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 第一神殿での祈りを終えたひかりは、ぐったりとしていた。三日三晩、ほとんど眠ることも許されず祈り続けたのだから当然だ。

(祈るのがこんなに大変だなんて……)

 体は重く、喉は痛い。ようやく、休むことを許されて、ひかりはベッドの中に潜り込んでいた。雨がざあざあと音を立てて降っている。そういえば、紫音はどうしているのだろうとふと思ったので、メリーバを呼んで聞いてみた。

「王都でお暮らしだとは聞いておりますが、詳しいことはわかりませんわ。きっと手厚く保護されておられることでしょうから、聖女様が気に掛ける必要はないと存じます。とにかく、今はゆっくりとおやすみくださいませ」

 メリーバはそう言って寝室を出て行った。ひかりは、深いため息をつく。こんなきつい巡礼などにだされるくらいなら、聖女であるよりそうでなかったほうが、楽だったかもしれないと思った。けれど、王宮の暮らしや、ディオンを好きになった今となっては、やはり聖女として頑張るしかない気がしていた。だから、自分を奮い立たせるように「そんなことはないわ。巡礼が終われば、また王宮で暮らせるんだから少しだけの辛抱よ」と自分にいい聞かせるようにそうつぶやいて眠りに落ちた。


 翌日、簡素な朝食を食べるとバタバタと移動の準備が始まった。ひかりはメリーバに支えられるようにして馬車へと乗り込み、第一神殿を後にした。

「本当にこのまま雨は降り続けるでしょうか」

 見送りに立った巫女の一人がぽつりとつぶやく。雨は昨日より少し、弱くなっているようだった。

「私たちにできることは、この雨が一日でも長く降り続くよう祈るだけです」

 年かさの巫女はそう諭したものの、誰もが心の中に一抹の不安を抱えていた。

 そんな彼女たちの思いなど知らないひかりは、馬車の中うっとうしそうな顔で窓に打ち付ける雨をみていた。これから向かうのは第三神殿。そこまでは二週間かかる。移動だけでそんなに時間がかかるなんてとひかりは思う。それに、メリーバはひかりが話しかけるまで滅多に口を開かない。馬車の中の沈黙が重苦しいと感じることもあった。

(魔法がある世界なんだから、もっと移動も簡単だと思ってたのに)

 ひかりは何度も何度もため息をついた。二週間の移動は、思っていた以上に不便だった。毎晩、どこかの宿に泊まれるわけではなく、小さな村の村長の家に泊めてもらったり、食事は固いパンと水だったり。泊まるところがあるだけましだという状態が八日も続くとひかりは、無意識にあたしは聖女なのにとつぶやくようになっていた。そのたびに、コレオスがどこからか果物や菓子を手に入れてきてひかりの機嫌をとった。

 十二日目にようやく少し大きな町にたどり着き、宿に泊まることができた。ひかりには一番良い部屋があてがわれたが、彼女にはそこがよい部屋だとは思えなかった。部屋にはベッドとクローゼットがあり、古ぼけたソファーが一つあるだけだ。出された食事も、味の薄いパスタとわずかな肉の入った野菜炒め、スープと固いパンだった。

「ねぇ、メリーバ。この国は貧しいの?王都以外は、こんなにひどい食事ばかりなの?」

 ひかりは、イライラしながらメリーバに尋ねる。メリーバは、張り付けた様ないつもの微笑みをうかべて答えた。

「いいえ、とても豊かな国でございます。ただ、ここ二、三年は雨がほとんど降らず、作物が育たなかったのです。もとの豊かな国に戻すためにも、わたくしどもには聖女様のお力が必要なのですわ。聖女様にはご不便をしいてしまい、本当に申し訳なく思っております。どうかお許しくださいませ」

 そういってメリーバは、深々と頭を下げた。ひかりはあわててメリーバはのせいじゃないわと言った。

「そのように言っていただけて、わたくしは幸せ者ですわ」

 メリーバは顔をあげて穏やかに微笑んだ。ひかりは、ほっとした。今、頼れるのはメリーバだけだ。こんなきつい旅にも、不満を漏らさずついてきてくれているのだから、八つ当たりしてはいけないとひかりは思った。だが、メリーバの方は違った。

(こんな旅など楽な方だわ。それにこの旅が終われば、あの人と結婚できるのだもの)

 ひかりは自分に味方がいないことにまだ気づいてはいなかった。


 ようやく第三神殿にたどり着くと、やはりすぐに祈りを捧げることになった。ひかりは、祈る前に少しだけ時間をもらい、ディオンがくれたというエメラルドの飴をゆっくりなめた。

(今日からまた三日間……なんてつらいんだろう)

 どこかに逃げ出したい気分だが、自分ではどうすることもできない。できることは、祈って雨をふらせるだけだ。ひかりは飴をなめ終わると、モビリオの手をとって祈りの間へと歩いて行った。

「辛そうだな。大丈夫か?」

「ええ、でもがんばるわ。あたしにしかできないことだもの」

 モビリオは少し感心したように目を細める。

「そうだな。そうしてくれると助かるが少しは肩の力を抜け。まだ、旅ははじまったばかりだ。途中で倒れでもしたら大変だからな」

 ひかりはそうねと答えて祈りの間へと入って行った。

 モビリオは回廊に出て、空を見上げる。憎たらしいほどの晴天だったが、やはり二度目の祈りから雨はぽつぽつと降りだした。そして、三日三晩、ひかりは祈り続けた。天もそれに応えるように雨を降らせた。


 三日三晩の祈りが終わると一晩やすんで、すぐに出発となった。コレオスの話によるとまた二週間かけて次は第五神殿に向かうと言う。

「どうして奇数の神殿から回るの?順番通りに進めば、旅ももっと短いんじゃないの?」

 ひかりは、うんざりした顔でコレオスにたずねた。

「奇数の神殿から回ると、あとはずっと王宮の聖殿で祈ることで各地に雨を降らせることができるのです。聖女様にはお辛いかと思いますが、我が国のためにどうかご辛抱いただきたい」

 コレオスは、深々と頭を下げた。ひかりは、小さなため息を吐いてわかったわと言った。



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