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 ひかりは、馬車の中でぐったりと横になっていた。第五神殿までは、まだ十日も残っている。気を紛らわせたくてひかりはメリーバに話しかけた。

「ねぇ、この世界の人ってみんな魔法が使えるの?」

「どうでしょうか?私はこの国のことしか知りませんので、何とも申し上げられません」

「じゃあ、この国の人たちは?」

「個人差はございますが、みな魔法は使えます」

「魔法が使えるなら、雨だって降らせられるんじゃないの?」

「いいえ、雨を降らせるにはとても高い魔力が必要なのです。魔導士長のコレオス様でもできないことですわ。それにワゴニア様に祈りを捧げて雨を降らせていただくには、魔力の高い女性でなければならないと昔から決まっていることなのです。ですから、聖女様以外にこの国を救ってくださる方はおられません。次の町はもうすぐですからご辛抱くださいませ。よろしければ、二日ほどお休みをとってはいかがです?」

 ひかりは、少し考えたが早く王都にもどりたい。

「いいえ、おやすみは一晩でいいわ。でも、お風呂に入りたいわ」

「では、宿につきましたら、すぐに手配いたします」

 ひかりは、うんと頷いて目を閉じた。するとごとごとと揺れていた馬車が急に止まった。メリーバがさっと窓の外を見る。ひかりを振り返ると、唇に指をあてて「お静かに」とつぶやいた。何事だろうとひかりは身を起こす。すると外から怒号が響いた。

「命が惜しけりゃ荷物を置いて立ち去れ!」

 ひかりは、思わずびくりと体をすくませる。

(まさか、強盗?)

 それは強盗というより盗賊と呼ばれる者たちだった。三台の馬車を取り囲むように二十人くらいの屈強な男たちが剣を構えていた。先頭を走っていた馬車から、モビリオとコレオスが下りた。そして、モビリオは盗賊の頭らしき男ににやりと笑い返していった。

「さて、命乞いをするのはどちらだろうな」

「いうじゃねぇか。青二才。だったら、お前から殺してやるよ!」

 男はそういうとモビリオに切りかかった。そして、ぎゃあああと悲鳴があがった。ひかりは、何が起きているのかわからず、その雄たけびに驚いて身をすくませた。

「お、お頭の手が……」

 モビリオは造作もないという感じで、血の付いた剣を一振りする。片手を失った男は、悲鳴をあげながら転げまわっていたが、そのうち静かになった。

「さあ、お前たちの頭はこのとおりだ。モビリオ・ティム・トリビスタンに勝つ自信があるやつはどこからでもかかってくるがいい!」

「も、モビリオ……」

 その名を聞いた盗賊たちの顔色は一気に青ざめる。

「さあ、どうする!」

 その一喝で一人が逃げ出すと、次々と盗賊は逃げ出していった。

「さすがは、モビリオ殿下。私の出番はありませんでしたな」

「盗賊ごときに遅れをとっては、魔物など相手にはできんよ。それより聖女の様子を見に行かなくていいのか?」

「それはむしろモビリオ殿下のほうが、よろしいかと」

 モビリオは面倒だなと思いながら、剣を鞘に納めてひかりのもとへ行った。コレオスも後に続く。

 メリーバはほっと溜息をついて、ひかりに「もう大丈夫ですわ」というのと同時に、馬車の扉がひらいた。ひかりはひっと小さな悲鳴をあげた。

「ああ、驚かせてすまない」

 モビリオは、青ざめた顔のひかりをみて笑顔で謝罪する。ひかりは、モビリオを見て一気に気が抜けた。

「あの……いったい何が……」

「大したことじゃない。ちょっと盗賊がでただけだ。もういなくなったから安心しろ」

 モビリオは馬車に乗り込むと、ひかりを抱き寄せて背中をさすってやった。ひかりは、震える体と声で「どうして盗賊なんて」とつぶやく。

「雨が降らなくて、食い扶持に困った奴らが多いからな。雨さえ降れば、こんなことはそうそう起こらない。怖い思いをさせてすまなかったな」

 モビリオはひかりが落ち着くまで、背中を撫でていた。ひかりがようやく落ち着くと体を離して馬車を降りようとしたが、彼女は袖をつかんで離さなかった。モビリオは仕方なく、ひかりの馬車に残って、外にいるコレオスに「さっさと町にはいろう」と言った。コレオスは、「かしこまりました」と言ってドアを閉め、先頭の馬車に戻った。ゆっくりと馬車は動き出した。

「メリーバ、何か甘いものはないか?」

「ございます」

 メリーバは自分のカバンから、瓶に入った飴をだした。それを見てモビリオは眉をしかめた。

「他にはないのか?」

「ございません」

 ふうっとモビリオはため息をついた。

(回復薬入りの飴か……そうまでしてこの娘に無理をしいているのか。何とも哀れな話だな)

 ひかりは、モビリオの思いもしらずに、飴を受け取り、ゆっくりと大事そうになめている。馬車はスピードを上げたようで、いつもより揺れが激しかったが、気が緩んだのかひかりはモビリオに体を預けるようにして眠ってしまった。

 宿につくと眠ったままのひかりをモビリオが、抱えて馬車を降りた。その日は、メリーバが宿に言って風呂を用意させたので、目覚めたひかりは、久しぶりの入浴を楽しんだ。それから十日後、予定通り第五神殿にたどり着いた。ついて早々、ひかりは祈りの準備をさせられたが、文句も言わずにモビリオに祈りの間までエスコートされて、精一杯歌を歌った。

(ここが終われば、あと二つ……頑張らなきゃ)


 その頃、王都では徐々に雨が降らない日が増えていた。王は聖女に関する過去の文献をパラパラとめくり、渋い顔をする。

(なぜ、雨は降り続かぬのだ。やはり、二人も召喚してしまったことが失敗だったのか?それとも召喚術そのものに何か欠陥があったのか?)

 一人思い悩む王のもとへ、軍務大臣のベクトラ・ドラバル侯爵が謁見の申し入れをしてきた。王は、侍従にベクトラを部屋へ入れさせる。

 ベクトラは、すぐにひざまずき一礼すると精悍な顔をあげて口を開いた。

「陛下に申し上げます。バハゼルトより魔物被害の報告と討伐隊の援軍要請状が届きました」

「バハゼルトか……第三神殿の近くだな」

「はっ。雨のため大規模な火炎魔法が使えず、苦戦しているとのことです」

「わかった。第三騎士団を向かわせよ。後の指揮はそなたに一任する」

「御意」

 ベクトラが下がると王は「干ばつに続き、今度は魔物か……忌々しい悪魔め」とつぶやき、窓の外を睨み付けた。そして、侍従にディオンを呼ばせた。

「何事ですか?父上」

「お前の婚礼のことだがな」

「それでしたら、準備は整いました。あとは日取りをはっきりさせるだけですよ」

「そのことだがな。またしばらく延期せねばならぬ」

 ディオンは眉をひそめた。

「たったいま、軍務大臣から報告があった。バハゼルトに魔物の被害がでたそうだ」

「そんな……」

 ディオンはショックを隠し切れない。ようやく婚礼を許され、その準備も整ったというのに、さらなる凶事が重なっては結婚どころではないと王はいうのだ。

「バハゼルトの件が片付き次第、式は執り行う。もうしばらく待て」

「待てません!」

「聞き分けよ!」

「いいえ、むしろ今こそ結婚式を執り行うことが重要です!干ばつにうろたえている貴族たちをまとめ上げるためにも、バレンシア公爵の力が必要なのではないですか?」

 王はディオンの言葉にぐっと息をつめて沈黙した。どれぐらいの時間だっただろうか。王はため息交じりに決断を下す。

「わかった。そなたの言う通りだ。すぐに吉日を選定させる」

 ディオンはほっと息をもらし、ありがとうございますと言って、部屋を出て行った。

(……雨は降った。それを慶事として王太子の婚礼を行えば確かに貴族たちの動揺も少しは落ち着くだろうが)

 王は微かな迷いを振り切るようにペンをとり、婚礼の吉日を急ぎ選定するよう命令書を書き上げて、侍従に渡した。


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