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 冒頭にポエム風文章でも挿入できればよかったのだけど。

 僕には、そのような才能がないので大変申し訳ないが割愛させて頂く。













「俺はさ、もう美沙子とは付き合えないんだよ」


 なんで近所にあるファミレスって、こんなにも無法地帯なんだろう。

 ソファーに横になって寝ている近所のおじさんに、デートらしきものをしている近所の高校生。

「ファミリーレストラン」なんてうたうくせに、全く周りにファミリーがいない。もう夜の11時近いから当たり前なのかもしれないけれど。



 目の前に座る美沙子の姿を見る。

 普段よりぱっちり開いた目を、よりぱっちりとさせている彼女。

 震えている唇が僕の視界に入った。



「もうさ、付き合えないんだよ」


 確かめるように、小さな声で僕の隣に座る「彼」がそう呟く。


 僕は、灰皿を鈍器アイテムとして使用されてたまるか。なんていう思いで灰色の重たい灰皿をすっとこちらに寄せた。


 男が女に別れを切り出している。これだけならファミリーレストランでおこるイベントとしては特に不思議なものではない。

 それでも僕たちを見て店員が不思議そうに首をかしげるのには、カップルの横に平然とした顔でタバコを吸っている僕の姿があるからなのだろう。



「なんで、別れよって、え、なんで?」


 目の前の美沙子が震えた声でそう言った。

 僕の隣に座る彼はただ、黙って俯いたままで何も言わない。

 僕が「言えよ~」なんて軽いノリで、とんと肘で彼をつつくが、彼はやはり何も言わない。

 だんまりとした沈黙の中で、僕はただぎゅうっと吸い終わったタバコを灰皿に押し付けていた。



「ねぇ、なんでなの」


 美沙子は、何故か僕を見ながらそう言ってきた。彼の口がダメなら、僕の口からってか。

 隣の彼は、ただただ黙る。それでも僕は彼の隣に座っていたから、彼がぎゅうっとズボンを握った姿が見えていた。



「別に。ただ、他に好きな奴ができただけ……」


 彼の声が震えていなかったから、素直に関心した。

 ここで僕がいなければ美沙子は「好きな子って誰よ!?!?」なんてわあわあ喚いていたに違いない。



「それ嘘。こいつ病気みつかったんだよ。それですぐ入院しなくちゃいけないんだってさ」


 僕の隣に座る彼が、少し怒った表情で僕の名前を呼んだ。

 どうして怒っているのか分からない、というと嘘になる。


 彼は、婚約者である美沙子に自分の病の事を告げないでおこうと考えていたのだ。そんなつもりで別れを切り出す作戦を決行したものの、僕の口からまさかのカミングアウトが。


 でもさぁ、本当にテレビドラマを見るたびに毎回思うんだけど。

 こういう場面で「俺の事は忘れて幸せになってほしいから」なんていう自己陶酔に限りなく似た思いで嘘を付くの、ほんとやめた方がいいと思う。どうせすぐにばれるんだから。



「え、うそ、え、うそでしょ」


 目の前に座る美沙子は、瞳を揺らした後に「嘘でしょ?」と何故か口角を上げた。隣の彼は俯いたまま、何も言わない。


 僕の二人の幼馴染は、もう少しで結婚するところだった。

 幼い頃から共に育ってきた二人が結婚する。それは僕にとっても大イベントであり、結婚式のスピーチもそれこそ涙がちょちょぎれるような物を用意する予定ではあった。



  「ねぇ、病気って何なの、どういうことなの」


 美沙子は、また謎の笑みを浮かべた。

 それは、僕がこの二十数年間いやってほど見てきたアホっぽい笑みではなかった。

 頬が引きつっている。手が震えている。どうして彼女は笑っているのかは、おそらく彼女自身も分かっていないのだろう。


 隣の彼は何も答えないし、僕も答えてやらない。ただ、だんまりとした沈黙が僕らの間に、あるだけ。



 いまの美沙子の姿は、数日前の僕の姿に似ている。


 僕は美沙子より先に、彼が病気であるというカミングアウトを受けたが、同じように「嘘だろ?」なんてなぜか笑ってしまった。別に愉快な気分ではなかったのだけど。



 彼が自分の病名を告げた後に、ゆっくりと顔を上げて僕の目を見た時のあの表情が忘れられない。

 彼は顔で語っていた。「そんな顔をしないでほしい」と。


 彼は、自分の婚約者である美沙子より先に、僕にカミングアウトする事を選んだ。

 彼が真っ先にカミングアウトを行うべき相手は、どう考えても僕よりも婚約者である美沙子の方だろう。

 今こうやって小説を書くにあたってようやく気づいたが。

 彼は、僕を使って病気である事を告げる練習をしていたのだと思う。





 彼は、美沙子を見ないままぽつりと自分の病名を告げた。美沙子は「嘘だよそんなの」と小さく呟いた。



「嘘、うそだよそんなのありえない、絶対おかしい。だってそんなのありえないもん」


 ふつう、「だって」という言葉の後には「そんなのありえない」という主張を裏付けるような根拠がくるのだけれど。

 彼女は怯えたような表情を浮かべるくせに、口角は上がっている。

「はは」と零れだす乾いた笑いは「なんで笑ってんだ大賞」ノミネート間違いなしだった。












  *

  『ねぇ、八尋。こんなの絶対おかしいよ』


 午前三時半、美沙子は突然僕にミッドナイトコールをかましてきた。そして「もしもし」より先に言ってきたのが上の言葉である。おかしいって何が。主語がないんだけど、主語が。



「……いや、何が?」


 目をこすった後にそう呟いてみる。

 美沙子の電話の内容が短くまとまる予感はしていなかったが、電気をつける気にはなれなかった。



『私ね、家に帰ってからもう一回調べたの。そうしたらね、その病気ね、50歳以降の人に発症するのが多いんだって。だからおかしいと思わない? だって、まだ、20代なんだよ。だからね、絶対おかしい。絶対何かの間違いなんだよ』


 美沙子の声は震えきっていた。時計を見ればやはり午前三時。

 時計が十二時を回る前には、僕たちは解散したから。美沙子はきっとそこから後もずっと彼の病気について調べていたのだろう。



『それにね、その病気になりやすい人の傾向っていうかね、そういうの、調べたの。そしたら、ぜ~~~~んぶ彼に当てはまらなくってさぁ。だから、絶対間違いだと思うんだよね。あの時は凄く動揺しちゃったけど、調べてスッキリしたよ。明日、また違う病院に行く事すすめてみるね』


 セカンドオピニオンね、なんて彼女はネットで調べたらしい情報をつらつらと並べてくる。スマホ越しと言えども、美沙子の得意げな顔が脳みそにはっきりと浮かんできたから笑えた。



「へーそうなんだ」

『それにね、もし本当にその病気だったとしても、手術とかで取り除けたら、ほとんどの人が助かるらしいよ』


 彼女はそこから、同じ病気にかかっていた芸人の話をつらつらと述べていた。

 その病気とその芸人の話に関連性があるうちはまだ聞いていてもいいと思っていたが、その芸人の芸風まで美沙子が語りはじめたので、流石にこれ以上は聞いていられないと思って僕は口を開く。



「良かったね、また明日にでも本人と話してみれば。じゃあおやすみ」


 そう言って、半ば無理やり美沙子からの電話をきった。

 そしてスマホの電源ボタンを押す。画面が黒くなったのを確認してからスマホを枕元に置き直す。

 瞼をそっとおろしてみる。拓也の顔が瞼の裏に浮かぶ。



「どうだろうね。たぶん、無理なんじゃないかな」


 拓也、これって治る病気なの?

 という質問に対して、少し笑いながらそう言った拓也。



「一年もないだろうね。笑える」


 なんにも笑えないけど?と言いたかったけど、言わなかった。

 スマホを持ち上げて、黒い画面をじっと見つめてみた。寝起きで不機嫌そうな自分の顔が映っている。


 どうして美沙子に全部ちゃんと言わないんだ。なんて拓也を責めるにはなれなかった。

 一番大切な人に、大切な事を伝えられない。

 きっと、自分が拓也の立場だったら言えなかったに違いないからだ。



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