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 紫音には、慣れないことがいくつかあったが、一番慣れないこと、それはレクサスの添い寝である。拾われた当初は、カムリのとりなしでレクサスの隣の部屋をつかっていたけれど、鍵をかけているにも関わらず、目を覚ませばレクサスの整った寝顔があった。勝手に人のベッドにもぐりこむなと怒鳴っては、クッションで殴りつける。そのたびに、一緒に寝る宣言をしては忍び込み、断りを入れたと斜め上の回答をするのだ。そんな状況にカムリもアプローズも困った顔で一緒に寝てやれという始末。

 結局、絶対に手を出さないと約束させて現在はレクサスのベッドで眠る紫音であった。

(慣れないな……)

 目を覚ますと鼻先数センチのところにイケメンの寝顔である。薄く口を開けてすーすーと心地よさそうに寝息を立てるレクサス。紫音は眠るときはベッドの端っこに丸くなっているのだが、目が覚めるとレクサスの腕の中にいる。ベッドは大人が五人ぐらい眠れそうなでっかい天蓋付きのものだから、端っこに眠っていれば、大丈夫だろうと思っていた。だが、考えが甘かったらしい。紫音は寝返りを打つたびにレクサスの方へ転がってしまうようなのである。

(だからって近すぎて心臓に悪いわよ)

 心臓がどきどきとうるさい。それに反応したわけでもないだろうに、レクサスがぱちりと目を覚ました。紫音の心臓が一気に跳ねる。

「もう起きるのか?」

 どことなく残念そうな顔で言うレクサス。

「め、目が覚めたんだから起きるわよ」

 紫音は慌てて起きようとするが、レクサスの腕が邪魔で起き上がれない。

「もう少し寝ていろ。そのうちカムリが起こしに来る」

 レクサスは有無をいわさず、紫音を抱き寄せて子供をあやすように背中をポンポンと叩いた。

(こういうの嫌じゃないから困る)

 紫音は何とか抜け出そうと思うものの、レクサスの優しい腕の中からなかなか逃れることができなかった。結果、紫音は二度寝してしまうのだ。そして、身支度を整えたレクサスに起こされるはめになる。そのうえ、今日はこれを着ろと新しいドレスを持ってくる。

「あのね、あたしは着せ替え人形じゃないのよ」

「気に入らないのか?じゃあ、新しい服を作るから今日は寝間着ですごせ」

「そうじゃなくて……」

「じゃあなんだ?」

「毎回毎回新しい服持ってこなくていいっていってるの!」

「やっぱりこの服が気に入らないんだな」

「そうじゃないってば!もう、どんだけ金持ちなのか知らないけど、毎日新しい服なんか作ってたらいつか破産するわよって言ってるの!」

 レクサスはそう言われて首を傾げる。

「そんなに高いのか?カムリ」

「まあ、それなりの値段はするねぇ」

 カムリは面白そうににやにやと笑う。

「破産するほどか?」

「いやぁ、そこまでは高くないよぉ」

「だそうだ。シオンは何も心配しなくていいぞ」

 レクサスは真顔でそう言う。紫音はがっくりと肩を落とし、カムリを恨めしそうに睨む。カムリは、あーっと頬をかきながら、苦笑いで言った。

「レクサス様。シオンちゃんは、今まで着た服も気に入ってるんじゃないのかな?」

「そうなのか?」

 紫音は、特に気に入っているわけではないが、毎日新しい服をこれ以上作らせたくないのでそうよと答えた。

「今まで作ってもらった服も気に入ってるの。だから、洗濯してその日の気分で自分で選びたいのよ。とりあえず、今日はこれを着るけどね。わかったら、さっさと出て行って」

「そうか……」

 レクサスはいまいち納得いかない様子でカムリと部屋を出た。

 紫音ははぁっとため息を吐いく。寝間着を脱いで、コルセットを巻く。コルセットは一人でも着られるように前で絞るタイプを使用。それから、かぼちゃパンツの足のリボンを緩めて脱ぎやすいようにしておく。そうしておかないと、トイレが不便なのだ。この世界にゴムがあったらなと思う瞬間だった。

 今日のドレスは淡いライムグリーン。胸元に涙型の穴が開いているティアドロップという形で、そでは肘のあたりで金魚の尾のようにひらひらと広がっている。スカート部分は腰のあたりで布を重ね、下に行くほど左右に広がって開いている。開いている部分には白のレースでフリルが幾重にも重なっていた。

 紫音はドレスを着て歩くこともまだ慣れない。ただ、室内履きの靴はミュールなので楽ではあった。


 紫音が朝食の席に着く。今日の朝食はクロワッサンとスクランブルエッグにベーコンとサラダ。飲み物は搾りたてのオレンジジュースだ。紫音にとってはありふれた朝食がすごくありがたい。レクサスも同じものを食べるが、足りるのかと以前質問したところ、鬼人は一年飲まず食わずでも生きられるから問題ないと返された。どこまでも丈夫な種族である。ただ、アプローズの話によると、幼少期の鬼人はとても脆弱ぜいじゃくで病気をしやすく、死亡率も高い。だからこの国では子供は宝物のように大事に育てられているらしい。それに、子供ができる期間は個体差はあるものの十年のうち三年から五年の間だそうだ。

 子供は生まれて十五年経つと丈夫な体を手に入れる。そのとき、男の子は五年間で国中をまわり、伴侶探しの旅をするという。概ね伴侶は見つかるそうだが、ときには一人の男の子に複数の女の子がくっついたり、一人の女の子に複数の男の子がくっついたりする場合もあるという。なので、一夫多妻や一妻多夫という結婚形式も存在していた。また、この期間に伴侶を見つけられない場合は、周期が来た時に探すそうで、年の差カップルも存在するという。そのうえ、死別以外に婚姻を解消することはないという。一夫一婦制や離婚が簡単に起こってしまうのが当たり前の世界で育った紫音には、なかなか想像のつかないものがあった。実際はどんなものなのか、人々の生活を見てみたいと思い、紫音はそのうちアプローズに街を案内してもらおうと考えていた。

 食後の紅茶を飲んでいるとレクサスがおもむろに街に行くといいだした。紫音は、ふうんという感じで紅茶を飲む。

「うれしくないのか?」

「何が?」

「街へいくんだぞ?いろいろ見たいとは思わないのか」

「え?あたしも行くの?」

「他に誰を連れて行くと思っているんだ。お前以外にいないだろう?」

「……あのね。街に行くとか宣言されても自分が誘われてると思う人間がどこにいるのよ。普通、そこは街を案内してやるとか、街にいってみないかとか訪ねるもんでしょ」

 レクサスはそういうものなのかと首を傾げ、紫音はなんなんだこいつはと呆れていた。

「わかった。街に行くぞシオン」

「だから……」

 言いかけて、言うだけ無駄な気がした紫音は、わかったわよと答えた。レクサスは早速カムリに紫音用の靴を準備させた。準備されたのは、五足の靴。ヒールの高いモノから低いモノ。派手な宝石がついたものやフリルのついたものなどであった。

「気に入ったのはあるか?なければ、他のモノを持ってこさせるが」

 紫音はため息をつきながら、ヒールの高いモノは避けて歩きやすそうな黒いリボンのついた白いパンプスを選んで履いた。靴の生地は柔らかく履き心地がよい。サイズもぴったりだ。

「そういう靴が好きなのか?」

「ここにある靴はどれも嫌いじゃないわ。今日はこの靴がいいなと思っただけよ」

「そうか」

 レクサスはにこりと満足そうに笑った。なぜか、カムリとアプローズが笑いを噛み殺していたが、紫音は気にしないことにした。



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