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「高島さんって、そういう本読むんですか?」


 ひ、とおもわず女っぽい悲鳴がでそうになった。

 ばっとデスクの上に置いて居た本を隠した後に振り返れば、そこには後輩の女性が不思議そうに首をかしげていた。



「あ、ああ……まぁ一応……お昼休憩で暇な時にでも読もうかと……」


 僕が読もうと思っていたのは、それこそよくある「恋人が病気で死んじゃう系」の小説であった。

 前まではこういう類の小説は読まなかったのだけど。というより、小説自体読まなかったのだけど。


 この小説は、なんとなく入った書店で、話題の本というコーナーにあったもの。

本を手にとって裏返してあらすじを読んだ時、なんとなく美沙子と彼の顔が浮かんだのでレジへ持っていってしまった。



「それ、いま映画やってますよ」

「え、そうなんだ」


 確か、買った時についた帯にそんな事が書いてあった気がする。読む時に邪魔だったのですぐに捨ててしまったが。



「私、その小説読み終わった時ボロボロ泣いちゃって……」

「あ、そうなの? 俺まだ読んでるとこ序盤だからさ……病気かかってすらないし……」


 自分がそう言った時、少し笑えてしまった。

 あらすじで、ヒロインが途中で不治の病を発症してしまう事を知っていたからこその発言である。

 現実では、どのタイミングで自分が病気にかかるかなんて分かるわけもないのに。



「よかったら、今度一緒にその映画観に行きませんか?」


 彼女は少し頬を染めながらそう言った。

 僕はその言葉に頷く。

 この小説の残りを読むのが面倒だったのか、それとも主演の女優が好きだったか、それとも他の何かなのか。それは想像に任せる事にしよう。










 その週の土曜日、僕はまた彼の病室を訪れていた。

 僕は平日仕事があるため、彼のお見舞いは週末にしかくる事が出来なかった。


 僕の母の話によれば、どうにも美沙子は毎日彼のお見舞いに行っているらしい。

 美沙子も彼も明言はしなかったが、お互い仕事を辞めたのだろう。



「あれ、美沙子は?」


 彼の病室に足を踏み入れるなり、一番最初にでた言葉がそれだった。

 彼はテレビから目を離すと「今日は夜にちょっと来るって言ってた」なんて僕を見て笑いながらそう言った。


 そして、テレビの電源をぷつと消すと「わざわざ遠いのにありがとう」なんてまた笑う。

 先週、訪れた時と違い、彼のベットの横によくわからない機械が増えていた。その機械に繋がれた管が、彼の腕と繋がっている事から、おそらくこれが点滴ってやつなんだろう。



「なんか、色々大変そうなんだね」


 そう呟くと、彼は「ほんとに大変だよ」なんて言って笑う。



「よくドラマとかであるよね、余命何カ月みたいなの」


 彼が目を伏せてそう言った。

 僕は、最近自分の読み始めた小説の事を思いだしながら彼の話を黙って聞いて居た。



「それ見るたび、『ぜってーー延命治療なんかしたくないし、俺は痛み取って楽しく死ねるほうがいいや』って思ってたんだよね」


 僕は、彼の家族でもないし、美沙子みたく彼の婚約者でもない。

 ただの週一回病室を訪れる幼馴染。

 だから、僕は彼がどんな治療を受ける選択をしたのかという事を知らなかった。



「そう、思ってたんだよ」


 ぽつり、と彼が自分の腕を見ながらそう呟いた。




 そういえば僕たちはいつもこうだった。

 クソ田舎町の、同い年幼馴染三人組。


 美沙子と彼が両思いなのは中学時代から明白で(僕がここで美沙子に恋愛感情でも抱いていれば、少しは面白い展開になったかもしれないけど非常に残念ながら、僕が美沙子の事を異性として見る事はなかった)


 幼馴染三人組、と言えども正しくは「カップル+僕」という構造である。



 付き合います、とこの二人に言われた時も「付き合う」という結果だけを教えて貰っただけでどういう過程で。なんて事は一切知らなかった。

 結婚します、と言われた時も「結婚する」という結果だけを教えて貰っただけで、どういう過程で。なんて事は一切知らなかった。



 それでも、不思議と疎外感は感じていなかった。


 それはきっと「付き合うことになりました」「結婚することになりました」なんて発表した後に、いつだって「私がなんていって告白したと思う!?!?!」「俺が美沙子になんてプロポーズしたか知りたい!?!?」なんて目をきらきらさせながら報告してきたからだろう。



 ただ、今回はそれがなかった。



「八尋。俺って、バカなのかな……」


 疎外感、という文字がただただ頭の中で踊る。

 僕たちは、幼馴染三人組ではなく。カップル+僕という関係である事を思い知った。


 昔から、僕とこの二人の間にはボーダーラインがあったはずだ。

 ただ、この二人は何のおせっかいなのか。

 いつだって二人の世界を持ちつつも、ボーダーラインの向こうにいるはずの僕の腕を引っ張って「八尋、聞いて!!」なんてニコニコしながら言ってきたいた。


 いつもいつも僕を巻き込むなよ。と思っていた。

 君たち二人はカップルなんだから、いつまでも幼馴染三人組気分でいるなよと。


 いま、僕の前にはどうしても踏み越える事のできないボーダーラインがある。

 踏み越えて「二人だけで悲しみを共有するな」と怒鳴ってやりたいような。でも踏み越えずにいる方が二人のためなんじゃないかと思う自分もいる。










 その日の夕方、後輩の女の子と映画を観に行った。

 コテコテのキャラメルポップコーンを頬張りながら、スクリーンを見つめる。

 小説をまだ最後まで読めていないのに、先に映画で話をオチを知るなんてちょっとなぁ。なんて思いつつも僕はその映画を見つめていた。



 前半戦は、特に何も感じなかった。

 ヒロインが病気にかかってからが、だめだった。



『余命半年って、どういう事なんですか! お願いです。なんでも、なんでもするから彼女を治してあげてください』


 スクリーンの中では、最近人気の若手俳優が医者の前で泣き崩れている。

 隣の彼女が好きだと言っていた、びっくりするほど美しい女優さんの頬に涙が伝う。


 劇場に、鼻をすする音が響き始めた。

 この映画は「病気で恋人が死んじゃう系の話」だとポスターにもわかりやすく告知してあるし、この劇場に足を運んだ8割方の人間が、それを承知の上でこの映画を選んだはずだ。

 なのに、どうしてこんなにも涙があふれてくるのだろう。



 死ぬ前の思い出作りはよくない。

 心の底からそう思った。



 映画が終わって、エンディングテーマを聞いて。劇場が明るくなっても僕の涙は止まりそうになかった。

 隣に座る後輩の女の子にドン引きされるだろうと思っていたのに「高島さんって意外と感情豊かなんですね」なんていうコメントを、にこにこしながら頂戴したもんだから驚いた。

 ほんとに女性っていうのはよく分からない。


 近くに座っていた女性二人組が、残ったポップコーンを掻き込みながら「実際病院で働いてたらさぁ」なんていう、医療職アピールを初めに行ったうえで「あそこであの行動はありえないよね」とどうでもいい事を話し合っている。

 現実とフィクションの線引きくらいしろよ。と思ったのは隣の彼女も同じくだったらしく、僕にだけ見えるように「うげえ」とでも言いたげな表情を見せた。


 そういえば、彼が美沙子は夜にくる。なんて言っていたな。

 今頃、美沙子はあの病室で彼と二人の時間を過ごしているのだろう。



 後輩の女の子と、お互いの気持ちを探りあうような夕食を終えた後、自分の最寄駅に着いて改札を出た時に驚いた。

 喉元まで寂しさというものがやってきていたのだ。


 駅前の、柔らかい電灯の光がだめだ。

 コンビニ前で、別れを惜しむように見つめあった後「また明日」なんて言っている高校生のカップルがだめだ。

 ロータリーで、家族のだれかの迎えを待っている女の子の後ろ姿がだめだ。



 別に、恋人と会っていたわけではなかった。

 ただの後輩の女の子と映画を見に行って、食事に行っただけ。

 だけど、別れた後にやってくる寂しさはこれだ。



 こつこつと音をたてる自分の靴の音を聞くのが嫌で、イヤホンを耳に突っ込んで音楽プレーヤーのプレイリスト「お気に入り」を再生する。

 自分の冷え切ったマンションの一室までの道を、いつもの通り歩いた。



 高校時代、よく三人で聞いていた曲が音楽プレーヤーから流れ出してくる。

 目の前の、まっすぐ続く暗い夜道を見た。

 どうしてこんなセンチメンタルな気分になっているのか分からない。


 ひとりで居る事は、こんなにもさびしい事だっただろうか。

 神野美沙子は、こんな気分で夜道をひとり歩いているのだろうか。



 僕が、映画を見ている間に彼は何度痛みに眉を寄せたのだろう。

 僕が、食事をしている間に美沙子は何度泣きそうになったのだろう。


 僕は美沙子にも。そして彼にもなる事ができない。


 ただ、映画を席に座って見るように当事者である二人を見つめる事しかできないのだ。

 いつか彼がこの世からいなくなってしまうその日まで。


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