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パーティーを終えて部屋に戻った紫音たちは、今後のことについて話し合いをした。
「王都に留まるのは三日間という約束でしたが、おそらく、視察となった以上は明日帰ることはかないませんが、よろしかったのですか?」
ジュークがそういうので紫音はこくりと頷いた。
「レクサスにはあたしから事情を知らせる手紙を書きます。それに、何があっても迎えには来れないって言ってたから、少し帰るのが遅くなっても、そんなに心配はしないでしょう」
それはどうだろうかと紫音以外の全員が思っていたが、口にはしなかった。
「かしこまりました。それではシオン様は手紙を書いておやすみになってください」
「みんなは休まないんですか?」
「警護のことや、国としてどうかかわるか、話し合いが必要です。兄弟げんかとはいえ、国を二分するかもしれないことなので、用心の上にも用心を重ねたほうがよいでしょう」
ジュークにそう言われると、紫音は速やかに部屋へ入って手紙を書き、休むしかない。紫音は、役に立ちたい気持ちはあったが、国政のことはわからない。むしろ、自分は邪魔になるだけだと思った。
「わかりました。それじゃあ、お先におやすみなさい」
紫音はぺこりと頭を下げて寝室へと下がった。
その姿を確認して、全員がほっとため息を吐いた。
「さて、どうしたものだろうか」とジュークがつぶやくと、コルサがケイマンを睨む。
「お前が変に交渉しようとか言い出すから、話がややこしくなったんだぞ」
ケイマンはだから何だという顔をした。
「すでに巻き込まれているのだから、簡単に帰還を許すはずもないだろう。だったら、こちらにも有益になるよう努力するのが僕の仕事だよ」
「だけどさ、もしシオン様に何かあったらどうするんだよ?」
コルサはむっとした顔でそういうが、エッセが大丈夫ですわとのほほんと笑った。
「シオン様を害する気があるのなら、街道で襲ってきたはず。それがなかったということは、あちらにとっても、シオン様は利用価値があるということでしょう。ましてや、雨を止ませてしまったのですから、簡単に害することはできないと印象付けたのではないかしら」
それは少し楽観的過ぎるとクリッパーが言った。
「逆も考えられる。姫様を害することで、王の評判には更なる傷がつくだろう。雨も止ませる事ができなかったうえに、国賓を殺されたとあっては……」
「そうだな。シオン様は我々と違って急速な再生能力はない。言ってみれば、成人していない子供たちと同じようなものだろう。わずかな力で殺すことは容易と考えられているかもしれない」
ジュークは最悪の事態を口にした。
「問題はどこまでその事実をあちら側が把握しているかにもよるでしょう。王と同じようにシオン様が異世界人であることが分かっていて、尚且つ死にやすいということを熟知しているかどうか……そこまでの情報収集ができているのであれば、やはり街道で襲うのが一番簡単には思いますけれど」
いかがでしょうというようにエッセはにこやかに微笑んでいる。
「少なくともシオン様に対しての情報を向こう側は把握しきれていないということか」
「おそらく。もし、死にやすいことが分かっているのなら、パーティーの間に毒を盛ることもできたはず。けれど、そういうことは起きませんでした。ならば、今すぐにシオン様を害するということが不可能なのかあるいは別の考えがあってそうしないとわたくしは思いますわ」
「確かに、その可能性もないとは言い難いが……」
ジュークはエッセの言葉にやはり楽観的というクリッパーの指摘は正しいように思えた。
ジュークたちが話し合いをしているころ、紫音は大人しく寝間着に着替えてペンをとる。便箋にたどたどしい文字で、雨はやんだこと、ナイトメイアを視察するのですぐには帰れないことを綴った。そして、手紙に封をして、燕に変身させると窓から解き放った。一瞬にして燕は闇夜に消えていく。それから、ベッドへ潜り込んで考えた。食事には何が入っているかわからないから、常に口にするものには浄化の魔法をかけるようエッセと約束している。それは、出国前の二人だけの約束だった。それだけ、危険なことをしているという自覚はあった。その上、囮になるのである。どんな油断も禁物だ。
(命を狙われることになるのかな……)
想像すると体が震えてくる。短気を起こして、雨を止めてしまわなければよかったと紫音は、少し後悔した。だが、悔やんでも仕方ない。
(自分の身は自分で守らなくちゃ。みんなに迷惑がかかる)
紫音は、深く息を吸い込んで決意した。そして、ゆっくりと眠りに落ちていった。
翌日、紫音たちは王に招かれ、朝食を共にした。そして食後に視察について話し合うことになった。話し合いのメンバーは、昨日のメンバーに加え、内務大臣、財務大臣、外務大臣、国防大臣、産業大臣を新たに含めた本式の会議となった。議長は、プレオネスタ自身が務める。挙手の上、自由に発言を許すといった。まず、最初に手をあげたのは、産業大臣だった。
「作物は完全に収穫不可能です。備蓄も半月と持たないという声が各地から寄せられております。このようなときに、王以外の者が視察しても民は喜びますまい」
確かにとほかの大臣たちも頷く。
「それにクリムゾンとはほとんど交易がございません。姫巫女殿が視察に来たからと言って、民は何を期待できましょうか」
外務大臣がそういうと、国防大臣も発言した。
「国賓に何らかの危害を加える輩もあるやもしれませんな」
紫音は、彼らの言っていることは正しいと感じだ。ただ、雨を止ませただけの小娘が、現地の視察をしたからと言って、すぐに国民の生活が元に戻るわけではない。朝食時にプレオネスタ自身が言っていた通り、各大臣たちは視察の反対を表明している。そんな中、内務大臣がそっと手を挙げた。
「各々方のおっしゃることは確かですが、もし、クリムゾン側に我らを助ける意思があるのであれば、視察は悪いことではないかもしれません。その辺りは、どうでしょうかな。客人よ」
その問いに答えたのはケイマンだった。
「今回は、雨を止ませるために参上いたした次第ですから、ここでクリムゾンがナイトメイアを援助するという確約はできかねますね。ただ、シオン様は慈悲深いお方ですから、こちらの惨状を目の当たりにされたなら、全力をもって王や議会を説得されるかもしれませんが……」
どうでしょうねと言わんばかりのケイマンの態度に、紫音は緊張で落ち着かなくなる。自分は議会を動かすほどの力など持っていない。レクサスなら、少しは考えてくれるだろうが国益に反することはしないと紫音は思った。
「とりあえず、こちらに長老院三名を招待して、援助について話し合うというのはどうでしょうか。その間に、援助に対しての視察という名目でシオン様に現状をみていただくというのは?」
ケイマンは穏やかに微笑む。各大臣たちは、お互いにぼそぼそと話し合いはじめた。プレオネスタは、にやりと笑って言った。
「俺は今の提案に乗りたいと思うが、お前たちはどうする?」
大臣たちはざわつくのをやめて、仰せのままにと口をそろえて言った。
「こんな小娘に頼るほど、王は弱っているのか」
男は揺らめく蠟燭に紫音の似顔絵が書かれた紙を近づける。ポッと炎が燃え上がり、紙を燃やして灰にした。一緒に添えられていた手紙も焼き捨てる。
「これは絶好の好機といえるかもしれないな」
男は口の右端をクっと吊り上げて、皮肉な笑みを漏らした。手紙には明日から国中を視察するという。いらぬことをして、民の心をつかまれても困ると思いつつも、どれほどの魔法の使い手かと気になった。そして「殺すよりも生け捕る方が利が大きいか?」とつぶやく。むしろ、人質としての利用価値が高いと男は考えた。王をおびき寄せるのに十分な生贄だと。男の心にはふつふつと野心が沸き起こっていた。
この半年の長雨で、農地は荒れ、住む場所を追われた者もいる。彼らが身を寄せているのは、信仰する宗派の教会か、領主の館や別荘だ。男のところにも数多の者たちが、不安と焦燥を抱えて集まっている。まさか、自分たちが信じている男が雨を降らせるよう命じたとも知らずに。
男は湧き上がる暗い笑いをかみ殺した。




