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ディオンの部屋をあとにした三人は、レクサスの執務室にもどると、彼からは正確な石の名前はきけなかったことを、待っていたアプローズたちに話した。
「デスパロスの可能性が高いのかぁ、厄介だね」とカムリがいうとレクサスはああと答えた。
「俺もデスパロスを破壊した記録はみたことがない。だが、石工たちなら彼らの文献か口伝になんらかの方法をつたえているかもしれないが」
「餅は餅屋だねぇ」
「そういうことだ。ここにある文献がすべてではないからな」
レクサスはそういうと、さっと手紙をしたためて、衛兵に命じてキザシに届けさせた。
「よし、それじゃあ、あたしたちは王と王妃への罰を考えるわ。ね、ひかり」
紫音にそういわれて、ひかりは少しこまったような顔をした。
「別に二人について罰を与えたいとは思ってないよ。あたし」
「駄目。いったでしょ。あたしがそうしたいの。ただ、一人で考えるとやりすぎちゃう気がするから、ひかり、手伝ってよ」
「……わかった。一緒に考えよう」
紫音はえへへと笑って、レクサスに二人で王と王妃に対する処分を考えることにすると伝えた。レクサスは複雑な表情を浮かべながらも、二人が話し合っている間にできるだけの情報を集めることを約束した。
「ただし、今から少し休む」
紫音の手を引くと、有無を言わさずに寝室へと引きずっていった。
それを見ていたひかりとモビリオは唖然とし、事情をしっているカムリたちはくすくすと笑った。
「もしかして、レクサス様は……」
ひかりは、旅の途中で聞いた鬼人たちの恋の仕方を思い出していた。
「そだよぉ。レクサス様にとっては、ようやく現れたパートナーがシオンちゃんなんだぁ。ま、シオンちゃんにはあんまり自覚がないんだけどね」
「そうね。鬼人は巡り合ったパートナーとできる限り、いっしょに過ごすことを至福に感じる人たちだから。少しでも離れていれば、再会したときはとろけるような甘い時間を過ごすものだし」
「ま、レクサス様はシオンちゃんが同じ鬼人ではないことは織り込み済みだから、今は少しだけでも二人ですごしたいんだろうね。ヒカリちゃんたちも、二人でもう少しゆっくりしてていいよ。夕食を楽しみにしていてくれ、俺が腕によりをかけて、最高にうまい飯を食べさせてやるからさ」
ティーノがそういうと、ひかりたちはお互いを見つめあい、夕食まではゆっくりさせてもらうことにした。
紫音は少しむくれた顔でレクサスを見上げたが、レクサスは眠いといって彼女をベッドに引き倒すと腕の中にすっぽりと包んで横になった。紫音はなんとなく、怒ってるのかなと思って、聞いてみるとレクサスは怒っていないと答えた。
「ただ、少しだけでもこうしていたい。嫌か?」
「嫌じゃないよ。ちょっと急だったからびっくりしただけ」
紫音は気恥しいと思いながらも、レクサスの腕の中にいる。そして、無意識にレクサスの髪をなでた。
「なんか、いろいろごめんね。あたしわがままばっかりで」
「かまわん。俺はお前の自由を奪う気はない。ただ、できるだけお前の側にいたいんだ。それだけわかってくれていればいい」
そう言われて、紫音はレクサスの胸に額をつけた。
心臓の音が聞こえる。トクトクと少しだけ早いその音がまるで、紫音にはいかないでと聞こえるきがした。そして、必要とされていることに喜びを感じている自分がいることを自覚する。
(この腕の中にずっといたい。本当は王も王妃にもたいして興味はないけれど、けじめはつけたい)
自分に何ができるのかわからないけれど、今一番に願っているのはひかりを自由にしてやることだった。だから、この居心地のいい腕を離れるのは忍びないけれど、トリビスタンに行って剣を破壊することは、とても大事なことなのだと紫音は思っていた。
レクサスは紫音のそんな気持ちを察しているのか、いないのか彼女の髪を優しく撫でる。
「友を救おうとするお前の気持ちはわかる。だが、トリビスタンの内政まで考えなくていい。国というものはそこに住む者が、どういう国を作りたいのか考えてこそ、国なんだ。王や王妃がいようといまいとたいしたことではない。お前が王たちを罰したいなら、好きにすればいいんだ」
紫音は、頷きながらも考えた。王が自分を森に捨てなければ、レクサスには会えなかっただろう。そもそも召喚などされなければ、自分の未来はどうなっていたのか考えただけでため息がこぼれそうだった。
(何が災いで何が幸運なのかわかんないな)
ただ、もう元の世界へ帰りたいとは思えない自分がいる。ほんの数か月、右も左もわからないような世界で過ごして、ここでなら、自分は自分らしくいられるような気がするから不思議だった。
(ひかりはどう感じてるのかな?なんだか前よりもしっかりしてる気がする。あたしは、変わったのかな)
少しは成長したのだろうかと紫音は思う。
(ただ、甘やかされてるだけな気もするけど……)
紫音がそんな風に感じていたとき、レクサスが小さなため息をついた。なんだろうと思って、顔を上げると、金の目を細めて何かまぶしそうな表情でこちらを見ている。
「どうしたの?」
「お前といると満たされるが、これからしばらく離れるのかと思うとため息もつきたくなる」
レクサスはそういいながら、体の位置をずらして紫音の顔に自分の顔を近づけた。
「いろんな女に会った。もしかしたらと何度か思ったが、いつも違った。だから、俺は生涯一人なのだろうと思っていた。お前に会うまではな。お前の気持ちがよくわからないが、それでももうお前なしでの生活は考えられないんだ」
紫音の心臓がトクンと跳ねた。
「だから、もし俺を好きになれなくてもこの城で暮らしてほしい。お前が嫌なら、共寝もしない」
馬鹿ねと紫音はつぶやく。
「言ったでしょ。レクサスのこと好きだって。もう、そんな泣きそうな顔しないでよ。こっちまでなけてきちゃうじゃない」
紫音は泣きそうになりながら、レクサスにそっとキスした。
「あたし、好きでもない人とキスなんてできないよ」
ましてや、一緒に眠ることなどできはしない。心を許しているからこそ、こうしてレクサスの隣にいるのである。
「わかった。待っているから、できるだけ早く帰ってきてくれ」
レクサスはそう言って、紫音を抱きしめて何度もキスを繰り返す。それはゆっくりとやさしく、唇をなぞるように甘く、切なさのこもったキスだった。
突然の伝令に驚いたキザシだったが、素早く手紙を読み、行動に移すのは早かった。
「手の空いている者は書庫に集まれ!デスパロスについての文献を片っ端からあさるぞ!」
頭の大声に驚いた石工たちだったが、すぐさま書庫へと駆けこんだ。そしてキザシの指示のもと様々な文献に目を通し始めた。
「王にお伝えください。何かわかり次第、はせ参じますと」
キザシは、伝令にそう伝えると書庫の奥へと消えて行った。伝令は、急いで城に戻って行った。
(なんとしても、お役に立たねば)
キザシはそう思いながら、古い年代の書物をあたる。デスパロスの加工など可能なのかすら定かではないが、王の望みである。さらに、姫巫女の友人の命にかかわるとあれば、早急かつ確実な情報が必要だと判断した。石工たちは慌ただしく書物をあさる。それらしい文献を見つけては、キザシに持ってきたが彼は首を横に振るばかりだった。それでも、根気よく探す。滅多に大声を出さない温和な頭が、目の色を変えて怒鳴ったのだから、ただ事ではないと皆が察していた。
石工同士でもこれかあれかと言いあいながら捜索は続く。年若い者たちは、古文書が読めず、先輩たちに古い本を運んできては、違う物は元に戻していく作業をした。そうしているうちに、日が傾き始めた。だが、なかなか王の願いに沿うようなものは、見つからない。
(デスパロスの加工の記録あるいは、破壊方法か……)
さすがのキザシもすぐに思い当たる文献はない。そこへ、年若い石工の少年が問いを投げかけてきた。
「いつからデスパロスは、王が森に埋め戻していたのでしょうか?」と。
いつからと言われて、キザシははっとした。魔人である初代石工頭が生きていた以前から、デスパロスは森に戻されていたのではなかっただろうか。キザシは慌てて、初代の日記を探した。それを見つけるとやはり、この国では王が森から時折、魔石を持ち帰り研究をしていたことが記されている。そして、デスパロスについてはあまりに邪悪な気配があるゆえに、国内に持ち込まず、森に埋め戻していたという記録が残っていた。キザシは、がっくりと肩を落とす。自分たちにはデスパロスの加工も破壊もできないのである。だが、彼はあきらめなかった。初代の残した日記に何かヒントはないかと読み進める。そして、ある一文に目を止めて、数度読み返した。
『王は私にお尋ねになられた。これはデスパロスかと。私は答えた。これは、世にも稀なるアスタロテ。加工するものの意思と命を食い荒らし、邪悪なるものにも聖なるものにもなるものと』
キザシはがしがしと頭を掻きむしった。レクサス王が探しているのはデスパロスではない。アスタロテだ。だが、日記にはそれ以上のことは書き記されてはいなかった。
(当時の王はアスタロテをどうなさったのだろうか)
加工したのか、森に戻したのか、それとも破壊方法を見出したのか。
キザシは深いため息をついて、どうしたものかとつぶやいた。
「頭?何かみつかったのですか?」
「ああ、どうやら、レクサス様がお尋ねの物はデスパロスではないようだ」
「では、なんですか?」
「アスタロテという希少石らしい。だが、加工方法も破壊方法もわからん。お手上げだ」
そのようにキザシが嘆いていると、それは、たちまち石工たちに伝わった。そして、一人の石工が素っ頓狂な声を上げた。その声の主は薬師部隊の隊長だった。
「頭!頭!今、なんといった?アスタロテと言ったのか!」
「そうだ!」
キザシは相手につられて大声で答えた。
「それなら、これだ。幻の神薬だ!ここに記載がある!」
そういって、薄い本を開いて持ってきた。そのページには、アスタロテから作られる薬についての記載があった。だが、その本は実在しない材料ばかりを載せた本だと代々伝えられてきたものである。
この記述を信じるべきかどうか、キザシは悩んだ。
『アスタロテ加工法。双子の魂魄、強き願い。千度の熱にて一年間煮詰め、その蒸気を集めて神薬と成す。ただし、願いたがえれば災いとなる』
(これは信じるに値するのか?)
これでは、レクサス王が望む答えには程遠い。
(しかし……)
キザシは腹を括った。その本と、初代の日記をもって、彼は王城へ走った。




