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 第五神殿での祈りも終わり、第二神殿へ向かう途中でも、盗賊にであった。だが、モビリオの活躍で事なきを得る。そして、ひかりは第二神殿でも懸命に祈りを捧げた。怖い思いも、つらい思いもあと少しでおわるのだと言い聞かせて。そして、最後の第四神殿に向かう途中の宿で、不意に男たちの噂話が耳に入った。

「どうやら王太子の結婚が決まったらしいぞ」

「へぇ、まあ、雨も降ったらしいからな。干ばつも収まりそうだって話だし、めでてぇんじゃねぇの」

 ひかりは耳を疑った。それは本当なのと男たちに問いただしたかったが、すぐにメリーバに部屋へ連れていかれたしまった。

「メリーバ、さっきの話は本当なの?」

「さっきの話と申しますと?」

「ディオンが結婚するって、男の人たちが言ってたわ」

「さあ、わたくしにはわかりませんわ。王都に戻ればはっきりするでしょう。今は、どうかお祈りに集中してくださいませ。あと少しで王都に戻れますから」

 メリーバはひかりをなだめるようにそう言った。

 ひかりは胸がどきどきと高鳴った。もしかしたら、自分が王都にもどったら、ディオンと結婚するのかもしれないと思ったのだ。それなら、一刻も早く王都に戻りたい。そして、第二神殿での祈りも終わり、王都へ戻れると安堵したひかりに、コレオスは、第一神殿へ戻ることを告げた。

「どういうこと。ここで全部終わりでしょ」

 ひかりは苛立たし気にコレオスを睨む。

「説明が足らず、申し訳ございません。これまでの旅は、王都を中心としたワゴニア神殿をまわることで、祈りの力を各地に広めるためのものでございます。最後の仕上げに、もう一度第一神殿へ向かい巡礼の終了をワゴニア様に報告し、王都へ戻ります。どうかいましばらく我慢していただきたい」

 コレオスは、申し訳なさそうに顔をゆがめて、深々と頭を下げた。

「それが終われば、あとはずっと王宮の聖殿で祈ればいいのよね。また、巡礼の旅になんてでなくていいのよね」

 ひかりは念をおすようにコレオスにたずねた。コレオスは、はいと頷く。

「わかったわ。ねえ、コレオスは知っているの。ディオンが結婚するという話」

「さて?そのようなことは、ご連絡いただいておりませぬ」

「じゃあ、誰と結婚するのかなんて知らないのね?」

「いえ、ディオン様には婚約者がおいでですので、その方と結婚されるのではと思いますが、それがどうかなさいましたか?」

 ひかりは、何かを聞き違ったように目をしばたたかせた。

「婚約者?」

「はい、バレンシア公爵のご令嬢でございます。ディオン様からお聞きになられてはおられませんでしたか?」

「聞いていないわ!」

 ひかりはヒステリックに叫んだ。なんなの。どういうことなの。あんなに大事だと言っていたのに、婚約者がいたなんて、一言もいっていなかったじゃないとひかりは唇を噛む。そして、もしかしたらと思い、コレオスに言った。

「婚約って親同士がきめるものよね」

「さようにございます」

 コレオスは肯定する。そして、ひかりは思った。きっと、ディオンは意に沿わない結婚をするのだと。でなければ、あんなに自分を大事に扱ってくれるはずがないと。

「急いで王都に戻りたいわ。コレオス、何とかできない?あとひと月近くも旅をするなんて耐えられないわ」

「できるだけ、馬車を飛ばしましょう。ディオン様については、まだはっきりと結婚するという話は聞いておりませんので、王都に戻るまでに事情を確認しておきます。それでご納得いただけないでしょうか」

 ひかりは、ふっとため息を漏らす。

「どうしても、第一神殿へ戻らないとだめなの?」

「はい、そうしなければ、また、巡礼の旅に出ていただくことになります」

 ひかりは、それは嫌だと思った。旅はつらいし、祈りは過酷だった。二度とこんな旅はごめんである。仕方なくひかりは、わかったわと言った。ひかりは、最後の旅の間中、ディオンのことを考えていた。不安と希望が入り乱れる。いつもディオンは言っていたひかりが大事だと、とても大切だと。だが、一度も好きだとは言ってくれなかった。それが一層不安を募らせ、また、逆にディオンは親の決めた婚約者がいることを話さなかったのは、王に逆らえない立場だったからではないのかという思いも浮かんだ。

 そんな思いに心をかき乱しながら、第一神殿で巡礼の旅を終了する儀式が行われた。その儀式には第一神殿の巫女たちも参加した。まずは、全員で祈りの歌を歌った。そして、ひかりは五芒星の中心に片膝をついて、目を閉じコレオスに教えられた文言を口にする。

「我、御園生ひかりは、無事巡礼を終えたことをワゴニア様にご報告申し上げます。そして、これからもトリビスタンに豊穣の雨が降りますよう祈り続けることを誓約いたします」

 その言葉が終わると、ひかりの足元で五芒星が青色に輝き、ひかりの真っ白なドレスを神秘的な美しい青色へと染め上げた。ひかりは目を開けて、ドレスが水のように青く染まっていることに驚いた。その瞬間、祈りの間は聖女様万歳の声で満たされた。

 儀式が終わるとひかりは、コレオスに駆け寄りすぐに王都に向かうと言った。

「少し休まれては?」

「そんな暇はないわ。ディオンがどうしているのか、まだわからないのでしょう」

「ええ、まだ、はっきりしたことは何も」とコレオスは曖昧に答えた。

「だったら、ぐずぐずしていられないわ。すぐに王宮へもどります」

 ひかりは必死で訴えた。コレオスは御意と言って、出発の準備を整えた。


 その頃、モビリオは王宮にいた。王命により、聖女の最終儀式には参列せず、安全なところまで送り届けて王宮に戻っていたのだ。そして、これから始まる兄ディオンの結婚式に参列させられる。モビリオは今頃儀式は無事におわったのだろうなと、ひかりを憐れむようにため息をついた。王宮の外では雨が降っている。これも彼女がいればこそであろう。そしてこれからも彼女は祈り続けなければならない。この国のために。

 モビリオはなんともやるせない気持ちになっていた。ともに旅をした聖女は、普通の何も知らない少女だった。けれど、辛い旅を必死で乗り越えて祈り続けていた。どうしてそこまで異世界の人間のためにできるのかモビリオには理解できない。

「なんだモビリオ浮かない顔をして」

 真っ白なタキシードを着たディオンは、晴れ晴れとした笑顔で弟に話しかける。

「いや、別に。そういえば、また魔物が暴れているようだな」

「ああ、今のところ第三騎士団が対応している。戦場でも恋しくなったのか」

「まあ、そんなところだ」とモビリオは苦笑した。ディオンはモビリオが好んで危険を冒すものと信じて疑わない。モビリオはただたんに兄よりも魔力が高く、子供のころから何かと戦術ばかりを叩き込まれただけであり、単に政治に興味がないというのもあった。それに、正妃の子である兄と側妃の子である自分の間で後継者争いが起きてはいけないと、モビリオの母は彼を守るためにかなり早い段階で騎士養成学校に入れたのである。今はその母も、流行り病で他界して久しい。

「そろそろお時間でございます」

 ディオンの侍従が式の時間を告げにきた。ディオンは嬉しそうに微笑んで、またあとでと言い残し、去って行った。

 モビリオは深いため息を吐く。これから、退屈な結婚式が始まるのだった。


 結婚式が終わった四日後に、ひかりは王宮へと戻った。昼夜を問わず、馬車を走らせたせいで、巡礼から戻った者たちは誰もが疲弊していた。当然、ひかりも疲れ切って足がもつれる。さすがのメリーバもそれを支えきれず、二人して倒れこみそうになる。それでも、ひかりは必死でディオンの執務室へとたどり着いた。そして、ドア越しに楽しそうに笑う声が聞こえた。ひかりは不安を覚えた。取次にでた侍女を押しのけて部屋に入ると、お人形のように美しい女性とディオンが楽しそうに並んで茶を飲んでいたところだった。

「ディオン……」

 ひかりは、その光景をどうとらえればいいのかわからず、彼の名を呼ぶ。ディオンはふっと彼女に視線をむけると満面の笑みで立ち上がり、ひかりの手をとった。

「おかえり、ヒカリ。君のおかげで僕はよき伴侶を手に入れたよ。紹介しよう。妻のシルフィだよ」

 シルフィは、立ち上がり深々と頭を下げた。そして、顔を上げると花が咲いたように美しい微笑みを称えて「わたくしからもお礼申し上げます。聖女さま」と言った。ひかりは、どういうことっと絞り出すように尋ねた。ディオンは雨が降らないせいで二人の結婚が延期されていたことをひかりに説明した。

 ひかりは目の前が真っ白になった。あんな辛い巡礼をただただ、ディオンのために頑張ったのに、それはただの片思いであったことを思い知らされた。そして、ショックのあまりひかりはその場にしゃがみ込み、意識を失った。

 目覚めたときには、いつもの王宮の自分の部屋だった。なんて悪い夢をみたのだろうと思おうとしたが、どうしても思うことができなかった。あまりのショックに涙さえでない。ひかりは、疲労感のひどい体を無理やり起こして、メリーバを呼んだ。しかし、寝室に入ってきたのは見知らぬ年配の侍女だった。

「おかげんはいかがですか。聖女さま」

「あなたは誰。メリーバはどこ?」

「わたくしは、オーリスと申します。メリーバは先日、退職いたしました」

「先日って……あたし、どれくらい眠ってたの?」

「三日ほどでございます。ああ、いけないわたくしとしたことが、すぐに医者を呼んでまいりますね」

 新しい侍女は、慌てて医者を呼びにいった。

「うそでしょ……」

 ひかりは、ようやく涙がこぼれた。ぼたぼたととめどなくあふれる。ディオンには妻ができ、メリーバは退職した。どうして、こんなことになっとのかとひかりは、体を震わせて泣いた。また、ひとりぼっちになってしまう。これは罰なのだろうか。何の先入観も持たずに友達になってくれた紫音を、自分がいじめから逃れるために犠牲にした。だけど仕方ないじゃないとひかりは思った。他にどうしようもなかったんだからと誰にともなく言い訳をつぶやく。

「あたしは聖女なのに……どうしてこんなつらい目に合うのよ!」

 ひかりはクッションをつかんで力いっぱい花瓶に生けられた花々に投げつけた。花々は無残に散り落ち、花瓶がなぜか破裂したように割れた。そこへ医者をともなったオーリスが戻ってきた。そして、ひかりを見るなり、ひっと小さな悲鳴を上げた。医者もこれはいかんとつぶやき、オーリスにコレオスを呼ぶよう命じた。

「お、落ち着いてくださいませ。聖女様」

「そうよ。あたしは聖女よ!聖女なんだから!」

 ひかりは、叫んだ。医者はその叫びとともに、ドンとドアに叩きつけられるとそのままずるずると床に崩れ落ちた。ひかりは、言い知れないエネルギーが体に満ちているのを感じた。ああ、ほら、こんなに強い力があたしにはあるのに。どうして思い通りにならないのよ!

 ひかりの中で怒りが膨れ上がる。空気はバチバチと音を立てて、部屋の家具を傷つけていく。そこへコレオスが飛び込んできて、錫杖をひかりの方へ向けて魔力を込める。

「深淵の眠りよ。輝ける光の暴走を諫めよ!」

 コレオスの叫びとともに、黒い靄が一気にひかりを包み込んだ。そして、霞が霧散するとひかりは、ベッドにばたりと倒れこみ、ぴくりともしなくなった。コレオスは、ひかりの脈をとり、ほっと溜息をもらす。

「魔力が暴走したか……」

 コレオスは、意識を失ったひかりに布団をかけた。それから、医者を助け起こしてオーリスに言った。

「今は眠りの魔法で意識を封じているが、このままというわけにもいかぬ。それにこの三日何も食べておられないので、体の方が弱っておる。回復薬を届けさせるので、なんとか飲ませておいてくれまいか」

 オーリスは震えながら、はいと頷いた。そして、コレオスは意識が朦朧としている医者を担ぎ、部屋の前に待たせていた衛兵たちに彼を預けて、回復薬を届けるように命じた。それから、急いで王の執務室へと向かって行った。


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