エリザの攻撃
「兄貴。嘘じゃなかったんですね」
数歩ミハイルの後ろを歩いているニールが話しかけてきた。
「だから言ったろ」
ミハイルは得意げに言う。
「さっき話しに出たグレースって人はどんなヤツなんですか」
「ここの警備員さ。熊のような体格で一度見たらきっと忘れられないぜ」
「あまり見たくないですね」
道には公園さながらに草花が植えられ、広がる木々に森林にでもいるかのような錯覚を覚える。石畳は綺麗に敷き詰められここがスラム街の中にあるとは誰も思わないだろう。
木々で隠れていた三棟の高層アパートがミハイルの目に入ってきた。 数人の成人した男女とすれ違う。やはり少なくとも元々スラムの住人というわけではないのが一目瞭然だった。公園では子供が遊んでいる。昨日来たばかりなのもあるが、まだこの敷地内に何があるのか、何がないのかが分かっていない。
ふと疑問が頭をよぎった。
どうしてスラムのど真ん中にこのような住宅地を造ったのであろうか。一体どこの会社なのだろう。
いつの間にかアパートのすぐ側まで歩いていた。
「でけーな……」
立ち止まったニールが見上げながらつぶやいた。
真ん中のアパートに入り階段で自室に向かった。鍵を開けドアノブを握った。
「さあ入ってくれ」
「すみません、兄貴」
ミハイルが扉を引きニールが部屋に一歩踏み入れた瞬間。
「覚悟~!」
聞き覚えのある甲高い叫び声が聞こえた。
「いって~! 何するんだこのガキ!」
「ガキじゃない! 少なくともお前より年上だ!」
「何言ってんだてめぇ」
何事かとミハイルも部屋に入ろうとすると、玄関で柄の長いほうきを槍のようにして構え、一触即発のニールとエリザが対峙していた。
ミハイルは大きくため息をついてエリザに問う。
「なにやってんだ」
「え? このこ汚いオッサンが勝手に入ってきて、あれ? ミハイル? なんで?」
「誰がオッサンだ! オレはまだ二十歳だ!!」
再びにらみ合う二人にミハイルは頭を抱えながら言った。
「オレが鍵を開けたんだよ。ったく何やってんだ」
ミハイルが舌打ちをするとエリザは小さい声で反論した。
「だって、十二時までに帰ってくるっていったのに、帰って来ないから。誰かと思ったらわけの分からないオッサンが入ってきたから、つい……」
「だからオッサンじゃねーって言ってんだろ。このクソガキ!」
ミハイルはニールの言っていることをさえぎり「エリザ、腹減ってんだけど」
「あ、うん。ちょっと待ってて」
エリザはパタパタと踵を返し部屋の置くへと消えていった。
「兄貴! あのガキはなんなんですか!」
つかみ掛からんばかりの勢いで迫ってくるニールにミハイルは答えを窮した。
「食いながらでもゆっくり話そうじゃないか。エリザの作る飯はなかなか美味いんだぜ」
そう言い部屋の奥へと歩みを進めた。ニールも憮然とした表情でミハイルの後をついてきた。




