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 雨はクリムゾン全域に一週間ほど降り注いだ。レクサスは今後のために湧水の活用についてできるだけ多くの意見を集め、干ばつ時の対応を中央議会で審議し、まとめるよう命じた。それから、今日は魔法局の長官を務めるジューク・トラビスを呼んだ。魔力のない鬼人の国になぜ魔法局があるのかというと、稀ではあるが王以外にも魔力を持って生まれる子供がいるからだ。そして、クリムゾンに住み着いた異国の魔法士たちを雇っている場所でもある。主な仕事は、子供たちの教育と薬草の研究・栽培、新薬の開発、魔物狩りへの従軍であった。

 呼び出しを受けたジュークは、謁見の間ではなくレクサスの執務室に通された。

「雨の中、呼び出してすまない」

「いえ、仕事ですから。それで、来月の討伐の件で何かございましたか?」

「いや、それは問題ない。個人的に頼みたいことがあってな」

 ジュークは首を傾げる。新しい王の兆候でも感じたのだろうか。

「たぶん、知っているだろうが異世界の娘が城にいる」

「ええ、お噂は。それで?」

「その娘の魔力測定をしてほしいんだ」

 ジュークはまたも首を傾げる。確か噂では人間に召喚され、魔力なしと判断されたゆえに王が保護したと聞いている。

「それは構いませんが、おそらく人間が出した結論と変わりないかと思われますが」

「ああ、普通の測定法ならな。だが、特殊測定法を使ってみたいのだ」

「それは次代の王がその娘だということですか?」

「いや、違う。ただ、今回の雨とその娘との関係が知りたいんだ」

 そう言ってレクサスはことのいきさつを話した。ジュークは「ただの偶然ということは?」と問いかけるとレクサスは「もちろん、その可能性は大きいと思う」と答えた。

「だが、あまりにもタイミングが良すぎる気がしてな。もし、シオンに魔力があるのなら、本人が知らぬ間に魔法を使って大事になっても困るしな」

「確かに。ではすぐに準備をしてまいります。測定はどちらで?」

「地下室の書庫を使おうと思う」

「かしこまりました。では、わたくしはこれで」とジュークは急ぎ、魔法局へ戻って行った。

 その頃、紫音は厨房にいた。料理ができるようになりたいという理由で、ティーノの空き時間にこちらの食材についていろいろと教わっていた。

「どうだい?大体の食材はわかったかな」

「うん、あたしのいた世界の食材とほとんど同じようなものだから、これなら独り立ちしても大丈夫そう」

 紫音がそう言って笑うと、ティーノは困ったような顔で笑い返す。

(できるだけ、少しずつ教えていくかな。城をでるとか言い出されたら、レクサス様に殺されそうだもんな)

「じゃ、今日はここまでな」

「あ、はい。貴重なお時間ありがとうございました」

 紫音は、もう少しいろいろ聞きたいところがあったが、これから夕食の準備もあるので、素直にお礼を言って部屋に戻ることにした。城内は広いが、レクサスの部屋から食堂までは思いのほか近い。今日はアプローズがいないが、厨房を出て左に進んで三つめの階段を三階まで上がれば、レクサスの部屋や執務室がある。これで迷子になるほど紫音は、方向音痴ではない。アプローズの方は、来月騎士団が魔物討伐に出かけるので、その打ち合わせだと言っていた。アプローズの本来の仕事は、魔法局の魔法師団団長で、日ごろは訓練や学生たちの指導などを行っているそうだ。紫音は、その話を聞いて今までいろいろ面倒をかけて申し訳ないと思い、自分ができることは自分でさせてもらうようにした。

「私としてはシオンちゃんと過ごす方が楽しいのよ」と言ってくれるが、やはり仕事の邪魔はしたくなかった。なので、アプローズに用事があるときは、ティーノに料理を教わることにしたのだ。

(どのみちずっとここにいるわけには行かないよね)

 そう思うとなぜか少し胸が痛んだ。正直に言えば、まだ何をしていいのかわからないし、どうしたいのかもわからない。ただ、漠然といつかは出て行かなきゃならないのだと紫音は思っていた。


 部屋に戻ると、レクサスがソファーに座っていた。紫音がどうしたのと言う前にレクサスは立ち上がり紫音の手をとる。

「な、何?」

「地下の書庫に行く」

「そんなところに行って何するのよ?」

「お前に魔力があるかないか確かめる」

 紫音は、レクサスの言っている意味がわからず、ぽかんとする。

「別に痛いことも怖いこともない。難しいことでもないから、心配するな」

 ぽんと大きな手が頭を撫でた。

「いや、そうじゃなくて。あたしに魔力はないってば」

「念のためだ。もし、人間がお前の魔力を見抜けなかったのなら、お前は何かのはずみで力を暴走させることになる。そうなれば、自分で力を抑えることもできないぞ」

「……もし魔力があったら、どうなるの?」

「使い方を学べばいい」

「……じゃあ、なかったら?」

「今まで通りだ。何も変わらん」

 レクサスは優しく微笑む。紫音は、なぜかとても安心した。そして、わかったと言ってレクサスとともに地下の書庫へと向かった。

  

 地下室までは、かなり遠かった。五分ぐらい歩いただろうか。紫音は、城の広さを実感していた。廊下をいくつも曲がって、階段を下りてどこをどう歩いているのかわからないくらいだった。ようやく着いた地下室の書庫には、カムリと藍色の髪をした見知らぬ男がいた。額に二本の角があるので鬼人だとわかった。

「準備は?」

「できております」

 男がレクサスにそう答えると、視線を紫音に向けて「はじめまして、魔法局長官のジューク・トラビスと申します」と丁寧にお辞儀した。紫音も慌てて「響紫音といいます」と名乗って頭を下げる。

「シオン様はトリビスタンで魔力がないと言われたそうですね」

「はい、水晶に手を当てて名前を言ったんですが、何も起こらなかったので……」

「その水晶は透明だったと聞いておりますが、間違いありませんか?」

「はい、透明な球体の水晶でした」

 ジュークはそうですかと穏やかに微笑んだ。そして、書庫の入り口近くのテーブルに三つの水晶玉がおいてあるのを指さす。それぞれ、赤、青、紫の色をしていた。

「今回は色の違う三つの水晶で魔力を測定してみようと思うのですが、ご協力いただけますか」

 紫音は、少し不安げにはいと頷いた。

「では、まず赤の水晶で試してみましょう。手を触れて名前を名乗ってください」

 紫音は言われるままに、差し出された赤い水晶に手を置いて名を名乗る。だが、水晶は何の反応も示さない。続いて、青い水晶を差し出された。紫音は同じように名を名乗る。やはり、何も起きなかった。

(やっぱり、あたしに魔力なんてないんじゃないかな)

 そして、最後に紫の水晶が差し出された。紫音は名乗る。その途端、水晶から紫の光が一気にあふれだして、部屋中に嵐を巻き起こすようにうねり輝いた。紫音は驚いて、さっと手を離した。光はゆっくりと弱くなり、やがて静かに消えた。

「……これはすごい」

 ジュークが感嘆の声を漏らす。カムリも驚いたような表情で目をしばたたかせた。

「今の……何?」

 紫音はおびえたようにレクサスを見上げる。レクサスは心配ないと紫音を抱き寄せた。

「お前の魔力は俺とさほど変わらないくらい高いということだ。だから、人間が普通に使っている魔力測定法では、わからなかっただけのこと」

「あたしに魔力があるってこと?」

「そうだ」

 紫音は信じられないという顔をしていた。そこでジュークが説明した。

「今回の魔法測定は、王の力を量る我が国の秘術です。王であればすべての水晶を輝かせることができ、その輝きの強さによって王の基本的な魔力の性質も異なってきます。シオン様の魔力はかなり高い。これなら、詠唱なしでも魔法が使えますよ。ただし、暴走する可能性も高いです。紫の水晶は感情や想像力と強く結びついていることを示します。赤は直観や判断力、青は理性や忍耐力とそれぞれの特徴があるのです」

 紫音はぞくりと寒気を感じた。

「シオン、大丈夫だ。コントロール方法さえ身につければ、暴走はしない。俺がちゃんと教えてやるから、そんなに怖がるな」

「だって……こんな力があるなんて」

 紫音は不安を隠せない。紫の水晶が輝きを放ったとき、体中に強いエネルギーの存在を確かに感じたからだ。それをコントロールするなんてできるのか紫音には自信が持てなかった。

「大丈夫だよ。シオンちゃん。焦らず、ゆっくり慣れればいいんだからさ」

 カムリも慰めるように軽い口調で言った。

「そうです。何事も慣れです。練習です。難しいことも、怖がることもありませんよ。むしろ、シオン様は力の大きさを手放しで喜ばれてはおられない。それは、強い力を持つものにとっては、悪いことではありません。大きな力を持つとそれを自分のためだけに使ってみたいと思う者もいます。そういう心構えほど、危険なことはないのです」

 ジュークにそう言われて、紫音は少し落ち着いた表情になって「わかりました。コントロールできるように練習します」と言った。

「明日から練習だ。今日は疲れただろう。部屋に戻って茶を飲もう」

 そういうとレクサスは紫音を抱え上げて書庫を出て行った。


「いやぁ、びっくりだね」

 カムリは苦笑いを浮かべる。ジュークも驚きを隠さずに頷いた。

「ええ、あれほど大きな魔力を見たのは初めてですよ」

「地下室で検査してよかったな。窓のある場所だとどんな噂になるかわかったもんじゃない」

「全くです。それにレクサス様が気がついてくださってよかった。もし、シオン様が感情的に誰かに敵意をむけていたら、この国に災いが起こっていたかもしれませんからね」

「確かにな。まあ、幸いにも初めての魔法が雨を降らせた程度ですんだわけだし、力におぼれることもなさそうだから心配はないだろう」

 ジュークはどうでしょうねとつぶやく。

「何か気になるのか?」

「いえ、私はシオン様をよく存じ上げないので……直接、王が魔法の手ほどきをなさるのがよいのかどうかわかりかねます。それにコントロール方法を身に着けたからと言って正しくお使いになるかどうか……」

「それは杞憂だな。もし、シオンちゃんが感情に任せて力をふるうような人間だったら、この国に来た時点で力は暴走してただろうから」

「何か危機的なことがあったのですか?」

「まあなぁ……レクサス様とちょっと行き違いがあってねぇ。普通なら、ショックで感情が不安定になっても不思議はないけど。シオンちゃんは、案外と冷静な子だよ」

「そうですか。では、あまり心配しないことにしましょう」

 ジュークはすっと微笑んで、水晶を片づけた。そして、去り際に一言付け加える。

「何かあれば、いつでも魔法局は協力しますと王にお伝えください」

 カムリはああと頷いた。


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