ジャン・ジューク
「わざわざすまねえな。ジャン」
「お前には色々借りがあるからな。それで何が聞きたい」
ジャン・ジュークはミハイルの方を見ないで湖の中にいる魚を見ながら口を開いた。
「団長、いやロバルト・シャーンの死因はどうして新聞発表されない?」
「それはオレ等みたいな弱小出版社じゃなくてもっと大手の新聞社に勤めている人間に聞いたほうが知っているんじゃないか。ただ、一つ言える事は、出したくても出せない理由があるんだろう。それ以上はわからん」
「死亡診断書は作られているんだろう?」
「遺体はみつかっているんだ。さすがに作らないわけにはいかないだろ」
「どこに保管してあるんだろうな」
「そりゃ王立警察本部だろう」
「ところで今この王都で何が起こっているんだ。指名手配犯を捕まえるだけであんなに警官やらあげくのはてに治安維持部隊まで出動させる必要があるんか」
「暁の稲妻の内部抗争はもうほとんど終わっているに近いじゃないか。事実、お前の派閥の連中が殺されたというようなここ数日報道されていない。後はお前を含めて数人じゃないか。この騒がしさの原因はな、亡国の聖戦さ」
「どういうことだ」
ミハイルが言った瞬間、ディエゴが自分と同じ間隔で多頭竜に襲われたことを思い出した。ディエゴ自身も判っていない刺客を自分に差し向けた人物のこと。
もしかしたら、ディエゴは刺客の依頼主が誰 なのか検討がついていたのか?
ミハイルの様子を無視するかのようにジャンは続ける。
「以前から亡国の聖戦は現総裁であるハイルトン・ヒューストンと副総裁であるディエゴ・ユーロピアスと組織運営の方法で対立があったんだ。業を煮やしたディエゴは組織から飛び出すことまで考えていたらしい」
うつむいていた顔を反射的にロバルトのほうに向けた。
「ああ見えてディエゴは潔癖だからな。自分が悪いと思っていることは徹底的にやらない。つまり世間で言う汚い事には手をだしていない。例えば子供を誘拐したりすることはディエゴの派閥ではほとんどやっていない」
ミハイルは首をかしげた。ディエゴがエリザには妙に優しかったことと温泉に入った際に見た子供の刺青。何か関係があるのであろうか。そんな事はお構いなしにロバルトはさらに続ける。
「ここからは俺の推測なんだが、ディエゴは後ろ盾があったんじゃないか。そうじゃなかったら、あのディエゴ・ユーロピアスがこんな無謀なことをするはずがない」
「もう一つ獣の奏者について何か知っているか」
獣の奏者、か。
ロバルトは小さくつぶやいた。
「通り一遍のことしか分かっていない。ただあの組織の母体となっている組織を束ねている呼称はマスターと呼ばれている人物だ。そのマスターは決して表に表れることないらしい。側近が全てマスターの支持を幹部の連中に伝えていると聞いたことがある」
「それだけ謎の組織ということか」
ミハイルが立ち上がろうとしたときロバルトに止められた。
「今度はこっちの番だ。聞きたいことだけ聞いてはい、さようならはさすがにないだろ。そうじゃなかったらわざわざ指名手配犯に会ったりしない」
ロバートの口元が大きくつりあがった。仕方なくミハイルはここ数日の身の上のことを話すことにした。




