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赤城紅葉

「!?」


 アイがこの戦いが繰り広げられる最中でいきなり機体を動かした。アオイはその行動に驚く。アイはカナタを追い越し、そのままコウヨウのすぐに真横を通り過ぎようとしている。そのコウヨウの横を通り過ぎる時にアオイはいけないという言葉が喉まで出かかっていたがその言葉は出なかった。何故なら何事もなくアイはコウヨウの真横を過ぎていったからだ。


「アオイ、行きますよ」


突然の出来事にアオイは驚きながらも機体を慎重に進ませた。カナタの横を通り、コウヨウの真横を警戒しながら通り過ぎる。コウヨウの駆るウェズレイは微動だにしない。アオイは何事もなくアイのいる位置まで辿り着いた。


「ただで通してくれるなんて・・・」


信じられないという感じでアオイはアイにつぶやいた。アイはそのアオイのつぶやきに答えず、カナタとコウヨウの両機を見つめる。そしてコウヨウに対して一礼をするような動作を行い、すぐに反転して進んだ。アオイはアイの一連の行動を見て、何となくだが理解した。


「行かせてくれたんだね」


歩を進めたアイにアオイは何気なく言った。


「・・・ええ。コウヨウは私に秘匿回線で言ってくれました。この国の将である自分はこの祖国のためにすべきことをするだけ。それは間違っていない。でも、アカギ・コウヨウという一人の男からはこう言われました。ワシ達がしたことはこの国を逆に追い詰めてしまった。国の宝である民を飢えさせた。クーデターであれ程の血が流れたというのに。姫様、自信を持ちなされ。民はみんな、貴女と一緒です。ご立派になられました。小さな頃は物静かで大人しい少女であらせられたのに、今では民のために立ち上がっている。ワシは誇りに思いますぞ。そんな姫様にお願いがあります。この国の未来をよろしくお願いしますと」


アイは瞳に涙を溜めながら語る。しかし、その涙が瞳から流れ落ちる前にアイは力強く、袖で涙を拭った。


「民のため、この戦い、絶対負けられません」 


アイの力強く言った。涙なんて全てが終わってから流せばいい。今はただ、この国の為に成すべきことがあるから。


「(アイ・・・貴女本当に強いよ・・・昔から)」


アオイは心中でそうつぶやいたのをもちろん、アイは知る由もなかった。




先に仕掛けたのはヴァイデンフェラーを駆るカナタだった。持ち前の機動性で一気に得意の間合いに入る。すぐに自機のアックスを構える。しかしそれはウェズレイの得意な間合いでもあるという裏返しでもある。


 「だからと言って接近しないわけにはいかない!」


 カナタは自分の心の中での心情や恐怖といったタグイを振り払うかのように力強く叫んだ。


 「その意気込みは良し。自分の得意な間合いを捨ててまで戦うのでは花も実もない」


 同じパイロットとしてカナタの心情をよく理解出来るコウヨウはまるで今のこの状況を楽しんでいるかのようにつぶやく。口元には不敵な笑みを浮かべ、充血した瞳で眼前の相手を睨みつけている。言うなれば今にも何かが弾け飛ぶと表現したらいいのかもしれない。 元々、コウヨウ自身、守りより攻めを信条としているため、我慢するのは苦手である。相手が強ければ強いほどその感情は顕著ケンチョに現れ、身体全身の血液が沸騰するかの如く、熱くなり血がタギる。

 それをコウヨウは強靭な精神力で抑えていた。だが今は違う。部下も率いてはいないし、迷惑をかける者も存在しない。自分一人だけだ。こんなに気兼ねなく戦えることは希だ。コウヨウがそんなことを考えているうちにカナタの気合の込もったアックスの一撃が襲いかかる。素早く無駄のない攻撃だ。コウヨウはそれを巨大なシールドで受け止める。激しい金属音と共に火花が散る。カナタは受け止められることすらお構いなしに直ぐ様、次の斬撃を繰り出してくる。 

息を付く間もない程の斬撃の嵐。コウヨウはその連撃をシールドで確実かつ最小の動きで防御する。機動性はあちらが上であるため無駄な動きをすると致命的だ。何より一撃一撃が見た目とは異なり、重いのである。ヴァイデンフェラーより一回りも大きいウェズレイが後方に少しずつ押されている。


 「嬉しいぞ。真のパイロットとはその立ち振る舞い、攻撃に想いが込められる。今のお前からはそれがひしひしと伝わってくる。故に重いわ!」


 コウヨウは今のこの劣勢の状況を楽しんでいるかのように言った。コウヨウのそのつぶやきを聞いているがカナタは無言でひたすら攻撃の手を緩めない。余計なことに気をまわしていられる程の相手ではないからでもある。


 「(重い・・・こっちの攻撃をいくら繰り出しても全て跳ね返してくる、この圧迫感。やはりこの人はただのパイロットとは格が違う)」


 カナタは心の中でつぶやいた。一見、カナタが押しているかのように見えるがそれは違うとカナタ自身が一番理解していた。心音が高鳴り、喉が渇く。


 「ふんっ!」


 コウヨウの掛け声が通信回線から聞こえてきた。そして目の前で受け止めていたシールドがこちらに向かって勢いよく動いてくる。ただでさえ大きいシールドが近づいてくるせいか、さらに巨大に感じる。カナタはすぐに回避行動を取る。ヴァイデンフェラーを後方に下がるように操ると胸部にあるスラスターから勢いよく、推進剤が霧状に噴出される。


 「!?」


 何かが、空間を切り裂いてヴァイデンフェラーに凄まじいスピードで迫ってきている。カナタもそれを目視した時には自機の左舷からほんの少しの距離まで迫っていた。 

 それとはコウヨウがシールドアタックで後方に距離を離した後に繰り出した破格の大きさの両刃付きのアックスだった。


 「そう、動くことは予想しておったわ!」


 コウヨウが豪快に言葉を吐く。それは獲物を狩る狩人そのものだ。巨大なアックスはヴァイデンフェラーに吸い込まれるかのように向かっていった。刃がもうそこまで迫ってきている。直撃したらどんな機体であろうとも無残な姿に一瞬で変わり果ててしまう。


 「くっ!」


 カナタは自分が反応出来る最大限の速度で操縦桿を操る。ヴァイデンフェラーの左舷のスラスター全てが凄まじい量の推進剤を発射口から吐き出し、アックスの横払いの一撃を回転するかのように回避した。無理かつ、急速な回避運動だったため、中で操縦しているカナタ自身にも凄まじい衝撃が走る。しかしすぐさま、カナタは体勢を立て直し、ウェズレイと距離を取る。凄まじいアックスの斬撃の風圧を感じる。防雨風が家屋を倒壊させるかのようなそんな感じである。


 「(何てパワーだ!)」


 アックスを回避したのを確認してからカナタは肝を冷やしたかのように心の中でつぶやいた。直撃したらひとたまりもない。視線をウェズレイに戻すと、ウェズレイはシールドを右手に、巨大なアックスを左手に持ち、仁王立ちしている。その立ち姿からは威厳すら感じる。


 「よく避けたわい。間合いを測り間違えたかのぅ」


 豪気に笑いながらコウヨウは言った。


 「間合いさえ、分かればこのくらいは!」


 カナタは強気に答えた。


 「流石は姫様の剣よ」


 コウヨウはカナタの言葉を理解している上で言った。今の状況を楽しんでいるようにも見える。


 「オレだって強くなるために血が滲むような努力をしたんです」


 カナタの口元にも不敵な笑みが漏れていた。強者を倒すのはそのまた強者。久々にそんな存在とあいまみえることが出来たのだ。楽しくないはずがなかった。


 「次は外さんぞ」

 「ご心配なく」


 コウヨウが生意気な奴めと言葉を吐いた時にはカナタのヴァイデンフェラーはすでにウェズレイの間合いに入るところまで高速で移動していた。小型のアックスを構え、また斬撃を開始する。高速の斬撃がウェズレイに襲いかかる。ウェズレイのシールドが本体を守るかのように動き、斬撃を受け止める。火花が舞い、衝撃をカナタ、コウヨウの二人は肌で感じるがそんなことはお構いなしに戦闘を続ける。闘争の愉悦とはまさにこのことであろう。

 小型のアックスではこの堅牢なウェズレイに中々、致命傷は与えられない。となると少しでも致命傷になるような傷を与えるにはどうすればいいか。カナタがその答えにたどり着くには時間を要さなかった。

 一方的な乱打戦の中で僅かに生じる隙が訪れるのをカナタは逸る感情を抑えて待つ。心音がまるで時計の秒針のように聞こえる。そんな錯覚すらカナタは感じる。一秒一秒が長い。ごくりと乾いた喉に唾がゆっくりと流れ落ちる。


 「(まだ)」


 そんなカナタの声が神に届いたかのような瞬間だった。ウェズレイがこの短調な展開に業を煮やしたのかカナタの繰り出す斬撃を少し強くシールドで弾き飛ばし、ヴァイデンフェラーが少し体勢を崩したのを確認してアックスをなぎ払ってきた。必殺の一撃だ。


 「(来た!)」


 カナタはその一撃を地面に這うかのようにして回避した。その上空を巨大なアックスが高速で通り過ぎていく。ヴァイデンフェラーは今や、地面にうつ伏せになったような状態だ。しかしこのアックスを回避し、アックスがウェズレイの手元に戻っていくまでの時間をカナタは逃さなかった。すぐさま背中に収容されていた尾を展開し、ウェズレイのシールドの隙間を付き、胴体の部分を狙う。それは地に這う、尻尾の毒針を獲物に向かって構え、今にも必殺の一撃を見舞うかのようなサソリの状態である。どこかに直撃さえすればそれだけでいい。一流同士の戦いでは少しの損傷でも勝敗が左右する。それを狙っての一撃だ。尾の先端の特殊加工された矢尻が灼熱化し、真っ赤に変色し熱を帯びる。


 「うおおおおおおおおおっ!」


 カナタの掛け声が戦場に木霊した。渾身の一撃。尾が伸び、シールドの隙間を付き、ウェズレイの胴体に一直線に向かう。あと少し、少し、少し。カナタの心の声が声に出さずとも声に出されているかのようなそんな心境だ。


 「!?」


 しかし、その心の声とは裏腹に尾がウェズレイに突き刺さることはなかった。


 「ふむぅ、もう少し反応が遅れていたら危なかったわ。まさかこんな隠し球を残していたとはのぅ」


 コウヨウの声が通信機から聞こえる。ヴァイデンフェラーの不意を付いた尾の一刺しは胴体に刺さる前にウェズレイの左手で握られていた。灼熱化している矢尻の部分ではなく限りなく矢尻に近い尾の先端の部分を掴んでいる。


 「何か、きな臭い感じがして左手を自由にしてみればこの一撃か。過去にその機体の詳細を頭の片隅に叩き込んでおいたのは無駄ではなかったわ。いやはや油断できんわい。惜しかったな」


 コウヨウの頭には自国の機体詳細のほとんどが詰まっている。戦争をするには自分達の戦力を把握し、出来ること出来ないことを明確にし、出来ることの最上の一手を打つことが重要だからだ。ウェズレイの足元には左手に握られていた巨大なアックスが落ちている。咄嗟の判断でここまでやって退けるコウヨウを流石と称えるしかカナタは出来なかった。この一撃まで読まれている、戦いという戦いをしてきた戦士の勘というものなのか定かではないが、こうも簡単に読まれてしまうとは敵ながら流石であるとカナタは率直に感心してしまった。


 「!!」


 攻撃を読まれて愕然ガクゼンとしている時間はカナタにはなかった。ウェズレイに掴まれている尾はびくともしないことを確認し、この武装は使用不可と直ぐ様、判断し尾を付け根からパージし、跳ねるように後方に跳躍し、ウェズレイとの距離を取る。


 「その場にいれば尾を一気に引っ張り、機体ごとひねり潰してやろうかと思っていたがそれも叶わんようじゃのう」


 跳躍して距離を取ったヴァイデンフェラーの姿を目視し、コウヨウは言い、掴んでいる尾を自機の近くの地面に放り投げ、アックスをゆっくりと拾った。


 「コウヨウさん、かつてアイ、いや姫を見守ってきた貴方が何故クーデターにする方に」


 カナタがコウヨウに問いかけるように言った。少しの時間でもいい。コウヨウに致命傷を与える策を考える時間をカナタは欲していたし、実際コウヨウは何故クーデターに加担したのか気になったのも事実であるからだ。


 「ほぅ、戦闘中におしゃべりか、それで時間を稼いでワシに勝つ算段でも考えておるといったところかの。まぁ、いいじゃろう。簡単に言うとこのままではこの国は他国に蹂躙されると思うたからじゃ。先々代はこうではなかった」


 コウヨウは充血した眼をさらに開き、言った。確かにアイの父である先王の弱腰の外交はカナタも気にはなっていたのは事実だ。


 「おかげで国はやせ細っていった。ワシはそれを見ていたくなかった。それだけじゃ」


 コウヨウは自分が長年見てきた国がどんどん弱り、痩せ干せていくのを頭に浮かべながら言った。


 「ですが、その爆発的に上昇した軍事力のおかげで貧困の差は激しくなった。それはおかしいじゃありませんか!?」


 カナタは急激な進化の犠牲になっていった人達を思い浮かべながら言った。


 「大事を成すために小事など些細な事じゃ。弱者は強者に虐げられる、それこそ自然の摂理。だからこそ我が国、イダンセは超強大軍事国家にならねばなるまいて!」


 何かを悟ったかのような言葉をコウヨウは吐いた。


 「貴方の言うことは一見、正しいことのように聞こえる。だけど、その裏で泣いている人達がいる。姫はアイはそのことで心を痛め、自分の無力さに泣いていたんだ!」


 カナタはそんなアイを見てきている。その当時は言葉をかけることも出来なかった。


 「アカギ・コウヨウ。貴方達のそのやり方は性急で、傲慢過ぎたんだ。オレは一人の目の前の人間も救えずしてこの国なんて救えないと思う。だからオレは・・・・オレは貴方を倒す、今、ここで!」


 そう言い、カナタは呼吸のリズムを整え、神経を前方にいるウェズレイに集中させた。視覚から入る情報、身体から感じるこの独特の戦いの空気感。カナタから発せられる鋭利な刃物のような冷たいプレッシャーをコウヨウは全身で感じた。


 「(何というプレッシャーよ。ふふ、姫様いい剣を持ちましたな。これほどの男ならばワシは全てを託してもいい)」


コウヨウは何かを悟ったかのように唱えた。


 「(ワシのような年寄りはそろそろ行くべきところに行かなければならぬかのぅ)」


コウヨウは一瞬だが自分の歩んできた道のりが走馬灯のように流れた。しかし、すぐに意識を戦場の戻し、息を大きく吸い込んだ。


 「フンっ! 通りたければワシのシカバネを越えていくがよい! ハルカ・カナタよ!」


 コウヨウは自分を鼓舞するかのように吠えた。丹田の下に力を入れ、額には血管がうっすらと浮かび上がり、瞳はさらに充血しているように見え、上下の歯と歯からガギリという音が鳴り、力強く歯を噛み締めている。コウヨウの駆るウェズレイの周囲から渦巻く何かをカナタは見た。それは一瞬にして消えたがあれは紛れもなくコウヨウが先ほど言った想いが具現化したものであるとカナタは直感的に感じた。

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