見ている。最下位の俺をだぞ。

 まさかメイドを連れている俺に対する恨みの視線か?

 最初はそう思ったが、相手からは殺意や憎悪は感じられない。

 どこにいる、どこから見てやがる。そもそもなんで俺を見てんだ。

 俺に対する嫉妬でも恨みでもない。それ以外で俺を見る理由なんて……。

 ある。まさか、視線の主は俺の秘密について知ってんのか?

 それはさすがにまずいな。あぶり出して、問い詰めなくてはいけない。

 そのためには、ここじゃダメだ。もっと広いエリアに行っておびき出そう。

 

「イザベラ、逃げるぞ」


「ふぇっ!?」


 俺は彼女の手を掴んで走り出す。彼女は恥ずかしそうに「だい、たん」と言う。

 そんな彼女の言葉など気にせず走り出す。人込みを巧みに避けていく。


 ↓   ↓   ↓


 祭りエリアから離れたところの、学園の隅の方にある神社で足と止めた。

 イザベラは想像以上のランニング速度に息を切らし、膝に手をついている。


「ハァハァ、なに、いきなり走って……シキの全力疾走って……早いわね……。途中、手を離してちょうだいって言いそうになったわ。朝練では手を抜いて走っていたの……」


「出て来いよ。そこに居るのは分かってんだよ」


 気配を感じる。別に出てこなくても構わない。ただ、言ってみただけだ。

 数秒経っても相手は出てこない。やはり隠れているのだな。

 俺はその場から動かず、警戒態勢のまま周囲を見回した。 

 すると、鳥居の後ろに隠れる一人の生徒の姿があった。スカートが丸見えだ。

 なんだろうか。緊張感が一気に薄れていく。

 相手は隠れのプロかと思ったが、あんなにバレバレな奴がプロな訳がない。

 ジトーと見ていると、イザベラも隠れる人物に気づいて視線を送る。

 やがて隠れていた人物が一歩右にずれ、正体を現す。


「バレてしまってはしょうがないですね。私は祭祀学園三年生、報道部の浦和うらわです」


 こちらを見ていたのは眼鏡をかけた髪の短い黒髪の、身長はイザベラよりも低い女子高生だった。

 彼女の首にはカメラがかけられ、背中には大きなリュックを背負われている。カバンには丸められた新聞がいくつも刺さっている。なるほど、報道をする部活だからこんなルックスなのか。

 まるでマスコミやパパラッチのようなファッションだ。ただ、気になる点がある。


「報道部? 新聞部とは何が違うんだよ?」


「はい、新聞部は学校に認められ、正しい情報を記事にします。対して報道部は、真実の情報だけを世間に報道する部活です」


 正しい情報と真実の情報の何が違うのか俺には分からない。同じに聞こえるんだが……。


「つまり私たちは学校非公認の部活なのです。ふっ、この学校に何年もいるのに、そんなことも知らないのですか?」


「知る訳がないだろ……って、あれ?」


 この女『何年もいた』と言ったか。この高校に入って、そんなことを言われたのは初めてだ。


「お前は俺のこと知ってんのかよ?」


「噂でかねがね」


「へー珍しいな。そんな非公認の部活が、俺になんの用だよ?」


「はい、昨日の試合を見させてもらいました。多くの生徒が興味を示さない、しょうもない試合でしたね」


 バカにしてんのかコイツ。なに、喧嘩しに来たの? いいぜ、戦ってやるよ。


「ですが、私は違います。あの試合を見て、私は興味を持ったのです。あの試合、明らかにおかしな点が幾つかありました」


 おかしな点? まさか、イザベラの下着の話しか? あれは勝負下着にあらずなのか?

 って、イザベラの話なら、俺を見ている理由にはならないか。

 なら、この浦和先輩という女子生徒は、こんなしょうもない俺に用事があるのか? 


「御影志樹、貴方は今まで一度も大会の出場経験はない。むしろゼロだ。ついでに能力値も魔力も【零】。そんな貴方が、学園の試験で最高得点をたたき出したSSランカーに勝つなんて、どう考えてもおかしい。そこにいる強撃乙女は、御影志樹が思っている以上に有名な人なんですよ」


 イザベラへと視線を向けたが、彼女は「そうなの?」と首を傾げる。


「そんな無名な貴方が強撃乙女に勝ち、神楽坂さんをメイドとして仕えている。生徒の中には悪い想像をする人も存在します。アナタが神楽坂さんの弱みを握り、脅しているなどと」


「いやいや、俺は正々堂々と戦った。イザベラも自ら進んでメイドになったんだよ」


「なるほどなるほど。メモメモです。それではお次は神楽坂さんにご質問です」


「はい? な、なんでしょうか?」


「貴女は御影志樹のメイドになり、昨晩は何をされましたか?」


「服を脱がされたわ」


 事故でな。


「優しく触られたわ」


 髪をな。


「昨晩、泣いちゃったわ……」


 俺の両親の話を聞いてな。


「なるほどなるほど。つまり貴女は、服を脱がされ、優しく触られ、泣いてしまったと?」


 イザベラがコクリッと頷く。先ほどまで無表情だった浦和さんが口角をあるげる。

 不気味な笑みだ。なんだか悪い予感がする。

 彼女はポケットの中からテープレコーダーを出し、わざとらしく停止ボタンを押す。


「今の発言、しっかりと録音しましたよ……報道部は、真実を提供する部活です」


 嫌な予感が的中してしまった。この部活はフェイクニュースを作成する部活かよ。

 こんなことばかりしているから学校に求められず、永遠に非公認なんだよ。

 俺は咄嗟に彼女の手からテープレコーダーを奪おうとしたが、彼女がカバンの中から出した煙玉を地面に叩きつけた。ボワッと一瞬にして白い煙が俺らの視界を包み込んだ。

 

「くそっ! 俺の行動パターンも計算済みかよ」


「シキ、え、どこ!? 何が起きたの!?」

 

 この白い煙がある限り、互いの居場所も分からない。届くのは声のみ。

 ならばやることは一つしかない。技を使って煙を吹き飛ばす。


「イザベラ伏せろ!」


「え、急に言われても!? 伏せればいいの!」


「そうだ」


「伏せたわ!」


「体術奥義:瞬足 応用:竜巻!」


 体を高速で回転させ、周囲に立ち込める煙を全て天へと吹き飛ばした。

 やがて視界が良好になり、神社も空もすべてが見えるようになる。

 イザベラは地面に縮こまり、頭を押さえている。彼女は顔をあげる。


「え……終わった? ……おーすごい、煙が消えている」


「逃げられたか……」


 神社には誰も残ってはいなかった。追いかけてくる足も速いが、逃げ足も速いな。


「あの報道部の女にやられたな」


「どうしたのシキ、なんでそんなに焦るのよ?」


「あの報道部の浦和、絶対に卑猥な記事を書いて学園にばらまくつもりだ」


「卑猥? 何が卑猥なの?」


「服を脱がされ、優しく触られ、泣いてしまった。これは完全に夜の戯れを意味している」


「夜の戯れ?」


 言葉が通じなかったのか、イザベラは首を傾げる。いろんなことを想像し始める。

 そして答えにたどり着いたのか、彼女の頭から湯気が出る。

 顔も赤くなり、髪色と同化する。MAXレベルの反応は久しぶりに見たな。

 彼女は勢いよく立ち上がり、あたふたとその場で戸惑いを見せた。


「どどどどど、どうしよう。早く浦和さんを捕まえなきゃ!」


 追いかけたい気持ちは山々だが、どこへ逃げたかも分からない。

 記事を作成するなや、やっぱり報道部の部室だろうか。

 考えていると、スマホが鳴った。日和からの電話だ。

 ゆっくりと話している場合ではないが、出ないと後々面倒だ。

 仕方なく、俺は電話に出た。すぐに妹の声が聞こえた。


『あ、もしもし兄ちゃん? 学校についたよ。で、兄ちゃんはどこだ?』


『もう少し待てくれ。ちょっと手が離せない』


『え、どういうこと兄ちゃ――』


 ガチャッと電話を切る。一度は電話に出たんだから面倒なことにはならないだろう。

 さて、本題に戻ろう。

 先程、俺は確かに彼女の視線を感じた。だったら、もう一度感知できるはずだ。

 想像では、煙球を地面にたたきつけ、階段をおりて行った。というのはミスリード。

 今も彼女の視線を感じる。境内の裏から見られている。彼女はまだ近くにいる。

 視線が向けられる方向へと振り向く。そこにはやはり浦和先輩がいた。


「さすが私の気配を感じただけはありますね。一度ならぬ二度までも見つかるとは」


「あいにく空気として扱われてきた人間だからな、誰かに見られると違和感を覚えるんだよ」


「なるほど。では私は捕まることを覚悟――しません」


「おまっ!?」


 今度はガチで走り出し、階段を駆け下りて人込みのある祭りの方へと逃げていった。

 このスピードと身のこなし、浦和先輩は忍者かよ。今度こそ追いかけるぞ。


「行くぞイザベラ!」


「うん、今度は私も本気で走るわよ!」


 再び俺たちは走り出した。三浦先輩の背中は見えている。見失わないようにしないと。

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