激闘
「ヴァイデンフェラー! 俺に力を貸せ! 俺達の力で奴を倒す!」
カナタもコウヨウに負けじと腹から吠えた。ヴァイデンフェラーもカナタの気持ちに呼応するかのように高い金属音で咆哮した。機械がパイロットの気持ちに反応する。今は眼前の男を倒せる力が必要。それだけ考えればいい。カナタは操縦桿を勢いよく前方に倒した。ヴァイデンフェラーが今までとは比べられない程のスピードでウェズレイ目掛けて高速で飛翔して突進していく。
「(早い!)」
コウヨウがそう感じた時にはもうヴァイデンフェラーは目前まで迫ってきていた。遠くにいたヴァイデンフェラーがコウヨウの瞳に吸い込まれるかのように次第に大きく写りこんでくる。コウヨウは咄嗟にシールドを早く構えていた。そうしないといけない。彼の本能がそう告げていた。激しい金属音。ヴァイデンフェラーのアックスがシールドに直撃する。
シールドに激しい衝撃を感じるがコウヨウはお構いなしにその攻撃を受け止めてから跳ね除け、今度は自機のアックスで斬りつける。それは相手を断つというよりは重さで潰すと表現したほうがいいような、縦振りの一撃だ。
「ぬあああっ!」
コウヨウの掛け声と共に発せられた強力な一撃がヴァイデンフェラーに襲いかかる。カナタは迫り来る巨大な刃の軌道を予測し、回避運動を一瞬で取る。巨大な刃が機体のすぐ真横を通過する。その鬼気迫るような剣圧で機体が少しバランスを崩しそうになるがカナタはすぐにバランスを立て直し、斬撃を続ける。ウェズレイの正面だけではなく側面、後方、上空。機体の機動性をフルに活用し、全方向から多角的にカナタは攻める。これも高速戦闘をコンセプトにしているヴァイデンフェラーとカナタの抜群の操縦センスの高さから成せる芸当だ。
しかしながらコウヨウもその連撃に対して的確に対応し、攻撃を防いでいる。シールドの表面にはアックスの傷跡が無残にもたくさん付いていることからカナタの攻撃がそれほど激しいことを物語っていた。そのカナタの連撃の隙を付くかのようにコウヨウは必殺の一撃を繰り出している。攻撃を受け止めているコウヨウが不利に感じられるがカナタもコウヨウが繰り出す、僅かな隙を付く一撃に肝を冷やす。こういった攻防が先ほどから繰り返されている。
「(早い! 小僧の一撃、一撃がもはや残像でしか見えん。機体に自分を委ね、機体は小僧を信じたか。ふっ、相も変わらず短時間でここまでやるとは流石じゃわ)」
コウヨウはカナタを敵としてではなく戦士として心の中で賞賛した。それだけカナタは強い。
「(じゃがワシも命に変えても負けられんわ!)」
コウヨウの心で身体の芯から気炎に満ちた炎がわなわなと燃え上がる。それは肉眼としては見えないがカナタ自身もコウヨウから発するプレッシャーで理解したはずだ。先ほどまでとは比べ物にならない爆炎のような感情がコウヨウを奮い立たせる。
「何だ!? このプレッシャーは・・・」
カナタはコウヨウの発するプレッシャーに少したじろぐ。額に冷や汗がはらりと流れ落ちる。カナタはそのことにも気がついていない。それだけ前方の強大な存在に意識を集中する。瞬き一つさえ、今は致命傷になりかねないこの現状でカナタに芽生えた感情は愉悦だった。これほどの相手とあいまみえることが出来、さらに打倒することが出来ると言う絶対なる自信から来る愉悦という感情。カナタはこの言葉に酔っているのかもしれない。
「少し強くいくぞぃ!」
コウヨウはウェズレイを操る操縦桿に力を込めた。カナタの継続している連撃をシールドで受け止めた瞬間にウェズレイに力が入る。相手の攻撃ごとシールドで勢いよく押し返す。ヴァイデンフェラーはその勢いにより少し体勢を崩した。その隙をコウヨウは見逃さなかった。直ぐに次の行動に移る。一気に距離を詰め、ヴァイデンフェラーの左脚部を巨木を連想させるかのような右脚部で思いっきり踏みつけた。
「ちっ!?」
不快な金属音が周囲に鳴り響き、ヴァイデンフェラーの左脚部がそのウェズレイの重さで情けなく潰れていく。カナタは舌打ちをするが機体はウェズレイの重さで微動だにしない。
「終わりじゃわい! 小僧。悪く思うなよ、これも戦いじゃ」
コウヨウが動けなくなったヴァイデンフェラーにアックスを下ろす。その時にコウヨウはカナタという男を思い返した。辛い過去を経験し、今は己の若さと時代の波に飲み込まれ、明確な未来が見えていない。そんなことを思ったコウヨウの一撃は振り下ろすスピードが無意識の内に落ちていたのかもしれない。
「舐めるなぁ!」
その時、カナタが大声で叫んだ。それはコウヨウの心を読んだかのような叫びだった。ヴァイデンフェラーの両肩部にある二つのジェットエンジンがかつてなく回転し、高速で回り始める。あまりに回転が速いため、ジェットエンジンの内部から煙と焦げ臭い匂いが周囲を包んだ。
アックスがヴァイデンフェラーに迫る、その直前に事態は急変した。ヴァイデンフェラーがジェットエンジンのフルドライブの力を駆使し、脱兎の如きスピードでウェズレイに踏まれている左脚部を胴体から引きちぎりながら動いた。そのヴァイデンフェラーとカナタの意地が重なった行動でヴァイデンフェラーはウェズレイのアックスの一撃から逃れることが出来た。しかし片足を失ったのは痛い。うまく機体のバランスを保てなくなるのは事実だ。しかしそれでもカナタは回避運動をしてからうまく体勢を立て直し、すぐに機体バランスの微調整を始める。機体の現状態を見極め、自分に合った機体に調整するのもパイロットの努めだ。この調整は普段から乗り慣れているパイロットでもすぐに修正するのは難しいが、カナタは大体の損傷、地形等の機体に影響がある条件を素早く計算し、調整を進めていく。引きちぎれた箇所は幸いにもこれ以上被害が広がることはないとカナタは判断する。
「見事よ、まさか自機の脚部を引きちぎるとはのぅ」
コウヨウ自信もカナタの迅速かつ、大胆な行動に呆気にとられていた。この短時間でそこまで判断できるパイロットはコウヨウが知っているかぎりでも指で数えられる程度だ。そしてそのあとの行動から伺える機体の微調整を見て、コウヨウは改めて心から感心した。
「最後の一撃を振り下ろす時の一瞬の躊躇がなかったら今頃、そこに落ちてたのは脚部だけじゃなかったはずだ」
何故、躊躇したのか疑問に思いつつ、カナタは言った。コウヨウはこれからの時代を切り開く一人であるカナタを思い、無意識に攻撃が遅れてしまったのだ。
「躊躇したじゃと? それはお主がワシを買いかぶり過ぎじゃ。それも含めてワシという人間。主にたまたま運があったということじゃ」
コウヨウは自分の心を見透かされたことなど気にも止めず、淡々と言った。実際、脳裏をその感情が過ぎったのは事実ではあるが。
「その躊躇がこの戦いのターニングポイントだ!」
カナタはヴァイデンフェラーをウェズレイに向かって左右に小刻みにブレながら突っ込んだ。ただ直進したのではコウヨウに動きを読まれる。そのために微妙にながら揺さぶりをかけ、カナタは距離を詰める。
「ふむ、風にたなびく、柳のように自然かつ柔らかい動き。動きが読みにくくしておると見せかけつつ、攻撃を誘うておるのぅ」
コウヨウはカナタの意図を読みながら、敢えて巨大なアックスを構えた。敵の思惑に敢えて乗る。それで相手をねじ伏せることが出来れば完膚なき勝利、それで自分が負ければ相手の策が上だった。ただそれだけのこととコウヨウは考える。
ウェズレイが目前のヴァイデンフェラーに向かってアックスを振り下ろした。大きさとは違い、アックスは重力を得て、その重厚な見た目とは見間違える速さで迫る。カナタは操縦桿を左へ勢いよく倒して回避運動を取る。ヴァイデンフェラーがウェズレイのアックスを刹那で避け、すぐさま左側面部に回り込む。バーニアから勢いよく推進剤が放出され、機体が動く。右脚部がないためバランスが少し悪いがそれでもカナタはうまく機体を扱っている。
「防御が硬いなら、薄いところから切り崩すのみ。崩せない守りなどこの世にはない!」
カナタはシールドを持っている右方向から遠い左側面部から攻めようとする。この状況だとシールドで防御するには挙動がどうしても遅くなるのは事実だ。
その隙さえあれば、少なからずダメージを与えられるとカナタは踏んだのだ。こっちは少なからず損傷しているため、ある程度のリスクを覚悟しながら戦わないと勝機は限りなくゼロに近い。カナタはこの隙を逃さなかった。瞬く間に一太刀、そして二太刀、三太刀と連撃をウェズレイのアックスを持っている腕部と左側面部に入れる。装甲とアックスの刃がぶつかり火花が飛び、金属音が木霊する。ウェズレイの装甲はセザルに比べて厚い。そのため致命傷にはならないが装甲表面には無残な傷跡と陥没している箇所が見受けられる。
「ぬぅ!」
コウヨウは機体に走る衝撃を感じた。コクピットが一瞬の間、激しく揺れた。腕部と左腹部に警告音が鳴る。しかし、コウヨウはそんな状況はもうカナタの誘いに乗っていた時にある程度、予想していたのか反撃に転じる。体勢を立て直し、これほど接近されると巨大なアックスなど役にも立たないと判断し、すぐにアックスを掴んでいる左手を離し、右手にあるシールドを素早く自機の前に展開する。そして左手を力強く握り締める。これだけパワーと質量の差があると拳で殴られるだけでもかなりの被害が出るだろう。よってカナタは不利だ。しかし、あの巨大な必殺のアックスを相手は自ら勧んで捨てた今のこのチャンスをカナタは逃したくなかった。直ぐ様、アックスをシールドに叩きつける。コウヨウのシールドと素手での応戦に細心の注意を払いながらも強気で攻める。
「!?」
その時カナタは自機のすぐ下にあるものを見つけた。カナタはそれを攻撃の合間を見て、素早く最小の動きで左手で拾い上げる。その手に拾い上げられたものは今のこの戦況を打破する可能性があるものだった。依然としてコウヨウの鉄壁のシールドの壁は厚い。ヴァイデンフェラーのアックスもシールドにぶつかりかなり刃こぼれや損傷が目立ってきている。
「(もうこの手にかけるしかないか!)」
カナタは覚悟を決めた。渾身の力を込め、ヴァデンフェラーのアックスの一撃がウェズレイのシールドに炸裂した。アックスはその衝撃で付け根からあらぬ方向に折れ曲がり、その場で破損する。その渾身の一撃で強靭なウェズレイも後方に衝撃で吹き飛んだ。 二機の間に少しの間合いが開く。カナタはこの少しの間合いが今は何よりも欲していた。ウェズレイはこの強力な一撃のおかげで体勢を立て直さざるを得ない。後方に下がる力が働いていたのでそれに反発し合う力、つまり前方に重心を倒し、力と力を相殺し、体勢をすぐに立て直そうとする。ウェズレイの重心は前方に傾いている。カナタはこの瞬間を待っていたのだ。前方に対して重心が置かれているということは少しでもその重心を崩せば機体のバランスが崩れるということだ。そのウェズレイの行動を読みつつ、カナタはヴァイデンフェラーをウェズレイに向かって加速させた。今までにない加速スピードだ。カナタに圧力がかかる。しかしカナタはお構いなしにさらにスピードを上げる。相手のコウヨウも今、この瞬間にカナタが何か仕掛けてくることを予測しているはずだ。そして自機の間合いにウェズレイが入った。
「うおおおおおおおおおおおお! いけーーーーーーーっ!」
カナタは咆哮した。左手に持っているのは自機の尾だ。矢尻が灼熱化し、収縮されていた尾が伸び、蛇のように唸り、ウェズレイに直進する。カナタはこれをムチのように扱っている。先ほどの戦闘で落ちていたのをカナタは拾ったのだ。尾の胴体に近い半分はパージの瞬間に砕けたが残りの矢尻の付いた部分は生きていた。
この矢尻の灼熱化は機体からエネルギーを伝達して灼熱化するのではなく、この矢尻の部分に個のジェネレターがあり、この機能が生きていれば灼熱化は可能である。それを確認してカナタは使用した。元々尾は取り外してムチのように使用も可能なのでこのような芸当が可能である。尾が本体に接続しているときの灼熱化する伝達は機体本体から行われ、今のような本体から離れているときは電波での命令で灼熱化するようになっている。しかし、この電波の効果範囲は限りなく狭く、今のような機体本体と尾の距離が近くないと命令は伝達されない。
カナタは鞭に反動を付け、勢いよく放つ。灼熱の鞭が蛇のように唸りながら、ウェズレイの片足に狙いをつけて向かっていく。脚部を掴み取るか、損傷させてウェズレイを地に倒すことが先決だ。灼熱化していればある程度のダメージを与えることも可能なはずだ。鞭がウェズレイの脚部に到達する時だった。
「そう来ることはわかっておったわ!」
コウヨウの剛気な声と共にウェズレイが動いた。巨大なシールドを地面に突き刺し、前方に重心が働いている力とその地面に突き刺したシールドの力を利用し、ウェズレイが軽やかにその巨体に似合わず、宙を舞った。おかげで鞭が脚部のあった場所の空を切った。そのウェズレイの姿はハンドスプリングをしているかのような光景だ。ウェズレイのような重装甲な機体がこのような特異な行動をすることはまずはない。むしろ必要がない。そのための厚い装甲とシールドがあるのだ。
「(なんだと!? ウェズレイが宙を舞うだなんて!)」
カナタは驚いていた。あの鈍重なウェズレイが宙を舞うとはいくらなんでも普通ではありえないことだからだ。流石はアカギコウヨウと認めざるを得なかった。ウェズレイがハンドスプリングから地面に降り立った。脚部が地面に着いたとき凄まじい金属音が鳴り、地面にウェズレイの両脚部が埋まった。それだけウェズレイの重量は従来機に比べて重い。 コウヨウは直ぐ様、体勢を整える。埋まった脚部をすぐに地面から這い上がるように操作する。脚部が動き出し、地面から難なくウェズレイは埋まった脚部を抜く動作を始める。人間でいうとくるぶしくらいまで地面に埋まっているので抜くのに用いる時間はあまり必要ないはずだ。だがそれは戦闘中以外での話だ。
「うおおおおお!」
カナタがそれを見逃すはずはなかった。考えた策も通じず、もはや己だけの力量でコウヨウを倒すしかないと決心し、正々堂々と正面から攻撃を繰り出す。それは灼熱の鞭を振り下ろす攻撃だった。先程のコウヨウの意外な行動で自分の攻撃が通じず、頭に少し血が上っていたかもしれない。普段のカナタならこんな単純な攻撃を繰り出すはずはないような甘い攻撃だった。
「感情に流されたか、まだまだ青いわ!」 コウヨウは脚部をすぐに地面から抜き去り、巨体に似合わぬ素早い動きで一気にヴァイデンフェラーとの間合いを詰めた。武器とシールドこそないが分厚い装甲からなる拳がウェズレイにはある。鞭の振り下ろしをコウヨウは左右への僅かな動作で攻撃を回避し、裂帛の拳をヴァイデンフェラーに叩き込もうとした。
「し、しまった!?」
カナタは自分の感情に流されてとった行動を悔やんだ。自分のとった浅はかな攻撃で今や、自分が絶対の危機に陥ろうとしていた。しかし、そのコウヨウの一撃がカナタに届く前に事態は一変した。突如、ウェズレイの拳を打ち込むために踏み込んだ軸足である右脚部が爆発した。その巨体を支えるものがいきなり無くなり、ウェズレイがバランスを失い、崩れ去るように地面に倒れ込んでいく。どうやら先ほどの攻撃を回避した無理な動きのせいで脚部に多大な負荷がかかり、脚部の爆発に繋がったようだ。