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 紫音が靴を履くと、レクサスがすぐに彼女の右手をとって行くぞと歩き出す。部屋を出ると廊下では掃除をしながらおしゃべりに夢中になっていた下女たちが、ピタリと動きを止めた。何かに驚いているように目をしばたたく。そんな様子も意に介さないようにレクサスは出かけてくると彼女たちに言った。彼女たちは慌てていってらしゃいませと頭を下げたあと、まあとかあの方がとかなんとかつぶやいているのを紫音は耳にした。そして、引きずられるように城門までたどり着く。紫音は、ようやくそこでちょっと待ってと声を上げた。

「なんだ?」

「な、なんだじゃ、ない……歩くの……早すぎ……」

 紫音は、ゼイゼイと息を乱しながら抗議する。アプローズも苦笑しながら、「女性と歩くときは相手にあわせるものよ」と言った。レクサスはそういうものなのかと思いながら、紫音の隣に立つ。

「合わせてやるから、歩け」

「合わせなくていいから、手を放して」

「嫌だ」

 紫音は、はあっと深いため息をつく。手をつないでいるのが恥ずかしいようなくすぐったいような感じがして落ち着かない。ほらっとレクサスは顎をしゃくる。これは絶対離す気はないなと紫音は悟った。仕方がないので歩き出すが、数十歩もしないうちに体がふわりと浮き上がる。

「ちょっと!なんで抱えるのよ」

 レクサスは片腕に紫音を抱えあげて、首を傾げる。

「お前が遅いからだ。それにこの方が歩きやすい」

「歩きにくいなら、手をつながなければいいじゃない。もう、おろしてよ!」

「嫌だ」

 レクサスはそういうとそのまま城門をくぐった。門番も下女たちと同じように目をしばたたかせ、驚いた顔のまま、いってらしゃいませと四人を送り出した。その間も、紫音はおろしてよといい、レクサスは嫌だと繰り返している。二人の後をアプローズとカムリが苦笑しながら歩いていく。

「ここはおろすように助言してあげるべきかしら」

「いやいや、面白いからこのままでいいよ」

 そんなことを二人はこっそり話していた。通りに出ると人々の視線とざわめきが紫音を黙らせた。

(は、恥ずかしい!)

 紫音は俯き、顔を真っ赤にする。急に黙り込んだ紫音をレクサスが見上げる。

「顔が赤いな。具合でも悪いのか?」

「……お願い。おろして」

 紫音は、蚊の鳴くような小さな声で懇願した。それを聞いたレクサスはすぐに紫音を下すと、彼女の額に手を当てた。

「熱はないようだな。どこか痛むのか?」

「痛いんじゃなくて恥ずかしいのよっ」

 紫音は、小声でそういうと思い切りレクサスの足を踏んだ。レクサスは痛みを感じていないのか、ただ首を傾げる。

「何を怒っているんだ?」

「何をじゃないわよ。あんたが抱えて歩くから、目立って恥ずかしいんじゃない」

 紫音は俯いたまま、ぎゅっとドレスを握りしめた。レクサスは不思議そうな顔で周りをみてみろと言う。紫音は、そっと顔を上げると女性を人形のように片腕に抱えて立ち止まっている男性がこちらを見ている。そして、そんなカップルが結構な数いることに気がついた。あとは大体手をつないでいる。もちろん、一人であったり、同性同士で固まってこちらを見ている者もいたが。

(抱っこして歩くのが普通ってこと?)

 紫音が驚いておろおろしていると、再びレクサスが彼女を抱え上げた。

「まずは市場を見に行くぞ」

 紫音はどこまでもマイペースなレクサスに文句をいう気力も失せた。ただただ、恥ずかしい。抱えられて運ばれることも、どこか驚きと好奇の目で見られているようで顔をあげて周りを見ることができなかった。それでも、市場につくと少しだけ周りを見渡してみた。露台にはあまり売り物が乗っていない。品薄なのだろうかと紫音は思った。

「おや、レクサス様。可愛い方をお連れですね」

 不意にレクサスより頭一つ背の低い老人が声をかけてきた。

「ああ、俺の宝物だ。それより、今日はいつもより早いな。物資が足りていないのか?」

「いえいえ、売れ行きは上々ですよ。まあ、少しずつ品薄にはなってきてはおりますな。この日照りで野菜が少しばかり育ちが悪くてね。乾物はまだまだ在庫がありますし、よく売れとりますよ」

「そうか。やはり、雨が降らないと品物に影響するか」

「ええ、まだ深刻なほどじゃないんで、どこの店も問題なく営業していますがね」

 レクサスはしばらく考えて「農作物の水やりについて何か案があれば役所に届けるように触れを出すか」と言った

「そうですな。それがようございましょう」

 紫音は、レクサスの意外に真面目な面を見て目をぱちくりとさせる。

(なんか、王様らしくまともな話してる?)

 そんなことを思っていたら、喉がむずむずしてせき込んでしまった。すると老人が近くの屋台に声をかける。

「すまんが、水を一杯くれんか」

 はーいっと店のおかみさんがコップに水を注いで出してくる。老人はありがとよといって、そのコップを紫音に差し出した。

「乾燥がひどいからね。これを飲んでくだされ」

「あ、ありがとうございます」

 紫音は差し出されたコップをありがたく受け取り、水で喉を潤した。もう一度お礼をいい、コップを返すとなんのなんのと老人は嬉しそうに笑った。それから、レクサスはいろいろな店に顔をだした。小間物の類はあまり売れ行きが良くないらしい。日照りが長引いているせいで人々は保存の利く食べ物に金銭をさいているようだと言う。

「さすがのレクサス様も雨だけは降らせられないからなぁ」

 カムリがぽつりとつぶやくのを聞いた紫音は、なんとなく自分に魔力があったら雨は降っただろうかと思った。

「ねぇ、レクサス。雨っていつから降ってないの?」

「ここ半年降っていないな。まあ、この国には湧水があるからそれを効率よく利用すればしばらくはなんとかなる。心配はいらないぞ」

 レクサスが気遣うように微笑むので、紫音は空をみて干からびた大地に雨がしみこんでいくさまを想像した。そして「雨が降ればいいのにね」とぽつりとつぶやく。

 すると急に冷たい風が吹いた。そして、晴れているのにさらさらと雨が降り出す。まるで、狐の嫁入りである。その霧雨に呼ばれたかように、南の方に黒い雲が見え始めた。レクサスはそれを見てカムリと声をかける。カムリは心得ているかのようにさっと鷹に姿を変えると雲の方へと飛び去った。残された三人は、近くの喫茶店に入る。

「何が起こったのかしら?」

 アプローズが不思議そうに窓の外を見ながら、空いた席に座る。レクサスも紫音を下して席に着かせると隣に座って、じっと紫音を見つめる。

「シオン」

「な、なによ」

 いつになく真剣な顔でレクサスが問う。

「お前、魔法が使えるのか?」

「使えるわけないじゃない。だいたい、魔力がないから森に捨てられたのよ。知ってるでしょ?」

 レクサスはそこで首を傾げて考え込む。その間にアプローズが店員からメニューを受け取っていた。

「とりあえず、カムリが戻るまで何か飲んで待ってましょう。シオンちゃんは何が飲みたい?コーヒーと紅茶と緑茶があるけど」

「あ、じゃあ、コーヒー。砂糖とミルクの入ってるのがいいけど」

「わかったわ。レクサス様は?」

 レクサスは考え事をしながら紅茶とつぶやいた。アプローズは、店員を呼んで紅茶を二つとコーヒーにミルクと砂糖をつけてと注文した。

(あれが雨雲なら、シオンは雨を降らせる力があるのか?だが、人間には魔力がないと言われて捨てられたはず……)

 三人がそれぞれの飲み物を飲み終わるころ、ずぶぬれになったカムリが店に入ってきた。

「見事な雨雲だったよ。かなりの量の雨が広範囲で降ってる」

 いやぁびっくりしたとカムリが言う。レクサスはぱちんと指を鳴らして、ずぶぬれのカムリを乾かした。

「今、魔法使ったの?」

「そうだ」

「呪文とか唱えないんだ?」

「そうだが、それがどうかしたか?」

「いや、魔法っていうからてっきり呪文唱えてやるもんだと思って……」

 そう言った紫音の疑問にはアプローズが答えた。

「レクサス様は詠唱なしで魔法が使えるくらい魔力が高いのよ」

「え?だったら、雨くらい降らせるんじゃないの?」

 その疑問にはカムリが答えた。

「レクサス様は常に結界をはっているから、天候を操る魔法を使うと結界が消えちゃうんだよ。だから、雨は降らせられないってわけさ。結界は一度解けちゃうと構築するのにかなりの時間がかかるからねぇ」

 そうなんだと紫音は、不思議そうな顔でカムリの答えに相槌を打った。不可能なことなど何もないような王様でもできないことはあるものなのねとぼんやりと思う。

「とりあえず、雨がひどくならないうちに帰ろうよぉ。ねぇ、レクサス様」

「そうだな」

 そうして四人は喫茶店を出て、すぐに城に戻った。城に戻ると丁度夕立のような勢いで雨が降り出した。紫音は、窓辺に立って雨を眺めている。その後姿をレクサスは眺めながら、今日の出来事が偶然なのか、必然なのか考えていた。

(確かにシオンは雨が降ればいいと言った。そのあと、雨は降りだした。偶然にしては少しタイミングが良すぎる気がするが……魔力測定をやり直させてみるか?それともナイトメイアに行かせて魔力鑑定をしてもらうか……いやそれはだめだな)

 レクサスは自分でもよくわからないのだが、どうしても、紫音を自分のそばから離したくないという感情が渦をまく。紫音は、今までの女性たちとは違う。自ら望んで閨に入ったわけではない。それに、紫音からはかすかないい香りがするのだ。涼し気な甘い匂いとでもいうのだろうか。何か特別な匂いがして、嗅いでいると心が休まる。そんなことをつらつらと考えているとティーノが昼食を持ってきた。ほのかなチーズの香りにつられるように紫音が振り向いた。ティーノは何かとてもうれしそうに、今日はリゾットだよと言いながら、食事をテーブルに二人分ならべた。リゾットの他にもスープとデザートのフルーツタルトがあり、飲み物は紅茶だった。紫音は、久しぶりの米に目を輝かせた。それを見逃さなかったレクサスは「リゾットが好きなのか?」と問う。

「好きだよ。というか、あたしんちはお米が主食だったから……かなりうれしい。ありがとうティーノさん」

「いやいや、そっかそれじゃあ、今後は米料理を増やしてみよう。何か食べたいものがあったら、いつでも言ってくれ」

 紫音は、上機嫌ではやったぁと喜んだ。レクサスはその笑顔に何かもやっとするものを感じた。

(俺には怒ってばかりなのに、なぜ他の奴らには笑顔なんだ?)

なんだかだいぶ腹立たしいのだが、その感情がなんなのかわからず、不機嫌な顔になる。そんなレクサスをみて紫音は、「あんたリゾット嫌いなの?」と聞いてきた。

「いや、嫌いではないが……」

「チーズが苦手とか?」

「苦手ではない」

 そうと紫音は、笑った。レクサスはその笑顔にドキドキと鼓動が早まるのを感じた。なんだか、とてもうれしい。

「じゃあ、私たちもお昼にするわ。今日は二人でゆっくり食べてね」

 アプローズはふふっと笑いながら、カムリとティーノを連れて、部屋を出て行った。



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