最強の鉾と盾
「ハルカ・カナタ、ヴァイデンフェラー発進する!」
カナタはそう言い、機体を操作する。透き通るパープルアイに片目を覆っている長髪が特徴的である十八歳だ。ヴァイデンフェラーという機械人形の背面部に付いているバーニアから勢いよく、推進剤が放出され、カナタは戦場に出陣した。後方からは二機のセザルが追従してくる。
機械人形。ドールと呼ばれているこの巨大人型兵器はこのクホウト大陸を象徴するものだ。この機械人形は今は、日常生活や作業にも使用されることもあるが、ほとんどが自国を防衛するための軍事力として保有している。 機体にパイロットが搭乗し、操縦するというものだがパイロットの感情が高ぶったりすると機体もそれに呼応し、動きが良くなったりとパイロットの感情に機械人形が応えようとする。その理由としては機械人形を生産するために利用される特殊な鉱石が関係していると言われている。
「カナタ」
通信機から聞きなれた声が聞こえる。その声からは緊張感が漂っている。
「アイ、いえ姫様」
カナタは声の主に対して返事を返した。
「カナタ、本当にいいのですか?」
アイと呼ばれたどこか気品に満ちた青色の瞳と長髪の少女は聞いた。
「もちろんです」
カナタは即答した。すでに自分の心は決まっていたからだ。
「姫様、もうその質問はなしです」
もう一機のセザルのパイロットのアオイが言った。アイと同じくらいの身長で瞳と長い髪の色はパープルだ。風貌も似ている。
「アオイ・・・。貴女も。ごめんね、二人を巻き込んでしまって」
アイの表情は暗い。心境は複雑だった。幼馴染である二人を、自分が関与した、クーデターに巻き込んでしまったからだ。このクーデターとはアイの父親のイダンセ国王に対して、ギウラという男を筆頭にして起こしたものである。父の弱腰の外交のせいで国は疲弊し、他国に間接的に蹂躙され、国として機能をしていなかった。それを嘆いた軍事のトップの任を預かるギウラが立ち上がった。先王を打倒してギウラは国政に口を出すようになったが国は荒廃していく一方だった。
そして、その悪政に耐えかねた民草の声をアイは聞き、立ち上がった。自分が生まれ育ってきたこの国がボロボロに傷つき、滅んでいくのを見ていたくなかったからだ。
クーデターは無事、成功した。アイの意見に賛同する者も決して少なくなかったからだ。中心都市はアイ達がうまく制圧した。しかし、元々その中心都市は機能などほとんどしていなかったため、イダンセ国王は中心都市と規模がほとんど変わらない大きさの商業都市タキアにギウラを含むクーデター側の人間は逃げ込むことが出来た。それから双方、にらみ合いが続いているがある情報がカナタ達に届いたため、現状に至っている。
「何も言うな。オレは騎士だ。イダンセの姫である貴女を守る一本の剣。それに昔、言ったじゃないか。オレがアイとアオイを守るってさ」
三人は幼馴染である。幼少期、まだ三人が自分の身分や家系など、意識していなかった時に交わしていた約束だ。現在では、アイは姫、アオイはアイを支える侍女、カナタは一軍人だ。
「そんなこと約束してたね。ふふっ、そんな昔の約束を覚えてるなんてカナタらしい」
アオイがこんな緊迫した時ではあるが微笑みながら言った。
「約束は約束だからな。約束は守るもんさ」
カナタはきっぱりと言い切った。
「・・・ありがとう、二人とも」
アイは瞳に輝くものを浮かべながら微笑んだ。二人の心遣いが嬉しかったのと身分など関係なく、友人として自分と付き合ってくれていることに対して。
「まだ礼は早いさ。これからだ」
カナタは正面を見る。その先には今はまだ見えない商業都市タキアがしっかりと見えていた。今から自分達が行う作戦はそのタキアで開発されている新型の機械人形二機の奪取もしくは破壊だ。その機体のスペックはたった二機だけでこの戦争の優勢があっという間にひっくり返るとまで噂されている。現状でアイ達の優勢は揺るがない。そのため、その二機の奪取もしくは破壊を行えば、もはやアイ達の勝利は揺るがないものとなる。そのため、万全を期すために大々的な陽動作戦を敢行し、それぞれの陽動の大隊に指揮官を配置した。
そのため、その奪取もしくは破壊する任を請け負うのがカナタとアイしか残らない形となった。カナタの機械人形を操縦する腕は抜群だし、アイも姫という立場だが機械人形を操縦する腕は侮れないレベルだ。アオイはもし二人のどちらかが志半ばで倒れた時に対しての緊急要員として付いて来ている。
「急ごう」
カナタのつぶやきに対して二人はうなずいた。敵の中枢に飛び込む大きな作戦が始まろうとしていた。
「何てスピードなんだ!?」
男は地声が裏返るかのような声で言った。その言葉の節々から並々ならぬ緊迫感が伝わってくる。その視線は前方にある機体に目を向けられていた。細い胴体とは打って変わって両肩部は肥大しているのが特徴的な機体だ。それに対して男達の搭乗しているセザルはがっしりとした体型で量産機ではあるが多少の攻撃が被弾してもびくともしない強靭な装甲を有している。
「ちっ、ロックオン機能が意味を為していない。マニュアルで応戦するッ!」
先ほどとは違う男がそう言い、モードを切り替えた。ロックオン機能が通じない。今の相手がそうだ。ロックオン表示が点滅したときにはもうその機体がカメラの中央から消えているのだ。激しい銃撃音が聞こえ、機械人形である数機のセザルが装備してあるマシンガンを発射する。無数の弾が補足してあるであろう機体に向かっていくが、それは虚しく空を切る。
「くそっ、何で当たらないんだ!」
セザルに乗っているパイロットの男の一人が嘆いた。前方から向かってくる機体の姿は特徴的である。各所にバーニアがあり、肥大した両肩にはこの機体の肝でもあるジェットエンジンが搭載されている。多数あるバーニアとさらにこの二つのジェットエンジンの馬力でまかなうことで高機動、高加速を可能にしている。
もちろん、この機体のパイロットはカナタだ。このヴァイデンフェラーも彼専用に作られた機体だ。高機動戦闘をメインとし、そして接近戦が得意な彼にチューニングされている。武装は主に、小型のアックスと背面部に収納されている隠し武器の鞭状の尾だ。無駄に武装を増やすと機体質量が増加し、機動性が落ちてしまうために最低限の武装しか装備していない。だが彼にはこれで十分なのだ。
「時間がない、すぐに決める」
カナタは叫んだ。そして機体の操縦桿を一気に前方に倒した。背面部にある二つのバーニアから推進剤が霧状に吹き出され、機体は一気にセザルとの距離が縮まる。セザルは合計二機。そしてそのセザルの前には深緑の色をしたセザルより一周り巨大な機体が先行している。
「敵の攻勢が激しくなってきた。二人とも、気をつけて」
カナタは後方で待機しているアイとアオイに対して言った。流石にタキアに近くなってきたので敵の攻撃は一気呵成を極める。
カナタはセザルに向かって距離を詰めた。眼前にいるセザルもヴァイデンフェラーの攻撃に巨大なシールドを構え、備えている。量産機と言えどセザルはその分厚い装甲や扱いやすさから数多のパイロットに配備されてきた名機だ。カナタ自身もかつては搭乗し、世話にもなった機体でもある。
「遅い!」
カナタは一気に機体を加速させ、セザルの後方に回り込もうとした。どんな機体でも後方は死角にもなるし、何よりあの分厚いシールドがない。セザルが体勢を整え、シールドを戻す時間。その戻している数秒さえあれば撃破するのはカナタの技量からして十分すぎる時間だ。相手の嫌な方向から攻撃する。これが相手の気持ちからの操縦ミスを促す要因にもなる、相手の心理も同時に攻めるのだ。
「そこだ」
後方に回り込み、装備している小型のアックスでがら空きの背面部を斬りつける。激しい火花と金属音が鳴り、セザルの装甲に傷がつく。しかしながらセザルのパイロットの男もすぐに体勢を立て直し、反撃を試みる。アックスを勢いよく自機後方にいるカナタの操るヴァイデンフェラーをなぎ払うのかのように振り払った。風を切る鈍い音が聞こえ、その一撃が迫る。しかし、その一撃は空を切った。何もない空間をアックスが通り過ぎていく。ヴァイデンフェラーはそのアックスの動きを最小限の動きで見切り、回避運動を取ったからだ。全身についている小型のスラスターの性能を利用した動きだ。スラスターから推進剤が光に反射しながら忙しなく噴出される。
「ちぃ、すばしっこい奴だ」
セザルに乗ったパイロットの男が舌打ちをしながら言い、すぐにマシンガンで攻撃する。カナタは機体を少し後方に下がるようにし、体勢を整え、すぐに回避運動を取った。微かに苛立つ感情を押さえ込みながら
「手こずっていられない・・・」
カナタはそうぼそりと呟き、目の前にいるセザルにまた向かった。
「如何に装甲が厚かろうが弱点はある」
カナタはそう言い、ヴァイデンフェラーを左右に激しく動かし、揺さぶりをかける。その動きは鈍重なセザルにはついていけるはずもない。そのことは搭乗している男も重々承知しているのでシールドを構えて相手の出方を待った。後方に細心の注意を払いながら。間に合わないなら先読みしてこちらは行動を移すしかないと男は判断する。
しかしカナタの行動は如何にも平凡なものだった。シールドに対してひたすらにアックスで攻撃する。その攻撃は苛烈を極めるものではあるがシールドからアックスが直撃している振動は伝わってはくるが所詮は灯篭の斧だ。機体に直撃しなければ問題はないからである。シールドから伝わってくる振動と音を男は集中して感じていた。周囲はヴァイデンフェラーの全身のスラスターから発する風圧で砂煙が生じている。それだけ激しく機体が斬撃を繰り出しているのだ。メインカメラに砂煙が反応して視界はあまり良好ではない。だが男はあくまでも慎重に対処する。
「無駄なことを!」
男がシールドをさらに念入りに構える。カナタの連撃に男は次第に慣れていっているようだ。攻撃の当たるタイミングが大体分かりかけてきていた。しかし、その攻撃のリズムが変化した。おかしい、男がそう思った時だった。激しい振動を男は感じた。機体に緊急アラーム音が鳴り響く。
「何だ!?」
そう男が発したのも束の間、何かが自機の後方から前方に胴体を貫いているのが見える。それは、紛れもないカナタのヴァイデンフェラーの身体の一部だった。あまりの速さと砂煙のせいでモニターを移すモノアイカメラが詳細ではなかったために反応が遅れた。その数秒で勝負は決してしまった。
「うあ・・・・気をつけ・・・ろ」
男が声を全部出し切る間もなく尾は貫いた箇所を巻戻したかの如くヴァイデンフェラーに戻っていった。
そしてカナタは素早くその場を離れた。激しい爆発音が鳴り、一機のセザルは火柱を上げ、燃えかすの残骸へと姿を変えてしまった。そしてその何かとはヴァイデンフェラーの尾だった。それは機体の背面部に折りたたまれており、主に接近戦の奇襲としてカナタの戦闘スタイルに組み込まれている。攻撃時は一気に開放され、先端には硬度の高い鉱石を加工して生成された鋭い矢尻が付いていて、攻撃時に灼熱化する。相手の虚を付いて使用するのが主だ。
「装甲とシールドを過信しすぎだ。シールドなど突破しなくても何とでもなる」
カナタは説明口調で言った。そして一瞬の出来事でまだ状況を完全に把握していない残りのセザルを見て一言漏らす。
「あと一機」
それから間もなくして激しい爆発音が周囲を包み込んだ。そのもくもくと上がる煙の中をカナタは煙を払うかのように勢いよく飛び出した。
「二人とも、あと少しだ。急ごう」
カナタの活躍で無事、クーデター軍の兵士を撃墜した。タキアまであと少しの距離だ。守護している兵士の数もうまい具合にバラけていて陽動がきちんと効果を発揮しているのをカナタは肌で感じた。
「(むぅ、二機の信号がロストしたか。やりおるわ)」
落ち着いた精悍な声でコウヨウは言った。セザルより一回り巨大な機械人形ウェズレイのパイロットだ。応戦をしていたセザルの二機の信号が消える。それはその二機が撃破されたことを意味していた。ウェズレイはイダンセ国で選ばれた将軍に与えられる機体である。アカギ・コウヨウ。イダンセ国を古きから支えてきたと言っても過言ではない老将だ。通称、イダンセの巨木。齢六十を超えて隠居しようとしたところをその今までの経歴と武功を買われ、軍上層部に説得された経歴の持ち主だ。
「(ワシも行くべき場所に行かねばなるまいて。我が祖国、イダンセの為にのぅ」
複雑な表情でコウヨウは心中でつぶやいた。そして、ウェズレイの操縦桿を握り、自分の居場所に向かう。それは齢六十でも昔と変わらない戦場の二文字だったのは言うまでもない。
「もう少し」
アオイはモニターに表示されている目的地地点のポイントを見ながら言った。敵軍の防衛ラインをうまく掻い潜り、今のところ、カナタ達は無傷でここまで来ている。作戦も順調に進行しているはずだ。
「!?」
突然、少し前を先行しているカナタの操るヴァイデンフェラーの動きが止まった。アイとアオイはその動きを不信に思い、機体の歩みを止めた。そのカナタが見る視線の先には一機の巨木のような機体が佇んでいた。
「アカギ・コウヨウ・・・」
カナタはいつの間にかその深緑の機体のパイロットの名前を口に出していた。それだけ目の前にいる機体から発せられるプレッシャーは凄まじいものだった。
「コウヨウ」
アイも同じくコウヨウの名前を呼ぶ。その表情は複雑だ。アイが幼少の時にコウヨウはアイの護衛の任を任せられていて、世話になっていた。
「姫様、久しいですな。はっはっ」
コウヨウはアイに聞こえるように拡声器越しに言った。その声からは暖かささえ、感じる。
「コウヨウ・・・そこをどいてはくれないのですね」
アイはコウヨウの発する気迫からそう感じ取った。コウヨウという男を知っているからこそ、アオイは確信している。
「ワシは・・・この国のためにすべきことをする、それだけ・・・ですじゃ」
コウヨウは途中でワザと言葉を切り、何か考えているように言った。通信回線をカナタに聞こえるように合わせ、呼吸を整え、深く息を吸い込んだ。
「行くぞぉ! 小童! 全身全霊の武を以てして存分に参られい! お主にこの先に行く資格があるかどうか、ワシが品定めしてやるわ!」
雷鳴が鳴り響くかの如く怒号が聞こえ、空気が振動した。それだけコウヨウの言葉には力とこの戦いに込められた想いが詰まっていた。その戦士の咆哮を聞いていたカナタはその迫力に少し気圧されながらもすぐに
「押し通る!」
カナタはコウヨウの気迫の込もった叫びに負けないくらいに叫び返し、そのまま距離を詰めた。不動の如きウェズレイと蝶のように舞い、蜂のように刺すヴァイデンフェラー。機体のコンセプトの両極をいく機体同士の戦いが繰り広げられようとしていた。