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 食事の用意が整ったということで、紫音たちは広間に通された。広間といっても、王宮の中では一番小さい部屋だ。少人数の会食に使われることが多い場所だよとディオンが教えてくれた。部屋で待っていたのは、バレンシア公爵と初めて見る壮年の男性で、彼は少し顔色がよくないように、紫音には見えた。誰だろうと思っていると、バレンシアがディエゴを紹介してくれた。これからのことを話し合うために貴族の代表として同席してもらうということだった。

「どうぞ、お座りください。折角の食事が冷めてしまいますよ」

 バレンシアは穏やかな笑顔でそういうので、遠慮なく席に着く。紫音は、目をキラキラさせながら、料理を見つめる。手のひらサイズの四角いキューブのようなパイを中心に、左にクリームシチューのようなもの、右に生ハムのような薄い肉で野菜を巻いた前菜らしきもの、あとはスクランブルエッグと宝石のようにつやつやとした色とりどりの丸いフルーツが小さなお皿に飾り付けられていた。そんな紫音の様子に、バレンシアが料理の説明をしてくれた。

「真ん中にあるのがトリビスタンの伝統的なパイです。クランボックスというもので、中には羊の肉と香草が入っています。スープはミルクロードという特別な牛乳をベースにしたもの。あとは、スクランブルエッグとジュエルウッドという甘い果物です。どうぞ、お好きなものから、召し上がってください」

 そういわれて、紫音はナイフとフォークを手にした。だが、隣に座っているひかりやカムリは、動かない。ディオンも何か言いたげな表情をしていた。

(もしかして、フライングしちゃった?)

 紫音は食べちゃダメなの?という顔でカムリやひかりの顔色をうかがう。カムリはそんな顔をしている紫音に大丈夫だよと笑って見せた。

「折角、公爵様が料理の説明してくれたんだから、食べようよ」とカムリが言う。ディオンがそうだなと答えて、ようやく食事を始めた。料理はおいしい。だが、微妙に食べにくいなと紫音は思った。なんだか、空気が重い。

(そりゃ、召喚の間をぶち壊したわけだから、怒ってるとは思うけど……)

仏頂面のディエゴをちらちら見ながら、紫音は料理を口に運ぶ。

「ねぇ、ひかり。なんか空気重くない?」

 紫音が小声でひかりに話しかけると、ひかりもそうだねと答える。

「たぶん、給仕の人がいないせいかも」

「給仕の人?」

「うん、食事の時は必ず席の後ろに、お水を継ぎ足したりしてくれる人たちがいるの」

「じゃあ、その人たちがいないってことは……これ、食べちゃまずかったのかな?」

「大丈夫だと思うよ。ただ、人払いしてあるってことは、何かあると思うし、少し警戒してた方がいいのかなって思うけど」

 紫音はでもなぁと思った。目の前の料理はとてもおいしくて、毒とかそういう異物が入っているとは思えない。それに、今更、自分たちの命を狙ってもトリビスタンに利益があるとは思えなかった。ちらりとカムリを見れば、もうほとんど食べつくして、最後の果物をほおばって満足そうに目を細めている。

(とりあえず、サクサク食べちゃえばいっかな)

 紫音は重たい空気を振り払うように、食事に集中した。

 全員が食べ終わると、静かにドアが開いて下女たちがお皿を下げて行った。そして、バレンシアが紅茶を入れて配る。食後の紅茶を楽しむという雰囲気ではないのは明らかで、特にディオンの表情は硬い。それでも、紫音たちを気遣っていたのだろう。重いため息を吐きながら、彼は口を開く。

「それで……父上が同席せず、人払いをしている理由は何だ?バレンシア」

 そう問われたバレンシアの顔から笑みが消え、真剣な表情になった。隣にいるディエゴも何かを覚悟したような顔つきになる。

「実は、陛下がご自害なされまして……お守りすることができず、誠に申し訳なく存じます」

 バレンシアは深々と頭を下げた。

「自害?どういうことだ?」

 ディオンは困惑した。紫音たちも表情が硬くなる。バレンシアは、経緯いきさつを話し始めた。ディオンが戻るまで寝所に幽閉していたこと。そこに毒があったこと。それを飲んで自害したことを……。

 バレンシアがあまりにも淡々と話したので、ディオンは言葉が出てこない。思い返せば、白の剣の力に酔いしれ、父のことなど気にもしていなかった自分に愕然とする。王の死によって、自分が王になるということは、ある意味では簒奪者という烙印を押されるのではないのかという思いさえ、沸き上がってきた。魔法が使えなくなったことが公になれば……彼の背中に、何か恐しく冷たい汗が流れていく。

 不意に紫音が本当に自殺なのと訊ねた。ディオンは、はっと我にかえる。わずかにためらいを見せたバレンシアを制して、ディエゴがそうだと断言した。

「医者の話によると陛下は、ナディア様を亡くされたときに毒を所望したそうだ」

「じゃあ、その毒を飲んで?でもおかしくないかい?医者が毒を渡すかな?」

 カムリが当たり前の疑問を口にしたので、ディエゴは偽りの毒だと答えた。

「医者が渡したのは、心を病んだ者に処方されるリターニャという薬だ。一時的に仮死状態となり、心身を正常に戻す効果がある。だが、その薬の中に『冥府の腐れ水』というあってはならない毒が入っておったのだ」

「誰がそんなことを……」

 ディオンが呟くと、ディエゴは、わかりませぬと答えた。

「少なくとも、この男ではないことはわしが保証いたします」

 ディオンはそう言われてバレンシアを見た。現状をかんがみれば、もっとも疑わしい人物であること確かだ。だが、第二王子派であるディエゴがわざわざ保証するという。ということは、バレンシアでさえ父上のの自殺は、想定外だったということなのだろうと、ディオンは思った。あのっとひかりが声を発した。

「幽閉されただけで自殺なんてするんですか?」

 ひかりには、そんな理由で自殺などできるわけがないという確信があった。いじめられ続けた自分が何度も踏み越えようとしてできなかった一線を、そんな理由でやすやすと超えることはできない。完全に心が折れるほどの何か決定的なことがあったはずだと。バレンシアは頷く。

「幽閉が理由ではないでしょう。わたしは陛下を追い詰めてしまうほどの言葉を使ったのです。それが引き金になったことは確かです。ただ、魔法を封じて寝所に幽閉したのは、陛下の命を守るためだったのですが……今となっては、言い訳にさえならないことです」

 ディオンは、何と言っていいのかわからなかったし、ひかりもバレンシアの表情に嘘偽りは感じなかった。そして、紫音も戸惑いを隠せないなか、カムリが不意に口を開く。

「……『冥府の腐れ水』か。ってことは、王様はもう骨になっちゃってるね」

「いえ、ご遺体は氷の棺に保存されています」

 バレンシアにそう言われて、カムリは首を傾げた。

「いや、そりゃ無理だよ。あれは、浄化の魔法を常にかけておくか、時止めの魔法でも使えなけりゃ確実に腐る」

 そうなの?と紫音が尋ねると、カムリはうんと頷く。

「あとは、あっち側の人間が関与してるかかな……」

「あっち側?」

 紫音が聞くと、カムリはどう説明すべきか悩むように、目をつぶり腕組みをした。それから、しばらくの間沈黙が流れた。仕方ないとばかりにカムリが口を開く。

「あっち側っていうのは、もうそれこそ感覚的な何かだから、あっち側以外の言葉で説明するのは難しいんだよねぇ」

「あたしたちやティーノさんがいた世界とは違うってこと?」

「うん、シオンちゃんたちのいたところっていうのは、異世界。つまり、交わることがほとんどない世界のことなんだ。でも、あっち側っていうのは、この世界の中にあるっていう感じかな。ごめんなぁ。うまく説明できなくて」

 困ったように笑うカムリに、紫音は首を横に振った。バレンシアやディエゴは、何かにはっとする。二人は、【あっち側】という言葉に聞き覚えがある様子だった。

 カムリはそんな二人の様子を見て、お道化た調子で言う。

「どうやら公爵様たちは、なんか知ってるみたいだね。まあ、傭兵をやっとったことがあれば、ちょいちょい聞く話だとは思うけど」

 そう言われて、バレンシアもディエゴも何か腑に落ちるような感覚を感じたようだが、ディエゴは用心深く鋭い目つきでカムリを見た。。

「あれは、エルフや獣人のたわごとではないということか?」

 カムリは、さあねぇと曖昧に答えた。どうやら、それ以上言う気はないとディエゴには見えた。

(この男、何か知っておる……)

 しかし、追及したからと言って陛下が生き返るわけではない。現状が変わらないのだから、無駄なことはしない方が賢明だとディエゴは判断した。

「おぬしの言うことはよくわからぬが、陛下のご遺体は保存している。取り急ぎ、陛下のご葬儀とディオン様の戴冠式をどうにかせねばならぬ状況なのだ」

 バレンシアは、カムリの言葉にあまり反応せず、静かに言葉を紡ぐ。

「陛下のご葬儀は慎重にせねばなりません。今はまだ、国内が安定しているとは言えませんので。それにコレオスを殺害した者も見つかっておりません。このような状況ですぐにディオン様の戴冠式を行うことも難しいかと存じます。できれば、皆様方のお知恵をお借りしたい。そう思うのですがいかがでしょうか」

 バレンシアの目はしっかりとカムリを捉えていた。カムリは、視線の意味を分かっているのかいないのか、どうする?と紫音に決断を促した。紫音は、ひかりやディオンを見る。二人の視線もなぜか自分に向けられていて、少し困惑する。

(どうするって言われてもなぁ……)

 何が自分たちにできることなのかさっぱりわからなかった。かといって、このまま知らん顔でクリムゾンに帰るのも気が引ける。

「その、特に協力できることはないと思うんですけど、本当に王様が亡くなってるのか確認させてもらってもいいですか?」

 紫音はそう言いつつも、その行動が事態を変えるとは思っていない。ひかりも、ディオンもどうやら王の死をうまくのみこんでいない様子なので、確認作業が必要なのかもしれないという思ったくらいだった。

「わかりました。では、陛下のもとへご案内します」

 バレンシアは静かに席を立った。

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