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 聖殿まで送り届けられたひかりは、待ち受けていた老人コレオス・ハノーバー魔導士長に引き渡された。

「さあ、こちらへ」

 ひかりは、コレオスの後について歩いていく。聖殿と言うから、大きな建物を想像していたが、実際には王宮の東側にある一区画だった。それでも、天女のような像や不思議な生き物たちが壁や柱に彫り込まれていて、圧巻だった。そして、いくつかの扉をくぐり、たどり着いた場所には、五人の魔導士が跪いて待っていた。

 ひかりは、緊張してドキドキしていた。

「それでは、儀式の説明をいたしますが、よろしいか?」

「あ、はい」

「まあ、そう緊張なさいますな。慣れれば、簡単にできるようになりましょうぞ」

 コレオスは、しわしわの顔をさらにくちゃくちゃにして微笑む。物語に出てくるような優しそうなおじいさんのようで、ひかりは少し緊張を和らげた。

「まずは、我らが水の女神を紹介しよう」

 そう言って壁に彫り込まれた一体の彫像を見上げた。そこには、半裸の女性が青く光る水瓶を肩にかついでおり、水瓶からは勢いよくあふれだす水の流れが浮き彫りにされている。だが、女性の下半身は蛇のようにとぐろを巻いており、美しさと奇怪さが同居しているような姿だった。

「こちらが水の女神ワゴニア様です。聖女様には、まずその足元の五芒星の中にお立ち願いたい」

 ひかりは、言われるがままにワゴニアを見上げる位置にある五芒星の中央に立った。

「よろしい。では、まずは祈りの練習をいたしましょう。私が歌うあとにゆっくりついて歌ってくだされ」

 ひかりは、はいと強く頷き、コレオスに続けて歌を歌った。すると、体から力が抜けるような感覚に襲われた。三度、それを繰り返して、今度は一人で歌うように指示される。ひかりは、不思議と歌をすんなりと覚えた。流れるように歌い上げると、コレオスはとてもよいとほめてくれた。

「今日はここまでにいたしましょう。明日からは本格的な祈りの儀式となりますからな。ゆっくりとおやすみなさいませ」

 そう言って、来た道を先に立って歩く。ひかりは、上機嫌で聖殿を後にした。そして、部屋まではディオンに送ってもらった。


 聖殿の前に残ったコレオスは、小さくため息を吐いた。そして、すぐさま王の執務室へと足を向ける。

「陛下、魔導士長がお目にかかりたいとのことですが」

 侍従がそういうと、通せと王は答えた。

「どうであった。コレオス」

「命を削っていただくことになりそうでございます」

「魔力が弱いということか?」

 いえとコレオスは首を横にふった。

「魔力は十分に強いのですが持続力がございません。そのためヒカリ様のお命を削ることになりましょう」

 王は無表情のまま、ふんと鼻を鳴らして言った。

「異世界人の命など惜しくもない。限界まで祈らせよ。そして、必ず雨を降らせるのだ」

「御意」

 コレオスは、そう一言残して退室した。それから、魔導士の詰所へと向かった。

(あの娘だけで果たして雨は降るだろうか……もし降らなければ私の首も危ういか)

 コレオスは、自嘲気味な顔で自分の執務室へと入った。


 翌日、ひかりはウェディングドレスのように真っ白なドレスを着て、聖殿へと向かった。もちろん、ディオンのエスコートで。ひかりはウキウキしていた。まるで、結婚式だ。ディオンは、とても綺麗だと褒めてくれた。そして、聖殿まで歩いていくとコレオスが待っていた。昨日と同じように聖殿の奥まで歩いていく。

「今日は、魔法士たちが後追いで歌います。最後には追いつきますので、それまでは最後の章を歌い続けていただきたい」

「わかりました。頑張って歌います」

 コレオスは、好々爺の笑みを浮かべて頷いた。

「では、はじめましょう」

 ひかりは五芒星の真ん中にたちワゴニアの像を見上げ、大きく深呼吸して、歌を歌い始めた。それを追いかけるように、魔導士たちの声が聖殿内に響き渡る。ひかりは何とも言えない恍惚感を感じながら歌い続ける。一人二人と声が膨れ上がっていく。その間中、ひかりは歌い続けた。そして、ピタリと最終章が重なり、美しいハーモニーとなって儀式は終わった。

 ひかりの気分は爽快だったが、体は幾分重たかった。

(体力が結構いるのね)

 ふっと深い息を吐いて、コレオスを見ると素晴らしいと言わんばかりの笑顔で頷いていた。

「お疲れではないかな。聖女様」

「そうね。少し体が重いかな。でも、大丈夫。一晩眠ればすぐに回復するわ」

「そう言っていただけると我々も安心でございます」

「お祈りのあとは、何をすればいいの?」

「お好きなようにお時間をお過ごしくださいませ。お茶をするのはいかがですかな。王宮の庭にはそれは素晴らしい花々が咲き誇っておりましてな。庭園を散策されるのもよいかと存じます」

「すごい、素敵ね。ディオンに頼んでみるわ」

 ひかりは、体の重さを忘れたようにはしゃいでいた。

(これで雨が降ればよいのだがな)

 コレオスは、好々爺の笑みの裏に不吉な思いを隠していた。

 ひかりは、聖殿の前で待っていたディオンの腕に飛びついた。

「ねぇ、ディオン。午後から庭園を見せてもらいたいの」

「庭園を?急にどうして?」

「コレオスさんが進めてくれたの。とても素敵な庭園があるって。散策するのもいいだろうって。だから、お願い」

 ディオンは、喜んでと微笑んだ。

(午後の茶会はキャンセルか……シルフィが拗ねないようにバラを贈っておこう)

 ディオンは正直うんざりしながら、聖女の相手をしていた。機嫌を損ねて祈りを辞められるわけにはいかない。

(雨が降るまでの辛抱だな)

 はしゃぐひかりの言葉に笑顔で頷きながらも、ディオンの心には憂鬱な影が落ちていた。

 そして、その日の午後、雨は降った。おかげで、散策は中止になり、ディオンはほっとした。そんな雨の中、婚約者であるシルフィ・バレンシア公爵令嬢のもとを訪ねる。

「こんな雨の中いらしてくれるなんてうれしいわ」

 出迎えたシルフィは柔らかなピンクの瞳を潤ませた。ディオンはそっと彼女を抱きしめて、つややかに美しいピンクブロンドの髪を撫でて言った。

「愛しているよシルフィ。結婚式がのびてしまったことがとても辛い」

「わたくしもですわ。でも雨が降ってうれしいなんて初めて思いました」

 二人はそっと見つめ合い、優しいキスを繰り返した。


 その頃、王宮ではひかりがディオンの執務室を訪ねていた。

「ディオンはいないの?」

「はい、急な御用がございまして外出されております」

「そう……」

 ひかりはがっかりした。庭園散策はできなかったけど、雨は降ったのだから褒めてもらおうとおもったのだ。メリーバは、がっかりした聖女に優しく微笑み、「王子はお忙しい方ですからしかたがありませんわ」ととりなした。

「そうね。仕方がないわよね」

「そうです。明日はお部屋でお茶にお誘いしてはいかがですか。料理長に頼んで飛び切りのケーキをやいていただきましょう」

「そうね!それがいいわ」

 ひかりは、新しい案がメリーバから示されて、機嫌をよくした。


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