女の勘
次の日特別予定のない、ミハイルは一日中家の中にいることにしていた。起きたのは昼前の午後十一時半。アルコールの残った重たい身体を引きずるように寝室を出た。
エリザは部屋にいなかった。リビングのテーブルに一枚の書置きがあった。どうやら買い物に行っているらしく、十二時くらいまでには帰ってくるらしい。
ミハイルは昨日の残りのブランデーを持ち出し、喉に通した。どろりとした液体が喉から食道を通り、空腹の胃に直に落ちる。焼けるような感覚で徐々に眠っていた脳が徐々に目を覚ましていった。
「こんな昼間からお酒呑んでる!」
突然、買い物から帰ってきたエリザの声が聞こえた。両手に麻で作られた手提げのバッグを重たげに持っている。
「書置きしたよね。読まなかったの」
「目を覚ますには酒が一番なんだ」
エリザは大きくため息をつき「どうして我慢できないかな」呆れ顔で台所に向かった。すぐに野菜を切る音が聞こえてくる。何の歌かは分らないが鼻歌が微かに聞こえてきた。
台所にいるエリザからはリビングのソファーに座っているミハイルは、背中越しにしか見ることが出来ない。
「すぐに出来るからお酒は呑まないでね」
との声にミハイルはすでにグラスに並々と注いだブランデーを呑もうとしていたときだった。反射的にミハイルは後ろを振り返るがエリザは後姿で料理を作ることに集中している。
これが女の感というものであろうか。ミハイルは背筋に冷たいものを感じた。口につけたブランデーをテーブルに置き、黙って昼食が出来るのを待つことにした。
昼食を食べ終え、ミハイルは再びブランデーに口をつけていた。考えていたことはアジェンダー遺跡での三人。男が二人に女が一人。一体何者で何をしていたのであろうか。少なくともまともなことではないのは明白。あの三人が小刀を持っているのであろうか。仮に持っていないとしてももう一度あの三人と対峙しないといけない。
それにーーもう一つ気がかりなことがあった。未だに行方不明なピエールの存在だ。ニールが王都を離れている今、手がかりは傭兵団の本部にしかない。最後に見たというのは、ニールの話では来る途中に見たと言っていた。それだけでは雲をつかむような話だ。しかし、ピエールという男を捜さないと真相にたどり着くということはなさそうだ。流れいく雲をゆっくりと眺め、ミハイルは思った。




