突然の別れ2
静かな夜の静寂でまるで自分一人が暗闇の中に閉じ込められたかのように思えた。隣にいるであろうノアの存在がもうないかのようだった。
団長が殺された今、ミハイルには目標も夢も希望もなくなった。あるといえば団長を殺した犯人を八つ裂きにすることだけだった。
三年ほど付き合ったノアとこういう別れがくるとは想像できなかった。ノアは色々なわがままに付き合ってくれた――。
ミハイルはノアの顔を見た。真剣なまなざしでミハイルを見つめる瞳はどこか申し訳なさが含んでいるようにも思えた。鼻から大きく息を吸って吐いた。口周りの筋肉だけが異様に重たく重りでも吊り下げているように口を開くのが大変に感じた。
「いつ、行くんだ」
「明日の昼ごろかな」
再び沈黙が二人を包んだ。重々しいう空気を打破するためにミハイルは口を開き「……。なんていえばいいか分からないが、ありがとうな。三年間楽しかった」
ミハイルの言葉がノアには以外だったのかノアは驚いたように頭を上げた。
「もっと……色々言われるかと思った」
ノアの目に光るものが見えた。鼻をすすりながらノアは言う。
「あたしはこんな良い男と付き合ってたんだね。今更ながらに思うよ。ちょっともったいないことしちゃったかも」
茶目っ気たっぷりに微笑し元気よく立ち上がった。「これ以上いると決心鈍りそうだから、最後に」
ノアは目をつぶりは自分の唇を突き出してきた。ミハイルは立ち上がりノアの前に立った。これがノアとする最後のキスかと思うとどこか空虚な気持ちになるのと同時に出会って初めてキスするかのように緊張しはじめてきた。
ぷっくりと厚みのあるノアの唇に触れる。身体の一部分しか触れていないにも関わらず、ノアの体温を感じることが出来ているように感じた。二人は名残惜しむかのように口付けをし続けた。
数秒間触れ続け思わず両手で抱きしめてしまうところだったが、やってはいけないことだと思いとどまった。
唇を離したのはノアのほうからだった。ミハイルのほうはどこか物足りなく感じた。とろけてしまっているかのようなノアの瞳はすぐに数分前の正常な状態に戻った。
「どんなに忙しくても手紙書くから。……じゃあね」
大きく手を振りノアは暗闇の中駆け足で去っていった。ノアが立ち去ってからもまだ唇には生々しい感触が残っていた。
叫んでしまいたかった。叫べたらどんなに楽になるだろう。やはり別れたくない。行かないでくれ。もっと一緒にいたい。とは口がさけても言えない。だから。ノアと同じように出来る限りの微笑で大きく手を振って答えた。




