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 モビリオが城に戻って三日が過ぎた。バハゼルトからの報告によると魔物の出現はめっきり減っているとのことで、安堵した。だが、ひかりのことは問題だと思っていた。情緒不安定な彼女の祈りは、この国にとってかえって危険視されはじめている。特に王は、新たな聖女を召喚できないのかとコレオスに再三つめよっているようだった。しかし、立て続けに聖女を召喚したという前例はなく、ましてやすでにひかりが存在している状況で召喚術が成功するとも言えない状況だ。そんなときだった。王はモビリオを執務室に呼びだした。

「バハゼルトの件、大儀であった」

「ありがとうございます。陛下」

 モビリオは嫌な予感がしていた。

「ところであの聖女のことを、お前はどう思う?」

 モビリオは眉間にしわを作り、考え込む。その問いは何を意味するのか。慎重に答えなければならない気がしていた。

「……今は少し情緒が不安定ですが、落ち着けば祈りにも差しさわりはなくなるかと存じます」

「コレオスも同じようなことを言っておった」

 王は深々とため息をついた。

「だが、それはいつになる?雨は安定して降らぬ。災害備蓄もほとんど放出してしまった。この状況下では内乱や他国の侵略がおこっても不思議はない」

「同盟国からの支援は得られていないのですか?」

「足元を見られておる。いつもの倍の値段で穀物を買えと言ってきおったわ」

「それくらいならば、どうにかなるのではないのですか?」

「わしもそう思ったが、財務大臣は大雨の被害が甚大で整備に費用がかかるため、貴族からの税金をさらに重くするよりほかに手立てがないそうだ」

 モビリオは苦い顔になる。今、ここで増税に踏み切れば、内乱の引き金になりかねない。

「そこでだ。今一度聖女召喚のために、あの娘には死んでもらうほかないと思うがどうだ?」

「それはあまりにも勝手が過ぎるかと存じます」

「勝手か……だがな、国を守らねば王家は終わる。わしの代でそのようなことがあってはならぬ」

「しかし……他に方法はないのですか?ヒカリは必死で祈りを捧げてきました。つらい旅にも耐えて聖女となったのです。それに聖女を殺すことなど……」

「殺すのではない。死んでもらうのだ。東の森で悪魔の放った魔物の犠牲となってな」

「まさか……」

「そのまさかだ。幸い本人が森に行きたがっている。なんでも、死んだもう一人の娘のために花束を供えにいきたいといいだしたらしい。コレオスが危険すぎると諭してみたが聞かぬらしいのだ」

「では、私が護衛につきましょう。きっと、その供養がすめば聖女の情緒も安定するでしょう。命まで奪う必要はないかと存じます」

「だといいのだがな……」

 王は完全にひかりを見放していることにモビリオは気がついた。

「まあ、お前の好きにするがいい」

「かしこまりました」

 モビリオは苦し気な表情を隠して執務室を出て行った。そして、その足でひかりの部屋に向かった。途中、慌てた様子のオーリスがかけてくる。どうしたと声をかければ、またひかりが暴走しているということだった。オーリスにはそのままコレオスを呼びにいかせて、モビリオはひかりの部屋に駆け込む。部屋の中はまるで嵐の後のように家具や調度品が見るも無残な姿になっていた。そして、ひかりは笑いながら、風魔法を無造作に放って、部屋中を傷だらけにしていた。

「何をしているんだ!お前は!」

 モビリオが怒鳴りつけると、一瞬、ひかりはひるんだように振り返った。だが、皮肉な笑みをたたえたまま答える。

「何って?魔法の練習よ。オーリスに聞いたわ。あたしの属性は光属性でどんな魔法も使える素晴らしい力だってね。だから、試しているのよ。こうやってね」

 ひかりは右手を切り刻まれたソファーに向けた。

「燃えて灰になれ!」

 ソファーは一瞬のうちに燃え上がり灰となった。モビリオはいい加減にしろと怒鳴るとひかりの頬をひっぱたいた。

「魔法はこんなことのために使うものじゃない」

ひかりは、はたかれた頬に手を当ててきっとモビリオを睨む。

「どうせ、雨を降らせるために使えっていうんでしょ。もう、雨降らしなんて飽き飽きよ。なんでもできる力があるんだったら、好きに使わせてもらうわ」

「馬鹿なことをいうな。魔法の基礎も学んでないお前が自由気ままに力を使えば、必ず誰かを傷つけるんだぞ。取り返しのつかなくなる前に、こんなことをするんじゃない!」

「うるさいわね!あんたに何がわかるのよ!勝手に召喚しといて……勝手に聖女に祭り上げて……都合のいいように利用して……」

 ひかりの目から涙がこぼれ落ちていく。

「たかが東の森に行きたいっていっても、行かせてくれないし、街を見たいといっても外へはだせないって?ただ単に豪華な牢獄にいれられてるだけじゃない!それに雨だって降らせたわ。まだ足りないっていうの?」

 ひかりは、泣きながらモビリオを睨み付けている。その目はまるで助けてと言っているようだった。モビリオは壊れ物を扱うかのようにそっとひかりを抱き寄せた。

「また、そうやってあたしをだますつもりなんだ。ディオンみたいに……」

 ひかりはしゃくりあげるように泣いた。モビリオはこれ以上どうしていいのかわからず、「東の森へは明日俺が連れて行ってやる」と言った。ひかりは、どんとモビリオを突き飛ばす。

「そうやって甘い言葉でなだめたって無駄よ。ディオンもメリーバもコレオスも雨を降らせる以外のことをさせなかった。こんなにいろんなことができるのに!騙して騙して利用しただけじゃない!」

「だったら、魔法の使い方も俺が教える。約束する。だから、落ち着け」

モビリオが手を伸ばすと、ひかりはうるさいと叫んでその手を打ち払う。そして「風よ。この男を切りさけ!」と叫んだ。モビリオは、とっさに防御魔法を展開しようとしたがやめた。そのせいで、ずたずたに切り裂かれ、傷口から血があふれだした。ひかりは、茫然とする。血まみれのモビリオは「気が済んだか」とため息交じりに膝をついた。ひかりは血の気が引いていく。

「どうして……」

 そこへコレオスが飛び込んできて、モビリオに回復魔法をかける。モビリオの傷が消えてしまうとひかりはガタガタと震えだした。もし、コレオスが来なければ、モビリオを殺したかもしれないと思うと、恐怖で体の震えがとまらなかった。泣きながら震えるひかりを、モビリオはもう一度だきしめて背中をさする。

「落ち着け。落ち着いて考えろ。言いたいことがあるなら、俺が聞く。したいことがあるなら、俺が叶えてやる。だから、落ち着け」

 ひかりは声を張り上げて泣いた。ごめんなさい、ごめんなさいと言いながら。


 翌日からひかりは高熱を出し寝込んだ。「回復魔法が効かないのはなぜだ」とモビリオはコレオスに尋ねる。

「おそらく、魔力の使い過ぎによるものでしょう。それに精神的な負荷も重なってしまったではないかと思われます」

「本当にそれだけか?」

「このようなことは、わたしにも経験がございませんので、なんとも申し上げることはできません」

「そうか……」

「あとは、わたくしが看病いたします。どうぞお二人ともお休みになられてください」

 オーリスがそう申し出る。

「苦労をかけて申し訳ないな。オーリス」とコレオスが言うと、オーリスは穏やかな微笑みを称えて言った。

「苦労だなんて思っていませんわ。ヒカリ様にはたくさんのつらい思いをさせてきたのですもの。わたしにできることは全力でいたします」

「それではあとは、彼女にまかせよう。コレオス」

「かしこまりました」

 二人は寝室を出て行く。その去り際にモビリオが「ありがとう。オーリス」と言うとオーリスは驚いたように目をしばたたかせた。

 それからオーリスの献身的な看護により、三日ほどでひかりの熱はさがった。



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