復讐の狼煙
次の日駄々をこねるエリザをなんとか説き伏せ、アパートを出た。しかし「お昼までには帰ってきてね!」という半分命令にも聞こえる言葉を背中で受けながらミハイルはアパートを出た。
扉を開いたときちょうどあの大男だいた。大男はミハイルの顔を見ると一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに笑顔で挨拶をしてきた。
ミハイルは足早にスラム街を抜け、マルミス通りへと向かった。途中シャツの上着についているフードをかぶり、度のついていない眼鏡をかけ怪しくないそぶりで周囲に溶け込んだ。早朝のマルミス通りは人が多い。
予想通りだった。交差点の一番人が行き交うところに三人の警察官がいる。一人はミハイルがいるほうを向き、もう一人は反対のほうを向いている。もう一人は道路を駆け抜けてくる馬車など怪しい屋根のついている馬車には一台一台チェックをしている。
マルミス地区はどちらかといえば治安のいい場所だ。隣が東アムサーラ地区ということもあってか、水際として治安の維持に努めているのだろう。
やはりオレが目的か……。
あえてこの通りを選んだというのもあるが、通勤や通学の人間が多い中で目立ってしまうかと思った。しかし無事警官に引き止められることもなく通り過ぎることができた。素早く一本わき道に入り、ミハイルが目指している南ソーランド地区へと向かった。
ミハイルは歩きながら考えた。南ソーランド地区は繁華街でおそらく警官の数は今の倍はいるだろう。だがここで行かないわけにはいかない。
朝の八時。店はもう閉店し後片付けをしている時間だろう。
東マルミス通りから南ソーランド地区に入ると場所は一変する。夜は繁華街のため人が多かったが、やはり朝八時くらいでは人は少ない。道を掃除している年寄りにこれから帰宅するであろう、若い着飾った女がまばらに通り過ぎるくらいだ。交差点に立ちい交通誘導している警官以外いない。この地区での警官の数はむしろ普通くらいに感じた。
大したことないじゃないか――そう思おうとしたとき、警察官ではないあまり見ない制服が二人、ミハイルの先数十メートル先から歩いてくることに気づいた。一瞬何者か目を見張ったが気づいたら脱兎のごとく、わき道に逃げ込み息を潜め建物の影に隠れていた。
どうして治安維持部隊がいるんだ! 人一人捕まえるのにそこまでするか!
警官とは違い、逮捕できないと感じたら殺しても構わないという特別な警官。どちらかといえば軍隊に限りなく近い警察官といった感じだ。
軍服のような真っ黒い制服を着た二人が通り過ぎるまでミハイルは心臓が張り裂けばんばかりにはらはらしていた。治安維持部隊の二人組みは談笑しながらミハイルの側を通り過ぎていった。
少しでも油断した数分前の自分を呪いたかった。用心しないといけない。大きく深呼吸をした。心臓が強く高鳴っている。胸元にじっとりと気持ちの悪い汗をかいていた。2度3度深呼吸をして呼吸を落ちつけた。
そして制服を着た数人が確実に見えなくなるのを確認して再び表通りに出た。
交差点から離れたところで素早く道を横切った。交通整理をしている警官には見つかっていない。
さらに歩みを進むと国立劇場が見えてきた。
最近人気劇団が来ているらしく、看板が建てられポスターもいたるところに貼られている。放浪の烏という劇団が王都に来ているという。
看板が建てられポスターが掲示板に貼られている。ポスターも看板も同じデザインで、真ん中に主演の俳優である、ミゲル・クレイトン、そして主演女優である、イネス・マークロイドが真ん中に描かれてある。
明日が最終公演らしく、当日のチケットを買う集団と、前売り券を持っているであろう集団が並んでいた。公演は午後からにも関わらず、すでに並んでいるのがいる。
ここまで来れば目的地までは近い。しかし油断は禁物だ。さきほどのように何が起こるかわからない。劇場を右に曲がったところで目的地が見えてきた。