11
(11)
幼馴染の「結婚式に限りなく近いなにか」に参加するんで有給ください。なんて言えば流石に上がざわついた。上司に流石にそれはちょっと。なんて言われたからしぶしぶ「結婚式」に参加するので。にシフトチェンジしたが、完全なる虚偽申告ではある。だって今日は大規模コスプレパーティーなのだから。
いつも通り「4D」と書かれた大きなガラス張りの扉の前にあるインターホンを押す。
美沙子から教えていただいた豆知識だけど、こういう作りになってるのは産婦人科とここだけらしい。最高にどうでもいい。
インターホンを押せば「はい」と声が聞こえる。
そこで「高島です、面会希望です」なんて言えば数秒後に、ぴ、っぴーという電子音の後にういんと音を立て扉が開いた。
中に踏み入れれば、食事と薬の匂いがまじったような匂いがマスク越しでもわかる。ナースステーションに軽く礼をすれば、やっぱりこんな日だからか「高島さん!」なんて看護師さんたちはやけにテンションが高かった。
「高島さん、こんにちは。今日はお願いします」
「いえ、こちらこそ……」
マスクを顎辺りまで下げながらそういうと「あ、マスクは付けたままで」とにこやかに看護師さんが言う。
ナースステーションのボードを見れば、今日の担当看護師のペアが貼ってあるボードにでかでかと赤字「今日は結婚式!!!!」なんて書いてあってちょっと笑ってしまった。
彼の病棟に足を進めようと思えば、陽のよく入るラウンジに美沙子が座っているのに気が付いた。
彼女はくるぶしあたりまである白いドレスに身を包んでいた。
「美沙子」
僕が名前を呼べば、彼女は振り返って目を細めた。
彼女の近くには全く知らないご老人が「かわいいねぇ」なんて車いすの上で微笑んでいる。おそらくこの病棟の患者さんなんだろう。
美沙子の近くに立っている、美沙子の両親に軽く頭を下げる。僕と同じくきっちりしたスーツに身を包んだ美沙子の父親。そう言えば美沙子の父親に会ったのは本当に久々だ。
「八尋くん、久々」
「あ、どうも」
彼女の少しでっぷりとした父親。
昔は野球教えてもらったな。なんて思えばいらない幼少期の思い出が頭にめぐりそうなので、それ以上は何も思い返さない事とした。
「タバコ、吸ってきたでしょ」
美沙子が目を伏せながらそう言って笑った。
君は警察犬でも目指してるわけ?なんていつも通り言い返してやりたかったが「うーん、まぁそんな感じ」なんてオブラートに包んでおいた。
彼女をもう一度みる。
普段よりもずっと綺麗に入ったアイシャドウ。そして綺麗にセッティングされた髪の毛。コスプレパーティーなのに、凄い気合の入りようである。
彼女の母親は何だか、泣きそうな顔をしながら彼女の鼻に脂取り紙をせっせとあてていた。
「俺はさ、どこにいればいいわけ」
「拓也の部屋でいいよ。私と一緒に入場してくれてもいいけど」
自分の父親の前でよくもそんな冗談を言えるな。なんて思ったがこれは単なるコスプレパーティーだからしょうがないか。
僕はうん。と返事した後に拓也の部屋に足を進めた。すれ違う看護師さんが僕を見るなり皆「ちょっっと待ってくださいね、すぐ仕事片付けるんで!!!!」なんて廊下でパソコンを叩きながら言う。これ、病棟の看護師さんみんな来るの?随分大規模なコスプレパーティーだな。なんて思いながら僕は彼の部屋の扉を開く。
特に、部屋に変わったところはなかった。
バージンロードなんてくそくらえ。コスプレパーティーには全くもって不要。
ただ、いつもは持ち込み禁止な花が部屋中に飾られていて、ベッドの上には、いつものダサい寝衣とは違ってしっかりコスプレをした拓也の姿があった。
それでも、立つのは無理らしくベッドの頭部をかなり挙上していた。
彼は、僕が部屋に入ってきた事に気づいたらしく小さく微笑んだ。
ちょっとリッチなソファーには、拓也の姉さん一家が座っていた。拓也の甥っ子が母親の隣に座って鍵盤ハーモニカで「エーデルワイス」を演奏している。
ちょっと、それいいの?なんていうのが僕の表情に出ていたらしく、拓也の姉さんが「これがこの子のふける一番難しい曲だから」なんて言って笑った。
拓也のベッドの横では、彼の両親が神妙な面持ちで立っていた。
僕はその表情を見ると胸が少し痛くなってしまって、頭を下げてすぐに拓也の甥っ子の横に腰かけた。
「八尋」
「ん」
「来てくれて、ありがとう」
うん。と小さくうなずいた。
何故か涙を流したのは拓也の姉さんの旦那さんだった。
部屋に響くなんとなく間抜けなエーデルワイスの音色。音楽療法士とやらはどこに行ったんだよ。と問いたくなったけど、これはこれでいいと思った。
次に部屋に入ってきたのは、彼の主治医とゴリ押し師長さんだった。
拓也の両親と何やらかんやら話しているが、バックミュージックは鍵盤ハーモニカによるエーデルワイス。
そのうちに、我も我も、と看護師さんが個室に入ってくる。その中に福島さんがいないかな、と若干期待したが彼はいなかった。まぁ当たり前か。転棟したんだし。忙しい病棟の看護師サイドからすればひとりひとりにこんな風に関わっている時間などないのだろう。
次に入ってきたのが、美沙子の父親と美沙子。
美沙子とは、ずいぶん長い付き合いにはなるが、おそらく今までの中で一番綺麗な笑顔を彼女は見せていた。
拓也を見れば、少しだけ目を細めて彼は笑っていた。こちらも、今までの中で一番綺麗な笑顔を見せていた。
涙腺が弱いのか、フライングを決めた看護師さんの鼻水をすする音が聞こえる。
甥っ子は、少し動揺しているのか演奏ストップ。やっぱりコスプレパーティーといえでも音楽療法士の人をしっかり雇うべきだったのでは?
拓也の姉さんは、すうっと頬に涙を伝わせていた。
意外だったのは、このコスプレパーティーで当の本人たちとその両親たちが涙を見せなかったという事だ。全員が凛とした表情をみせていて、僕の胸は熱くなった。
「美沙子、ありがとう」
彼は、好きだの愛してるだの。そんな言葉を一切言わなかった。ただ、美沙子にありがとうと言った。
誓いのキスはできなかった。
ただ、ただ祈るように、美沙子は彼の手を握っていた。
世界で一番美しいコスプレイヤーを、僕はただ黙って目に焼き付けていた。
きっとこんなに美しいコスプレ大会は世界中どこを探したってないよ。なんて思いながら。
神野美沙子の婚約者が死んだのは、その数日後だった。
彼は、最後にただただ感謝の言葉を述べていた。
美沙子は、ただただ涙を流していた。
あ、あと拓也は美沙子の事をロマンチストなんて笑っていたけど、彼が僕に遺した手紙を読んで僕はまぁどっちもどっちなロマンチストカップルだね。なんて思った。
ほんとはここで、拓也が僕宛てに書いた手紙を公開して涙を誘うのがよくあるケータイ小説の定番なんだろうけど、大変申し訳ないが彼からの手紙の内容は省略させていただく。