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 場所を会議室のような部屋に移して、上座に腰を落ち着けたプレオネスタは、紫音たちにも座るように示唆した。釈然としないまま、紫音はプレオネスタの左側の席をすすめられ、腰を下ろす。その隣にエッセ、ジューク、ケイマンが座り、コルサとクリッパーは紫音の背後に立つ。向かい側には、アベンシス辺境伯と王子の教育係と言っていたラッシュが座った。

「さて、何から話すべきか……」

 プレオネスタは、優雅に紅茶をすすりながら軽く苦笑する。そして、紫音を見て言った。

「言っておくが、鬼人と戦争する気は毛頭ないから心配しなくていいぞ。まあ、確かに退屈だから戦争でもするかとは言ったがな」

 紫音は眉間にしわを寄せて言った。

「一国の王がそんなこと軽々しく言っていいんですか?」

「まあ、怒るな。こちらにも事情があってな。一つは反乱分子のあぶり出しだ。もう一つはその首謀者を確定することだ。そのために、わざと煽るようなことを口にしたのさ。といっても、首謀者の検討はついているがな。証拠がない」

 紫音は呆れかえる。そんなことに他国の人間を巻き込むのかと。それが顔に出たのだろう。アベンシスが申し訳ないと言った。

「実はその首謀者は、陛下の妹君でプラウディア大公殿下なのです」

 それに対してジュークは発言の許可も得ず、兄弟げんかですかと渋い顔をした。プレオネスタは、くつくつと苦笑を漏らす。

「プラウディアは昔から俺を敵視していてな。事あるごとに突っかかってきたが、まあ、それは大したことじゃない。ただ、今回は多めに見てやるわけにもいかない状況だ。この長雨は魔法によるものだ。自然にこんな長雨が続くはずはないからな。それで、間者を放って情報を集めてみたら、どうやらプラウディアの仕業らしいという結論はでたわけだが、完全な証拠がない。そこで、俺が雨を止ませられないという噂を流し、異国に頼ったという事実を作ることにしたのだ」

「つまり、我々は陽動作戦に巻き込まれたというわけですね」

 ジュークは冷ややかな目でプレオネスタを見つめた。

「率直に言えば、そうなるな。本音をいうと、雨を止ませないでいてほしかったのだ。そうすれば、プラウディアは、喜々として雨を止ませてみせ、俺を王として資質がないと糾弾しただろうからな」

「それならば、わざわざ我々を巻き込む必要はなかったのではないのですか?」

「確かにな。だが、雨を止ませることのできる第三者が現れれば、あちらは焦って行動し粗をだすとおもったのだ。それに個人的に姫巫女に興味もあったしな」

「だったら、最初から事情を話して交渉してくればよかったのでは?」

「それでは面白くないだろう」

 ジュークとプレオネスタのやり取りに、紫音を深いため息をついた。もう、このまま帰ってもいいかなとさえ思った。だが、ケイマンは考えが違うようである。

「この際ですから、巻き込まれたまま顛末を見てから帰国するというのはどうでしょう。もちろん、それ相応の代価は払っていただきます」

「ケイマン……」

 ジュークが彼に何かを言おうとしたが、まあまあと言われて押し黙る。

「こちらの魔道具は優れた物が多いと聞いています。これを機に通商条約の交渉くらいやっておかないと僕がついてきた意味がありませんからね」

「それはなかなかの提案ですね」

 そう言ったのはラッシュだった。

「紙面上とはいえ同盟国。ここは二国間に有益な交渉を進める方が、手ぶらで返すよりはいいでしょう。クリムゾンの農産物は魅力的ですからね」

 二人はにこにこと笑っているが、紫音には目に見えない火花が散っているようで落ち着かない気分になった。

「まあ、その話は内乱を未然に防いでからだな」

 プレオネスタは、のんきにそう言った。

「内乱を防ぐといっても、我々にできることはもうないと思いますが」とジュークがいうとプレオネスタは、にやりと笑った。

「まだ、やってほしいことはある。適当に国内を視察してほしい」

「それは、我々に囮になれということですか?」

「ま、そうともいう。雨を止めたのが同盟国の使者であると大々的に宣伝すれば、あちらは慌てるだろう。当然、何か仕掛けてくる。もちろん、姫巫女に危害が加わるようなことはしない。彼女にはこの城にいてもらう。身代わりはこちらで用意するさ。さすがに全員の身代わりは用意できないがな」

「でしたら、わたくしの身代わりも用意していただけませんか。シオン様の身の回りの世話はわたくしがさせていただいてますから。それに、一人お城にとどめるということは、人質とされる可能性もございましょう」

 エッセがそういうと、プレオネスタは、苦笑した。

「人質にできるほど、姫巫女殿はやわではなかろう。魔力のかかった雨をいとも簡単にちらしてしまったのだからな。ま、そちらの要求通り、お前の身代わりも用意しよう。どうだ、協力してくれるか?」

 最後の問いは紫音に向いていた。自分だけ安全な場所で待っているというのは、どうだろうと考える。もし、ジュークたちに何かあれば、全員無事に帰るという目的が果たせない。だからといって、自分の魔法がどこまで役に立つかもわからないし、かえって足手まといにならないかという不安もあった。だが、紫音はプレオネスタの提案をけった。

「身代わりなんていりません。あたしは、みんなと行動を共にします。政治的なことはわからないし、お城にとどまる方が不安です」

 ジュークとエッセが目くばせをした。

「シオン様がそうおっしゃるのなら、我々は全力であなたをお守りします。それに、陛下の魅惑の力とやらで、シオン様を操られても困ります」

 そこでプレオネスタは、豪快に笑った。

「その心配はない。現に、こうして言いたいことをはっきりと言えているのが何よりの証拠だ。俺の魅惑の力とは、あっただけでも相手の心を支配できる力だが、お前たちには通用しないらしい。ちなみに、アベンシスもラッシュもそのたぐいの魔人だ。おかげで、耳の痛いこともよくいわれるよ」

「では、陛下の力はカリスマ性と同義と考えてもよいということですか」

「ああ、そのようなものだ。この国の民にはもっと強く作用しているようだがな。お前たち鬼人には何の影響もないらしい。異世界人にもあまり効果はないようだしな」

 プレオネスタは、ちらりと紫音を見た。どうやら、紫音の素性もしれているらしい。ということは、クリムゾンにも間者を放っているということだろう。クリムゾンとナイトメイアをつなぐ道に二つの国を隔てる関所はあるが、簡易のものだった。レクサスと謁見する際に、名前を書くだけの手続きと変わらず、出国も名前を書くだけである。入国も同じだ。関所はあってないようなものである。それだけ、情報も筒抜けということなのだろう。

「なにはともあれ、協力してくれるということでよいか。姫巫女殿」

「そうですね。一応はご協力いたします」

 プレオネスタは、紫音を返事を聞いて満足そうに笑った。

 その後、一同はパーティー会場へ戻った。

「クリムゾンの姫巫女のおかげで、雨は止んだ。この後は各地を視察してもらうことになったから、皆、失礼のないように取り計らえ」

 プレオネスタがそういうと一同は、かしこまって頭を下げた。紫音はもしかしたら、この中にプラウディアの息のかかった者もいるのかもしれないと思った。

(魅惑の力が万能でないなら、注意を怠らない方がいいわよね)

 そう考えていたのは、紫音だけでなくジュークたちも同じであった。


「雨が止んでしまうなんて、これではわたくしの出番がないでわないの」

 赤い髪をゆるく縦ロールに巻いた妖艶な美女は、表情を歪めた。

「もう一度雨を呼び戻しなさい」

 男は、困った顔で首を横にふった。

「恐れながら、殿下。私の力では呼び戻すことができません。我が家伝来の魔力増幅水晶も割れてしまいました。あらたにそれを手に入れれば、足がつきます。どうか、お怒りをおさめください」

「だったら、どうするの?このままじゃ、国は兄さまの思いのままよ。わたくしには大公などという位をおしつけて、こんな辺鄙な田舎に押し込めるなんてひどすぎるわ」

「もちろんでございます。殿下こそ、この国を治めるにふさわしいお方。必ずや王を廃し、玉座にお座りいただかねがなりませぬ」

「当然よ。それで、次の策は何か考えてあるのでしょうね」

「はい、少々回りくどくはありますが、クリムゾンの姫巫女様にこちらの味方になっていただきましょう。どんな手をつかっても」

 男はにやりと笑う。

「そう、だったらいいわ。吉報を待ちましょう。お下がりなさい」

「はい、では失礼いたします」

 男は、女の前から瞬時に姿を消した。転移の魔法で王都の邸宅に帰ったのである。彼は、邸宅に戻ると執務室にこもった。次の策を考えねばならない。半年も雨を降らせたにも関わらず、なかなか雨を止めようとしなかった女に少し扱いにくさを覚えたが、そんなことは大したことではないと自分に言い聞かせた。今夜はクリムゾンの使者を歓迎するパーティが開かれていたが、病気と称して顔は出していない。だが、アベンシス辺境伯邸に潜り込ませた間者の手紙には、人相書きが添えてあり、ターゲットの顔は十分に判別できた。城内の間者からも、後日、一行は視察にでることが報告されている。

「視察の間に、どうすべきか……」

 どこをどうみても、幼さの残る少女の人相書きをみながら、男はペンをとった。


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