第二章 王都帰還
失業率東アムサーラ地区だけで七割を優に超える。当然のごとく、働いていてもいいような時間に若者が千鳥足で歩き、そこかしこで売春婦が立っている。スラム街といっても差し支えなくこの王都のガン細胞とまで言われている。
薄暗く建物の影に隠れ太陽を拝むことのできるのは昼間の数時間だけなのと、犯罪多発地帯のため家賃はかなり王都でも安めに設定されている。まだ午後の三時にもなっていないにも関わらず薄暗く、灰色の丸々と太ったねずみが堂堂と走り去って行くのをみてミハイルは大きくため息をついた。
公共的な建物だろうか。厳重な鉄格子がついてはいるがもう使われてなく、あちこちに落書きがかかれてある。
またこんなところに戻ってくることになるとはな……。
ミハイルは道端に落ちている菓子の残りの入った袋を強く踏みしめ、自分の居住する地区へと足を急いだ。
ふと足音が無くなりミハイルは後ろを振り返った。するとエリザは見ず知らずの中年男に声をかけられている。小太りで背の低い男はエリザを格好の獲物だと思って近づいたのだろう。
「イカレたロリコン野朗。下半身にぶら下げているものを二度とお目にかかれないようにしてやろうか」
中年男の背後からディエゴから護身用としてもらった剣を抜き下半身に当てて見せた。中年の男の下半身はズボンの上からでもわかるくらい屹立している。
「悪かったよ。あんたこの子の親かい。ずいぶん上玉じゃないか。この子なら言い値で買うよ」
薄笑いで近づいてくる男に不快な気分になった。
「余計なお世話だ。さっさと消えろ。ゴキブリ野朗」
中年男は悲鳴を上げながらそそくさと走り去っていった。
ミハイルは全体的に丸い脂肪だらけの背中を見つめて「気持ち悪ぃんだよ」とつぶやき、ぼこぼこになった石畳につばを吐き出した。
「ちょろちょろするんじゃねーよ。ここは危ねえんだ。早く来い」
ミハイルは強引にエリザの手を握り歩き出した。
ったく……。ここの地区の警察は一体何を――。
確かあそこの建物は警察署だったはず。わざわざあそこまで戻る気はしないがオレの記憶が正しければきっとあそこは確実にアムサーラ警察署だ。
瞬間的に足が止まり、ディエゴの言った言葉の本質が見えた。
そうか。そういうことか。
どうしてディエゴがこの地区を居住地に選んだのか。指名手配者が一人くらいいてもばれることはない。それもあるが根本として警察署がこの地区にはないのだ。
そうだ。数年前大規模な反乱があってから警察署はここの治安維持を放棄したのだ。結果として犯罪の温床として近づく人間はほとんどなかったが、よくよく考えると、今のミハイルにとっては好都合だ。
「どうしたの?」
エリザが見上げてくる。
「なんでもねえ」
ミハイルはディエゴの心遣いに感謝しながらも目的地へ向かった。