突然の別れ
二人は建物を出て出入り口の方向へ歩いた。途中水銀灯で照らされている石で出来きたベンチにノアは座った。ミハイルにも座るように促した。ミハイルが座るのを確認すると
「さっき気づいたんだけどね。エリザってあたしといたときは年相以上に年上に感じたんだよ。むしろあたしたちよりずっと年上なんじゃないかって。でもミハイルが帰って来たとたん、歳相応に戻ったような気がするんだよね」
「そんなことよりさっさと話せよ」
「わかってるって。ねぇ見て」
ノアは宝石箱をひっくり返したような夜空を見上げた。
「星には一等星から六等星まであるんだって。一番明るいのが一等星で暗いのが六等星。
あの明るいのは一等級か二等級くらいかな~」
ミハイルは顔をしかめた。
一体何を言おうとしているのか全く予想できなかった。そんなミハイルをよそにノアは話し続けた。
「明るい星はみんなからよく見られるしみんなに注目される。あたしはね」ノアは腕をあげ伸びをしながら大きく深呼吸をした。「ああいう存在になりたいのあたしは。昔、舞台女優になりたいって言ったことあったの覚えてる?」
ミハイルはああ。と小さく答えた。
「今王都に放浪の烏っていう劇団が来ているの」
昨日ムーンアンドサンに行く途中の劇場に書いてあった劇団名だ。
「ミハイルはあまり興味がないから知らないと思うけどここ数年ですごく有名になった劇団なの。でね、二週間前にこの劇団のオーディションがあったの。それでね……、一昨日に結果が来て、研究生として合格したんだけど……」
「よかったじゃないか。なんか不満そうだな」
「そんなことないよ。それにまだ女優になれたわけじゃないの。あくまで研究生なんだから」
「そういうもんなんか」
「適正を調べたりするんだって」
「それでそのことがさっきの事とどう関係しているんだ?」
「うん……。言いにくいんだけど、あの劇団はね大陸中を巡りながら巡業しているの。当然あたしも行くことになる。今度王都に来るのはいつになるか分からない。きっと今みたいなミハイルとの付き合いは出来なくなると思う。だから……。自分勝手なことは分かってる。あたしと別れてください」
ノアは頭を深々と下げた。
そんな姿にミハイルは何も言えなくて唇を強くかみ締めた。
反射的にやめろ。と言えればどんなに楽だったか。しかし言うことは出来なかった。ミハイル自身もノアには団長との夢を何度も語ったことがあったからだ。何を言うべきなのか。言葉が出てこない。ここで聞き分けの良い彼氏を演じるほうがいいものなのか。それとも行かないでくれと哀願したほうがいいのだろうか。
虫の鳴き声が草むらから聞こえてきた。真夜中でもう人の声はしない。守衛のいる詰め所には灯りが漏れているのが見える。




