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 貴賓室にもどった紫音とラティオをプレオネスタが待っていた。

「バタバタしてすまないな。大まかなところは片付いたから、約束通りお前をクリムゾンまで送ってやろう」

 紫音は、淑女の礼をとってお忙しい中、ありがとうございますと頭を下げた。

「礼を言うのはむしろこちらのほうだ。こたびは、いろいろと手を煩わせてしまってすまなかったな」

「いえ、別に大したことはしてません。それよりアベンシス様の姿が見えませんが……」

 帰りの準備でもしているのだろうかと紫音は、思ったがプレオネスタはにやにやと笑いながら、言った。

「ああ、奴にはいろいろ押し付けてきた。俺が直接城まで送ってやるから心配するな。転移魔法であっという間だ。それに、直接レクサスにも礼を言わんとならんからな」

 紫音は、小首をかしげる。転移には魔方陣がいるのではないのだろうか?そんな頭の中を見透かしたようにプレオネスタは転移について教えてくれた。

「転移魔法は、二種類あってな。俺ぐらいになると一度行った場所には自ら転移していくことができるのさ。ついでに人や物もある程度運べる。王太子時代にレクサスの城には行ったことがあるから問題はない」

 まだ意味がよくのみこめていない紫音に、ジュークが言った。

「プレオネスタ様は、クリムゾンとの同盟を提案して我が国を訪れたことがあるのです。心配はいりません。私とケイマン、カムリ殿もいっしょに送っていただくことになりましたから」

「えっと……つまり、プレオネスタ様が直接送ってくださるということですか?」

「そういうことだ。だが、お前だって転移魔法くらいつかえるぞ。使ったことはないのか?」

「はあ、ありません。まだ、いろいろ勉強中なんです。魔法の基礎もまだ習ってないし……」

 紫音は、自分が転移魔法を使えるとは思っていなかったし、使えるとも思えなかった。

「そうか、まあ、使えるようになったらいつでも遊びにこい。歓迎するぞ」

 プレオネスタはなんだか楽しそうにそう言った。紫音は、何と言っていいかわからず、こくりと頷くだけだった。

「貴方、そんなことを言っているお暇があるのでしたら、さっさと身支度をしていらしては。そんな汚れた格好でレクサス様にご挨拶に行くのは失礼ですわ」

 バネッサは子供を叱るような表情でプレオネスタを睨む。戦闘でわずかな返り血が付着したシャツのままだったプレオネスタは、ふっとため息を漏らした。そこへ、プラウディアも参戦する。

「兄上、ちゃんと対価を用意してあるのでしょうね。ケチな真似をしたら国の沽券にかかわりますわよ」

「お前まで……俺はそんなに信用ならないのか?」

「なりませんわね。やることなすこと突飛ですもの」

 プラウディアは含みのある微笑みを称えた。

「ああ、もう、わかった。わかった。さっさと準備を済ませてくる。すまないなシオン。もうしばらく待ってくれ」

 プレオネスタはそう言って部屋を出て行った。

「それじゃあ、こっちも帰る準備をしよう」とカムリが言ったので、紫音は荷物の整理をした。


 レクサスは貴賓室に向かい、議会の決定について説明をした。モビリオは恐縮して頭を下げた。

「どうする?資金の方がいいか?それとも食料にするか?お前たち次第だが……」

「つまり、あたしが転移魔法で食料を運べればそっちの負担は軽くなるってことよね」

「まあな。だが、転移魔法といっても長距離となると魔方陣を生み出す力がないと難しい。お前にそれができるのか確認したい」

 ひかりは少し考え込む。聖殿から自室へ戻ったとき転移魔法はつかえたが、魔方陣が展開されていたかは覚えていない。

「試す価値はあるわね。どんな風にやればいいの?」

「行きたい場所をしっかり想像することだ。こんな風に」

 そう言って、レクサスは紫音と行く予定の海の城をイメージした。床に紫色の魔方陣が現れる。

「これが魔方陣だ」

 そう言った瞬間、魔方陣はじわりと消えた。

「かなり、魔力を消費するので俺でも頻繁には使わないが、お前は無限の魔力をもっているのだろう?魔方陣をつかうことで、何度かこちらとトリビスタンを行き来できるはずだ」

「なるほどね。モビリオはどっちがいいの?」

「それは、食料の方が助かるが……」

 モビリオはひかりがトリビスタンに戻ったときのことを考えた。疑い深い王は、素直に食料を受け取ることはしないだろうし、ひかりをどうにかして捕えようとするかもしれない。もちろん、そんなことはさせるつもりはないが。

 言葉を濁したモビリオにひかりは笑って答えた。

「試しにワゴニア様の第一神殿に行ってみるわ。それで、こっちへ戻れたら食料にしよう。資金を王なんかに渡してもどうせ貴族たちが勝手にしちゃうに決まってるし、神殿の人たちは民衆に近いわ。食料をくばるならそこが最適よ」

「……わかった。ひかりの言う通りにしよう」

 モビリオは不安な気持ちを押し殺して微笑んでみせた。

「じゃあ、やってみるわ」

 ひかりは、第一神殿の祈りの間をしっかりと思い出した。すると、足元に金色の魔方陣が展開された。それを確認して、戻ってこれるように貴賓室をしっかりと覚え込むと一瞬にして姿を消した。次の瞬間、ひかりは確かに第一神殿の祈りの間に立っていた。

(うん、大丈夫ね。あとは食料を運び込む場所を確認しておかなきゃいけないわ。ここじゃ狭すぎる)

 そう思いながら、祈りの間を出ると神官に遭遇した。驚いた神官は慌てて膝をおり、頭を下げる。

「丁度よかった。近いうちに食料を運んでくることになったから、どこか広い部屋に案内して」

 ひかりがそういうと、神官は慌てて立ち上がり、半信半疑のまま礼拝堂へと案内した。

「ねえ、他の神殿にも礼拝堂があるの」

「は、はい。つくりは同じでございます。聖女様」

「わかったわ。ありがとう」

 そういうとひかりは魔方陣を展開し、一瞬にして消えた。神官はいったい何がおきたのかわからなかった。

 数分でひかりは貴賓室に立っていた。モビリオはほっとした顔をし、レクサスは無表情のまま頷いた。

「これなら、食料でよいな」

「はい、ありがとうございます」

 モビリオは深々とレクサスに頭を下げた。そしてひかりに疲れていないかと尋ねる。

「大丈夫。問題ないわ。全部の神殿をまわってきて食料のおける場所を確認してきたから、あとは運ぶだけよ」

 レクサスはそれを聞いてすぐに食料の準備をするよう指示を出しに部屋をでた。

「ひかり、一つ頼みがあるんだが聞いてくれるか?」

「いいわよ。あたしにできることならね」

「一度、王城へ戻りたい。直接、話をしてせめて出せる金額をレクサス殿に支払いたいんだ。君を危険にさらすことになるが……」

「あたしなら大丈夫よ。これだけの力があるんだもの。そう簡単には捕まったりしないわ」

「すまない」

 モビリオは深々と頭をさげる。

「や、やめてよ。べ、別にできることをやろうって思っただけだし……頭をあげてよ」

 モビリオは頭を上げると君はいい人間だなと言った。

「そうでもないわ。たぶん、向こうの世界でしてきたことを悔いているだけよ。あたしは卑怯者だったから。ただ、こっちにきていろいろあって、もうそういう生き方は嫌だなって思えたの。それだけよ。それにワゴニア様から力を授からなかったら、変わろうとしても変われなかったかもしれない。ずるいところはあんまり変わってないわ。あたし……」

 ひかりは曖昧に笑う。そして、話題を変えた。

「それよりも、王宮にもどるのは食料を配布してからのほうがいいわ。王がお金をだしたとしても、貴族たちが邪魔をするかもしれないもの」

「そうだな。レクサス殿には迷惑ばかりかけて申し訳ないが、後払いさせてもらうことにしよう」

 二人の意見は一致した。あとは、レクサスが準備を整えてくれるのを待つだけだった。その間に、モビリオは食料を援助してもらえる旨の手紙を王に送った。


 トリビスタンでは、バレンシア公爵が財務大臣や官僚を集めて、徴税の草案を作っていた。第一王子派、第二王子派、中立派。目には見えにくい派閥を考慮しつつ、タリアテッレが提示してきた額の半分を諸侯たちに負担させる。残りの半分は、王家の私財を投じることを明確にし、徴税に従わなかった者には食料の支援ができないことも明記する。そうやって、できるだけ家格に見合う税をかけ、抜け道や取りこぼしがないようにしていった。

(これで諸侯内からの争乱の動きは鈍るだろう)

 バレンシア公爵は、ひとまず安堵のため息を吐く。

 だが、問題は今、飢えている者たちへの救済だ。これは難しい。なにせ、備蓄はほぼ底をついている。王都でさえ、備蓄庫は空だ。残る食料といえば、王宮内の備蓄、諸侯たち自身の備蓄、軍部の備蓄である。さすがに、そこまでは手をつけられない。もし、内乱が発生するとしたら、各地の軍隊の備蓄庫を狙ってくることになるだろう。しかし、その場合軍人を相手にするのだから、そうやすやすとはいかないとバレンシア公爵は考えるが、注意すべきは軍隊自体の内乱だ。

 どこか一隊でも内乱を起こせば、それは民衆が起こす内乱よりも潰すのが難しくなる。とにかく、今は食料をどうにかしなければならない。しかし、バレンシア公爵のもとには、タリアテッレの情勢がなにやらおかしいという知らせが届いていた。

(これでは、税を集めても食料は手に入らぬかもしれぬ)

 バレンシア公爵は頭を抱えたくなった。そこへ王から呼び出しがあった。何事かと急いで王のもとへ行くと王は一通の手紙を何度も何度も読み返しているところだった。

「いかがなされましたか?」

 これを読めと王は手紙をバレンシア公爵に渡す。それはモビリオからの手紙だった。そして、その内容にバレンシア公爵は驚きを隠せなかった。手紙にはクリムゾンから食料の援助が得られたこと、聖女の力により、各地に食料を転送できることが書かれている。そして、国としてタダで援助を受けるわけにはいかないから、できるかぎりの金銭を用意しておくよう懇願されていた。

「できすぎた話だと思わぬか」

 王は手紙の内容を疑うようにバレンシア公爵を見た。バレンシア公爵もにわかに信じがたい思いは同じであった。だが、この手紙を信じる以外になすすべはない。

「確かにできすぎた話ではありましょうが、ここはモビリオ様を信じる以外に手はありません。国の面子が保てる程度の金銭であれば、徴税をせずともなんとかなりましょう。ご準備なされるのがよろしいかと存じます」

「そうか、しかし、聖女はわしを恨んでおる。わしがあれを始末しようとしたのだからな。それで協力などするだろうか?」

 王は深い後悔のため息をはいた。

「それでも、今はこの手紙を信じて動くよりほかはありません。わたしは、とにかく内乱が起こらぬよう手を尽くしましょう。どうか、王もこの手紙を信じていただきたい」

 バレンシア公爵はそう言って静かに執務室を出て行った。


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