逃げ切りに成功……。
考えている時間はない。
もたもたしていたら後ろからくる相手にも迎撃される。ミハイルは全速力で森に向かった。森の中に行けばまだ逃げられる可能性は高くなる。
背後で男の怒鳴り声が聞こえる。ぬかるみで足元を取られながらも必死で走った。
どうやら無事逃げ切ったらしい。そう確信したのは、背後からの足取りが完全に聞こえなくなったからだ。少しずつ走るスピードを落とし、少しずつ呼吸を整えた。
一体どこに逃げ、ここがどこで、どのくらいここまで走ってきたのか全く分からない。立ち止まり、木の根元に座りたかったが、鉛のように重たくなった身体と足に激励と鞭を与え立ち止まることなく、歩みを進めた。
飢えと乾きはもう限界に近かった。ふらふらになりながら何度も自分の人生のことを考えた。
団長の仇も討つこともなくこんな分けの分からない場所で死なないといけないのか……。
もう限界だった。側の根元に腰をかけ、幹に寄りかかった。服の上からでも木々の湿り気が伝わって、気持ちよかった。木々で覆いつくされている空を見上げた。
当然、太陽の姿を見ることはなくどちらの方向に傾いているかすらも分からない。再び木の幹を使って重たくなった身体を立ち上がらせたとき、不自然な、わずかに刀傷のようなものを掌に感じた。薄暗森の中、目を細め何度も懐かしむかのようにミハイルはこの刀傷をさすった。間違いなく、自分がここに来る途中で目印としてつけた刀傷だ。
ここが森のどこら辺なのかは分からなかったが、それでもミハイルにとっては、希望が沸く目印だった。ここを目印にしてこれより前につけたであろう目印を探していくしかない。休んだからなのか、先ほどよりも全身が少し軽く感じた。




