ニールの過去
ミハイルは図書館のある西マルミス地区へ向かって歩き出した。
西マルミス地区へは南ソーランドを抜けたところにある。特に何事もなく無事国立図書館へ到着し、カウンターで一週間分の束になった新聞を借りた。新聞閲覧場所で椅子に座り王都を離れた一日目の新聞を開く。
四日、五日とすみからすみまで新聞を読んでミハイルはあることに気づいた。六日目の新聞を読み終わったところで一旦新聞を読むのを止めた。考えをまとめた後再び最後の一日の新聞を読み終わり、時間を確認するともうニールとの待ち合わせの時間に近かった。
席を立ちカウンターで一週間分の新聞の束を返却した。
ぼろぼろになった壁を背に、くわえタバコで空を仰いでいるニールが遠くからでもすぐにわかった。待ち合わせより十分以上遅くなったが律儀に待っているニールを見てミハイルは苦笑した。
自分の教育のせいなのか、それともニールの元々の真面目な性格からなのかは分からない。
ただ、もう少し融通を利かしてもいいんじゃないか。
佇まいだけを見たら、自分と同じ少なくともあまり日のあたる場所を歩いていないのは誰の目にも間違いない。
ふとミハイルは出会ったばかりのニールを思い出し、微笑した。あのどこか人を受け入れようとしない空気は全く変わっていない。
「待たせたな」
ミハイルが声をかけてようやくニールは我に返ったようだった。吸っていた煙草を地面でもみ消しニールが答えた。
「お疲れ様です。兄貴」
「あそこだ。今オレが住んでいるのは」
ミハイルの指す方向を見てニールは顔をしかめミハイルを疑惑の目を向けている。
「だってあそこは――」
ミハイルはニールの言葉をさえぎり「お前信用してないな。まあいい。とにかく着いて来い」
二人は自分の住んでいるアパートに向かって歩き出した。きっとまだ信用していないだろう。部屋を見たらどんな面をするか、楽しみだ。どこか自然と足取りが軽くなっているように感じた。
あのごつい熊のような男がいる白い建物の警備員詰め所へ向かった。
ポケットに入っている身分証を取り出し、鉄格子の間のガラス戸を二、三度叩く。するとガラス戸が開き今度は朝出てきた熊のような男ではなく制帽を被った、腰の低かった初老の老人が現れた。
「こんにちは。中入られますか」
かなりゆったりな話し方だった。ミハイルがうなずくと「ちょっとお待ちください」と言ってから詰め所から鍵を持って出てきた。ミハイルは身分証明書を見せ、「あの熊のみたいなヤツはいないのかい」とたずねた。
「熊……? ああ。グレースさんのことだね。今は見回りをしていますよ」
老人は一笑し答えた。
「そのグレースさんとやらは、前は何をやっていたんか知っているかい?」
「聞いたことないから何ともいえないけど、あの体格だから軍隊にでも入っていてもおかしくないですね」
老人は錠を外しゆっくりとした動作でまるでこじ開けるように鉄扉を開けた。鉄扉が開ききったところで、黙っていたニールが口を開いた。
「じじいなのにスゲーな」
「このくらいならなんともないですよ」
老人は口元を綻ばせ答えミハイルとニールを笑顔で見送った。




