表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/62

53

 

 雨はよく降るようになった。ヒカリがワゴニアを解放したことが功を奏したのだろうかとバレンシアは思った。学者たちは、このまま気候が安定していけば、不作にはならずにすむだろうと報告してきている。だが、本当にこのまま天候は安定するのだろうか?もし、安定しなければ、今年の収穫は見込めない。そうなれば、また飢えて死ぬものがでるだろう。

 幸いなことにモビリオのもたらした食料のおかげで民衆は落ち着いている。そして、モビリオに対する支持も高まっている。そこが問題だった。巷では、ディオンの廃嫡を望む声さえ聞かれると報告を受けた。民衆がそのようなことをはばかりなく口にするということは、この国が傾いている証拠でもある。革命が起きる可能性は徐々に高まりつつあるとバレンシアは考えていた。


 そこにとんでもない報告が舞い込んだ。それは同盟国であるタリアテッレで暴動が起こり、国中に広がり始めているというものだった。報告書を何度か読み返して、バレンシアは深いため息をついた。二年前、代替わりを果たしたタリアテッレの新王マグナが急な病に倒れ、宰相であるムルティプラが代行者として政治をうごかしていた。だが、そのやり方は己の政敵を粛清し、主要産業である魔法石の採掘権を自らの手中に収め、課税されない立場のはずの工夫たちに税をもうけるというものだった。結果、ムルティプラの専横に黙っていなかった工夫たちが反乱を起こしたのである。

(なるほど、我が国が食料の提供を打診したときには、ムルティプラの専横が始まっていたというわけか)

 マグナ王からの返信が、土地あるいは金、なければ一万人の奴隷をという同盟国を足蹴にするような返事をしてきたとき、バレンシアはいささか不信感を抱いていた。もともと、タリアテッレでは自国の農業で得る農作物では、国民すべてを養えない。だから、トリビスタンとの同盟により、食料を得ていたのである。そして、新たな国と通商条約を結び、魔法石の輸出で得た収益で、さらに食料を手にし、豊かさは日に日に増していたのだった。

 だが、王が病に倒れたことで、欲深いムルティプラの手に堕ちたタリアテッレは、内乱という状況に陥ってしまったらしい。

 バレンシアは、すぐさま国境の警備を強化するよう伝令を発した。流入してくるであろうタリアテッレの民をこちら側に入れるわけにはいかない。ただでさえ、不安定になっている民の心情はどんな間違いを引き起こすかわからないのだ。タリアテッレから難民が押し寄せれば、当然、パニックを起こすだろう。その混乱に乗じて、トリビスタンでも内乱が、悪くすれば革命が起こりうるかもしれないのである。

(この国は傾いたいる)

 それを正すには、無事にディオンが帰還するか、あるいはモビリオが戻り、民に安寧を与えるかである。もし、後者ならばバレンシアは表舞台から降りなければならないだろう。枯れは、そうなったときは、潔く領地へ引きこもる覚悟はあった。ただ、第二王子派が彼を担ぎ上げて内乱を起こすというのであれば、最期まで抵抗するつもりでもいた。

 ただ、今は待つしかない。

 ディオンにしろ、モビリオにしろ、どちらかが戻らない限り、王に権限を返す気はなかった。バレンシアは、王に対して同情的ではあった。だから、宰相として王を支えながら、彼がこの国の未来を思い描き、動き始めることをずっと待ってはいた。だが、その期待は、王が聖女召喚を決断したとき、虚しくも朽ち果てた。情報を集めて熟考することをせず、癇癪を起した子供のように一人ですべてを決めた王。

(少しは信頼していただけていると思っていたが……)

 何の相談もなく、国の一大事を一人で決定されては、宰相としてもバレンシア個人としても、動くことはできない。そのときから、王は考えることに疲れ切って、とうとう王という名の重責に押しつぶされたのだとバレンシアは思い至った。


 その頃、ディエゴのもとにも、タリアテッレの内乱の報は届いていた。

(さて、どうするべきか)

 ディエゴは迷っていた。同盟国の内乱を利用して革命をおこすべきか、それともモビリオの帰還を待ってディオンの廃嫡を試みるべきか……どちらにしても何らかの形で血が流れることに違いはない。ただ、流れる血は少ない方がよいとディエゴは考えていた。

(モビリオがディオンに勝ったのであれば、必ず帰還するはず。少なくとも国を見捨てるような軟弱な輩ではない。しかし……)

 彼には聖女がついている。はたして、聖女と共に再び帰還するだろうか?もし、聖女とモビリオが恋仲であれば、聖女はこの国にモビリオを帰しはしないだろう。愛する者の命を狙った国を救おうなどとは決して考えまい。それに、そもそもモビリオとともに旅だったのも、自らの命を守るためであったはず。

(もし、モビリオの帰還がなければ……)

 革命もやむなしかとディエゴは考えていた。ただ、そうなると多くの民の血が流れる。当然、自らの領内にも貴族に反感をもっているものはある。そこを抑えて、民衆の内側から革命を起こさせ、新たな王を奉るのは、容易なことではない。だからと言って、ディエゴ自ら王位簒奪を企てるほど愚かではない。

(流血で奪ったものは、流血による罰を受ける。そして、国を崩壊へといざなうのだ)

 それは、ディエゴの望むところではない。彼は深いため息を吐いて、待つことにした。モビリオが帰還するか、民衆の内側から事が起きるか。どちらにせよ、しばらくは自ら動くことはさけるべきだろうとディエゴは考えていた。


 同じ頃、タリアテッレで内乱が起こっていることなど知るはずもないシルフィは、これからどうするかを王宮の片隅で考えていた。夕刻が過ぎても帰還しないディオン。はたして彼は生きているのだろうか?もし、負けて死んでいるのであれば、聖女がモビリオとともに戻ってくるはずだとシルフィは思った。だが、その兆しはない。ならば、ディオンが勝利し、悪魔の国を完全に制覇するための行動を起こしていると考えることもできた。しかし、どこかでそれは叶わぬ夢のようにも思えていた。そのせいで、シルフィは次の一手をどう打つか迷っていた。このまま、朝を迎えればディオンは戻ってくるだろうか。そうして待っている間にも、誰かが革命を起こしたりはしないだろうか。あるいは、父であるバレンシア公爵がこのままこの国を導くものとして暗躍するのではないか。

 様々な思いにシルフィは翻弄されていた。

(第二王子派がこのまま大人しくお父様のいうことを聞き続けるはずもない)

 そうなれば、当然、革命なり内乱なりが起きるだろう。それは、シルフィの望むところではない。彼女が望むのは、女として絶対的な権力を手に入れることだった。そのために、魔法士を操り始末し、王妃の弱点を手に入れたのである。

 ディオンに対しても、さしたる好意はない。ただ、第一王子であるというだけで人間的な魅力を感じたことはなかった。


 シルフィが権力にこだわるのには訳があった。幼いころから貴族の子女として徹底的に教育されてきた彼女は、日々息の詰まる思いをしていた。わずかに、許されていた庭の散策が唯一心の休まる時間だった。そして、そんな彼女にバラの香りのする紅茶を飲ませてくれたのが、庭師のレジアスという青年だった。彼は限定魔力の持ち主で、その力は植物のみに作用する。枯れかけた植物を生き返らせることなどお手の物であった。

 だが、その能力のせいで幼いころから実家の農業を一人で担っていた。そればかりか、その能力を金で買う村人が幾人もでて、寝る暇もないほどに働かされた。そして、病に倒れたとき強欲な両親は、彼を見限り、彼の働きで築かれた財産を持って王都で商売をはじめたのである。村人たちも、彼に優しくするものはいなかった。彼の能力と引き換えにして得た豊作の日々は、他所の村よりも重い税になり、村人は誰も彼の親ほどの財を築くことはできなかったのである。

 結局、死にかけた彼を助けたのは、人買いだった。その人買いもまた、ただ、彼の能力を無駄にしたくなかっただけであり、自分の利益のために彼を利用しようとしただけだった。レジアスは、気力と体力を取り戻すと、人買いから逃げた。

(人間なんて信用できない)

 すさんだ心を抱えたまま、彼は国中を彷徨った。そして、また行き倒れたとき、バレンシア公爵と出会ったのである。彼はよくシルフィに話して聞かせた。バレンシア公爵にこの庭の主になる気はないかと言われたこと。自分の力を金もうけに利用しない人間との遭遇を。どれほど驚き戸惑い、そして感謝しているかということを。

 シルフィもそんな話を活き活きとした顔でしてくれる彼を見るのが好きだった。辛い勉強も、ダンスの練習も彼の入れてくれる薔薇の紅茶が癒してくれた。だが、幸福な時間は長くは続かなかった。

 ある日、レジアスが買い物にでかけるというので、シルフィもついていきたいと初めてのわがままを言った。バレンシア公爵は不在で、母のザフィーラは茶会に出かけていた。困ったような顔をしたレジアスだったが、初めての彼女のわがままを受け入れてくれた。シルフィは舞い上がるような喜びを感じた。そして二人で市場へでかけて、いろいろな植物の苗や種を買った。その帰りだった。まだ、昼間だというのに酒臭い男たちが二人に絡んできたのは。

 レジアスは、幼いシルフィをかばうように立って、なんとかその場をしのごうとしたが、簡単にはいかなかった。通り過ぎる人たちは関わるのをさけるように、彼らを一瞥しただけで、助けようともしなかった。結局、二人は人気のない路地に追い詰められた。そこで、悲劇は起こった。なんとかシルフィだけを、路地から逃し、悪漢たちにどうしたら、鎮まってくれるのかと尋ねるレジアスに、彼らは容赦なく暴行を加えた。

「なんだこいつ?防御魔法もつかえないのか?」

「へっどうせどこかの貴族の使いだろう。ガキは逃がしたがまあいいさ」

 そんなことを話しながら、無抵抗の相手に理不尽な暴力をふるい続けた。シルフィが警邏を伴ってもどってきたときには、血まみれで倒れているレジアスだけが置き去りにされていた。シルフィが駆け寄った時にはすでに死んでいた。警邏はシルフィが嫌がるのを無視して公爵家へ送り届け、事情を話してレジアスの遺体をどうするかと執事に聞いた。そこで、どんなやりとりがあったのかシルフィは知らない。後日知ったのは近くの寺院の共同墓地に彼が入れられてしまったことだった。

 共同墓地に埋葬されてしまっては、バレンシア公爵でもその遺体を引き取ることができない。理由は火葬されて埋まられてしまうからだった。シルフィは自分を責めた。自分さえいなければ彼は死ぬことはなかったのだと。のちに、暴漢の正体は知ることができたが、とある伯爵家の息子とその取り巻きであることがわかっただけで、暴行を加えた証拠はなく、彼らが罰せられることはなかった。

 そのときから、シルフィは自分の無力さに打ちのめされ、絶大な権力を求めるようになった。だから、第一王子のお妃候補にあがったときには、どんな手をつかっても王子の気を引いて、二度とレジアスのような理不尽な死を民に与えぬ王妃になることを誓ったのだ。

 そんなシルフィだからこそ、貴族を嫌悪しながらも、権力の使い方を間違わない方法を模索し続けた。しかし、ディオンを陥落したときから、彼女の野心は顕在化しはじめた。そして、シルフィは気づいていない。自らの意思で、一人の魔法士を殺したシルフィと、レジアスを死に至らしめたどこぞの伯爵家の息子との間には、何の違いもないことを。そして、自ら思い描いた理想の自分を野心に食い殺されて、道を外れたことに。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ